多額のお金を請求されました
翌朝、ダミアンはいつも通りに学校にやってきた。わたしはダミアンの声が聞こえても、意図的に彼を見ないようにしていた。
だが、そんな避けているだけの時間も昼休みには終わりを告げた。手を洗いに教室を出た帰りに、廊下にいたダミアンに呼び止められたのだ。
「話があるんだけど」
彼は強気な瞳でわたしを上から下まで舐めるように見渡した。
おそらく昨日のことだろう。
わたしは頷くと、ダミアンと一緒に中庭まで出ることになった。彼は人気のない場所まで来ると足を止める。そして、わたしに一枚の紙を渡したのだ。聞いたことのないお店の名前が書かれた見積書だ。その名前がどうかよりもそこに書かれた金額を見て、顔を引きつらせた。
そこに書かれていたのは時計の修理代金の見積もり書だ。彼が時計をちらりと見ていたのを思い出した。あのとき、故障が生じたのだろう。壊れたのならわたしが修理代を持つべきだし、他にもいくらかの出費は覚悟していたが、この金額はあまりに多すぎた。わたしの通う学校の一年分の学費に相当する額だ。
「修理費用はさすがにこんなに高くはないんじゃないの?」
「はあ? 書いてあるだろう。向こうの見積書だよ。クラウディア様ならこれくらい出せるだろう」
「出せるわけがないでしょう」
毎月、お父様から小遣いという名目でお金はもらっているし、貯蓄もある。はっきりいって出せない金額ではない。だが、よほどの高級時計でない限り、修理費用にこんな高額な費用がかかるわけがない。出せないわけではない金額というのが嫌なところだろう。
ダミアンの時計はどのようなものだったのだろうと記憶をたどる。重厚な感じだが、どこかの店でみたことがある気がする時計だ。それにこんなに高価な修理費がかかるとは思えなかった。
「この時計、いくらで購入したものなの?」
「なぜ?」
「新品のを買うわ。それじゃダメなの?」
「じいちゃんからもらった大事な時計なんだよ。絶対に嫌だ」
そうダミアンは断言をした。
時計の修理を受け持ってくれるお店はいくつか知っている。お父様の知り合いの店でも数件はあったはずだ。
「その時計を貸してくださらない? わたしが修理に出して、修理費用をわたしが持つわ。時計は必ずあなたに返します」
「別に俺が出してもいいだろう。この店は古い付き合いがあって信頼感が違うんだよ」
そうダミアンは頑なに拒む。付き合いがあるからこそ、こんな金額を請求するに至ったのだろうか。わたしに仕返しとしてお金を巻き上げる方向性なのかもしれない。
「それにクラウディア様は俺に庇ってもらったんだよ。何ならクラウディア様が魔法を使ったことを言いふらしたっていい。まあ、すぐにとはいわないよ。クラウディア様だって考える時間が必要だろうからな」
ダミアンはそういうと微笑み、校舎のほうに戻っていった。
要は事情を説明してダミアンの脅迫を逃れるか、お金を払うかの二択だ。周囲にばらしてしまっても構わないかもしれない。だが、問題はわたしの言うことをどれくらいの人が信じてくれるかだ。信じるに値する根拠があるか否か。わたしが行動を起こしてしまったのはペトラの一件があったため。
ペトラに事情を説明してくれるように話をしたらどうだろう。そう考えて首を横に振る。手を出したのはわたしの一方的なものであり、ペトラには関係ないのだから。
わたしは複雑な気持ちのまま、その日一日を終えた。ダミアンはいつも通りで、わたしとあんなやり取りがあったとは微塵も感じさせない。
レーネは先生が出て行くと、振り返りわたしの顔を覗きこんだ。彼女たちとの勉強はテストがすべて帰ってきてからなので、正確には来週からと話し合って決めていた。
「クラウディア、今日、買い物に付き合ってくれない?」
「買い物?」
首を傾げたわたしの耳元でレーネは囁いた。
「プレゼントを買いに行きたいの」
「今日は無理そう」
プレゼントといえばダミアンへのプレゼントだろう。あんなことがあった日にダミアンのプレゼントを選べるような心の広い人間ではない。
ダミアンが喜ばないものを意図的に選んでしまいそうだ。レーネとダミアンの関係がうまくいかないためにはそっちのほうがいいのだろうか。だが、それは性格的に難しそうだ。そんな性格なら、現状はここまでややこしくならなかったのだから。
「そっか。クルトへの誕生日プレゼントについて意見を聞きたかったのに」
「クルトにあげるの?」
「明後日誕生日だもの。もう時間もなくて、昨日何がいいか思いついたの。明日はどうかな?」
「今日、行こうよ」
「いいの? 忙しいんじゃないの」
「わたしの気のせいだったの。だから行こう」
「ありがとう」
レーネは何度も首を縦に振った。
ほんとうに何でそんなにレーネはダミアンのことがいいんだろう。クルトのほうが数倍いいのに。このままクルトに興味が移って、ダミアンのことなんて忘れてしまえばいいのに。
そんなむなしい考えを心の中で幾度となく繰り返していた。




