お兄様が大好きな王女様をほほえましいと思いました
レーネは袋を受け取ると、目を輝かせた。彼女に渡した袋に入っていたのはケーキにバッグ。本当は授業に関係ないものを持ってきてはいけないのだが、こうしたものは見つかっても見過ごしてくれることも少なくない。
「ありがとう。クラウディア。大切にするね」
わたしは首を縦に振った。
レーネはクラウディアとの関係を断ち切った後、このプレゼントをどうするのだろう。
まあ、ダミアンとレーネがそうそうにくっつけば回避できると気楽なことを考えていたので、今のような状況になる前に買ってしまったのだけれど。捨てられたりしたらそれはそれだろう。
ここまではわたしの想定内のできごとだ。
問題はレーネにダミアンがプレゼントを渡すことだ。彼がレーネにプレゼントを渡すのは学校が終わって人気が少なくなってから。レーネは勉強するために学校に残っていた。そこにダミアンが現れ、プレゼントを渡される。誕生日を祝うだけならともかく、ダミアンが相手ということが大問題だ。ゲーム云々でなくてもそんなことを好きな相手にされれば嬉しいし、ますます好きになるだろう。だから、彼がプレゼントを渡すのはどうも避けたかったのだ。
とりあえずレーネを家に帰らせればいいと思っていたのだが、放課後になると彼女は机に座り、息を吐いた。
「帰らないの?」
「勉強をして帰ろうと思ったの」
「家でしたら? わたしの家に来てもいいし。勉強も教えるよ」
「クラウディアには二日間迷惑かけたから、今日は自分で頑張るよ。明日以降は合格点は取れると思うから大丈夫。それに家だと危ないけど、学校なら実習室もあるでしょう。予約もしちゃったもの」
彼女はそう微笑んだ。
魔法の実習は、実際に呪文を詠唱して魔法を発動させる。
魔法を使えるとしてもまだ魔法を学んでいる段階では、魔法の強さが安定せずに思いもよらぬ強い魔法が出てきたりもする。そのため、学内で魔法を発動させる場合、実習室内を推奨されていた。その主な理由は誰かにけがをさせないためだ。
実習室は学生たちがこぞって押し寄せるが、前もって自信のない生徒は練習を重ねているのと、数が豊富であるため、数が足りなくなるということはない。
わたしの家にはそういう部屋があって、昔は入り浸っていた。今はそういう部屋を必要とすることはなくなったけれど。
ダミアンの席を見ると、すでに鞄がない。帰ったのだろうか。
ダミアンがいないなら、レーネを無理に連れて帰る必要もないのかもしれない。それに勉強をするという彼女を妨害するのも気が引けたのだ。わたしは彼女の勉強の妨げにならないように、別れを告げ、教室を後にした。
校舎を出て、一息つく。
ダミアンからもらうまで一時間あまり。明日以降のテストもフランツとの復習でほぼ完ぺきにマスターできたし、勉強する必要性も感じなかった。
ここでダミアンがレーネにプレゼントを渡すまでこのあたりで時間を過ごそうか。
そういう考えを思いついたが、ストーカーのようで気が引けてしまった。レーネもそれを知れば気味が悪いと思うだろう。
わたしは自分がどうするかの判断を下せず、ぶらりと学校の中をうろつくことにした。帰るという判断を下せなかったのだ。
ダミアンを好きになればなるほど、彼女が真実を知った時苦しむだろうから。
校舎裏にある中庭にたどり着いたとき、金髪の少女がベンチに腰を下ろしているのが目についた。彼女はぐったりとその場でうなだれていた。ヘレナ様だ。体調でも悪いのだろうか。そう思い、彼女に歩み寄ろうとしたとき、彼女は体を起こすと、手を前方に掲げると、呪文の詠唱をした。彼女の手から出た炎はすぐに消え去った。瞬間的な火力だけはかなりのものだ。だが、逆に人が近くにでもいようものなら大けがをさせてしまう。
ヘレナ様は難しい顔をして手を凝視している。
わたしは彼女に注意を促すために、距離を詰めた。
彼女の足元に影が届くと、彼女は驚いたように顔を上げた。
「クラウディア様」
「一人ですか? ロミーさんは?」
「ロミーは先生から呼び出されていて」
一人でいる理由は納得した。
ヘレナ様はベンチから立ち上がるが、なぜか後退して自分の鞄を抱き寄せた。
わたしは彼女の行動に首を傾げながらも問いかけた。
「どうかされました?」
「明日のテストの自信がないんです」
彼女は今十一歳。年齢の割には手足が長くすらっとしていた。長身である王に似たのだろう。
初等部の彼女であれば、基本的な魔法を出せれば難なく合格ラインには行くはずだ。そもそも優等生である彼女に回復魔法以外の魔法が扱えないとも思えなかった。
「何か扱えない魔法があるの?」
「いえ、それは大丈夫なのですが、もっとコントロールがうまくなりたいなと思って。そう考えたらいてもたってもいられなくなって、ついここで魔法を」
さっきの強い炎を思い出す。彼女は一時的に強力な魔法を出せても、うまくコントロールができないのだろう。だが、それは中等部での学ぶ内容だ。まだ初等部の彼女がそこまで気にする必要はない。
「それは中等部で習うことだから、今気にすることもないと思うわ」
「それは分かっています。それでも、わたしはずっとトップでいたいんです。だから、もっと頑張らないと」
「おそらくヘレナ様だったらトップの成績も取れるんじゃないかしら。いつも通りに。だから、そんなに思い悩まなくてもいいと思うのだけれど」
「わたしのお兄さまはものすごく優秀なんです」
彼女はそうぽつりと言葉を漏らした。
彼女の兄というのは第二王子のことだろうか。第一王子は腹違いの兄だし、彼女にとって第二王子のほうが優先順位は高いだろう。
「お兄さんに負けたくないの?」
彼女は首を横に振る。
「逆です。お兄様はものすごく優秀だから、わたしは負けてもいいんです」
「だったら」
「だから、わたしが勉強を頑張って、みんなに優秀だと認めてもらえば、わたしより優秀なお兄様はもっと優秀だと認めてもらえるでしょう。だから、頑張りたいんです」
彼女はそう真剣なまなざしでわたしを見た。
彼女は本当に兄が大好きなのだろう。
今までヘレナ王女と関わる機会はあまりなく、ただ人気があると漠然と知っていただけだ。だが、なぜ彼女が人気があるのか身をもって知った気がした。今までエーリカさんのことがあって、王族によい印象を持っていなかったのもあったのかもしれない。
彼女の手が軽いやけどをしているのに気付いた。わたしは彼女の手を握る。
「でも、校内でむやみに魔法を使ったらだめよ。怪我をさせると大事になるわ」
「ごめんなさい。つい。でも、お城でも危ないからと必要最低限の魔法を出す方法しか教えてくれなくて。わたしはもっといろいろな魔法を使いこなしたいのに」
わたしが回復呪文を使うと、彼女の傷が瞬く間に治っていった。
「わたしもですね」
ヘレナ様は驚いたように目を見張るが、すぐに微笑んだ。
「焦らなくても大丈夫よ。ヘレナ様なら。あなたの優秀さは誰もが知るところでもあるし、あなたがこうして怪我をしたらあなたのお兄様だって悲しむと思います」
「クラウディア様はそう思われますか?」
わたしは頷いた。
「分かりました。クラウディア様にそう言ってもらえて、ほっとしました」
クラウディア様という呼び名を軽く流そうと思っていたが、やはり引っ掛かり問いかけた。
「一ついいですか?」
「何かしら?」
「なぜ、ヘレナ様はわたしを様づけで呼ぶんですか?」
彼女はわたしの問いかけににっこりとほほ笑んだ。
「わたしはクラウディア様を尊敬しています。だから、敬愛の意味を込めてそう呼んでいます」
きっとそれは数少ない回復魔法の使い手だからだろう。
彼女は本当にいい子なのだろう。それに自分に好意を向けてくれているからか可愛い。わたしはほんのりと心が温かくなった。
「あのお勉強を教えていただいて構いませんか? 分からないところがあって」
「わたしでよければ喜んで」
彼女は目を輝かせると、鞄をもってベンチの隅に移動し、ノートを取りだした。鞄をその場に置くと、王女様はノートを手にわたしのところに戻ってきた。
何か人に見られたくないものでも入っているのだろうか。
彼女の明日の試験科目と思しき教科のテキストを開くと、わたしに尋ねてきた。彼女のノートやテキストを見ているとかなり努力家なのだということを改めて実感させられる。彼女がここまでしてこの学校に通うのもお兄様のためなのだろうか。わたしはそんな彼女をほほえましく思いながら、目を細めた。
時折、他愛ない世間話を挟みながら、勉強を教え終わった後、ロミーさんが少し離れた場所に立っていたのに気付いた。
「申し訳ありません、気付かなくて」
わたしは慌てて頭を下げる。
「いえ、気になさらないでください。ヘレナ様、帰りましょうか」
ロミーさんの言葉に、ヘレナ様は頷いた。
彼女は離れた場所にある鞄に荷物を片づけると、深々と頭を下げた。
「クラウディア様、ありがとうございました」
「気になさらないでください。また、分からないことがあればいつでも聞いてくださいね」
彼女は何度も頭を下げ、ロミーさんに連れられ帰っていった。
ほほえましい気持ちで彼女を見送りながらも、わたしは何かを忘れているような気がしていた。
そう思った直後、わたしは思い出した。今日はレーネの誕生日だと。
だが、もうレーネがプレゼントをもらう時間をもう三十分以上も過ぎていたのだ。




