わたしには冷たいもう一人の幼馴染がいます
わたしはカミラと一階で別れる。彼女はこれから調理場に行くようだ。
三階にあがると、その一番奥の部屋の前に行く。そこがわたしの部屋だ。木彫りで装飾された扉を開けると、広い部屋が視界に飛び込んできた。部屋はわたしの昔の家の広さを余裕で上回る。二、三十人はいても余裕で遊べそうな、学校の教室くらいは余裕である部屋だ。その部屋にはベッドと本がずらりと並んでいる。
洋服もアクセサリも、ぬいぐるみもいろいろと持っているが、それでも部屋が広すぎてどうしてもだだっぴろい印象を受けてしまう。
制服を脱ぎ、クローゼットから取り出した白いワンピースに着替え、自分の姿を鏡に映しだした。
銀の髪に碧の目をした女性といっても過言ではない、大人びた少女の姿が映し出された。
顔立ちはどちらかといえば、父親似で、実年齢よりもかなり大人びて見える顔立ちだ。人形のような顔と形容されることも少なくない。そこに良い意味と悪い意味が含まれているのは分かっている。
「さて、そろそろ行くか」
わたしはぼうっとしていた時間を戒めるかのように頬を軽くつねると、リボンで装飾されたゴムを手に取る。長い髪を後方で一つに縛り、ショルダーバッグを手に取った。
それを肩にかけると、部屋を出た。
階段を下りると、二階の階段際にある部屋をノックした。
そこから黒髪の女性が顔を覗かせたのだ。彼女はゲルタといい、わたしの家でもう三十年以上働いてくれている女性だ。年は離れているが、幼いころからわたしの面倒を見てくれたもう一人のお母さんといった印象を持つ。彼女は家の食材の買い出しなどの雑務を一手に引き受けていた。
だが、彼女の表情にはどこか疲れが見え隠れする。
「どうかしたの?」
「なんでもありませんよ。何か御用でも?」
わたしは彼女の声色がいつもと違うのを見過ごさなかった。今の彼女は嘘をついている顔だ。
若干乱れた呼吸に、赤く火照った肌。わたしはベルタの額に触れた。彼女の額は燃えるように熱い。
「いつからなの?」
「今朝からです。申し訳ありません」
「いいのよ。ゆっくり眠っておきなさい。わたしからお母様たちには伝えておく」
「本当にクラウディア様には敵いませんね」
彼女はそうくすりと笑った。
一応、ほめ言葉ではあるのだ。
わたしはなぜかこうした人の気持ちや様子に敏感なところがある。それは前世からそうで、だからこそいまいち前世では友人も少なかった。クラウディアとして生まれた今生でも同じだ。わたしを慈しんでくれる家族のような人たちと、レーネの裏表ない性格にどれほど救われただろう。
「買い物はわたしがしてくるわ。誰にきけばいい?」
「買い物はフランツにお願いしたので、構いませんよ」
「フランツ? 戻ってきたの?」
わたしはその名前を聞き、顔を引きつらせた。
そんなわたしを見て、ベルタは目を細めた。
「ええ。先ほど。また喧嘩をされているんですか?」
「喧嘩なんて一度もしたことはないわ。ただ、気が合わないだけ」
わたしはそう言うが、ベルタはまた笑う。
平穏に囲まれた日々の中でわたしが唯一苦手に思う人がいた。それがこの家で暮らす、フランツ=ベルツだ。彼もわたしと同じ年で、何の因果かカミラとほぼ同じ時期に両親が彼を引き取ったのだ。いや、引き取ったというのも少し訳が違う。この家に出入りするようになったというのが正しいだろうか。
彼の部屋はあるが、数か月は家にいないこともあるし、かと思えば長期間この家の中にとどまったりもする。一応、お父様たちと雇用契約は結んでいるらしい。カミラを幼馴染と形容するなら、彼もそうなのだろう。
お父様やお母様、他の人たちの中で彼に対する何かの取り決めがあるのだろう。彼が突然いなくなったとしても誰も何も言わないし、話題にも出さないのだ。
そうした彼の謎めいた生態はどうでもいい。わたしが彼を苦手だと思っているのは、そうした謎があるからでも、生理的嫌悪でもない。そもそも生理的に嫌いという理由で、人を嫌っていいわけはない。彼はことあるごとに彼はわたしに挑発的な言葉をかけてくるのだ。わたしを嫌いなのか、わたしにだけ冷たいのだ。
一通りゲームとして知っている世界だとしても、主人公を中心に物語が描写される。だから、こんな主人公に意地悪をする女の家庭環境はどうかなんて物語の本筋に関係なければ描写自体されないし、わたしも興味がなかった。
フランツに対して主の娘であるわたしにそんな態度を取ってくるなんてと思うが、わたしのお父様もお母様も仲がいいからこその軽口をたたいているという大きな勘違いをしているらしい。
まあ、彼の功績をあげるとしたら、彼に冷たくされたおかげでわたしは少々のことでは怒らなくなったというのはあるだろう。それに嫌な面はあるが、彼も自分の仕事をこなしてはいる。だから、極力関わらないようにしていたのだ。彼は庭掃除や、植物の管理などを定期的に任されていたのだ。簡単にいえば庭師のような仕事だろうか。
「出かけるなら、フランツと一緒に行かれては?」
「一人で行きます。彼と一緒ではわたしの気がめいってしまいます」
「結構な言いようですね。お嬢様」
わたしの言葉が終わるのを待っていたようなタイミングで澄んだ声が鼓膜に届く。
わたしは顔を引きつらせ、振り返る。
腕組みをした金髪に青い瞳の男性がわたしのすぐそばに立ち、こちらを見て微笑んでいた。すらりとしているが華奢とはいいがたい体つきに、整った目鼻立ちは彼の性格を知っているわたしでさえ、目を奪われてしまいそうだ。彼の程よく低い声も不思議と心を和やかにさせる。もっとも、彼と会話をしている間にそんな気持ちは忘れてしまうのだけれど。
「ごめんなさい。あなたもわたしと一緒だと嫌でしょう」
「そうでもありませんよ。お嬢様と一緒に出掛けられるなんて光栄です。では、ご一緒しましょうか」
彼はわたしの嫌味をさらりと流し、笑顔を浮かべた。
「変なことを言わないでください。わたしは」
反発しようとしたわたしの隣を彼は指さす。
「立ち話も結構ですが、ベルタ様をそのままにしておいても?」
わたしはその言葉で我に返る。
ベルタはわたしと彼を見てにこにことほほ笑んでいる。だが、やはりその表情には疲労が見え隠れする。彼に文句は言いたいが、こんなことをしている場合ではない。まず、ベルタに休んでもらうことを優先しなければ。
「ベルタはゆっくり休んでね」
彼女はわたしの言葉に会釈すると、部屋の中に戻っていく。
「では行きましょうか」
「わたしはあなたと一緒には出掛けません。おひとりでどうぞ」
「そんなことをおっしゃらずに」
「二人で出かけるの? クラウディアをよろしくお願いしますね」
わたしと彼の険悪なやり取りに、間の抜けた声が届く。そこに立っていたのはわたしのお母様だ。
どうやら玄関の掃除を終えて戻ってきたところらしい。
最悪なタイミングだ。
お父様もお母様もわたしがフランツと一緒にいると喜ぶ。フランツはわたしの両親のお気に入りなのだ。
基本的にいい子のわたしは母親の期待のまなざしを裏切られずに、家を後にした。