奇妙なお面をかぶった少女に見つめられていました
彼女の家は大通りの離れにある、一戸建てだ。家の壁はピンクで、その色合いが派手でも地味でもなく、可愛い雰囲気を放っていた。この近くには戸建てが多いが、家々の中に咲く、一輪の花のようだ。
彼女は玄関を開けると、わたしたちを招き入れてくれ、客間に通してくれた。客間も緑色のクッションに白のテーブルが置かれていて、優しい雰囲気を与える。
彼女はわたしとフランツにソファに座るように促すと、奥の部屋に消えていった。そして、紅茶を三人分とブルーベリーのドライフルーツを生地に混ぜ込んだパンケーキを二枚ずつお皿の上に盛っていた。
それをわたしとフランツの前に置き、微笑んだ。
「よかったらどうぞ。今朝、ちょうど焼いたので」
わたしは彼女に勧められ、パンケーキを口に運んだ。しっとりとした程よい甘さが口の中に広がった。
「おいしい」
「ありがとうございます」
ペトラの視線がフランツに向く。
「フランツさんのお口には合いますか?」
「おいしいですよ」
ペトラは頬を赤らめ、微笑んでいた。
わたしはぺトラを見ていて妙な違和感を覚えながらも、本題を切り出すことにした。
「あなたはダミアンのことが好きなのよね?」
彼女はためらいがちに目を伏せた。
わたしはフランツがいたことをすっかり忘れていた。
フランツの存在というよりは、そもそもわたしはフランツに隠し事をしたことがないから、彼の前でこういう話をしても全く抵抗がなかったのだ。だが、ペトラとフランツは初対面で、初対面の彼の前では恋人の話をしたくはないだろう。
「フランツ、やはり外で待っていて?」
「クラウディア様がそうおっしゃるなら」
「帰られるんですか?」
ペトラが慌てたようにそう口にする。
「でも、フランツがいたら気になるでしょう。一応、彼はあなたとダミアンのことを知っているだけれど」
「クラウディア様がお話をされたんですか?」
「彼と一緒の時にダミアンとあなたを見かけたのよ」
「そう、なんですね」
やはり何かペトラの様子がおかしい気がする。
妙にフランツのことを気にしているような。
「構いません。そうです。好きです」
それならと本題を切り出すことにした。
「ダミアンはわたしたちに対して、あなたを幼馴染と紹介したわね。あなたはそれでいいの?」
「別にかまいませんよ。きっと照れているんですよ。彼女がいるって知られると、噂になったら困るでしょう?」
ペトラは幸せに満ちた笑みを浮かべていた。
それは病室でみたペトラそのもので、わたしの違和感はただの勘違いだと気づいた。
なぜダミアンは周りの女の子がそういう都合のよい解釈をしてくれるんだろう。
わたしには全く理解不能だった。
ダミアンとドロテーのことを言おうかと思ったが、ただ偶然治癒しただけの彼女にそこまで言うのはお節介でしかないという気がして口を噤んだ。
わたしは彼女の出してくれたパンケーキを食べ終わると、ペトラの家を出ることにした。
もう太陽が若干傾きかけていた。
わたしは短くため息を吐いた。
わたしは言いたいことを言えず、ずっと空回りの状態を続けている気がした。
「大丈夫ですか?」
「大丈夫よ。でも、本当にあれでいいのかしら」
わたしは髪の毛をかきあげた。
「クラウディア様は本当に誰にでもお優しいんですね。本当に、アレックス様やドーリス様によく似ていらっしゃる」
「そうかな」
その言葉に自然と頬が赤くなるのが分かった。
「ただ、あまり思い悩まないでくださいね。クラウディア様にはクラウディア様の人生がある。彼が複数の人と付き合っていたとしても、それを選んだ彼女たちの人生なんです」
「分かっているわ」
わたしはどうしたいんだろう。手探りの状態で動いていても、ただ無意味な時間を過ごしているだけだ。
ノーを決め込むか、徹底的にかかわるかのどちらかを決めないといけない。
後者を選ぶなら、周りから批判的な目を向けられる覚悟も必要だ。
「フランツは」
わたしは彼に意見を求めようとして、顔を上げた。だが、その背後に妙な人影が見え、わたしはその人影を凝視した。その姿をしかと視界に確認したとき、わたしは顔を引きつらせていたと思う。
「ええ?」
「クラウディア様、なんて声を出すんですか?」
「いえ、だって今の子」
じっと街角で見られることは少なくない。わたしは顔が知られているし、フランツは顔がすこぶるいい。要は目立つのだ。相手が普通の人がこちらを見ていただけであれば、老若男女を問わず何も思わなかっただろう。だが、今の少女は猫のお面をかぶっていたのだ。小さいまだ初等部にも入っていなさそうな少女ならともかく、彼女はわたしより身長が少し小さいくらいの、ある程度年を重ねた少女が……。ものすごく妙だ。
警察がいたら事情聴収でもされそうな気がする。
フランツがわたしの見ていた方向を目で追った。
「誰もいませんけど」
わたしは我に返り、もう一度その場所を確認した。
だが、そこにはフランツの言葉通り、猫の仮面をかぶっていた少女はどこにもいなかったのだ。
変わった趣向の少女にあっただけだと言い聞かせ、家に帰ることにした。




