フランツと一緒にお出かけをしました
わたしは鏡をじっと見つめた。
今日はバラ色のベロアのワンピースに白いカーディガンを羽織り、ワンピースと同じ生地の髪留めで神を後方で結ったところだ。
「どう?」
わたしの問いかけにカミラは微笑んだ。
「よくお似合いです」
今日はフランツとの約束の日だ。もっともフランツはまだ帰ってきていない。そろそろ家に戻ってくる予定なので、先に準備だけしておこうとしたのだ。だが、洋服を選び出すと案外時間がかかる。今着ているのはこの前、お母様から買ってもらった新しい服で、せっかくだからこれを着て行こうということになったのだ。
問題はバッグだ。黒や赤、いろいろ候補はあるがしっくりこない。わたしはお母様がこの洋服と同じ生地で作られたバッグを持っていたことを思い出した。
わたしはお母様の部屋に行くとカミラにつげて、部屋を出た。
「お母様」
わたしがノックをするとすぐに扉が開く。そして、お母様が顔を覗かせた。
「よく似合っているわね。可愛いわ」
「ありがとう。それで、バッグを貸してほしいの」
わたしは特徴をできるだけ具体的に伝えたが、お母様は難しい顔をした。
「ごめんなさい。そのバッグ、修理に出してしまったのよ」
「そうだったの」
「取っ手の金属部分が壊れてしまってね。もうできていると思うから、早めに引き取ればよかったわね。ごめんなさいね」
「いいの。そのバッグ、バーナーさんのところに出したのよね。今日、近くを通るから受け取ってこようか?」
「そうしてくれると助かるわ。ありがとう。使いたいバッグがあれば持って行って構わないわ」
お母様はそう言うと、わたしの洋服に合いそうなバッグを見つくろってくれた。わたしは黒のバッグを借りることにした。そして、わたしはバッグを預かったという証明書を預かると、お母様の部屋を後にした。
部屋に戻ると、カミラとフランツの姿があった。
「帰ってきたの?」
「先ほど」
フランツはわたしを見ると、にこりと微笑んだ。
「よくお似合いですよ。クラウディア様は何を着ても本当によくお似合いですね」
「ありがとう」
お母様やカミラの言われるのとは同じ言葉のはずなのに何かが違う気がして、心が高揚する。そんな戸惑う気持ちを気づかれまいと、顔を伏せた。
「クラウディア様、どうかなさいましたか?」
フランツはこともあろうかわたしの傍まで来ると、わたしの顎に触れた。
「なんでもない。早く行きましょう」
そう冷たく言い放つが、そのとき目が合ったカミラが意味深に微笑んでいるのが目にはいる。
フランツの言葉に動揺しているのがばれているのだろう。
当のフランツは不思議そうな顔をしていたため、全く気付いていないのだろう。
わたしを好きだと連呼するくらいなら、そうしたことにもスマートに気付いてほしいと心の中だけで訴えた。
食堂でコーヒーを飲んでいたベルタに声をかけた。彼女は近くに用事があるらしく送ってもらう予定になっていたのだ。
家を出ると彼女の車に乗り込んだ。
こげ茶色の建物の正面の駐車場でベルタは車を止めた。
「クラウディア様をよろしくお願いしますね」
「分かっています」
「帰りは五時以降なら迎えに来れますが、どうされますか?」
今は朝の十時だ。ここに六時間以上も滞在するとは思えないため、その頃には家路についているだろう。
「先に帰っておきます」
わたしたちはベルタにお礼を言うと、フランツとともに博物館のほうに歩いていく。ちょうど開館時間だが、休みであることもあってか博物館の前にはすでに行列ができていた。わたしたちが列に並ぶタイミングを見計らったかのように、開いたばかりの館内に人が吸い込まれていった。
わたしたちも行列に並び、入場できる機会を待った。徐々に列が短くなっていき、ちょうどわたしの番が訪れる。そのチケットを確認する男性がわたしを見て驚きの声をあげた。
「クラウディア様?」
わたしは会釈した。
その言葉にわたしの前後の人も驚きながらわたしを見ていた。
「わざわざ一般客用の入り口に並ばれずとも言ってくださればよかったのに」
「別に当然のことです」
わたしの言葉にフランツは微笑んだ。
お父様の知り合いの博物館だ。裏口や関係者通路から中に入ることができるのはできるが、そういうことはあまりしたくなかった。早く並んだ人が早く入るのは当然だという意識があるためだ。
「しかし、何か事件に巻き込まれたら」
「大丈夫ですよ。この町は治安もよいですし、普段も歩いて学校に通っています」
他の従業員の女性が寄ってきて、男性に言葉を囁いた。
男性が慌てた様子でわたしたちのチケットを受け取り、わたしたちは中に入ることができた。
少ししてその女性がわたしのところに寄ってきた。
「まずは館長に会ってあげてください。クラウディア様とフランツ様が今日、いらっしゃると聞き、楽しみにされていたんですよ」
「分かりました」
彼女はこの博物館で昔から働いている女性だ。そのため、彼女もわたしの顔を知っている。
わたしたちはそこから、奥にある部屋に案内されることになった。女性が開けてくれたドアの先にはあごひげを蓄え、メガネをかけた男性が待ち構えていた。彼がお父様の友人のエルマー=バーレさんだ。
「クラウディア様、フランツ様、よくお越しくださいました」
わたしとフランツは頭を下げる。
わたしについてきてくれるフランツもすでに彼とは顔なじみになっていた。わたしと同行しないときも、お父様に連れられ彼に会っていることもあると聞いたことがある。お父様は何かとフランツを同行させることも少なくない。
お父様はフランツに自分の会社で後々は働いてほしいと思っているみたいだ。後々というのはフランツが若いのと、彼が学校に通うことを期待していたようだ。叔母様と同じように。もっともそういう意味ではフランツはお父様たちの期待を裏切っているわけだが、それはそれだろう。
「今日はゆっくり楽しまれてください」
彼はわたしたちと他愛ない世間話をしてから、コーヒーとチョコレートケーキをごちそうしてくれた。この博物館の二階にある喫茶店のケーキで、甘いのにしつこく口に残らない後味の良さが魅力的なケーキだ。わたしたちはそれを食べると、彼の部屋を後にし、会場へと戻ることになった。
会場の中は行列の中を実感させるかのように、多くの人であふれていた。時折わたしやフランツを横目で見る人はいたが、直接声をかけられることはなかった。わたしはただ、歴史の建造物を記憶の中に刻んでいった。
「クラウディア様は本当にここが好きなんですね」
「そうね」
ゲームの中の世界だと思う。だが、そういう世界の中にもこうして当たり前のように歴史があるのが興味深かったのだ。それに日本に住んでいたときも、もともとこういうのが好きというのもあったのだろう。
「いつも付き合ってくれてありがとう」
「クラウディア様の行きたい場所ならどこであってもお供します」
フランツはそういうと、優しい笑みを浮かべていた。




