泣いているわたしを慰めてくれました
わたしは髪の毛を結い、ベージュのワンピースに袖を通した。ベージュの帽子をかぶり、自分の姿を鏡で映し出すが、尾行をするには目立つ気がした。
「カミラ、どう思う?」
「よくお似合いですよ」
「そうじゃなくて、ダミアンに見つからないかが気になるの」
「クラウディア様はどこでどんな格好をしていても目立ってしまいますものね。ただ、物陰に隠れていれば大丈夫だと思いますよ。待ち合わせは隣町の駅前でしたよね」
「そう。見つからないためなのだろうけどね」
ダミアン自身はドロテーに二人の時間を邪魔されたくないからといい、隣町でデートをしようと誘ってきたらしい。王都であるこの町が最も栄えているわけだが、ダミアンの誰にも見つからないようにしたいという意図が透けて見える気がした。
「そろそろ出発しましょうか」
「ごめんね。変なことに付き合わせて」
「それでクラウディア様の気が済むのならかまいませんよ」
カミラはそう優しく微笑んだ。
わたしは一人で行くつもりだったが、カミラがついてきてくれると言い出したのだ。
そうしてくれるとダミアンに見つかったときの言い訳もしやすいし、正直助かる。
そうなればカミラがダミアンを思っているというとんでもない疑惑が湧き上がるわけだが、カミラは気にしないし、見つからなければいいと言ってくれたのだ。
ドアを開けると、腕組みをしているフランツが目にはいる。
わたしが着替える間、外に出てもらっていたのだ。
彼はどこか不機嫌そうだ。
どこかというのは無責任すぎた。もともとフランツがわたしの尾行についてくると言い出したのだ。だが、フランツはとにかく目立つ。買い物に出かけるならともかく、尾行には不向きだ。
それをわたしが全力で拒否して、カミラがついてきてくれることになったのだ。それからフランツは少し不機嫌だ。
「クラウディア様にはわたしがついているので、安心してください。フランツはベルタさんのところに行きなさい」
カミラはフランツの背中を押す。
フランツは何かを言いかけたが、そのまま廊下を歩いていった。
「ベルタさん?」
「フランツに用事を頼みたいらしいの」
わたしは彼女の言葉に納得して、家を出た。
駅に行くと、切符を買い、ホームにたどり着く。
わたしは何度も深呼吸をする。
ドロテーがデートを見ていいと言った時点で覚悟はしている。
だから、わたしはショックを受けないようにと言い聞かせた。
電車に乗り、目的の駅でカミラと一緒に下車をした。
駅のプラットフォームにドロテーの姿があった。
彼女は膝丈のワンピースを身に着け、髪の毛はゆるやかなカーブがかかっている。
その彼女の目が輝く。その視線の先にいるのはグレーのジャケットに黒い帽子を着用したダミアンだ。
彼はドロテーのところまで行くと、優しく微笑んだ。ダミアンはドロテーの手を握っていた。
二人は親しそうで、気の合う友人以上の関係に見えたのだ。
やはりダミアンは二人と付き合っていたということなのだろうか。
なぜレーネと付き合うはずだった彼がドロテーとデートをしているのだろう。
「お嬢様?」
わたしはその言葉で我に返る。頬に冷たいものが伝うのが分かった。
なぜ泣いていたのだろう。
わたしはそれでもどこかで信じていたのだ。ダミアンはレーネを裏切らない、と。
「後をつけますか?」
「いいの。もう分かったから」
わたしとドロテーはその足で汽車に再び乗り込むことになった。
わたしの家の最寄り駅に到着すると、家に直行した。
部屋につくまで誰かに会うことを危惧していたが、誰も会わずに部屋にたどり着いた。
わたしはカミラと別れ、自分の部屋に入る。
そして、ベッドに腰を下ろすと、そのままねそべった。
もうダミアンはダミアンではない。ここは甘恋の世界であっても、わたしの知る世界ではないのだ。
ドアがノックされる。
わたしは涙を拭き、扉のところまで行く。
そこに立っていたのはフランツだ。
わたしは彼の輪郭がぼやけていくのに気付き、慌てて手の甲で涙を拭った。
「泣いていらしたのですか?」
「バカみたいだよね。覚悟はしていたのに、実際目にしたら泣いてしまうなんて」
わたしは精一杯の笑みを浮かべた。
フランツが部屋の中に入ってきて、わたしは扉を閉めた。
彼は近くのソファにわたしを座らせた。
フランツの手がわたしの頬に触れる。
「クラウディア様はやはりあの男のことが好きだったんですか?」
「好きじゃないの。でも、彼にはレーネ一筋でいてほしかったんだと思う。ただのエゴだよね」
きっとクラウディアは知ってしまったのだ。ダミアンにほかに彼女がいることを。
だからこそ、クラウディアは二人の恋を邪魔してしまった。
レーナに言えばよかったのだ。ダミアンにはほかに女がいると。
だが、レーネのことを思い、言い出せなかったのだろう。
「なぜクラウディア様がそこまでレーネ様のことを庇われるのか分かりません」
「幸せになってほしい。レーネにはね。そうしたらわたしも自分のことだけを考えていられるようになると思う。フランツにもそういう人いるでしょう?」
「そうですね」
フランツはそっと唇を噛んだ。
「二人います。そのうちの一人がクラウディア様です。あなたの苦しみや悲しみを受け止めたい。だから、僕の前だけではありのままのクラウディア様でいてください」
彼はそういうと、わたしの肩をそっと抱く。
肩に触れたフランツの手が暖かくて、わたしは彼にもたれかかって泣いていたのだ。
鳥の鳴き声に顔をあげると、整った顔が目の前にあり、わたしは思わず体を起こした。
ここはソファの上。その隣にフランツの姿がある。
「フランツ、あの」
わたしは動揺するが、長い睫毛が閉じられているのに気付いた。
わたしは少し前のことを思い返す。
フランツに泣きつき、そのまま眠ってしまったのだ。
彼もそのうちに眠ってしまったのだろう。
時間を確認すると、ちょうど夕食時だ。
二、三時間は眠っていたことになる。
わたしがソファから立ち上がると、ドアがノックされる。
返事をするとカミラが顔を覗かせたのだ。
「眠っていらしたんですか?」
「そうだけど、あの」
「フランツも中にいますか?」
「中に入るけど、何もないの。本当に何も」
カミラは部屋の中に入ると、あらと声を漏らした。
「分かっていますよ。フランツはクラウディア様を困らせるようなことは何もしません。きっと眠っているクラウディア様を見守っていて、そのまま眠ってしまったんでしょうね」
カミラはそう微笑んだ。
カミラはフランツのことをわたしよりよく知っているのだろう。
わたしはフランツのことをどれだけ知っているのだろう。
カミラを見ながらそんなことを漠然と考えていた。




