連絡を受けていくと、もう一人の彼女らしき女性がいました
教室に入ると一息つく。すでにダミアンとドロテーは学校に着ていて、お互いに別々の友人と話をしている。ダミアンが話をしているのはコリンナ。コリンナはダミアンの腕を掴み、過剰なスキンシップをしているように見えた。
今までだと軽い嫉妬を覚えることもあったが、今となっては冷静なものだ。
ふーんという言葉しか出てこない。
そもそもダミアンは何人と付き合っているのだろう。彼女がいるのは確定したが、あの北通りで見かけた女性を含めれば今のところ二人だ。第三、第四の彼女はいるのだろうか。
レーネの視線が一瞬ダミアンに向き、彼女の顔が強張った。
わたしにとってはダミアンが誰と親しくしてようが、どうでもいい。
だが、自分の好きな相手がほかの女の子と必要以上に親しそうにしていたら、当然気になってしまうだろう。
本当に何も知らずに応援していた時が幸せだった。
なぜ、あの日北通りに行ってしまったんだろう。
せめてレーネの興味がダミアンから失せてくれればいいのに。
彼女が今はともかくそれなりに親しかったのはクルトだ。
クルトがレーネの前に顔をあまり出さなくなって三か月あまりが経過している。
十六や十七くらいの年齢では新しく好きな人ができてもおかしくない。だが、彼に彼女ができたという噂はいまだに聞かない。
クルトの顔でも見に行ってみようかな。
そんなことを考えていると、先生が教室の中に入ってきた。
一時間目の授業は歴史だ。だが、授業時間が半分ほど経過したとき、扉がノックされる。
先生が返事をすると、すぐに金髪の髪を後方で一つにまとめた女性が顔を覗かせた。
教室内に戸惑いの声が起こる。
彼女は青い目で教室内をちらりと見わたし、私と目が合うと、目を細めた。
わたしのおばさまのイルマ=ブラントだ。
「クラウディアをお借りして構わないかしら」
「分かりました」
先生の視線がわたしに届く。
わたしはテキストを閉じると立ち上がり、扉の所で待つ叔母のところまで歩み寄っていく。
わたしは頭を下げると、扉を閉めた。
「どうかなさいましたか?」
「授業中にごめんなさいね。近くで事故があったらしくて、かなりの重体らしいの。今からすぐに動けるかしら」
「大丈夫です」
わたしは微笑んだ。
珍しい回復魔法の使い手といえば聞こえがいいが、用はこうしたときに頼られるということだ。わたしが知る限り、この町で回復魔法が使えるのは三人だけだ。この国全体で五人しか使えないという。
こうした連絡の間に入るのは国で、そこから家や学校に連絡が届くのだ。報酬の有無は個人に任されている。要は治癒後に報酬についての話題を振るということだ。それでトラブルが起きたこともあり、報酬はいらないと断言するわたしにかなりの量が回される。それに加えて、身元がはっきりしており、自由がきき、この国で一番の回復魔法の使い手となればわたしを希望する人もいるとか。
国が報酬を支払えばいいのではないかという声もある。報酬となれば高価だし、国は今の王と王妃になってから財政が悪化し、あまりそうした余裕もないようだ。
わたしのそんな行いはこの町でお金を取っている二人の回復魔法の使い手から快く思われていないようだが、ブラント家の令嬢に直接何かをしてくることはない。要は敵が多い立場なのだ。かといってお金を取るつもりはない。
わたし自身は当然の責務と考えているし、別にかまわないのだけれど、深夜に起こされるのは少々きつかったりする。
「事故現場に行くのでしょうか?」
「こちらに来れそうなら来てもらうわ」
「わたしから出向きます。重体なら動かさないほうがいいでしょう」
「そうしてくれると助かるけど、あなたはそれでいいの? このままだと二時間目まで帰ってこれなくなるわ」
「構いません」
叔母様は教員室に行くと、事情を説明していた。そして、おばさんが連絡を取り、事故現場の近くの医療施設に収容してもらうらしい。
ちなみに病院というのもきちんとあり、それなりに医学も発達している。
そのため、わたしたちが駆り出されるのは基本的に、かなりの重傷で処置が間に合わない、切迫した生命の危険があると思しき場合だ。
軽い怪我や命に別状がないときは普通の処置が施される。
わたしはその足で車に乗り込むことになった。
学校から事故に遭った人が運び込まれた場所までは車で十分ほどの小さな診療所だった。わたしが中に入ると、黒い髪の男性が慌てた表情を浮かべながらわたしとおばさんの元にかけよってきた。
「名前は分かりませんが、十代後半から二十代前半の女性です」
彼は簡単に症状を説明していく。
わたしはその話を聞き、彼女が眠っているというベッドまで連れていかれた。
わたしはその少女を見て息を呑む。
彼女の傷のひどさもあるが、彼女がダミアンと一緒にいた子だったからだ。
男性は包帯を解こうとするが、わたしはそれを制した。
目で見ずともだいたいの傷の深さ、症状は分かるのだ。
少女の傷口から少し離れた場所で手をかざし、だいたいの症状を把握する。
わたしは深呼吸して心を落ち着けると呪文の詠唱を始める。
彼女の傷口に白い光が宿り、彼女の傷があっという間に塞がっていく。
男性は驚きを露わに少女を見つめた。
わたしは改めて確認する。
無事に彼女の怪我自体は完治したようだ。
「ありがとうございます。こちらでは手の施しようがなくて」
「気になさらないでください。こちらのわがままを聞いていただきありがとうございました」
「少しして帰りましょう。大丈夫だとは思うけど、念のためね」
叔母様はそう言葉にする。
彼女は痛みと多量の出血で気絶しているようだ。
わたしは彼女と話をしたい衝動に駆られていたが、おばさんが帰ろうと促すまで、彼女は目を覚ますことはなかった。
放課後昇降口に到着すると、短くため息をついた。
わたしはあれから三時間目の途中に学校に戻り、そのまま授業を受けた。
彼女の病状が悪くなったという連絡は今のところ届いていない。
なので、まあ大丈夫なのだろう。
再びわたしが気にするのは、ダミアンとレーネのことだ。
レーネにダミアンに彼女がいたのか言うべきか、言わざるべきか。
わたしにはその答えを導き出せないまま放課後を迎えたのだ。
その気持ちがため息となり現れてしまったのだ。
「話って何?」
門を出たとき、レーネがわたしに問いかける。
「そのことだけど」
「クラウディア、よかった。まだいたのね」
学校から声が聞こえ、叔母様がこちらに歩いてきたのだ。
レーネは叔母様に頭をさげた。
「病院から連絡があって、あの子は昼前に気付いたらしいの。それで、あの子がどうしてもあなたにお礼を言いたいらしいの。今から病院に行けるかしら? 強引な子で病院側も困っているらしいの」
「気が付いたんですか?」
「先ほどね。ただ、まだ動ける状態ではないらしくて」
レーネはわたしの背中を押して、微笑んだ。
「いってあげなよ。急ぎの話でないなら今度でいいもの」
「そうね。ありがとう」
断る理由はなかった。
わたしはレーネと別れ、叔母様の車に乗り込むことにした。




