レーネの幼馴染に話を聞くことにしました
レーネはわたしの話を聞き、目を見張る。
彼女は口の中に入れていたパンを全部食べつくすと、口元を歪めた。
「それは最低だと思うよ。同時に二人以上の人と付き合うなんてさ。お互いの同意があれば違うかもしれないけど、わたしは絶対に無理」
「そうだよね」
ペトラにあって三日後、わたしはレーネに話を持ち掛けたのだ。
一般的な話題として、男女に限定せずに、複数の人と同時に付き合う相手をどう思うかと。
レーネの言葉はわたしの予想通りで、彼女は徹底的にノーを突きつけた。
三日後になってしまったのは、なかなか彼女に話を切り出せなかったからだ。
とりあえずほかに恋人がいてもいいというわけではないらしい。
「じゃあ、過去にそういう付き合いをしていて、本命ができたら身辺整理をつけるというのは」
「なんかそれって都合がよくない? 本命じゃなきゃ何をしてもいいという意図が透けて見えて、そういうのはもっと嫌かな」
レーネは明らかに不快そうな表情を浮かべた。
とりあえずレーネ的にはダミアンの今の状況はどちらにせよ受け入れがたいものなのだろう。
わたしはほっと胸をなでおろした。
だが、覚悟を決めて問いかけた。
「レーネは自分の好きな人がそうだったらどうする?」
彼女はあごに手を当てしばらく何かを考えていたようだ。
「ショックで立ち直れないかも。でも、今のところダミアンだから気にする必要もないよね」
彼女はにこやかに笑うとそう告げた。
事実を言いにくい爽やかな笑顔だ。レーネはクラウディアにそんなことを言っていたのか。
ダミアンだから大問題なのに。
わたしが黙っているとレーネは心配そうな顔をした。
「すごく話が具体的な気がするけど、クラウディアの身近にそういう人でもいるの?」
「え?」
話がひと段落したと思った瞬間、レーネに問いかけられ、逆に固まる。
今、言うしかないんだろうか。
ただ、今は昼食時。いつ近くを人が通りかかるのか分からない。
言うなら人気のない放課後にしないと、ダミアンはどうでもいいがこの学校に通うドロテーが気の毒だ。
あれ? だったら先にドロテーにダミアンには別に彼女がいると言ってしまったほうがいいんだろうか。
でも、それでダミアンがフリーになってしまったらどうしよう。
「まさか、あのフランツという人がそういうタイプなの?」
「違うよ。フランツは彼女はいないもの」
わたしは思いがけない名前が聞こえたことに焦り、彼の名誉のためにもそう返事をした。
「そうなの? あれだけかっこいいのにね」
「フランツはあまり恋愛事には興味がないの。お父様の仕事の手伝いや家の仕事をよく手伝ってくれていて、忙しいみたいだもの」
わたしはフランツの顔を思い出しながら、そう語る。
そのとき、レーネがくすりと笑った。
「本当にクラウディアはフランツさんのことが大切なんだね」
「そうかな」
「そう思う。クラウディアは人を悪くは言わないけれど、最近はフランツさんの話になるとすごく優しい表情になるね」
それはきっとダミアンのことがあってから、フランツの態度が変わったからだ。
それを具体的に言うことはできずに、曖昧に微笑んだ。
彼女はそれを照れた笑みだと勘違いをしたようだった。
そういえば昨日は一日中バタバタしていてクルトに会えずじまいだった。今日か明日には彼に話をしてみよう。
それとなくレーネへの気持ちに探りを入れて。
そういえばレーネがフランツに拘るのは、クルトと仲良くなれない現状に対するもどかしさだろうか。
だが、そんな淡い気持ちもレーネの言葉によってあっさりと打ち砕かれた。
「わたしもダミアンとそういう風になりたいな」
「ダミアンとレーネは幼馴染じゃないじゃない」
わたしは反射的に的外れな突っ込みをしてしまっていた。
「やだな。クラウディアったら。それくらい仲良くなれればいいって話だよ。だって、今までの時間は取り戻せないけれど、今からの時間は好きに築けるでしょう」
本当にレーネはヒロインらしき言動を取ってくる。一途でまっすぐで前を見ている。
こんなにダミアンが好きだと常時アピールされたら、言えるものも言えなくなる。
本当になぜわたしはダミアンのあんなシーンを見てしまったのだろう。
ペトラとダミアンが親しそうにしているのを見ても、ドロテーとペトラにダミアンと付き合っているのか聞きもせず、見なかったことにして応援していたほうがよかったのかもしれない。だが、物語上は良き友人で会っても、それこそ本物の悪役だと思う。というか知っていて黙っていたら黙っていたで、クライマックスからエンディングに導かれるために、隠してたら隠していたことも利用されてしまうんだろうな。
昼食を食べ終わり、わたしは自分のお弁当を鞄の中に入れた。
お弁当は毎日カミラが作ってくれている。
彼女も本当はこうして普通の学生生活を送れたのに。
「そろそろ戻ろうか」
レーネの言葉に促され、ベンチから立ち上がった時、向かい側の校舎でこげ茶色の髪色をした男性が一人で歩いている姿を見つけた。レーネの幼馴染のクルトだ。
今ならクルトに話を聞けるチャンスだ。
「わたし、用事を思い出したの。先に教室に戻っておいてほしいの」
「分かった」
レーネは不思議そうな顔をしながらも、首を縦に振った。
わたしはその足で向かい側の校舎に入り、クルトの姿を探した。
ちょうど階段のところに彼が立っているのが目にはいった。
「クルト」
だが、近くまで行き、彼が一人でないのに気付いた。
彼は同じクラスと思しき、生徒と一緒にいた。
コンラード=ヘンペルと言う名で確かクルトと中等部から親しく、同じ部活に入っている少年だ。
彼はわたしと目が合うと、にこやかな笑みを浮かべた。
「クラウディア様、今日もお美しいですね」
「ありがとう。わたし、クルトに用事があるの。少しいいかしら?」
コンラードはこういうタイプだ。わたしはコンラードの軽口を軽く受け流した。
「何?」
彼はわたしを冷めた目で見ると、彼は制服のジャケットに手を入れると、ぶっきらぼうに答えた。
クルトは誰にでも愛想のよいタイプではない。レーネに対しても言葉遣いも態度も悪い。だが、レーネは彼の言葉の中に宿るやさしさに気付いているようだ。少なくともクルトのルートをたどる場合はそうだ。
だが、攻略キャラのうちの一人というだけあって、クルトのルートをたどればそれなりにトラブルも発生するし、二人のすれ違いも生じていく。
そのクルトとの恋愛を助けてくれるのが、誰にでも軽い言葉を綴るコンラードだ。
きっとそういう誰にでも軽い言葉をかけられるキャラだからこそ、レーネの助けとなってくれたのだろう。
ただ、今のルートだとコンラードはクルトの気持ちに気付いているかもよくわからなかった。
それに、こんな場所でレーネを好きかどうかなど聞けるわけもない。
「できれば二人きりで話がしたいの」
「何? 俺がいたら話ができないとでも?」
コンラートはポケットに手を突っ込むと、わたしに顔を近づけてきた。
わたしは反射的にわずかに後ろに下がり、彼との距離を取る。
「クラウディア様、まさかこいつが好きで告白しようとしているとか?」
「違います」
そのコンラートの肩をクルトが掴んだ。
「やめとけよ。お嬢様をからかえば、校長が目の色を変えて説教してくるよ。こいつには怖い怖いおつきの人間もいるみたいだしな」
怖い怖いって、なぜか強調されているがカミラのことだろうか。
まるで自分の娘のようにわたしを可愛がってくれる叔母様はともかく、カミラはひどい言われようだ。
「お前詳しいな。そういえばレーネと友人だったんだっけ? そのおつきってどんな人?」
「すげー美人らしいけど。あと料理もうまいとか」
これはカミラのことでほぼ確定だ。
レーネはクルトにカミラのことをどう説明したんだろう。
「うわっ。会ってみたい」
「まあ、お前はそのおつきの人間に会う前にお嬢様にボコられそうだよな」
「それは言えてる」
「話を邪魔して悪いけど、いいかしら?」
わたしは二人の会話が盛り上がるのを戒めるために二人の声をかけた。
「まあ、邪魔者は教室に戻っておくよ」
コンラートはわたしをからかうのに飽きたのか、その足で階段を上がっていった。




