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英者は次男坊!  作者: ゼット
◆シーズン2
31/33

第11章 忍び寄る魔の手

 アリーザが軽く言い放った言葉で、ファルナに一瞬で緊張が走る。

 

 ――六ぼう星とは、星型の六角形のことだ。図面に書き起こすと、先端の点は六個しかない。


 と言うことは、「七番目の点は存在しない」ことになる。存在しない点は不吉の象徴とされ、それはすなわち緊急事態を示す隠語として城内で用いられている。

 

「七番目の点」は最上級の緊急事態であり、以前、エクスディア城が魔獣に襲撃されたときがその状況に相当した。さっきまでの和やかな雰囲気は、一発で吹き飛んだ。

 

 アリーザを先頭に、スピードスで移動を仕掛ける。ファルナが目を見張るほどの腕前だ。ひとけのない場所へ、敵を誘導していく――この速度についてきている……四……五……六人。ファルナがそう目算するころ、アリーザが足を止めた。

 

 そこはガルム師匠が住んでいるムーラン山脈のふもとで、この前とは逆の登り口だ。少し登っただけで、周囲に人影はなくなり、寂れた山道の雰囲気を醸し出している。

 

「やっぱり、私たちよりジェードさんの方が人気あるみたいね」アリーザが小声で言う。

 

「そうですね。この追っ手はどう見ても素人じゃないです。最近は、ずっとブラックスラムっていう場所で、人目につく所じゃなかったんですけど……」

 

 二人は自分たちを取り囲む人影を、王子の暗殺狙いとにらんだ。少なくとも侍女を追い回す、熱狂的な信者の動きではないからだ。

 

 ファルナはそこでレクストンの顔が頭によぎったが、すぐに振り払った。さすがに彼も、ジェードを売るような人じゃないはずだ。しかし敵の姿が見えたとき、またしてもその疑念が首をもたげてしまった。

 

 山吹色のローブを頭からかぶった六人。それは、エルラド教国の研究所で見た服装だった。瞬く間に、ファルナとアリーザを取り囲む。

 

「あらあら、言葉は多分……通じないでしょうね。ファルナちゃん、準備はできてるかしら?」

 

「はいっ!」と威勢よくファルナは答えたが、少し不安だった。

 

 対人戦はもちろん経験があり、得意とするところだ。しかし、それは飽くまでも同じ人数を前提としていた。アリーザと半分に割ったところで、三対一の戦いだ。もちろん、アリーザは難なくこなすだろうが……正直なところ、三人相手の戦闘は自信がなかった。

 

「それじゃあ、ちょっと見ていてね。六人って数字に運命を感じちゃうでしょ。さっきの隠語と掛け合わせたみたいで」

 

「ふぁ、ふぁい? この人数をお一人で?」

 

 ファルナが開けた口が閉じる前に、戦闘が開始された。

 

 六人のローブ衆はためらうことなく、魔法の弓を放ってきた。矢尻に雷の輪郭をまとっている。弓に重ね合わせているのは、恐らく上位の雷魔法だろう。道具としての弓に魔法を重ね、速度と射貫く力を高める戦闘手法だ。

 

 アリーザは大きく両手を広げて天を仰ぐと、清らかな透き通る声で詠唱を始めた。

 

「テンペ=レンジガルド!(聖風の障壁)」

 

 ファルナは息を飲んだ。接頭辞がテンペなので、風魔法なのは分かる。しかし、今までに聞いたことのない魔法なのだ。

 

 小型の竜巻が幾つも巻き起こり、空中に構える。激しく渦を巻いているので、恐らくその中は真空状態だ。

 

 キュン! モギュッ! という緊迫した場面にふさわしくない、かわいらしい音が鳴る。

 ファルナは、その正体が何なのかすぐには分からなかった。

 

 ローブ衆から放たれた矢は、六本やそこらではない。それぞれのローブが、同時に五十本以上を放つという芸当をやってのけた。果たして、一瞬で天空を埋め尽くすほどの矢が降り注いだ。その全ての攻撃を、真空の渦に巻き込んで防御する様は正に圧巻だった。

 

 魔法の矢は無尽蔵にあるわけではない。ファルナたちを取り囲む六人は、それぞれ顔を見合わせ、信じられないといった仕草をする。ローブに包まれているので、その表情までは知ることができない。

 

「ファルナちゃん、いい? 魔法は攻撃だけじゃないの。よぅく覚えておいて」

 

「はいっ! アリーザさん」

 

 戦闘中にも関わらず、話しかけてくるアリーザを見て、ファルナにも余裕が生まれた。この機会に是非、勉強させてもらおう。それほど、アリーザの魔法はすばらしかった。

 

「くっ、くぬぅ」ローブの一人が、屈辱に耐えかねて声を漏らす。

 

「ならば、これはどうだ! マッド=サークルファブル!」茶色のせん光がさく裂する。

 

「あらあら、土系の魔法かしら? もう、せっかくのお洋服が台無しねぇ」

 

 アリーザは飽くまでも落ち着いた口調で言う。しかし、ファルナはさすがに落ち着かなくなった。地面が液状化し、泥土の沼と化した――そして、その泥沼にアリーザの腰から下までが沈んでしまったのだ。

 

「アリーザさん、私が空から援護します! テンペ=フルウィング!」

 

 ファルナは、空中に舞い上がった。他の五人が、地上からファルナを見据える。どうやら、空中戦の誘いには乗ってこないようだ。

 

 アリーザの動きが途端に鈍くなった。泥の中をゆっくりと、体をよじりながら歩く。

 時折、ふう、という吐息を上げながら、泥沼の縁へ逃れようとしている。

 泥沼は十メートルほどの直径をした円形で、ちょうどこの前大ガエル魔獣と戦ったときの井戸の大きさと同じぐらいだった。

 

 土魔法をとなえた相手は、泥の外から悠然と攻撃の構えを見せている。

 

「アリーザさん! あいつらは飛べないみたい! 空から攻撃すればいいかも!」

 

 ファルナは上空から叫び声を上げた。しかし、自分のそのセリフに違和感を覚えた。

 アリーザがテンペ系の魔法を使えないわけはない。風使いのプリストンと、しょっちゅう空の散歩に出かけていたのだから。では、その彼女がなぜ飛ばないのだ? まさか、足のどこかを負傷した……?

 

 ファルナの疑問に、アリーザは答えなかった。懸命に、泥にまみれながら逃れようとしている。髪が泥につかないように、バイオレットのロングへアーをアップにまとめていた。うなじが見え、胸元や背中に泥をべったりとつけたその姿は、色気すら漂っていた。その証拠に、五人のローブ衆がその姿をうなずきながら鑑賞している。五人の中身は、若い男なのだろう。

 

 しかし、土魔法を詠唱しているローブがひとにらみすると、五人も我に返ったようだった。

 

 さては、あの土魔法をとなえているのは女の人ね! ファルナは空中でそう把握した。

 

 そんなファルナを無視するように、五人のローブは一斉に攻撃魔法の構えに入った。

 

「フレア=マキシマス!」

 

 王道の火球魔法が、一斉に飛び交う。まずい! ファルナは直感した。泥につかったままだと、魔法詠唱の速度が出せない。アリーザの風防御の発動は、とても間に合いそうにない。もしかしたら土魔法は、そこまでを含めた戦略だったのかもしれない。

 

「キュン、キュン、キュウウウン!」

 

 あれ? さっきも聞こえた、この不思議な音は何?

 

 ファルナは空中で目を凝らし、耳を澄ませた。こんなことなら、千里眼のミュレットを返すんじゃなかった。あの能力を使えば、空中に何やら響く音の正体を見ることができたのに。

 

 しかし今は、それを嘆いても始まらない。空中から、アリーザに向けて放たれた火球を、撃墜しなければならないのだ。――それも、六発を一度に。

 

 火魔法を打ち消すには、天を舞う風魔法の相性は悪い。アリーザの風の防御魔法であっても同様だ。風は、火の力をかえって増長させてしまうからだ。

 

「ウォル=トルネイド!」ファルナは水魔法で、空中から火球を迎撃した。

 

 しかし、効果を打ち消せたのはわずかに二つの火球だった。

 

 四つの火球が、同時にアリーザを襲う。アリーザは、泥とのんびり格闘していて、よけるそぶりがない。

 

「アリーザさん!」ファルナは悲鳴を上げ、思わず目をつぶった。

 

 すると「モッキュウウウン!」という、またしても緊張感のない音が聞こえた。

 

 それを確認しようと、ファルナがゆっくりと目を開けると……火球が全て消失していた。

 あれっ? どうして? しかも、アリーザさん、魔法を使った形跡がない……。

 ファルナは口には出さなかったが、その魔法理論に背く事態について、自問自答した。

 

 ファルナよりも驚いていたのは、ローブの六人衆のようだった。ぼう然と立ち尽くしている様子がうかがえた。

 

「ようし、岸に到着! さあて、反撃がいきますわよ」アリーザは泥沼からはい上がると、構えを見せた。

 

「そうね、せっかくだから、雷魔法なんていかがかしら? 格別のをお見舞いするわ」

 

 アリーザが色っぽく言い放つと、ローブ衆は恐れおののいた。自分たちの魔法が、ことごとく見えない力でかき消されたのだ。この上、雷魔法まで使われたら……。口に出さずとも、逃げる意思を動きで表現していた。恐らく、エルラド教国に金で雇われた兵隊なのだろう。

 

 アリーザが両手を動かしている間に、五人は一目散に逃げ出した。土魔法を詠唱した一人は、しばらく残っていたが、最後には諦めたようだ。その一人のローブは、アリーザではなく、地上に降りてきたファルナの方を一べつし、同じように逃げ去っていった。

 

「なに、あれ? 変なの」ファルナは、思わずそう言った。そして「アリーザさーん」と、先輩侍女に駆け寄った。

 

 しかしアリーザは泥まみれだったので、抱きつくことまでは遠慮した。

 

 ファルナは、さっきの疑問を投げかけた。変な音が聞こえたことと、どうやって火魔法を消し去ったかについて、だ。

 

「ふふっ、紹介するわね、エージャーのユッチよ。サーベルイタチに区分されるのかな」

 

 アリーザが紹介したユッチというエージャーは、どこからか現れたかと思うと、アリーザの肩から首にかけてスルスルと駆け上っていった。

 

 体長は三十センチほどで、全身が雪のように白い毛に覆われている。ぷっくりと丸い尻尾が特徴で……平たく言えば、愛玩用の小動物だ。ただし、かなりのレア物であることは間違いない。

 

「ああっ、かわいい!」鼻を少しぬらしたその愛らしい姿に、ファルナが歓喜の声を上げる。

 

 フサフサとした雪色の毛に、思わずほおずりしたくなった。

 

「はっ! そうだっ!」思い立ったように、ファルナはそう言って、ユッチの手足を押さえつけた。すると、ひっくり返されたその小さな両手足の裏に肉球が見えた。

 

「キュ、キュ、キュウーン」と声が上がる。

 

 なるほど……どうやら、ユッチの鳴き声だったらしい。

 

「いやーん。かわいいー」

 

「でしょー、ファルナちゃん。ここに目がいくとはさすがね。サーベルイタチは、このぷよぷよの肉球が売りなのよ。戦闘になると、ここからちっちゃいサーベルを出すから、要注意なんだけどね」

 

 ファルナはそう聞くと、肉球の間から、無理やりサーベルの部分をのぞかせた。小さい爪のような刃で、堅さは申し分ない。それでも……

 

「うーん、やっぱりかわいいー」と、ファルナはメロメロだった。

 

 アリーザも、うんうん、とうなずきながら目を細める。

 

 アリーザによると、このサーベルイタチの刃には、多くの魔法を消し去る能力があると言う。加えて、その尋常ではない速度。見えない速度で移動して、召喚者を攻撃から守る。正に、最強の防御タイプのエージャーだった。

 

「余りかわいいっていうと、チャムちゃんに怒られちゃうかもよ」アリーザがたしなめる。

 

「あっ、そうですね。いけない」ファルナは舌を出した。

 

「でも……防御できるにしても、どうして泥から出なかったんですか? 私、見ていて冷や冷やしちゃいましたよ」

 

 するとアリーザは、なぜかファルナの耳元に口を寄せ、小さな声で言った。

 

「ほら……、甘いものをたっぷりと頂いたでしょ。最近ちょっと、ウエスト周りが気になってたところなの……それで、せっかくあんなに重い抵抗があるところだから、いい運動になるかなって」

 

「ええっ、そうだったんですか!?」

 

 ファルナはアリーザの豪胆ぶりに驚きを隠さなかった。

 

「もうっ! それだけスタイルがいいんですから、ちょっとぐらいは太ってもいいんです!」

 

 ファルナの冗談めかした嫉妬混じりの答えに、アリーザは笑った。

 

「それじゃあ、ファルナちゃんも、ここで運動しちゃう?」と泥に向けて手招きをする。

 詠唱者は消え去った後なのでもう効果はなく、水たまり程度の深さしかない。

 と言うことは……、アリーザが新たにどろんこ魔法を発動しようというのか。

 

「いやですうっ! スカートが汚れちゃいますからっ!」

 

 仲のよい姉妹のように、二人は笑った。

 

 ファルナはアリーザとの別れ際に、ユッチの喉をなでさせてもらった。キュキュキュウ、とかわいい声が聞こえた。

 

「――急いでジェードの元に返って、ローブのヤツらのことを知らせなくっちゃ」

 

 このときのファルナは、重大な思い違いをしていることにまだ気が付かなかった。

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