いくつか気になることがありました
わたしは浮かない気持ちでベッドから起き上がる。昨日、何かをしようとしたつもりはなかったけれど、きっとレーネはプレゼントを受け取ったのだろう。何もできずにレーネたちを見守ってしまう自身に歯がゆさを感じた。嫌なことばかりではない。王女様の兄に対する考え方が聞けたのはよかったと思う。彼女にとっての兄はわたしにとってのフランツやカミラのようなものなのだろう。
わたしが制服に着替え終わるタイミングを見計らったかのように、扉がノックされた。扉を開けるとフランツが立っていたのだ。
「どうかしたの?」
「しばらくこちらの家をあけるので、ご挨拶をと思いまして。次の週末までには帰ってきます」
「分かった。楽しみにしているわ」
彼はふらっと家を空けることも少なくないため、こうして言いに来てくれるのが珍しいくらい気がした。彼はそれではと言い残すと、扉を閉めた。
週末にはフランツと博物館に行く。それはレーネの問題とは関係なく楽しみだった。
わたしが朝食を食べに食堂に行ったときにはすでにフランツの姿は家になかった。
準備を整え、家を出た。ゲームの展開でいけば、学校に着けば、ダミアンからのプレゼントについて聞かされる。そのことを念頭に置きながら、学校へ通じる道を曲がった時、目の前にいる人を見てドキッとした。そこにはレーネが立っていたのだ。約束もせずに彼女がこうして待っているのは珍しかった。
「どうかしたの?」
わたしは彼女が何を言いたいのかおぼろげながら察しつつ、一応尋ねた。恐らく、彼女はここでわたしに告げるのだろう。多少の違いは今後の展開に影響を及ぼさないのは今までの経験上理解していた。
彼女は鞄から長方形のアクセサリーケースを取りだしたのだ。その箱をあけると、透明な宝石が瞬いているのを目にした。
「これ、ダミアンからもらったの。悪い気がするけど、嬉しいからもらっちゃった」
「よかったね」
いろいろな言葉を模索し、わたしはやっと口にした。
「ありがとう」
レーネは嬉しそうに微笑んだ。
レーネからすると嬉しいのは当然だ。だが、今更ながら分からないのはダミアンだ。レーネが本命ということなんだろうか。レーネは今の状況を正確に把握したら、自分を本命に選ばれれば余計に傷つきそうな気がしてならなかった。二人が付き合えば、レーネの好きな人がダミアンだったとドロテーも知るだろう。
「昨日、全然勉強できなかった。でも、どうにかなるよね」
わたしははいともいいえとも言わずに、会釈した。
なぜなら、レーネは相対的によくない結果を残し、親からかなり厳しく怒られるのだ。だからこそ、ダミアンといい感じになっていても、クラウディアの妨害も重なり、両想いになるのがかなり遅れてしまう結果となる。
レーネを友人としては好きだ。だが、レーネのこうしたところはクラウディアとしての人生を十数年送ってきたわたしには解せなかった。彼女はなぜこの名門と言われる学校に進学したのだろう。受かったからというのが一番の理由だろうが、レーネは今後の自分の人生をどう考えているんだろうという素朴な疑問が湧き上がってきた。
「レーネの将来の夢はなに?」
「どうしたの? 急に」
「気になった」
彼女は頬を赤らめ微笑んだ。
「お嫁さんになりたいな」
それも一つの選択肢なのだろう。わたしも今の家に生まれ育たなかったら、そんな夢を持っていたのかもしれない。わたしが結婚するとしたら誰なんだろうか。フランツのことが思い浮かぶが、先のことは分からないと自身に言い聞かせた。
わたしのテストは無難に終了した。恐らく大半の科目で満点を取っただろう。だが、テストを終えたレーネは机に顔を伏せてしまっていた。
わたしが察した通り、出来が良くなかったようだ。彼女の成果を目で見て確認できる魔法の実習も、評価未満だったという。指定された評価事項を一つも満たせなかったのだ。分かりやすく言えば赤点だ。二か月後のテストで改善が見込めなければ再びテストを受けなければならない。
「わたし、次のテストはもっと頑張るよ。今のままだとかなりまずい気がする」
レーネはそう力なく、頷いた。
王女様はどうだったんだろう。初等部の評価まではさすがにわたしたちの耳にはなかなか届かない。彼女は自分の成績を気にしていたが、彼女ならそんなに悪い点数は取らないだろうという気はした。
友達のテストができなかったことを喜ぶようで嫌だが、ダミアンとの関係が進展しないのは不幸中の幸いだ。本当にこれからどうしようと、考えを巡らせたわたしの顔をレーネが覗きこんだ。
「こういっておいてなんだけど、今週末、時間ある?」
「ごめんなさい。今週末はフランツと出かける予定なの」
「そっか。クルトの誕生日が来週だから、プレゼントを買いたいんだけど、休み明けについてきてもらえるかな」
「分かった。いいわ」
クルトの誕生日か。いろいろ気になることはあるが、レーネがクルトのことをここまで気にしているのはいい変化かもしれない。
その後、レーネと学校を後にした。レーネといつもの場所で別れ、家への帰路を急いでいると名前を呼ばれた。
振り返ると、ペトラが立っていた。彼女は植木鉢の入った布の袋を手にしていた。
わたしは彼女の傍まで歩いていった。
「綺麗な花ですね」
「ええ。綺麗だったので家に飾ろうと思って買ってきたんです」
ペトラは肩をすくめると可愛らしく微笑んだ。彼女は辺りをきょろきょろと見渡す。
「今日はフランツ様と一緒じゃないんですか?」
「学校帰りだもの。いつも一緒にいるわけじゃないわ」
「そうなんですか」
彼女は眉根を寄せ唇を結ぶと、意思を込めた目でわたしを見据えた。
「クラウディア様とフランツ様は恋人同士なのでしょうか?」
「よく言われるけど、わたしと彼は幼馴染よ」
学校で最近よく耳にした問いかけに、苦笑いで返した。
フランツはわたしを好きだと口にするが、彼女に言うべきことでもないだろう。
「そうなんですね」
ペトラは言葉少なかったが、心なしかほっとしたような笑みを浮かべていたような気がした。




