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王女様に怒られました

 わたしはあくびをかみ殺すと、学校へと急いだ。昨日はペトラに会いなんだか疲れてしまった。それにあのお面をかぶった少女はなんだったのだろう。


 そう思ったとき、背後から肩を叩かれた。

 振り返るとレーネが立っていたのだ。

 わたしはどきりとしながらも、会釈した。


「今日はどうしたの? 疲れている」

「なかなか眠れなくて」

「無理はしないでね」


 レーネは優しく微笑んだ。

 まあ、さすがにわたしもペトラのことだけを考え眠れなかったというわけではない。

 今の成績を維持するために勉強をしないといけないし、今週は調理実習、来週はレーネに誕生日といろいろ気にかかることも多い。


 そういえば、昨日、材料を買わずに帰ってきてしまった。

 明日あたり、材料を買いに北通りまで行こうかな。

 ただ、あそこに行くと何のめぐりあわせかダミアンの嫌な姿を見てしまうため、あまり行きたくはないのだけれど。


 レーネのプレゼントはすでに一つは準備済みだ。一つはレーネが以前ほしいと言っていたショルダーバッグで、もう一つはわたしのお手製のケーキを贈ろうと決めていたのだ。そろそろそちらの材料も買わないといけない。


 そんなことを考えていると学校へと到着する。そして、昇降口に入ろうとすると、叫び声が聞こえてきたのだ。


「クラウディア様とクルトが付き合っているの?」


 わたしはその言葉を聞いたとたん、固まっていた。

 わたしとクルトのどこにそんな要素があるのだろう。

 レーネは驚いた様子でわたしを見る。


「そうだったの?」

「違うよ。ただのデマ」

「本当?」

「本当」

「そうだよね。だって、まさかクルトとクラウディアがお互いを好きだなんて、今まで感じたこともなかった」


 レーネは複雑そうな顔で、ぶつぶつと何かを言っていた。


「それって嘘じゃないの。クルトはかっこいいけど、さすがにクラウディア様にはつりあわないよ。クルトが一方的に惚れているのかしら」

「そう思うけどさ。クラウディア様が、クルトに好きな女の子はいないか詰め寄っていたらしいの。だから、クラウディア様がだと思う」


 わたしが付き合っていると噂されて本当のことならいいが、わたしとクルトはただの知り合いでしかない。

 わたしはレーネの手を引き、昇降口に入った。

 噂の主のクラウディアが現れたためか、昇降口がしんと静まり返る。まるで音だけを誰かが盗んだような静けさだ。わたしは噂をしていた二人組のところまで行く。二人組はしゃんと背中を伸ばし、わたしを凝視していた。


「クルトと付き合っても、告白してもいません。クルトのためにも、変な噂は流さないでください」

「そうですよね。申し訳ありません」


 二人は深々と頭を下げると、階段のほうへ駆け出して行ったのだ。

 一応、否定はしたが、噂はそんなに簡単に消えないだろう。

 そのわたしの考えを証明するかのように、教室に入っても、移動教室をしていても、クラウディアとクルトの噂を耳にする。そのどれもがクルトにクラウディアがもったいないというものだった。


 わたしが恋愛すると、よほどの相手でないとこういう感じになってしまうのだろうかということを改めて思い知らされた気がした。




 わたしはため息を吐くと、お弁当の蓋を閉めた。

 レーネがそんなわたしを見守り、優しく微笑んだ。


「そのうち、噂は消えるんじゃないかな」

「でも、何か嫌だね」


 噂にも戸惑ったが、それ以上にクルトがわたしとつりあう、つりあわないで論じられていることが心苦しい。そもそもそこまでの詮索は余計なおせっかいなのだが、噂を流している人たちにはそんなことはお構いなしなのだろう。

 だが、レーネがわたしを信じてくれたのだけは不幸中の幸いだ。レーネまで噂を信じてしまえば、クルトに申し訳が立たない。


 そのとき、向かい側の校舎で窓辺からクルトが窓の外を覗きこんでいるのに気付いたのだ。


「わたし、クルトに謝ってくるよ」


 レーネはわたしの視線を追う。


「わたしから言っておこうか。噂、余計に流されるかもしれないでしょう」


 クルトとレーネが話をするチャンスかもしれない。だが、わたしが招いたことだ。だから、自分の口で謝っておきたかったのだ。


「自分で謝らないといけないと思うの。ありがとう」


 わたしはレーネにお礼を言うと、クルトのところまで行く。

 彼はわたしが名前を呼ぶ前に、こちらをちらりと見た。

 わたしは頭を下げた。


「ごめんなさい。まさか、このようなことに巻き込んでしまうとは思わなかったの」

「別にいいよ。そのうち噂も消えるだろうしね。クラウディア様と俺がそもそもつりあうわけもないし、興味本位な噂も消えるだろう」

「つりあう必要もないでしょうけどね」


 わたしはそういうと微笑んだ。

 クルトは意味が分かったのか、顔を背けたのだ。


「レーネにはしっかり否定したし、彼女も信じてくれたから安心して」

「別の俺はあいつなんか」

「分かっています。でも、幼馴染には誤解されたくないでしょう」


 彼は腕に顔を乗せると、窓の外を見やる。


「昨日、お前が言ったこと当たっているよ。俺は」

「クラウディア様」


 そう辛辣な口調で綴った、クルトの声は甲高い声にかき消された。

 そこには金髪の少女が両腕をぴんと体の後方に向けて伸ばし、立ってたのだ。

 わたしは彼女の顔を知っている。この学校に通う第一王女、ヘレナ=オットーだ。

 クラウディアと呼ばれるのは分かる。だが、彼女は今、わたしの聞き間違えでなければ様と呼んだ気がした。


「お兄様というものがありながら、こんな男と付き合っているんですか?」


 王女のお兄さまというのは、要は王子様。

 わたしは彼らと付き合った記憶は微塵もない。婚約もしているどころか、噂さえ聞いたことがない。


「何の話?」

「ヘレナ様」


 黒髪に青い瞳をした女性がかけてきて、王女の腕を捕まえた。


「何をなさっているんです。問題を起こさないと約束したでしょう」

「問題を起こしてません。妙な噂の真相を確かめようとしただけです」

「お兄様に怒られますよ」


 その言葉にヘレナ王女が顔を引きつらせた。


「本当に申し訳ございません。きつく言って聞かせますので、ここは許してください」


 わたしがクルトを見ると、彼も唖然と王女を見ていた。


「気になさらないでください。それに、わたしとクルトの話は根も葉もない噂です。恋愛の話をしていたことを、周りに誤解をされてしまったようです」

「本当ですか?」

「本当です」

「ヘレナ様、戻りましょう」


 王女はわたしとクルトに会釈をすると、来た道を戻っていったのだ。


「お前、王子と婚約しているのかよ。さすがだな。第一王子は行方知れずだし、第二王子か? ということは次期王妃か」

「していません。それに、王子と会ったこともないわ」


 王家に関係がある人間で直接接したことがあるのはエーリカさんだけで、他の人たちはせいぜい顔は知っている程度に過ぎない。

 そういえば、なぜヘレナ王女はわたしを様と呼んだのだろう。わたしより身分が上の王女に様と呼ばれる理由はない。

 わたしには分からないことだらけだった。


 教室の戻ったらレーネにどうだったかと聞かれ、謝っておいたとだけ答えた。

 王女様の意味不明な言動はさすがに伏せておくことにした。

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