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レーネの作ったケーキを結果的に奪ってしまいました

 ドロテーの手からパウンドケーキの入った袋が滑り落ちた。

 わたしは慌てて、ドロテーに駆け寄った。


「クラウディア、聞いて……」

「ごめんね。本を返していないのを思い出して」

「そっか。なんかかっこ悪いね」


 そう言ったドロテーの目から大粒の涙が零れ落ちた。彼女はごめんと言葉を紡ぐと、手の甲で何度も目元を拭った。


「バカみたいだよね。しっかり確認しておかなかったわたしが悪いのに」

「そうかもしれないけど」


 嫌いなものをもらっても仕方ない。それは分かっているが、もっと言い方があるんじゃないだろうか。

 嫌いにもいろいろある。アレルギーだってあるし、命にかかわる可能性もゼロではない。だから、食べろとは言えない。もちろん、食わず嫌いであれば食べてくれるのが一番うれしいことには変わりないが……。


 だが、捨てるとかそういう言い方はあまりにない。

 ドロテーは料理が苦手で、彼女なりに本を見ていろいろ勉強をしていたのに、そうした時間をすべて否定されたような気がしているのではないか。そう思えてならなかったのだ。


「だったら、これわたしにちょうだい。わたしのと交換しよう」


 わたしは鞄からカミラにあげるはずだったパウンドケーキを取りだした。彼女なら分かってくれるだろう。


「ありがとう、クラウディア。さすがに自分では食べられないし、捨てられない」


 わたしはドロテーに自分の使ったケーキを託した。地面に落ちたケーキを拾い上げた。

 ドロテーが落ち着くのを待って、彼女と公園の近くで別れた。

 わたしはケーキの袋を見てため息を吐いた。


「好き嫌いか」


 確認しておかなかったのはミスだ。だが、彼はそもそもドロテーに嫌いなものや食べられないものはないと言っていたはずなのに。そう思うと釈然としない。きっと女の子に自分をよく見せるための一つの方法だったのだろう。


 わたしはふっと思い出した。レーネはドロテーと同じ材料でケーキを作っていた。彼女もダミアンは好き嫌いがなく、それをあげると言っていたのだ。このままだったらダミアンはどうするのだろう。受け取ったらドロテーの気持ちはどうなるんだろう。受け取らなかったら、レーネはどう感じるのだろう。


 わたしはそう思うと慌てて学校への道を引き返した。


 昇降口に来たとき、レーネと顔を合わせる。彼女は調理実習で作ったパウンドケーキを手にしていた。

 まだ、ダミアンには渡していない。


「どうしたの?」

「あの、今からそれを渡すの?」

「うん。今から、待ち合わせをしていてね。喜んでくれるかな」


 わたしの脳裏に泣いていたドロテーの姿が蘇る。ダミアンはそれを好きじゃない。そう言ってしまえばいい。だが、それを知ったレーネはどうなるのだろう。きっと彼女みたいに自分が作ったのを後悔して、作らなければよかったと思うのだろうか。そんなことさせたくない。


「また明日ね」


 去っていこうとしたレーネの腕をわたしはつかむ。


「レーネのケーキはおいしいよね。だから、わたしもレーネのケーキを食べたいな」

「でも、これダミアンに」

「ダミアンはまた今度でいいんじゃないかな。ね? わたしのと交換しよう」

「うん……?」


 レーネはよくわからない状態でケーキをわたしに差し出した。わたしはそれを受け取ると、フランツにあげるはずだったケーキを差し出した。


「じゃあね」


 わたしは彼女に返してと言う隙を与えないように、そそくさとその場を去る。

 そして、学校の外に出ると一息ついた。


 とりあえずレーネが嫌な思いをするのは避けられた。

 ただ、この言い方はさすがにない。今度はもっとスマートに言えるように語呂を増やしておこう。


 まっすぐ家に帰る気がせず、さっきドロテーとダミアンがあっていた公園に入った。

 わたしはベンチに座ると、短く息を吐いた。


 わたしはドロテーから経緯はどうであれもらったケーキを口に含む。

 ブルーベリーの風味がそっと口の中に溢れる。

 レーネのも食べてみた。ドロテーと一緒に作っただけあって、味もよく似ていた。


「本当、おいしいのにな」


 わたしは我に返る。これはまさしく食べ物を奪う行為だったのではないか、と。

 仕方ないとはいえ、これはまずかったのかもしれない。

 わたしはため息を吐くと、天を仰いだ。


「お嬢様がなんて顔をしているんだよ」


 顔を上げると、クルトが苦笑いを浮かべながらわたしの傍に立っていた。


「いつもこんな時間に帰るの?」

「今日は特別だよ」


 彼はそういうと、洋菓子店の紙袋を鞄から取り出してわたしに見せた。

 ここから歩いて一時間半くらい離れた場所にある洋菓子店で、材料等に拘りがあるらしく、あまり大量のお菓子を作らないお店ということで有名だ。午前中には商品が売り切れてしまうため、わたしも数えるほどしか食べられない。


 午前中は学校にいるはずのクルトがそれを持っているのも不思議な気がしたし、そのお店は学校らとても離れた場所にある。それに、クルトはレーネの近所に住んでいる。家に直行したほうが早いのにわざわざこのあたりまで戻ってきたのがよく分からなかった。


「王女様からもらったんだよ。この前、釣り合わないといったお詫びと口止めとしてね。別に気にしてなかったんだけど、どうせだからもらっておこうと思ってさ。一緒に食べない?」

「また噂流されるかもよ」

「大丈夫だろう。お前の幼馴染が学校に来てくれたお蔭で、俺なんか眼中にないってわかったみたいだろうし」


 そうクルトは明るく言い放った。

 決して自分を卑下したわけでもない。ただ、わたしを気にかけてくれてるのだ。


 王女様の影響で噂は消えたが、わたしが気づかないだけで、まだ噂の欠片は学校に点在していたのだろう。それをフランツが拭い去ってしまったのだろうか。


 彼はわたしの隣に座ると袋を開け、そこから箱を取りだした。ビニールのフィルムで個別包装されたマドレーヌを取りだした。それをわたしに渡した。


「やるよ」

「でも、クルトがもらったものでしょう」

「別にいいよ。ここ、昼前に売り切れるから食べたことなかったんだよな」

「わたしも数えるほどしか食べたことないわ」

「なら、ちょうどよかったな」


 わたしはお礼を言うと、その封を開ける。一口食べるとしっとりとした風味が口の中にとけいってきた。


「おいしい」

「よくわからないけど、元気出せよな」

「ありがとう」


 レーネにしか優しくないというのはわたしの思い過ごしだったんだろう。

 今ならなぜクルトが人気があるのかわかる気がした。

 レーネの作ったケーキはやはりクルトに食べてほしかった。レーネ自身の気持ちが大事なことは嫌というほどわかっていた。


「よかったら、これ一緒に食べない?」

「いいけど、お前のクラス、調理実習だったんだっけ?」

「レーネから聞いたの?」

「いや、クラスメイトがお前の作ったパウンドケーキを食べたいと話をしていたから。相変わらずお嬢様は大人気だな」

「わたしが作ったものはもう手元にないけどね」


 わたしは彼にパウンドケーキを差し出した。彼はそれを受け取ると口に含んだ。

 まずドロテーが作ったものを食べていて、軽くうなずく。続けて、レーネが作ったものを口に含んだ。

 彼の動きが止まる。


「間違っていたらごめん。これ、レーネが作ったもの?」

「よくわかるわね」

「なんとなく。やっぱりそうか」


 クルトはそういうと目を細めていた。

 彼があっさりとレーネの作ったパウンドケーキを当てたのはすごいなと思った。そして、どれほど、彼がレーネのことを思っているのか、わたしは改めて気づいた気がした。


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