告白をされたような気がしました
フランツがわたしの家に来たのは、カミラが来て、少ししてからだ。わたしは少しずつカミラに影響を受け、部屋に閉じこもるのを止めた。勉強もそれまで以上にするようになった。そんなとき、フランツが家にやってきたのだ。フランツは笑みを浮かべるどころか、顔を強張らせていた。
家に来たのはフランツだけではない。彼と一緒に大人も何人かきて、険しい顔をしていたのは覚えていた。わたしは新しい友達が増えたと単純に喜んでいたが、彼らはもめていたのだ。カミラとフランツを引き取るべきではない、と。
当時は意味が分からず、フランツを自分の部屋に招き、遊ぼうとした。誰かがそんなわたしとフランツの間に立ち、妨害したのだ。だから、わたしはその人に向かって怒鳴ったのだ。「わたしの友達を連れて行かないで」、と。すると彼らは顔を見合わせ、何かを相談し始めた。
わたしはその隙にフランツとカミラの手を引き、自分の部屋に連れて行き、鍵をかけた。その間、わたしを呼び止めるお父様の声が聞こえたが、聞く耳なんて持たなかった。
わたしの部屋にはトイレもお風呂もついていて、お菓子も常備されていた。だから、立てこもるにはたいして困らない。
フランツはわたしともカミラともほとんど会話をせず、ソファでじっとしていた。いつの間にか眠ってしまった彼にタオルケットをかけ、わたしとカミラは彼を起こさないようにおとなしく過ごしていた。
翌朝、お父様に呼ばれ部屋を出て行くと、フランツがここで暮らすことになったと聞かされたのだ。どんな話し合いが行われたかは分からない。ただ、今から考えたらわたしのしたことは、大人の事情も分からない子供が駄々をこねただけだと思う。それがなぜか通ってしまったのだけれど。
「わたしの友達を連れて行かないでとごねただけで、たいしたことなんて何もしていないわ」
「普通なら子供の戯言として片づけられたでしょうけど、すでに回復魔法を使えたクラウディア様を敵に回したくはなかったんでしょう。その件があって、周囲は渋々承知したと。本当は僕はルト地区にある孤児院に連れていかれる予定だったんです」
ルト地区とは王都であるこの町から汽車で一週間ほど行った先にある静かな田舎町だ。人口もこのあたりとは比べ物にならないほど少ない。
わたしも名前を聞いたことがあるだけで、実際に行ったことは一度もない。
「知らなかった」
「アレックス様に口止めされていましたから。そんなことは気にせずに、普通にクラウディアの友人になってほしい、と」
お父様の言いそうなことだ。きっとそんなことで恩を感じてほしくはなかったのだろう。
お父様はフランツやカミラがわたしの友人になってくれるのを強く望んでいたのだ。
「だったら気にすることはないわ。あなたはわたしの友達になってくれたでしょう。恩返しも十分にすんだのよ」
「まだ僕の気がすみませんから」
「そんなことを言っていたらきりがない」
「だから、ずっとこの家にいるつもりです。クラウディア様の迷惑でなければ。あなたのためならどんなことでもします」
だからこそ、彼は何かとわたしを気にかけてくれたのだろうか。そんな些細なことをわたしもお父様も気にしていないのに。
「どんなことでもって、わたしが恋人になってといえば、なってくれるの?」
「それがお嬢様の望みならば」
きっとどこかで学校でわたしとフランツが恋人扱いされているという意識があったのだろう。だから、そんな意地悪めいた問いかけを彼に投げつけた。だが、彼は笑顔を崩さなかった。
普通なら彼のような人間に愛を囁かれ、胸をときめかせるかもしれない。だが、彼がこの家に来た経緯を聞いたからだろうか。その言葉はわたしの胸の奥にある何かを刺激した。悲しい気持ちが一気にあふれ出した。
わたしは拳を握り、フランツを見据えた。意識したわけではないのに、視界が霞んできていたのだ。
「クラウディア様?」
フランツは虚をつかれたようにわたしを見た。
「そんなことは許しません」
「だから、お嬢様が望まないなら、僕は」
「あなたはそうした恩義を気にせずに、自分の心にありのままに生きるべきよ。そして、誰かを好きになるかもしれない。その相手を思いなさい。その人がどんな相手でもわたしは祝福するわ。だから、そんなに悲観しないで」
フランツは意外そうな顔でわたしを見る。まるで国語の問いに数学で答えたような顔をしたためだ。
「何でそんな顔をするのよ」
「いや、僕はお嬢様が好きだから、恋人になりたいと言っただけで、お嬢様がそう望まないのなら恋人にはならないと当然のことでしょう。あなたを力づくでものにしようとしたら、お嬢様にもカミラにも半殺しにされかねません」
「え?」
わたしは顔が赤くなるのを実感してフランツを見た。
彼はいつも通りににこやかに微笑んでいた。
わたしは今記憶のある人生では、恋人がいたこともない。だから、まともに告白されたこともない。だが、今の言葉がまぎれもない告白に聞こえてならなかった。
わたしは何か大きな勘違いをしているのだろうか。そんな疑問を肯定したくて、彼に不満めいた言葉を綴った。
「それって告白みたいじゃない」
「だから、ずっとそう言ってきましたよ」
「冗談だとばかり思っていた」
「そんな悪質な冗談は言いません」
わたしは今まで彼の言葉を本気でとらえてなかった。だからこそ、彼に返事をしていいかわからなかったのだ。
「今すぐ返事を求めているわけでもありませんから」
わたしの動揺をくみ取った声が届き、その彼の言葉が妙にくすぐったく、わたしの心臓の鼓動を速くした。不快感は全くない。そんな体を熱する心臓を静かにさせるために、強い口調で言い放った。
「明日、点数を取れなかったら、あなたのせいよ」
「え?」
フランツは目を見張る。
「そういうことばかり言うんだもの。勉強に集中できなくなる」
「申し訳ありません。もう聞きなれた話だと思っていました。それにクラウディア様のことをもっと好きになりました」
わたしはきっと彼に勝てない。魔力や学力ではなく、もっとこうした根本的なことが……。ただ、勝ち負けという表現を使うのは正しくない。その気持ちに悔しさは皆無で、心全体を包み込んでくれるような優しいものだ。
「フランツはなんでもするのよね?」
「はい。お嬢様の望みであれば」
「なら、勉強を教えて」
フランツは優しく笑うと、「かしこまりました」と口にした。
 




