ペトラの様子が何だかおかしい気がしました
「手、ずっとこのままなの?」
家の外に出たわたしは思わず問いかける。
家の中でわたしとフランツが手をつないでいようが、あまりお父様もお母様も気にしない。
現にお母様に出かけると伝えたときも、彼女は驚いた様子もなく、わたしとフランツを見送ってくれたのだ。
「そうですね。困惑するクラウディア様を見るのはなかなか面白いですね」
フランツはそうにこやかに微笑んだ。
わたしが頬を膨らませると、フランツはわたしから手を離した。
「目的地はどちらに?」
わたしがペトラの住所を渡すと、フランツは目を走らせ、わたしに返した。
「わかるの?」
「おおよそ分かります」
「なら、先にお店でも見ようかな。まだ待ち合わせまで時間があるもの」
フランツはわたしの提案を受け入れてくれた。
わたしたちは北通りに就くと、一息ついた。
ここにきたときペトラとダミアンを目撃しただけありぺトラの家もこのすぐそばだ。
今日は休日であることもあり、このあたりは賑やかで、人に溢れている。
このあたりはお店の集まる地区だ。そのため、洋服や雑貨などから食料品に至るまで様々なものが売っているのだ。
「今日はどなたの家に?」
「ダミアンの彼女の家」
そういったのはペトラという名前を出すより、フランツには伝わりやすいと考えたためだ。
「クラウディア様はまだあのような男のことを気にされていたんですか」
フランツはあきれたようにわたしを見た。
「あのまま放っておけないのよ」
「レーネ様のためですか?」
「それもあるけど、他の子もね。ダミアンがに何人も彼女がいるなら、その彼女たちも放っておけない。もちろん分かっているのよ。エゴでしかないとね」
わたしは短く息を吐いた。
「複数の女の子と付き合うのって楽しいのかしら。わたしだったら面倒だと思うし、好きになった相手と結ばれればそれで嬉しいと思う」
「人によるでしょうね。僕はお嬢様の考えには共感できますよ」
その眼が妙に優しいことに気付き、わたしはフランツに問いかけた。
「フランツにはそうした人がいるの?」
「どうでしょう? お嬢様がどうしても教えてほしいなら、教えてあげますが」
「気になるから教えて」
「やはりお嬢様には教えてあげません」
「何よ。それ」
わたしは頬を膨らませ、フランツを睨んだ。
また意地悪な彼が出現したと気付いたためだ。
「お嬢様のことですよ」
笑顔で照れた様子もない彼の言葉がどこまで本当かは分からない。だから、わたしはありがとうと言っておくことにした。
わたしは食料品店に入ることにした。そこで調理実習で使う道具を調達しようと考えたのだ。
わたしが買おうと考えたのはパウンドケーキの型と、生地に織り込むもの。小麦粉は両親が小麦粉を扱う会社から直接買っているため、それを持っていく予定だ。お菓子作りに適した小麦粉も家にあったはずだ。
調理実習内にいくつまでという制限はない。時間内に作り終えるのなら、いくらでも作っていいことにはなっていた。そのためわたしはココアとチーズのものを作ろうと決めていたのだ。なぜその二つを選んだのかといえば、単にフランツとカミラが一番好きなものだから、だ。ココアにはチョコも練り込む予定だ。
バターも家にはあるが、買っていったほうがいいだろうか。
そんなことを考えながら、わたしがココアを手に取ると、フランツは不思議そうに首を傾げた。
「ココアですか?」
「だって、フランツはこれが好きでしょう? 調理実習でパウンドケーキを作ることになったの。残ったら持って帰ってくるから楽しみにしていてね」
「クラウディア様の分はすぐになくなってしまいそうですけどね」
「だから、大目に材料を持っていくのよ」
わたしの言葉にフランツはほほえんだ。
そのとき、お店の出口付近で人の声が聞こえた。わたしは思わず手にしていたココアを置き、出口のほうに歩いていった。
お店を出て少ししたところで、少女が転んでいるのに気付いたのだ。彼女の周りにはリンゴと思しき果物が広がっていた。そのこぼれ方からすると、紙袋が破けたのかもしれない。わたしはバッグの中に手ごろなサブバッグがあるのに気付き、それを取るとバッグ本体はフランツに託した。
地面に落ちたリンゴを拾いながら、少女のところに駆け寄っていった。
「大丈夫? 怪我はない?」
彼女は体を起こすと、涙ぐんだ目でわたしを見る。彼女の茶色の瞳が見開かれ、ちいさな声も漏れた。わたしも彼女と同じ心境だったのだ。彼女はペトラだったのだ。彼女の手元にある紙袋が破け、ひざも擦っていた。袋が破け、りんごに足を取れたのか、足を取られ転んで袋を破いたのか定かではないが、彼女の傷を治せないことに心を痛めた。
「クラウディア様。もうそんな時間に?」
ペトラは慌てた様子で自分の時計を確認していた。
「いえ、そうじゃないの。少し買い物でもしようと思って早めにきたの」
「そうなんですね。ごめんなさい。わたし、慌ててしまって」
「わたしも紛らわしいことをしてしまってごめんなさいね」
わたしはペトラの手にリンゴを乗せた。
「ありがとうございます」
「わたしも手伝うわ」
「でも、袋が破れてしまって」
「これを使ってください」
わたしは持っていた袋をペトラに差し出した。
「いいです。そんな、使えません」
「でも、このままだと持って帰れないでしょう」
軽く三十個はあるリンゴを胸に抱いて帰るのは難しいし、敗れた紙袋を補修するのは困難だ。
三人で分担しても一人当たり十個。さすがにそれは歩きにくい。
彼女の書いてくれた住所だと、まだ距離はあったのだ。
「これを使ってください」
わたしたちの前に差し出されたのは、茶色の厚手の紙袋だ。それを差し出したのはフランツだった。
「そんないいものを持っていたなら、出してくれればよかったのに」
「いえ、あちらのお店で袋を買おうとしたら、是非使ってくれ、とこちらをいただきました。なので、どうぞ」
フランツは右斜め方向を差し出した。食料品店の中にある雑貨を扱うお店で、そこにいる体格の良い女性がフランツをうっとりしたような目で見ていた。
なんといっていいか分からないが、ここは素直にお礼を言っておくべきだろう。
「ありがとう。フランツ」
「どういたしまして」
彼はにこやかに微笑むと、その袋を開けた。そして、落ちているリンゴを手際よく袋の中に入れた。別のリンゴを拾い集めようとすると、複数のリンゴを持った手が差し出されたのだ。
「ありがとうございます」
わたしはリンゴを拾ってくれた人たちにお礼を言い、紙袋の中にそれを収めた。
紙袋をペトラに差し出したとき、彼女がぼーっとフランツを見ていたのに気付いた。彼女は急に我に返ったように彼を見る。
「ありがとうございました。この方は?」
「わたしの友人のフランツ=ベルツよ。今日は途中まで一緒に来たの」
半分嘘だが、まさか彼がわたしとペトラの待ち合わせについてきたなんて言えるわけもない。
「初めまして。わたしはペトラ=リンケーです」
彼女の頬は赤らみ、わずかに声がワントーンあがっている。フランツの見た目が半端なくいいのは分かっているため、彼女の動揺の理由は分からなくもない。恋人がいても、そうしたときめきとは別問題だろう。
「また、待ち合わせ時間にあなたの家に行くわ」
「今からでも構いませんよ。わたしは家に帰るところだったので。あのフランツさんもよろしければ」
フランツはわたしを見る。
行くか行かないかはわたしが決めろと言いたいのだろう。
ここまできて、フランツに断らせるのは大変だし、フランツも辺りを用もなくうろうろするのは嫌だろう。
そう思い、彼女の提案を受け入れることにした




