お父様に王子様について聞いてみました
わたしは食後のコーヒーを飲むお父様を横目で見ると、自分のケーキにフォークを入れる。
お父様が買ってきてくれたケーキを食後に食していたのだ。お父様の買ってきてくれたケーキは当然おいしいが、それ以上に気になることがあったのだ。
王女様に叱責された後、わたしとクルトの噂があっという間に学校から消えた。
なんでも王女様はわたしとクルトの噂を聞き、かなり怒りをあらわにし、それから皆、クルトとわたしの話を口に出さなくなったのだ。
まあ、わたしとしてはカミラたちの耳に入る前に自体が収束し、一息つきたいが、わたしには気がかりなことがあったのだ。
「お父様、わたしに婚約者がいたりしないよね」
「いないよ。いつも言っているだろう。君は好きな相手と結婚しなさいと」
「そうだよね」
やはりあれは王女の勘違いだったのだろうか。
王子と勝手に婚約をされていたとしたら、もしくはする可能性があるのなら、お父様だってわたしに話をしてくれるだろう。
「好きな相手でもできたんですか?」
隣に座っていたカミラがそう尋ねる。
「いえ、学校でレーネの幼馴染と付き合っていると噂を流されたの」
お父様は眉根を寄せ、手の動きを止める。
お父様は自由恋愛を推奨しているといっても男の人の話をするとこれだ。
「付き合う前にまずはわたしたちに報告をしてもらわないと困るよ」
「だから、噂で実際は付き合っていません。その時、ヘレナ様がきて、自分の兄がいるのにこんな男と付き合うなと言われてしまって。不思議ですよね。わたし、王子と関わりを持ったことはないのに」
顔を合わせ、話をしたことはある。だが、その程度で友人としての付き合いもない。
カミラはくすりと笑う。
「どうかしたの?」
「なんでもありません。ヘレナ様はどうなさったんですか?」
「黒髪の女性に連れていかれました。確か、ロミーさんという人だったと思います」
ロミー=バールといい、ヘレナ様の護衛をしている。そもそも王家の人間はわたしたちとは同じ学校に通うことはあまりない。学ぶことが多すぎて、第二王子や第三王子も特別カリキュラムでお城の中で教育を受けているのだ。だが、絶対にお城で教育を受けないとというわけではなく、ヘレナ様のように学校での教育を望まれる王族もいて、そういう人たちは常に護衛と行動をすることになっている。
彼女は学校の授業が終わった後は、城で特別な教育を受けているそうだ。彼女がなぜ、そこまでして今の学校に通うかは定かではない。成績もすこぶる良く、今の学年では常にトップを維持し続けていた。
自分を特別な存在としてふるまわず、裏表のあまりない素直な性格は先生や生徒たちの人気も高い。ただ、本当に取り繕わないので、ああやって怒りをあらわにすることも少なくないようだ。その愛らしい顔立ちと身分の高さで相当のことは許されている気がした。
ちなみに、今はロミーさんだけだが、ヘレナ様がこの学校に入学した当初はそれなりの数の護衛がいたはずだ。今は彼女自身の能力もついたためか、ロミーさん一人が護衛となっている。もちろん、車で送り迎えはされているので、歩いて登校をすることはほとんどないようだ。
噂では再婚後に生まれた兄弟の中で彼女が一番能力が高いとか。だが、第二王子と第三王子は民衆の前にあまり姿を現さないので、そう言われているにすぎないのだろう。
「きっとヘレナ王女にも思うところがあったんだよ。君は好きな相手と恋愛をしたらいい。わたしたちもそれを拒むつもりはないよ。ただ、必ず付き合う前にわたしたちに紹介しなさい」
「分かっています」
もっともそんなのはずいぶんあとになりそうだけれど。
まずはダミアンをどうにかしなければいけない。
「クラウディア、ここにフランツと一緒に行ってきたらどうかな。知人からもらったんだよ」
わたしはお父様が差し出してくれたチケットを受け取った。そこには千年の歴史の秘宝展と記されていた。その館長とお父様が旧知の仲で、よくチケットをもらうのだ。わたしはこうした歴史の展示会に行くのが好きだったりする。
「行きます。フランツに聞いてきます」
わたしはケーキを食べ終わると、食器を手にする。
なぜフランツの名前が出るのかといえば、こうしたものに付き合ってくれるのは専ら彼の役目だ。
それをカミラが制した。
「わたしが片づけておきますので、フランツに聞いてきたらどうでしょうか?」
「ありがとう」
わたしが食堂を出ようとすると、フランツがちょうど入ってきた。
「フランツ、あのね」
フランツの視線がわたしの背後に向く。
「用事はクラウディアに話をしたよ」
彼はお父様に呼ばれてここに来たのだろう。
カミラがくすりと笑う。
「何だよ」
「いえ、さっきお嬢様から面白い話を聞きまして」
「面白い話?」
ヘレナ様にされた話だろう。
「今日」
と言いかけて口を噤んだ。王子様との婚約疑惑は解消したのだ。
まさか、フランツにまで自分が王子様と婚約していると誤解されたなど言う必要もない。
下手をしたら、わたしが痛い人間みたいだ。
「なんでもないわ。これをお父様からもらったの。一緒に行きませんか?」
わたしは博物館のチケットをフランツに渡す。
「ご一緒いたします」
彼は意外そうな顔をしたが、そうにこやかに微笑んだ。




