第13章 魔鏡列車
ファルナは、ジェードの元へ急いだ。結局、アリーザもついてくることになった。ジェード王子が襲撃され危機にさらされているので、駆けつけるのは当然の判断だった。
しかし、二人がその倉庫に戻ったときにはとき既に遅かった。
「あれ、やっぱり帰ってきたのー? そっちの人は誰ー?」とルリエッタが語尾を伸ばして言う。ここ最近の暑さにやられて、ばてているようだ。
「こんにちは、初めまして。ルリエッタちゃんだったかしら。私はアリーザ。ファルナさんとは友達なの、ふふっ。あなたともいいお友達になれるかしら」と手を差し伸べる。
「どうかしら」と少しませたような口調を見せながらも、ルリエッタはアリーザの握手に応じた。
そしてルリエッタは、ファルナとアリーザを驚かせる言葉を口にする。
「ジェードとレクストン兄ぃなら、いないよ。幻想のレリクスってところに行っちゃったんだ。何でも、その近くまでいける魔鏡列車がたまたま手配できたとかで、急いでたよ」
ルリエッタはしゃべり終えると、棒付きの氷菓子を口にくわえ始めた。
「アリーザさん、どうしよう。ジェードたちは狙われてることにまだ気づいてないかも。それに、幻想のレリクスの方角までは聞いてませんでした。最近見つかった場所らしくて、詳しいことはレクストンさんしか分からないかも……」
「大丈夫よ、まず落ち着きましょう、ファルナちゃん。こういうときは状況を整理しなくちゃ。魔鏡列車、魔鏡列車、と」
魔鏡列車はその名が示すとおり、鏡を動力として動く列車だ。車両の内部に合わせ鏡をずらりと並べ、光を際限なく反射させていく。光の無限循環のエネルギーを利用し、車両を推進する仕組みだ。
この世界では、魔鏡列車よりも風魔法による移動の方がよく用いられる。魔鏡列車を利用する場面はおよそ限られていて、遠く離れた距離の移動やのんびりとした観光用途だ。風魔法による移動は、多くの魔力を必要とするからだ。
魔鏡列車というフレーズに、アリーザは心当たりがあった。巨大な列車を所有するには、国単位での話となる。この近くで国と呼べるのは、やはり近隣の主要三国――エクスディア、クラウス、リザとなる。その中で魔鏡列車を保有している国は、砂漠のリザ教国になる。
「ルリエッタちゃん。ここにテレプスは置いてあるかしら?」
「あるけどぅー」とルリエッタが語尾を伸ばす。その言葉使いに、目ざとく反応したアリーザは
「五千グレーデで足りるかしら? これで何か冷たいお菓子でも買ってきてもらえると助かるんだけどね」
テレプスは基本的には交換器の水晶玉を設置した後は、費用はかからない。水晶玉に含まれる互いの魔力でつなげる仕組みだからだ。ルリエッタはアリーザがあげた多すぎるお小遣いをうれしそうに受け取ると、ペコリと頭を下げた。そして、
「近くのお店に行ってくるから、お留守番をお願いします」と言い残すと、足を弾ませて駆け出していった。
そして、手早く交信を始めた。相手先は――リザ教国ではなかった。
「えっと、アリーザですけど。ミュウちゃんをお願できるかしら」
エクスディア城の侍女へつなげていることを知り、ファルナは驚いた。そして、後学のためにもその対応を学び取ろうと子細に観察を始めた。
「ミュウちゃん?」
「はいー、ミュウですー」
「あのね、魔鏡列車について聞きたいんだけど」
「ひゃうっ! ミュ、ミュウは、な、何にも見てないですぅ。魔鏡列車だなんて、そんな……」
「ん? どうしたの? 見てないって、どういうこと?」アリーザはしどろもどろなミュウの返答が、よく理解できなかった。
「え……えっと」
「それでね、ミュウちゃん、魔鏡列車の発着場を調べてほしいの。ブラックスラムから一番近くて……そうね、ふだんは使ってない場所はないかしら?」
「え、えっと、すぐに調べてみますね」テレプス越しにパタパタと走る足音が聞こえ、数分後に戻る音が聞こえた。
「分かりました、アリーザさん。ブラックスラムから真っすぐ南下した場所に、廃線になった場所があります。こ、これでお役に立ちましたか?」
「ありがとう、完璧よ。ミュウちゃん。それで、お城の方には大丈夫かしら?」
「そ、それが……ひゃう!」
「あれ? どうかした、ミュウちゃん」
すると、テレプスにミュウとは違う声が現れた。
「ほう、その声はアリーザではないか。城を抜け出して何をしておるのじゃ。わらわは退屈で仕方ないぞ。早く城戻ってきて相手をせんか」
テレプスの相手は、クラウス国のラーゼだった。ミュウから奪い取るようにしてテレプスを変わる姿が思い浮かんだ。アリーザが調子を合わせようとした途端、思い出したかのようにラーゼが話し始めた。
「そ、そう言えばそこにジェードはおらんのか。もしかしているのであれば、少し話をしたいぞ」
「ごめんなさい、ラーゼさん。ジェードさんは、もうここを離れてしまったの」
「な、何っ! そうなのか! えーい、侍女のファルナはどうした。まさか、そこにいるわけでは……あるまいな。もしいるなら、替わってもらうぞ」
アリーザが、おどけたような表情でファルナを見る。テレプスの声は、横に立つファルナにも筒抜けだった。ファルナは苦笑しながらも、テレプスを替わった。すると……
「何をやってるのだおヌシは! 侍女たる者、いかなる理由があろうとも主人の元を離れてはいかんだろ!」
水晶玉が割れんばかりの勢いでどやしつける。
「そ、そうは言っても……いろいろと深い事情があったのよ。ラーゼさんには分からないことよ」
ファルナも、思わず売り言葉に買い言葉の口調になってしまう。他国にお姫様にとやかく言われる筋合いはないと言わんばかりだ。
「どうせ、くだらぬ理由でけんかしたんだろう。ん? まあ、それはわらわにとっては好都合か……。ごほん、まあよい」
なぜか妙に落ち着いた口調になり、ラーゼは続けた。
「ときにファルナ。ヌシらがいる地域で妙なうわさを聞かなかったか? ジェードにも関係する話だ。そう、生者の魔法についてだ」
その話の流れに、ファルナは大いに驚いた。
「えっ! 生者の魔法のこと、ラーゼ王女の耳にも届いてるんですか?」
「もちろんだ。その口ぶりからすると、その正体は分かっていない様子だな。ごほん。その……、ジェードのヤツが気にするかと思ってな。どうじゃ、その中身を知りたいか」
ラーゼのまだ低い鼻が、テレプス越しに高々になっている姿が容易に想像できた。
「ええ、ジェードの役に立つ内容なら、侍女として是非お伺いしておきたいわ」
ファルナも、負けじと強く応戦する。ラーゼは駆け引きのような間を見せたが、すぐに折れて話し始めた。その代わり「ラーゼから聞いたとジェードに伝えてるように」との注釈付きで。
「生者の魔法を使えるのは、人間ではないということは明らかになっている。ただし、それでも生き返らせる魔法では決してないぞ。クラウス蔵書室に、それらしき記述が書かれた巻物が見つかっておる。それによると……恐らくは命をつなぎ止めておく魔法だ。そして、その使い手は――」
ファルナはラーゼの言葉を聞き終えると、テレプスを切った。その言葉は、ファルナには理解しにくいものだった。生者の魔法の謎を胸に秘めつつ、ファルナはもう一つの謎について、アリーザにぶつけた。
「アリーザさん。ジェードたちが向かった魔鏡列車の発着場が、どうしてこの近くにあると思ったんですか?」
「いい質問ね、ファルナちゃん。重要なのは、魔鏡列車ということなの」
「はい」
「魔鏡列車の線路が幻想のレリクスに直通しているのであれば、その中身なんて人手で発掘されているはずよ。だって、簡単に行けるんですのもの」
「そうですね」
「でも、今からお宝探しに行くということは、そうじゃない。つまり、近くまでは魔鏡列車が通っているにせよ、その線路は頻繁には使われていないもの……。そこまではいいかしら?」
「はい。そこで廃線に目をつけたってことですよね」
「その通り。そして、魔鏡列車を保有しているのはリザ教国であることを知っていたジェードさんは、シルヴァ司教に尋ねたはずよ。『廃線になっている魔鏡列車を動かせるか?』ってね」
「なるほど。でも、どうしてブラックスラムから一番近くの発着場だとどうして限定できるんですか?」とファルナが素朴な疑問を口にする。
「もしシルヴァ司教に頼むのであれば、普通ならば飛行艇を借りるはずでしょ。向こうの方が早く着けるからね。ジェードさんが頼めば何とかなるはずよ」
ファルナは、前の戦いで飛行艇を借りたことを思い出した。確かにあれならば、目的地まで早く簡単に行き着くことができる。
「でも、そうしなかったのは、たまたまこの近くに魔鏡列車の発着場があったから。それに、その……レクストンさんだっけ? 魔法が使えないんだったわよね」
「はい、そうです。そっか、魔法での移動ができなくても苦にならない近場だったから、そこにした……という訳ですね! さっすが、アリーザさん」
「もちろん、これは推測にすぎないわ。でも、ジェードさんたちが思い立ったかのように魔鏡列車に飛び乗っていった理由はこれで説明ができそうね」
「すいません、アリーザさん。もうひとつ質問してもいいですか? 魔鏡列車を保有しているリザのシルヴァさんに、直接聞かなかったのはなぜですか?」
ファルナは、最初に感じた疑問を直接聞いた。
「それは……リザ教国のシルヴァさんに質問すると、高くついちゃうから、ね」アリーザは右目をつぶって見せた。
「なるほど、さすがアリーザさん。確かにシルヴァさんは、無理難題を押しつけるってジェードが言ってました。前回も、虹の水晶を頼まれちゃって……」とファルナが思い出す。
アリーザとファルナは笑い合った。
「ファルナちゃん、でも……本当に大丈夫なの? 一人で」
「大丈夫です! アリーザさんには、エクスディア城の警護をお願いしないといけませんし。これ以上は、頼る訳にはいきません」
「分かった! ファルナちゃんとジェードさんならきっと大丈夫ね、うん」
「ラーゼ王女にもよろしくお伝えください。私だって、あんなに好き放題言われる訳にはいきませんからっ! ジェードのそばにいろ、何て言われなくても分かってますよーだ」
アリーザの目には、ファルナがいつもの調子を取り戻したように映った。
――その頃のジェード。
「いやぁー、しかし助かったよシルヴァ。さすがリザ教国は、世界的な宗教大国だけあるな。いろいろと要人を送り届けるのに使っているんだっけ? ふだん使ってないヤツを、使わせてもらって、悪いな」
魔鏡列車内のテレプスでシルヴァと連絡を取った。ジェードは魔鏡列車を無事に動かせたことを伝えた。
「気にすることはありません、ジェード王子。その代わり……」とシルヴァ。
魔鏡列車も、飛行艇と同様の自動運転機構が備わっている。ジェードとレクストンは、三時間ほどの気ままな旅を満喫しながら、目的地へたどり着けることになる。
「えっ? 何々? 幻想のレリクスの中から『光の鏡』を取ってこいって? どうせまた……面倒な代物なんだろう」
「いえ、ジェード王子の手にかかれば造作もないことです。光の鏡を使えば、魔鏡列車の動力が加速され、今まで以上の速度が出せるようになります。つまり、技術革新と人類の進歩のために役立つのです」
「ああ、そうなんだ。まあ、しょうがない、乗りかかった船だ。それもついでに見つけてくるからさ。それじゃな!」
ジェードがテレプスを切って後方の車両から戻ると、レクストンは先頭車両で最高の眺めを満喫していた。
「おいっ、ジェード見てみろ! すげえぞ」
魔鏡列車は森の中を通り、秘境の地を走っていた。荒野が裾野に広がっており、野生動物が群れを成して走っている姿が見える。自然のことわりを体現する、躍動感あふれる光景だ。
名も知らぬ首長魔獣に、二足歩行の鳥形魔獣。そして最後方からは、最大級の巨人族が一心不乱に追い立てる。遠くでは、鮮やかなイエローアイズドラゴンが空を縦断している。皆、全速力ではるかかなたに駆け抜けていく。力強く、前に向かって。
「おおっ! すごいなぁ。俺もこんなの初めて見たよ!」とジェードも歓声を上げる。
魔鏡列車は、ひたすら森の中の線路を駆け抜ける。ふだん使っていないため、線路の上に草が伸びているがそれほど影響はない。魔鏡列車は風魔法の力で、線路より少し浮いているのだ。
しばらく列車の旅を楽しんでいると、レクストンがうたた寝しているのに気が付いた。出発する前から気を張っていたようで、緊張が緩んだのだろう。
ジェードも、レリクスに着く前に仮眠を取ることにした。すると……
「ジェード、ジェード……」と女性の声がする。
寝ぼけているジェードの頭へ、直接しみいるような声だ。どこかで間違いなく聞いたことがある声なのだが、すぐには思い出せなかった。
「ジェード。寝ているところを悪いが、ヌシに話があってな」
「……テン! テンじゃないか。どうした?」
ジェードは目をつぶったまま、守護天使のテンと会話を続ける。守護者であるジェードの近くにいると悪影響が出るらしいので、姿を見せないのだろう。
「お前さんがファルナのことを心配してると思ってな」
「まあ、そりゃあもちろん心配してるけどさ。あいつが勝手に出て行っちゃったんだよ」
と、ジェードは目をつぶったまま、口をとがらせる。テンは、声を和らげながら話す。ジェードの口ぶりを、少し笑っているようだ。
「あやつは、お前さんのことを追っかけてきてるから安心せい。全く、子供みたいなけんかをしおって。それはそうと、お前さんが気にしている生者の魔法についてなんじゃ」
「生者の魔法! 知ってるのか? その正体について」
「いや、その……。わしも見たことはないから、正確には分からん。だが、これだけは教えることができる。その使い手についてじゃ」
「使い手? どういうことだい?」
「普通の人間には、扱えない魔法ということだ。確かにその魔法は存在するが……。ヌシが考える、街のうわさのような、一度死んだ者をよみがえらせる魔法では断じてないぞ。それでも知りたいか?」
「ああ。やっぱりそうか。そんな都合のいい魔法なんて、さすがに心から信じていないから安心してくれよ」
「そうか、ヌシが余りにも気落ちしてしまうのを心配していたのだが。さて、その生者の魔法なるものが使えるのは……わしと同じ守護天使じゃ。そして、その使い道に関しては、死者を少しの間、生きながらえさせる魔法と聞いておる、じゃが……、それを実際に使った守護天使はおらん。なぜなら……」
明らかにテンは、言いよどんでいるように聞こえた。それ以上は話したくなさそうにも聞こえた。
「テン、ありがとう。もう十分さ。余り守護天使の世界に立ち入っても仕方がないからな。それと、ファルナのこともありがとうな。実は、心配してたんだよ」
「役に立てたなら光栄じゃ。これでもわしは、ヌシの守護天使だからな。また、会おうぞ」
テンはそう言うと気配を消した。最初から最後まで姿を見せずに、ジェードとの会話を終えた。




