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別れ話に遭遇しました

 博物館を出ると辺りがどんよりと曇っているのに気付いた。興味のあるものを見ていると時間を奪われるという言葉を証明するかのように、もう時刻は昼の一時を指していた。


 まっすぐ帰ってもいいし、昼食をどこかで食べてもいい。

 そう思ったとき、お母様のバッグを引き取らないといけないことを思い出したのだ。


「これからどうなさいますか? 行きたい場所があればお供します」

「フランツは行きたい場所はないの?」

「特にありません。それにこの天気だと早めに家に帰ったほうがよさそうですね」

「いつも付き合ってもらっているのだから、あなたの行きたい場所に付き合うわよ。勉強を教えてくれたお礼もしたいもの」


 わたしは手を後方に回すと、今日ついてきてくれたお礼の意味を込めてフランツに伝えた。


「クラウディア様と一緒にいられる場所が、僕の行きたい場所ですから」

「フランツ」

「もうお昼を過ぎたので、構わないかと思いまして」


 彼は恥じらいもなく、さらっと言い放った。

 本当にわたしは彼に敵わないと実感させられる。


「早く帰ったほうが良いのは同感だけど、お母様がバッグを修理に出していたらしいの。それを受け取りに行っても構わない?」

「もちろん構いません」


 フランツはそう言うと、わたしの手を取る。

 こんな姿を誰かに見られたら、恋人と思われてもおかしくないだろう。ただ、嫌な気はせずに、わたしは彼に引かれるまま歩き出した。わたしの心臓の鼓動が急激に早くなっていくのを実感した。きっとここ最近の出来事がわたしの彼に対する思いを変えて行ったのだろう。


 フランツはいつもと変わらない落ち着いた表情を浮かべている。そこには緊張の欠片さえ感じられなかった。


「フランツはわたしを好きだと言っうけれど、こんなふうにわたしに触れてドキドキしないの?」

「してますよ」


 フランツはにこやかに笑ってそう口にした。正直、しているようには見えない。

 真剣ないかにもわたしを意識しているという表情で言われてもどうしていいのか分からないというのもあるのだけれど。わたしには彼の奥にある気持ちを全く覗き見ることはできなかった。




 わたしたちはその足でお母様がバッグの修理を頼んでいたお店に到着した。バルバラの両親の調味料を扱うお店の二軒先にその店がある。


 扉をあけて中を覗くと、お店の店主の母親はわたしたちを見ると、ゆったりとした足取りで店の外に出てきた。彼女の歩き方が妙に引っかかる。


「クラウディア様、今日はどういったご用件で」

「お母様のバッグを引き取りにきたの。取りにくるのが遅れて申し訳ありません」

「あのバッグですね。かしこまりました」


 女性は引換券を受け取ると、わたしたちを店先に案内してくれた。店の中が掃除中なのか、いくつもの木箱が地面に置いてあった。彼女はその木箱をよけながら、店の奥からお母様のバッグを持ってきてくれたのだ。


 この店はもともと雑貨等を販売しているお店だ。そこにバッグなどの修理業をしていた息子、エグモントさんが手伝うようになり、バッグや洋服などの修理なども請け負うようになったのだ。彼の腕はかなり評判がよく、今では修理業が本業と言わんばかりの金額を稼いでいるという。


 わたしがお金を支払おうとすると、女性は驚きを露わにした。


「おつりを奥から持ってきますので、少々お待ちください」

「ごめんなさい。細かいお金の持ち合わせがなくて」

「いえ、こちらこそ申し訳ありません」


 彼女は深々と頭を下げると奥のほうに消えていった。


 わたしたちは店先で待つことにした。そんなわたしの体に影がかかる。

 バルバラが息を乱してかけてきたのだ。


「お姉ちゃん、今から警察に行こうと思って。男の人に女のひとがつかまっているの。誘拐されちゃうかもしれない」


 わたしは店の奥を見やる。まだ女性が戻ってくる気配はない。


「どこなの?」

「タザール公園」


 ここから三分ほどの公園だ。警察を呼ぶより、このまま駆け付けたほうが早いだろう。


「分かった。案内して。フランツ、あなたはおつりを受け取っておいて」

「クラウディア様、危険です。僕が行きます」

「大丈夫。それにわたしが行ったほうが早く収まるでしょう。お願い」


 フランツは渋い顔をしたが、反論はしなかった。

 それを了解の合図だと理解したわたしはバルバラの手をつないだ。

 バルバラは何度も頷くと、わたしを先導するように走り出した。


 公園に到着すると、バルバラは中を指さす。だが、中にいた人を見て、思わず声を出しそうになった。

 そこにいたのはダミアンとペトラだったのだ。

 ダミアンは険しい顔つきでペトラを睨み、ペトラは唇を噛むと目を伏せていた。


「お前から告白してきたのに、別れたいとかふざけているのかよ」

「ごめんなさい。だって、わたし」


 わたしはどういうめぐり合わせに生まれてきたんだろう。

 今度はダミアンが彼女を責めているシーンに遭遇したというわけだ。それも今度は別れ話だという。辺りを見渡しても誰もいない。

 はたして別れ話の間に割って入っていいものなのだろうか。


「痛い」


 ペトラは悲鳴に近い声をあげた。

 ダミアンがペトラの腕を縛り上げていたのだ。

 わたしは深呼吸をすると、二人の間に割って入ることにした。


「止めなさい。どういういきさつかは分からないけど、暴力はダメよ」

「はあ? こいつが」


 ダミアンの顔が引きつった。クラウディアを相手に喧嘩をするのは得策ではないと考えたのだろう。


「些細な喧嘩だよ。なあ、ペトラ。行こうか」


 そう言い、ペトラはダミアンの手をはじく。


「ペトラ」


 ダミアンが怒鳴る。

 ペトラは両手を口元でぎゅうっと握った。


「ごめんなさい。わたし、クラウディア様と約束をしています」


 そんな約束はしていないし、嘘だとは分かったが、これ以上気の立ったダミアンと一緒にいるのを避けようとしたのかもしれない。それに一度、ペトラの話を聞いてみるのもいいだろう。


「嘘つくなよ」

「約束しているわ。だから、一度ペトラを解放してくれない」


 ダミアンは不快そうな顔をしたが、文句を言ってくることはなかった。


「分かったよ。まだ俺は納得したわけじゃないからな」


 ダミアンはそういうと、そのまま公園を出て行った。

 ペトラはそのまま地面に座り込んでしまった。

 わたしは慌てて彼女に駆け寄った。


「大丈夫? 何かされなかった?」

「はい。クラウディア様が助けてくれたので、大丈夫です」

「ダミアンも彼女に暴力を振るうなんて」


 といって口を噤んだ。そういえば別れる云々と言っていたのなら、彼女ではないかもしれない。


「わたしが別れたいと言ったから怒ったんだと思います。好きな人ができて、もうダミアンとは付き合えないと言ったんです」


 好きな人という言葉に嫌な予感をひしひし感じながら問いかけた。


「あなたの好きな人って誰なの?」

「フランツ様です」


 わたしは顔を引きつらせた。気休めを言うべきか考えたが、わたしはありのままを彼女に伝えた。


「でも、フランツはあなたのことをなんとも思っていないと思う」


 フランツが彼女を特別視しているようには見えなかった。彼にとってペトラはダミアンの彼女のうちの一人という認識だろう。


「分かっています。わたしのことなど、眼中にないと。それでもあの人を好きになってしまったんです。こんな気持ちのままダミアンと付き合うのも申し訳なくて、別れを告げようとしたら。当然ですよね。わたしから告白をして付き合うようになったのに、こんな短期間で別れたいなんて」


 彼女の言葉ももっともだ。ダミアンがおこる理由もわかる。それはダミアンに彼女がほかにいなかったのならの話だ。二股をかけていて、あの態度は何だろう。


「ダミアンは、あれで大丈夫かしら」

「分かりません。ダミアンはあれでプライドが高いから」

「ただ、別れたいとだけ告げたの?」


 ペトラは首を縦に振る。


「好きな人がいるといえば問い詰めようとするし、フランツ様の名前を出せば、きっとフランツ様にも迷惑が掛かってしまうと思います」


 ペトラの目に大粒の涙が浮かんでいた。

 その彼女の涙を打ち消すかのように、大粒の水滴が彼女に触れた。いつの間にか雨が降り出したのだ。

 そのペトラの体がびくりと震える。

 そこにいたのはフランツとバルバラだ。おつりを受け取り、ここにかけつけたのだろう。


「わたし、失礼します」


 ペトラはそれだけを言い残すと、逆方向から公園を飛び出していった。

 フランツは唖然とした顔でペトラを見送っていた。


「お邪魔でしたか?」

「あなたが気にすることじゃないわ。おつりは受け取ったのよね?」


 わたしの言葉にフランツは複雑そうな顔をしながら、首を縦に振った。

 わたしはフランツの頬についた水滴を拭った。


「帰りましょうか」


 フランツはわたしの言葉に頷いていた。

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