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フランツが学校にやってきました

 テキストに目を通していると、わたしの体に影がかかり、名前を呼ばれた。声をかけてきたのは調理実習で同じ班になったパウラだ。彼女は赤い前髪に触れると、目を細めた。


「何かいいことでもあったの?」

「なんでもないよ。何か用だった?」


 わたしはクラスメイトの問いかけに苦笑いを浮かべた。

 今朝、同じことをレーネにも聞かれたのだ。

 その理由は昨日、フランツと博物館に行く約束をしたからだろう。

 ただ、来週にはテストも控えているため、行くのはもう少し後になりそうだ。


 パウラはわたしの前の席に座ると、手を交差させて組み、あごを乗せた。


「そういうことにしておいてあげる。じゃ、本題ね。クラウディアは何のケーキを作るの?」

「ココアとチーズ入りかな」

「なら、わたしはオレンジピールにしようかな。どうせなら違う味を楽しんだほうがいいしね。だから、クラウディアのを一つ頂戴ね」

「構わないわ」


 わたしは友人の言葉に微笑んだ。

 いつもと違う授業があれば、新しい友人もできるし、新しい話題で盛り上がるのは珍しくもない。だからこそ、わたしには気にかかることもあった。


「そうなんだ。そこに二人で出かけたんだ」


 レーネの声が耳に届き、右手に視線を送る。真ん中辺りの席にはレーネとドロテーの姿があった。今まではなす機会がそんなになかった二人は妙に意気投合し、よく会話をしていたのだ。それだけならよかったが、どうやらレーネはドロテーの好きな人がいると聞いたらしく、ドロテーの好きな人の話題の聞き役になっていたのだ。そして、その相手が好きな人どころか恋人に近い関係であることも明言される前に気付いたようだ。


 レーネも好きな人がいると打ち明けたようで、お互いに好きな人として同じ人の話をしているという胃の痛い状況が続いていた。


「なんの話?」

「ドロテーが友達と遊びに行ったときにおいしいケーキ屋さんがあったんだって。その話」


 二人の話に割って入ったダミアンに、レーネはそう笑顔で答える。

 ダミアンは一度眉根を寄せたが、すぐに笑顔を浮かべた。

 自分が話題の中心になっていると気づいたのだろう。


 これは何の試練なんだろう。

 無関係なはずのわたしの胃がきりきりと痛むのに、何で当の本人のダミアンはそんなに楽しそうに話をしているんだろう。

 わたしが小心者なのか、ダミアンが意外と大物なのか。実は内心気にしている可能性もあるが、わたしにはそこまで分からなかった。


「クラウディア、顔色悪いけど大丈夫?」

「大丈夫」


 わたしは暗い気持ちで答えた。


「体調悪かったら帰ったほうが良いよ」

「そうね」


 早く調理実習が終わってくれるのを待つばかりだ。


「今、すっごくかっこいい人と校長が話をしていたんだけど、転入生かな」


 元気いっぱいの言葉とともにクラスメイトが入ってきた。


「誰?」


 パウラの興味はそっちに移ったのか、弾んだ声で問いかけた。

 かっこいい人か。フランツとどっちがかっこいいんだろう。

 そんなフランツには絶対言えないようなことを漠然と考えていた。


「ここから見えるよ。顔は見えないかもしれないけど」


 叔母様の知り合いなら、知っている人の可能性もある。

 わたしは何となく窓の外を見た。その叔母様と一緒にいる人を確認した途端、眉根を寄せた。顔ははっきり見えないが、見間違えるはずはない。そして、思わず時間を確認していた。

 まだ昼休みも半分を過ぎたばかりで、行って戻ってくるには十分だろう。

 門のところに立っていたのはフランツだったのだ。その隣には叔母様がいて、話をしていた。

 フランツの知り合いはここにはわたし以外通っていないはずだ。そのため、彼はわたしに用事があってきたのだろうと確信していたのだ。


 わたしは席を立つと、教室の外に出た。

 階段を半分ほど降りたとき、先生から呼び止められた。


「今、校長からブラントさんに」

「はい。門のところに家の人が着ているんですよね」

「見たのなら話は早いわ。家の人が着ていて、何か届け物があるらしいの」


 わたしは頷くと、階段をおりきり、昇降口の外に出た。

 そのタイミングでフランツと叔母様が昇降口のところにやってきたのだ。


「フランツ、どうしたの?」


 彼は手にしていた紙袋をわたしに渡した。そこには次の授業で使うテキストが入っていたのだ。

 全然忘れたことに気付かなかった。


「これ」

「今日、カミラが掃除に入った時に見つけたそうです。イルマ様に確認したら、今日その授業があると聞いて持ってきました」

「わざわざごめんなさい」

「近いのでかまいませんよ。ではこれで」


 そういうフランツを見送ろうとしたとき、わたしは背後であるものを見て、あからさまに顔を引きつらせた。昇降口から見える木の陰で、あのペトラの家の帰りに見たお面をかぶった少女がこちらを覗きこんでいたのだ。彼女はこの学校の制服を着ていた。


 あの怪しいお面を来た少女がなぜここにというか、この学校の生徒なの?

 標的はわたしか、それともフランツなのか。


「クラウディア様? どうかなさいました?」

「あそこに怪しい人影がいたんだけど」


 もうわたしが指した場所にはいなくなっていた。

 なんというすばしっこさだろう。

 怪しいと形容したものの、お面を隠して生徒の群れに紛れ込んでしまえば分からないわけで、実はわたしの見知った人が犯人ということもありえるのだろうか。


 フランツはわたしの手をつかむ。


「家に帰りましょう。クラウディア様を狙っているのかもしれません」


 怪しいは言い過ぎだった。この過保護な幼馴染たちには禁句だ。


「ここは大丈夫だと思うけどね。それにこの子を狙うなんて命知らずはこの学校にいないと思うわ」

「しかし、クラウディア様に何かあったら」

「大丈夫よ。今まで無事だったんだし、そういう怪しさじゃないの」


 わたしは必死に弁解するが、当のフランツはあまりわたしの言葉を理解していないようだ。

 叔母様は苦笑いを浮かべ、わたしとフランツのやり取りを聞いていた。彼女は顔の前でぱちんと手を合わせた。


「気になるなら、放課後までここでクラウディアを待っておけばどう? 近くにいたら安心でしょう?」


 フランツは笑顔で「そうします」と告げていた。


「だから、大丈夫よ。あなたは先に帰ってなさい」

「まあ、いいじゃない。彼に一度この学校を案内したいと思っていたところなのよ」


 叔母様の一声で、フランツはわたしの授業が終わるのを待つことになった。

 教室まで送るというフランツを叔母様に押し付け、わたしは足早に教室に戻ることにした。


 教室に戻ると、扉のところには興味津々といった顔をしたクラスメイト達の姿があった。そこにはさっきわたしに話しかけていたパウラもいた。

 あれだけ注目を浴びていると、これは避けられないのだろう。


「あの人、クラウディアの恋人なの?」

「幼馴染よ。お父様の知り合いなの」

「いいな。あんなかっこいい幼馴染がいるなんて。お似合いだよね」


 パウラはそううっとりとした表情を浮かべた。

 クルトとフランツへのクラスメイトの反応の違いは何なのだろう。

 クルトとのことを思い出し、軽い罪悪感に苛まれていた。


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