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ダミアンは彼女を幼馴染と紹介しました

 放課後、教室を出るとレーネがそっと耳元で囁いた。


「ドロテーが言っていたんだけど、調理実習で作ったケーキ、人に贈りたいんだって。わたしも頑張って協力しないとね」


 その言葉を聞き、頭痛がしてきた。

 どう考えてもそれはダミアンだ。


「そうだね」

「それって好きな人なのかな」

「どうなんだろう。よくわからない」


 わたしは何とか返事をする。

 棒読みになってしまった気がするが、レーネは気づいた様子もない。

 今度はめまいまで襲ってきた。


「そうだよね。人のことをあれこれ詮索したらだめだよね。わたしは好きな人に贈りたいな。手作りお菓子ってどうなんだろう。敷居は高いけど、調理実習で作ったからなら渡しやすいよね」

「クルトに送ってみたら? ちょうどその頃誕生日だよね」

「クルトか。それでもいいね。クルトはいつもわたしの作ったのをおいしいって食べてくれるし」


 良い方向に話が進みそうになってホッとする。

 それで二人の仲がほんの少しでも近づけばよいけれど。

 最初は暗い気持ちだったが、二人が和やかな姿になっているのを想像し、心を綻ばせながら学校を出た。

 門を出たところに見覚えのある少女が立っていたのだ。

 彼女はわたしに会釈すると、近寄ってきた。


「この間はありがとうございました」


 彼女はぺこりと頭を下げる。

 彼女はペトラ=リンケー。ダミアンの彼女だ。

 今日の彼女は白いワンピースを身に着けており、童顔の彼女をよりあどけなく見せていた。

 ものすごく白が似合う子だと思う。


「もう歩いて大丈夫なの?」

「はい、すっかり良くなりました。クラウディア様のお蔭です。ありがとうございました。クラウディア様に会いたくてここで待っていました」

「よくここに通っているってわかりましたね」

「クラウディア様がここに通われているのは、有名です。それに知り合いからクラウディア様の話を聞いたことがありました」


 知り合いとはダミアンのことだ。わたし一人ならともかく、今はレーネも一緒だ。

 なんとなくダミアンの話はしたくない。


「この子はこの前、怪我を治した子?」


 レーネの言葉に首を縦に振った。


 彼女はわたしを待っていたと宣言した。

 これからが困った。

 治癒した相手と過剰な接触を禁止しているのは、要は「友人」になってことあるごとに怪我の治癒を要求してきたりしないためだ。彼女はそうとは思わないが、一度接触を持てば、重体ではなくほんの擦り傷であっても治癒を求めてくる人も少なからずいる。


 治癒すること自体は別にいいが、それを一度でも自分もと連鎖的に増えて行き、認めるとわたしの体がもたなくなる可能性だってある。

 もちろん見返りのない友人にならなりたい。彼女がわたしを利用しようとしているようにも見えないが、その心の内をすべて推し量るのは難しかった。


「あのね。言いにくいんだけど」

「分かっています。過剰な接触はいけないんですよね。クラウディア様達を利用しようとする人もいるから、と。ただ、どうしてもこれを渡したくて」


 彼女はそういうと、バッグからメモ帳を取り出し、一枚の紙を破いた。

 そこには住所と電話番号が書いてあったのだ。

 彼女の連絡先だろうか。


「何かわたしにできることがあれば、言ってください。お礼ならいくらでもします」

「いいのよ。わたしはそうしたお礼を一切受け取っていないの」

「でも、それではわたしの気がおさまりません。お願いします」


 彼女は本当にまじめな子なんだろう。

 レーネはそんな彼女をにこにこしながら見ている。

 レーネもわたしと同じ気持ちなんだろう。

 会話をしているのはわたしとペトラなのに、レーネとペトラの会話の間に立っている気分だ。


「分かりました。受け取っておきます」

「ありがとうございます」

「ペトラ」


 わたしとペトラの会話に聞きなれた声が響いた。ダミアンがこちらにかけてきたのだ。

 彼はわたしと目が合うと、会釈をする。


「どうしてここに」


 そういったダミアンの言葉が唐突に遮られた。彼女の影にレーネがいるのに気付いたのだろう。

 レーネは顔を引きつらせていた。

 見知らぬ可愛い少女を、ダミアンが名前で呼んだのを気にしていたのかもしれない。


「彼女、俺の幼馴染なんだ」


 だが、レーネは黙ったままだ。

 何か妙な雰囲気でも感じ取ったのだろう。


 そんなレーネとは対照的に、ペトラは屈託のない笑みを浮かべた。

 彼女はダミアンに幼馴染だと言われて、当たり前のようにそれを受け止めていた。

 彼女は自分でダミアンの彼女だと言っていたのにも関わらず。


「何でここに」

「クラウディア様にお礼を言いたくて待っていたんです」

「そうか。この前の事故の怪我を治してくれたのは……」


 ダミアンはわたしをちらりと見る。


「そうか。ありがとう」

「気になさらないでください」


 あなたにはもっと別のことを気にしてほしいけどね。

 と思わず心の中で突っ込んでしまった。


 ペトラがダミアンの腕を軽くつついた。

 レーネが顔を引きつらせる。


「せっかくだからどこかに今から出かけない?」

「えっと」


 ダミアンがレーネをちらりと見る。

 レーネだけを見たというのは、ダミアン的にレーネに言い寄っている自覚はあるんだろうか。


「あまり無理しないほうがいいよ。今日はまっすぐ帰ろう。家まで送るよ」

「そうだね。ありがとう」


 ダミアンはわたしたちに頭を下げると、ペトラを促し歩き出した。

 小さくなっていく二人をレーネは身動きせずに見守っていた。

 二人の言動から付き合っていると気づいたんだろうか。


 二人の姿が消えてから、レーネはふっと短く息を吐いた。


「幼馴染ってすごいね。何でもダミアンのことを分かっているという感じがする」


 レーネはそう言葉を漏らした。

 レーネの中ではダミアンに彼女がいないというのは鉄壁なんだろう。


 ペトラはともかく、彼女がいることを言ってしまおう。

 わたしは勇気を出して、言葉を紡ぎ出そうとした。


「あのね」

「でも、わたし負けないっていっても幼馴染と勝負をするのがおかしいか。ダミアンと一番親しい女性になりたいな」


 わたしの声をかきけすように、レーネの意気揚々の声が、わたしの耳に届いた。


「え?」

「親しそうな女性がいてショックだったけど、ダミアンは人気あるもの。ショックを受けてばかりはいられないでしょう。それに幼馴染なら仕方ないよね。今からプレゼントを探しに行きたいんだけど、クラウディアも一緒に選んでくれない? わたしは何がいいか分からないもの」


 レーネはそう屈託のない笑顔を浮かべ、わたしの腕を掴んだ。


「あのね、レーネ」

「何がいいと思う? あれから考えたのだけれど、食べ物だとあとぐざれもなくていいかな」


 わたしは気づいた。レーネは幼馴染と言い放ったダミアンの言葉を信じ切っているのだろう、と。


 何かを決意したレーネはわたしの意見に聞く耳を持たず、わたしはレーネにそのあと買いものに付き合わされたのだ。だが、何を買うかは決断するには至らなかった。


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