わたしの家族と大事な幼馴染です
パン屋のある曲がり角でレーネと別れる。レーネの家はここから左手に少し行った先。わたしはその逆方向に進まないといけない。パン屋の前の道を右手にしばらく進み、大通りに出てしばらく歩くと、大きなお屋敷がある。そこがわたしの家だ。大きな屋敷というのは、別に過大評価をしているわけではない。よく他者からそう言われる。
ダミアンの家はそこからもう少し先にある。わたしはまず荷物を置くために家に立ち寄ることにした。
家の前に来ると、鍵を取り出し、大きな柵の隣にある扉を開ける。すると、目の前にワンピースに白いエプロンを着用した明るい茶色の髪の少女が立っていたのだ。彼女の手には箒と塵取りが握られている。
彼女はわたしと目が合うと、にこりと微笑んだ。
「クラウディア様、お帰りなさい」
「ただいま」
「学校はどうでした?」
「楽しかったよ」
「いつも楽しそうで何よりです」
「カミラも学校に通えばいいのに。カミラが来てくれたらもっと楽しいと思うよ」
「ありがとうございます。わたしはこの家においていただいているだけで満足です。それに勉強は家ででもできますから」
そうカミラ=エッサーはにっこりとほほ笑んだ。
彼女は本当にいい子だと思う。それにきれいだし、謙虚で完璧を絵にかいたような人だ。
わたしにとって彼女は見本そのものだった。
彼女はわたしと同じ年で、幼いころに両親を亡くしている。
行き場のなかった彼女を、わたしの両親が引き取ったのだ。それから彼女とは姉妹のようにこの家で暮らしてきたのだ。
わたしの両親が彼女を引き取ったのは、彼女の両親とわたしのお父様が顔見知りだったというのが大きな理由だ。だが、もう一つ偶然にも理由が重なる。それはわたしがクラウディアだと気づきふさぎこんでいた時期にちょうど彼女の両親が亡くなったのだ。同じ年のカミラを家に招くことで、わたしとカミラはお互いによい話し相手になってくれるのではないかと思ったらしい。
ふさぎこむわたしに元気を与えてくれたのはほかならぬカミラだ。カミラは自分の不幸を嘆きもせずに、理由も言わずに部屋に閉じこもるわたしを気遣い慰めてくれた。そんな彼女を見ていて、昔はまっていたゲームの嫌な登場人物として生まれたのではないかという憶測だけでふさぎ込んでいるわたし自身が恥ずかしかったのだ。だから、わたしは前向きに生きようと、カミラのひたむきさを見習い、心を入れ替えたのだ。
それからわたしはあらゆることを頑張った。勉強も家事も一般教養も。そのため、学校での成績は常にトップクラスで才女の名をほしいままにしていたのだ。カミラも中等学校まではわたしに匹敵する成績を残していた。
カミラを引き取ったと言っても使用人としてではない。両親はカミラを実の娘のように育てようと当初は考えていたようだ。そんな彼女を両親は大学まで行かせるつもりだったが、カミラは中等学校を卒業してから学校へはいかないと言い出したのだ。学費を気にしているのだろう。頑なに拒む彼女を無理強いすることはできずに、わたしたちは彼女の意見を優先はしていた。だが、彼女はかなり頭がいい。そんな彼女が学校に行かないのはもったいないとは思っている。
「カミラは掃除をしていたの?」
「はい。今から屋敷に戻って、お食事の手伝いをしようと思っています」
「なら、一緒に戻ろうよ」
わたしの言葉にカミラは首を縦に振る。
カミラとわたしの会話はわたしがため口でカミラは敬語だ。
昔はそうでもなかったが、中等学校を卒業して彼女の態度が変わり、この家で働く人と同じようにわたしに敬語を使うようになった。
親友である彼女に本当は敬語なんて使ってほしくないが、立場上仕方ないのだろう。
だから、わたしも深くは追及せず、わたしは彼女に対して今までと同じように接しようと決めたのだ。
門の中には家はもちろん、車庫や花壇、庭などがある。ただ、車の通る道と人が歩く道はしっかりと分けられており、人が歩く道は花で飾られている。これはわたしの母親の趣味で、彼女が自作したのだ。中には珍しい植物もあるらしい。環境の良いこの家は植物の宝庫とも呼ばれ、博物館に植物を贈ることもある。
家で働いている人は合計六人ほど。ほどとつけてしまうのは常勤が六人で、臨時で来る人と、何やらよくわからない人もこの家に出入りしているためだ。民家が何件も入るほどの広い家にしては雇う人間が少ないと言われているが、それにはいくつか理由がある。
白で彩られた建物に到着する。玄関先で金色の髪を一つに縛った女性がほうきを手に玄関を掃いているのが目に映る。わたしの母親のドーリスだ。
「お帰りなさい」
彼女はにこりと微笑んだ。
ここはわたしのお父様の家だが、そこに嫁いできた母親もかなりの資産家の家に生まれたようだ。だが、彼女は手際よく自分で家の掃除やら料理もこなしてしまう。家の中も毎日掃除をするのは無理だと割り切り、予定表を作って掃除をしている。そのため、そこまで人を雇わなくてもやっていけるのだ。
娘のわたしがいうのもなんだが、かなりの美人で気立てが良い。年齢も四十を超えているが、いまだ二十代で通用しそうなほどだ。カミラを家に招いても嫌な顔をするどころか、彼女を心から歓迎してくれたのだ。こうした両親のもとで暮らせて幸せだったと思う。このブラント家はゲームの中で知っていた以上の家だった。
家の中に入ろうとしたわたしは足を止め、振り返る。
「今日はあとで出かけるから。北通りのほうに」
「そうなの? 一人で大丈夫?」
「大丈夫よ。ゲルタが買い物に行くなら連れて行ってもらおうと思う」
「それがいいわ」
にっこりと笑った母親の顔を見送り、家の中に入ることにした。
「今日、北通りに行くんですか?」
「その予定。人に会いにね」
「お友達ですか?」
「そう。ゲルタが一緒だから大丈夫でしょう」
わたしが何度そう言っても、カミラはどことなく不安そうだ。
同じ年の彼女は、わたしの母親よりも過保護なところがある。そして、いろいろと聞いてくるのだ。わたしを心配してが故のことなので、嫌な気はしない。
金持ちの家だったら、身代金を狙われたり、送り迎えなんかあってもよさそうだが、この世界は基本的にすこぶる治安がいい。たまに事件は起きるが、本当に稀だ。警察が優秀というのもあるが、根本的なところにその原因がある気がする。この甘恋自体が、恋愛の登場人物の心情の変化や恋の駆け引きに主題を置いた物語である故だろう。わたしの住んでいた日本も比較的治安が良かったが、それよりも格段にいい。だから、わたしがこうして学校に登下校するのも可能だったのだ。送り迎えなんかされていたら、レーネと仲良くもなれなかっただろう。
「でも、一緒に行けなかったら」
「大丈夫。それにわたしが大人しく誘拐されると思う?」
「それは分かっていますが」
カミラはやはり不安そうだ。
その言葉の通り、わたしは結構強い。肉体的にも、魔法の能力もかなりずば抜けている。その上、幼いころからの英才教育の賜物で、成績もかなり良いという優等生と言っても過言ではない。力自体は男の人よりは弱いかもしれない。だが、わたしは単純な勉強だけではなく、魔法の才能が学校一と言われるレベルだったのだ。誘拐されそうになっても、よほどの相手出ない限り、相手を蹴散らすことも簡単だ。
その才能のお蔭で、今の魔術学園に強制的に入ることになってしまったが、それはまた別の話だ。それに、このあたりで強大な権力とコネを持つプラント家の令嬢に手を出すなんて、自殺願望があるとしか思えない。
だからこそ、ゲームの中ではこのうえなく邪魔なキャラだったわけだが……。
もうそんなこともレーネが彼と両想いになってしまえば、気にする必要もない。
わたしは明日以降の自分の未来に心を弾ませていた。