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英者は次男坊!  作者: ゼット
◆シーズン1
6/33

第6章 旅立ち

 ジェードは随分早起きしたと思っていたが、帰り道には日が影を伸ばしていた。ジェードは朝の態度とは正反対に、勢いよく扉を開けた。まだ会議は続いていた。それも致し方ない、何せ後継者と目される者が行方をくらましていたのだから。会議の面々は朝と同じ様に、一斉にジェードの方を向いたが、王は一顧だにしなかった。


「俺は王位を継承したくない。ラックに回してくれ」ジェードは言った。


 一同は沈黙を守った。王の言葉を遮らないように。


「ほう、それがお前の出した結論か。では、お前自身はどうするつもりだ? 慎重に言葉を選べよ。この会議が多くの民の人生に影響を与える場ということを忘れるな。お前の選択ひとつで、人々の明日に影を落とすこともあるのだぞ」


 冷静を装っているが、右のこめかみにしわが寄っているのを、ジェードは見逃さなかった。そして白髪を含んだ立派な口ひげや、整髪されているがやはり白髪が入り混じる、長めの髪を見つめた。おやじも少し年を取ったか。


「俺は、兄貴をあやめたヤツを知っている。つまり、犯人の目星がついている」


 会議の出席者全員がどよめいた。弟とその侍女は、その語彙がまだ理解できないらしく、騒然とした雰囲気に首を動かしている。


「ジェード、聞かせてもらおう。敵は一体誰なのだ!」バリアン王は円卓の椅子から立ち上がった。立ち居振る舞いは、正しく国王のそれだった。


「それを今ここで、言うわけにはいかない」


「ふぁい?」と耳元に聞こえてきたのは、ファルナの声だった。


「いいから、みんな聞いてほしい」


 ジェードは弁舌の限りを尽くした。プリストンが殺される直前にジェードが黒い影を見たこと。そしてそいつが人型をしていたこと。背格好から推測すると、ファルナと見間違えるぐらいに小柄な人物であったことを、身振り手振りを交えて述べた。


「――ということで、俺はそいつを討伐することにした」


「ちょっと、本当に大丈夫なの?」ファルナがジェードの意識に、スルリと言葉を忍び込ませた。彼の言葉に国王は、意外な反応を見せた。


「うむ、面白いではないかジェードよ! わしがお前のような年であったなら、同じことを言っていたかも知れん。察するにその心中、並々ならぬ覚悟があるのだな」口ひげを触りながら続けた。


「ただし! ここで宣言するのであれば、それが国の総意に成り代わることを忘れるな。すなわち、途中で投げ出すことなどは絶対にできぬのだぞ、よいか?」


 王の言葉を待っていたかのように、ざわめきがせきを切ってジェードの耳に飛び込んできた。


〈気でも違えたのか、ジェード王子は。倒すと言っても、魔法が不得手な少年に何ができようぞ〉


〈また、いつものあれですよきっと。とりあえず逃げるんですよ、あの子は〉


〈おいたわしや……プリストン様が御存命ならば……この国はどうなってしまうのか〉


 老いぼれのお偉いさんたちは好きに言えばいい――ジェードは胸を張った。


「ああ、この場でやり遂げることを約束しよう。ただし条件がひとつだけある――」ジェードは右側を見やった。衆目の視線がその人物に集まっていく。


「ふぇ?」間の抜けた声が再び聞こえた。


 翌日の朝――。


 プリストンの葬儀は行わないことに決まった。理由は三つあった。仮に敵国の襲撃だとして、謀略の成功をみすみす公にする必要がないのが一つ目。二つ目は、国民を不安と混乱に陥れることが明白なこと。少なくとも首謀者を見つけ出し、王国の後継者を高らかに宣言できるようになるまでは、プリストンは病床に伏せていることにすべき、とお偉いさんが額を突き合わせた上で閣議決定された。そして三つ目――何よりも優先される事項だ。プリストンがそういうしんみりした物事が嫌いだったからだ。いつも能天気に声を出して笑っていた。その姿を、ジェードは今でもすんなり思い出せる。


 日中は春の到来を十分に感じるが、朝はまだ肌寒かった。それでも相変わらずファルナは薄着でパレオスカートをなびかせていた。


「ジェード兄ちゃん!」


「おっ、朝から元気な声が聞けてうれしいぞ、ラック。これはこれはミュウちゃんも、御機嫌うるわしゅう」


 ジェードは、自分もその気になれば王室式の挨拶はできるんだ、とばかりに正式の挨拶をする。右手を下になぎ払いながら相手に敬意を表し、ひざまずくギリギリの体勢を保つ。なかなかこれはこたえるな。日頃から足腰の鍛錬をしていないと、数回でおぼつかなくなる。国王は式典の際にこの動作を何百回と繰り返す。さすが、ただの老兵ではない。そう考えると実に恐れ入る。


 侍女のファルナを同伴させること、というジェードが突き付けた条件についても、眉ひとつ動かさなかった。国王の度量の広さを改めて思い知らされた。


「これ、少ないけど持ってって」ラックが言った。


「おい、これはお前がコツコツとためてた小遣いじゃないか。一、二、三っ……て、結構あるぞ、これ」


 一万グレーデ金貨が三枚。これは十代になるかならないかの子供にとってひと財産だ。


「気持ちはうれしいけど、これはもらえないよラック」弟の目線まで顔を下げて、頭をなでてやる。ジェードやプリストンのグレー髪とは違う、瞳と同じクリ色の髪をくしゅくしゅと。


「違うよ! これでお土産を買ってきてほしいんだ。僕が気に入る、ちゃんとしたヤツをね」


「ああ、そういうことか……」とつぶやいてみたものの、だからと言って受け取るわけにはいかない。ファルナがツンと肘でジェードの右脇腹をつついたとき、ようやく弟の考えに思い至った。なるほど、そういう意味か。俺がちゃんと帰ってくるように魔法をかけたわけだ。それなら受け取らないわけには、いかないだろう。


「よし、分かった。期待していいぞ。遠くの街でお前が見たこともないような、びっくりするもんを買ってきてやるからな」


「約束だよ」


「ファルナお姉さまには、これ」ミュウが話に加わった。


 その幼い手には、クルミのような実がちょこんと乗せられていた。何だこれ? というジェードの素っ気ない反応とは裏腹に、ファルナは固唾を飲んだ。


「ミュウちゃん、これってもしかして……雷ていのクルミ?」


 ミュウはこくりとうなずき、両端を大きめのリボンでとめた緑髪のツインテールを揺らした。


「いやっほう! 超レア物ゲットゥ!」天高く拳を突き上げ、快さいを叫んだ 。ジェードとラックの男子二人は、状況がよく飲み込めないでいる。


「ジェード聞いて! これ雷魔法の効果をとんでもなく高めるお宝アイテムなのよ。さっすが、王室だけあるわ! 街の魔法具屋なんかに行っても絶対にお目にかかれない代物なんだから」と鼻を鳴らす。


「ファルナ姉さま、もちろんこれもきちんと返してもらいますからね」少しほほを膨らませ、手を後ろに組んだまま上目使いでファルナに言う。体も少しくねらせながら。この年で既に、自分の立ち位置を理解しているのだろうか――末恐ろしい。


 ファルナはそのもじもじとした、かわいらしい仕草を見て「きゃあ、かわいい」と発し、両手でミュウのツインテールを抱え込んだ。とっさのことで、ミュウはじたばたする。


「うん、分かった。これをちゃんと返すために必ず帰ってくるから安心してね。ラック君も、お兄さんを連れてちゃんと帰りますから」


 さあて、行くか! と思った瞬間……ジェードは絶句した。後ろの方から少しずつ人影が見え、ゆっくりとこちらへ近づいてきたかと思うと、ものすごい人数が列を成していたのだ。ジェードとファルナはたじろぐように、じりじりと正門の方へ後ずさりした。


「ジェード様、お気をつけて。ファルナちゃんも、ね。まだお若いお二人だからね」と怪しげな含みを持たせて妙齢なメイド長のフミラが言う。


 彼女はファルナのような専属的な侍女ではなく、城のこまごまとした世話を焼くメイドに区分される。そこで、大勢のメイドを束ねる教育係をかって出ている。落ち着いた雰囲気の、四角い眼鏡がよく似合っている。


 何でも昔は旅のサーカス一座のヒロイン(大砲の飛び役)をやっていたそうで、絶世の美女という触れこみだったらしい。今でも当時配っていた似顔絵をみせびらかす癖があり、ジェードも押し付けられた口だ。確かに手元の配布用肖像画を今見ても、金髪で悩殺的な美女であることにウソ偽りはなかった――当時は、長い三つ編みがはやっていたようだ。


「ああ、フミラさんも体に気を付けて。なあに、すぐにとっちめて戻ってくるから」柄にもなく、兄貴が言いそうな軽口をたたいた。


「じいは、さみしゅうございます。無事にお戻りになりましたら、またチャンギーを指したいものです」と、ドワーフほどの上背のゼペットじいやが口を開く。


 今日はさすがに酒瓶を持っていないな。それでもトレードマークの赤鼻は健在だ。飲んでなくても赤いのか。ちなみにチャンギーはデイワールド大陸で流行している、駒を使った知的なボードゲームだ。


 ひとしきり見送りの人たちに握手や挨拶を行った。ファルナはやはりと言うか、無骨な中年衛兵たちの人気が高かった。ジェードは……メイドさんたちだったが、どう見ても年配層の比率が高い。息子のような感覚なのだろう、それはしょうがない。


 アリーザの姿が見えた。


「ジェードさん、ごめんね。余りお話しする機会がなくて。私自身、まだ何も整理がつかなくって……。どうすれば彼が喜んでくれるのか、そんなことばかり考えちゃって。本当はもっと、みんなのことを考えなくちゃ……いけないときなのに」そこにいつもの笑顔はなかった。


「いや、いいと思うよ。アリーザさんは、兄貴のことを誰よりも一番に考えてくれればさ。だって兄貴の侍女なんだし。ああ見えて、意外と世話が焼けるでしょ。一人ぐらいは付きっきりでも……いいんじゃないかな! ほら、いろいろとさ」


「――そう、彼のことを考えるのはごく自然なことよね。それでね、プリストンはいつもジェードさんのことを気にかけてたわ。でも、話の最後はいつも笑顔なの。彼はいつも笑ってたわ。いろいろ問題はあるけどあいつは大丈夫だって。……そう言ってたの」語尾が過去形になってしまったことに自分で気づくと、アリーザのほほに涙が伝った。


「ごめんね、うん、私こそ大丈夫! 涙じゃなくて彼の大好きだった笑顔で送り出さなくちゃ」


 アリーザの精一杯の笑顔だった。ジェードも笑顔で答えた。彼女はきっと大丈夫、この深い傷から立ち直ることだろう。ジェードはくるりときびすを返し、正門へ向かった。


 すると「いってらっしゃーい!」の大合唱が聞こえてきた。おいおい、ちょっとうるっと来ちまうじゃないか。別にそんなことを期待しているわけじゃないのに。すかさずファルナがジェードの手首をグッとつかみ、軽く持ち上げた。


「みんなの気持ちを察してあげて」


 ああ、分かったよ。ジェードは高々と手を上げ、そして大きく左右に振った。確かに今この国に必要なのは、勇気と希望だ。暗く沈み込んでいても仕方がない。誰かが大きく声を上げて、前へ進んでいかなくては。明日をつかむために。


 ヒュールルルー! 風を切る音とともに、さく裂音が響き渡った。城の全景を大きく振り返ると、中庭に人影が見えた――遠目にも分かる、バリアン国王だ。最近覚えたという、火の魔法を大空目がけて放っている。国王も次男と同様に、魔法は不得意だった。若い時分の戦争――バリアンの決戦などは専ら剣で戦っていたとか。最近になって戦闘用魔法ではなく飽くまでも趣味としての魔法に挑んだ結果、いろいろ習得できたと聞いている。


 赤、青、黄色という具合に、空のキャンバスが彩られていく。見事なファイヤーフラワーだ。ポン、ポン! という小気味いい音階を奏で、鮮やかな光景が繰り広げられる。おやじが直々にやるなんてな――。苦笑いを浮かべながら、人差し指で軽く敬礼した。そして全員に向き直って言った。


「ジェードとファルナ、討伐の旅に行って参ります!」

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