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わたしには決意したことがあります

 眼前にある琥珀色の瞳が煌めき、わたしはその眼を見て覚悟を決めた。

 彼女の艶やかな唇から言葉が零れ落ちた。


「わたし、ダミアンに告白することにしたの」


 ついにこのときが来た。それはわたしが予期した言葉だった。

 わたしは下校途中で足を止めた友人の話を聞きとげ、首を縦に振ったのだ。


「頑張ってね」

「ありがとう」


 彼女、レーネ=アハッツががわたしに決意を伝えたのは、夏が終わろうとしていた時期。決意表明の意味があるのと、もっとも仲の良い友人のクラウディア=ブラントに黙ったまま行動を起こすのは気が咎めたのだろう。


 わたしは決めていたのだ。クラウディアとして生まれたのに気付いたときから、レーネの恋を応援しよう、と。そして、これからがいわゆるわたしの人生の本番だ。


 レーネと出会ったのは一年以上前、今のミュスティカ魔術学園高等学校に入学した時だ。だが、わたしは彼女のことをずっと前から知っていたのだ。そう、それは今のクラウディアとして生まれるもっと前の出来事だ。


 わたしは日本という国で、ある女性として生を受けた。そして、事故という形で若くして一生を終えたわけだ。その人生の中でわたしはある恋愛ゲーム、すなわち乙女ゲームにはまっていたのだ。その中で一番はまっていたのは、甘恋と略される、甘く恋してという物語だ。甘いというのは恋愛の甘いと、主人公のレーネがお菓子作りが得意な少女であることもかけているのではないかと思っている。


 タイトルの由来への憶測は確証性があるわけではないしおいておくとして、それは当時、ファンタジーとして考えていた物語だ。魔法や生活環境がある程度発達した欧風の世界で、主人公のレーネは何人かの男のこと恋に落ちる可能性を秘めている。幼馴染の男の子だったり、身分違いの相手だったり、先生だったり、疎遠になった相手だったり。そして、結果的に誰かと結ばれハッピーエンドになるのだ。


 ゲームのレーネと目の前のレーネが同姓同名なのは、偶然ではないと思う。吹っ飛んだ話だが、わたしはその甘恋という物語の中に生まれ変わってしまったようだ。


 始めて気付いたのは幼少期のとき。わたしは物心ついたときから、この名前に聞き覚えがあったのだ。そして、思い出したのが甘恋という物語だ。レーネの恋物語の中に綴られたクラウディアという女性と、わたしの髪や目の色の特徴や、家庭環境ががあまりに似ていると気づいたのだ。


 それを自覚した直後、もちろんショックを受けた。なぜわたしがあのクラウディアになっているのかと。子供のころというのはやけに物事に対してまっすぐだ。そう思い込んだわたしは悪い夢なら覚めてほしいと願い、一週間ほど部屋に閉じこもり、両親に心配をかけさせた。だが、友人や両親の協力を得て、再び立ち上がり、つつましやかに生きてきたのだ。


 それから何度勘違いだと言い聞かせてきただろう。だが、高等学校に入り、レーネと会い、わたしは改めて確信した。ここはあの甘恋の世界だと。


 わたしはレーネの親友の女性。正確には親友だった女性だろうか。彼女から告白をする前から、宣言されるほどの中なのに、現在進行形で親友といえないのには事情がある。


 クラウディアはかなり家柄の良い娘で、普通の家庭に生まれ育ったレーネとは家庭環境が全くといっていいほど違う。だが、二人にはお菓子作りという共通の趣味があったことをはじめとして、何かと気が合ったのだ。そんなわけで二人は意気投合し、親友になる。今のわたしと彼女も当然仲がいい。


 恋愛ゲームにはいくつか分岐点がある。主人公の行動により、誰を選ぶか変わってくる。そして、クラウディアはダミアンを選ばないルートではよき親友のままだ。


 だが、何を思ったのか彼女はレーネがダミアンを選ぶと、彼女の恋をあの手この手で妨害し始めたのだ。そして、レーネの恋をややこしくしていくという、親友のふりしてレーネを傷つける、わたしがゲームの中で一番苦手な登場人物だった。


 幼少期から覚悟を決めていたわたしは、レーネと出会い、彼女と親しくなるうちに決意を固めたのだ。ここが甘恋の世界なら、わたしはレーネの恋を応援するために生きよう、と。そして、彼女からの告白するという決意表明を受け、わたしは決意を新たにした。


 レーネは頭をかくと、困ったような笑みを浮かべる。


「クラウディアに言うだけでドキドキしちゃうな。いつ告白しようかな。やっぱり放課後がいいと思う?」

「明日の朝にしたら?」

「朝? そんないきなり」


 レーネはわたしの提案を頬を赤らめ否定する。


「早いほうがいいよ。せっかく決めたんでしょう」

「だからって心の準備があるよ。それにまだダミアンには言っていないの」

「告白すると決めたんじゃないの? 大丈夫。わたしがダミアンを呼び出してあげる」


 わたしはレーネを強引に説き伏せ、彼女に翌日の朝告白をするように促したのだ。

 彼女が告白しようとした段階で、彼も彼女に好意を寄せているのは明白で、早く二人を恋人同士にしてしまえば、わたしは彼女にとっての悪役にならずにすむのだ。


 ゲームの中の世界だといってもあれこれ制約があったりはしない。普通に動けるし、何かに強制されている感も感じない。もしかするとゲームによく似た世界かもしれないが、クラウディアとして生まれたわたしにはどうでもいいし、どうしょうもない話だ。


 彼女が恋の相手として選んだのはダミアン。赤毛の髪に茶色の目をした美しい顔立ちをした男性で、言葉使いは丁寧なものの、自己主張の強いところがある。勉強も運動も人並み以上にこなせ、整った顔立ちと相成り女に人気がある。それはレーネも同じだったようだ。彼女はダミアンに惹かれて行き、今に至ったのだ。


 嫌なキャラになりたくなければ、ダミアンに好意を持つのを邪魔したらよかったかもしれない。だが、そうはできなかったのは、人の恋愛に必要以上に絡むのは避けたかったのだ。それこそ、わたしが嫌いだった悪役のクラウディアの役目なのだから。それにダミアンに惚れるレーネの気持ちはよくわかった。


 クラウディアに生まれてからもそうだし、その過去生と思しき記憶の中でも、わたしはこのダミアンが一番好きな攻略キャラだったのだ。


 それはあくまで甘恋にはまっていたころの話だ。今のクラウディアとしても彼に良い印象は持っているものの、彼を好きにはならない。彼をかっこいいと思うことがあっても、その決意が揺らぐことはなかった。彼にはレーネという決めた相手がいるという分別のある人間だったためだ。だから、わたしの恋は彼女に彼氏ができてからだと言い聞かせていた。そして、わたしはダミアンに惚れることはなかった。


 朝を押し通したのには理由がある。


 ゲームの本編ではレーネは放課後に告白すると決め、ダミアンを呼び出そうとする。だが、このわたしが彼女の恋を妨害し始めるのがまさしくその頃。二人がクラウディアの策略によってすれ違い始めるのだ。要はそれより前に二人をくっつかせてしまえば、文句なしのハッピーエンドだ。もっともクラウディアがわたしである限り、そんな心配は必要ないが念のためだ。


「でも、ダミアンの家はクラウディアの家から離れているんじゃないの?」

「今日はゲルタが北のほうに買い物に行く予定だから車に乗せて行ってもらうよ」

「別に明日言ってもいいのに」

「早いうちがいいのよ。それにわたしがそうしたいの」


 レーネはくすりと笑う。


「クラウディアは真剣に応援してくれているんだね。本当にありがとう。頑張るね」

「うまくいくといいね」

「かなり難しいけどね」

「大丈夫だよ」


 二人は間違いなく相思相愛だ。

 うまくいかないわけがない。

 ダミアンは幾度となく、レーネに好意を示し、レーネもそれを察していた。

 だが、恋する気持ちが不安感をあおるのはわたしもよくわかる。親友の告白の決意をきき、わたしもドキドキしていた。

 たとえ、うまくいくと分かっていたとしても。


 クラウディアが邪魔をしなければ、二人の関係は絶対にうまくいくはずだ。二人が結ばれ幸せになったら、わたしはクラウディアとして自分の人生を満喫しようと決めていた。


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