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英者は次男坊!  作者: ゼット
◆シーズン2
28/33

第8章 エルラド教国

 エルラド教国への潜入は、その日の夜に決行された。

 

 デイワールド大陸のみならず、ここ一帯の大陸では、宗教が二分されている。

 エルラド教とキルリア教だ。ジェードの幼なじみ(シルヴァ司教)がいるリザ教国は、キルリア教に属する。それと対立するのが、これから向かうエルラド教国だ。

 

 宗教の名前が、国名に冠されていることからも分かるように、この国が世界に散らばるエルラド教の総本山となっている。ここは、他宗教からの引き抜きが盛んであるため、争いも絶えない。

 

 ジェードたちは闇のような黒装束に身を固め、要塞の石壁沿いを小走りに駆け抜けていた。

 

「ねぇ、ジェード、やめようよ。こんないかにも悪人の格好で忍び込もうなんて。これじゃまるで、どっかの黒い影じゃない」

 

「まあ、そう言うなよ。結構その格好……似合ってるぜ。それに、これは正義のためなんだよ。もし本当に子供たちの親を洗脳して収容してるんだったら、何とかしてやらなきゃ駄目だろ?」

 

 ジェードは体のラインがぴったりと浮き出た、ファルナの黒装束を見つめた。右前合わせの着衣の胸元からは、網目の肌着がのぞく。それしかなかったのか、こだわっているのかは分からないが、左右にスリットの入った同系色のミニスカートを合わせている。

 そして、りりしく額に巻かれた千里眼のミュレット――魔法と運動能力にたけた彼女が、その威力をどこまで高めることができるのか。

 

「しっ、お二人さん。静かに! 誰か来る!」レクストンが小声でさとす。

 

 高い石垣でぐるりと周囲を囲まれた、要塞の上方から人の気配がした。

 

 二重三重に張り巡らされた石垣を、クモ糸で編んだロープを使って跳び越え、本陣の近くまで来ている。本陣のやかたの屋根には、二匹のヘルモグラ(地獄のモグラ)を並べた物体が飾られていた。ヘルモグラ(地獄のモグラ)はエルラドの国獣であり、紋章だ。もう一つの宗教大国である砂漠のリザ教国は、キルリア教の使いとされるヘルタイガーが国獣に指定されている。

 

 ジェードたちの頭上から、話し声が聞こえた。

 

「最近の、研究所における進捗はどうなっている?」気が強そうで、少しひび割れた女性の声だ。

 

「はっ、小動物での実験が終わり、人体実験の段階に突入したと聞いております。それで……、差し出がましいお話ですが、ノーラ司教は、どのような研究結果をお望みでしょうか」側近と思われる男の声が続く。

 

「決まってるじゃないか! ……戦……の、人間……器。その実現以外に、何があるっていうんだい? 世界中の美しい宝石、富と名声を集めるために、それが必要になる。あの、いまいましいキルリア教の……シルヴァ司教の後じんを拝むのは御免さ! 私は、もっと財宝が欲しいんだ。この美しさを永久に保つために」

 

 途中の言葉は、風でかき消されてしまいよく聞き取れなかった。ファルナが宙に浮いて、耳をそばだてる作戦もあったかもしれない。ただ、いかんせん意表を突かれた。

 

「大変失礼いたしました。それで、例のあの計画なのですが……」

 

「ふむ、どうなんだ、そっちは? あれにも膨大な金をかけているんだぞ。まあ、あの計画が実現すれば、それこそお布施の入りも世界規模になるから、その心配は無用か。さて、夜更かしは肌に悪い。問題がないのであれば、とっとと消えるがよい」

 

 ノーラと呼ばれる司教は、最後まで傲慢な態度を隠そうとしなかった。声のトーンだけで言えば、リザのシルヴァよりは年上に聞こえた。だが、その不遜な態度よりも、よほどシルヴァの方が、落ち着いた大人のように感じた。それはともかく、この宗教国がまともな思想の元に動いてないことだけは、はっきりと分かった。

 

「研究所ねぇ。要塞から北へ、ひたすら真っすぐ行ったところにある施設だな。よし、そこへは俺だけで行くことにするよ。ジェードとファルちゃんは、ここまででいいや。十分助かったよ。後は、俺がその施設の連中をたたきのめして、ガキどもの両親を連れ帰ってくるさ。簡単だろ?」と、レクストンが言う。

 

 簡単だろ? は、いかにもジェードが口にしそうな言葉だ。

 

「ああ、実に簡単だと思うよ、レックス。俺たち二人をここに置いてくよりはね」

 

 ジェードが言葉を返す。ファルナもいつもなら、ここで軽口を上乗せするところだが……

「私は、レックスさんの意見に賛成かも。ジェード、よく聞いて。やっぱり私たち部外者が介入すべき問題じゃないと思うの」

 

 ジェードが反論しようかどうか迷ったときに、ファルナが続けて口を開いた。

 

「――ちょっと、あれ、何?」

 

 外壁の先に、ぼんやりと光り輝く不気味な人影が見えた。長身のレクストンより少し上背がある。まぶしいほどではないが、白い光をまとった人影であることは間違いない。まるで何かの魂のように素早く動き、やがてふっと消えた。

 

「――まさか、あれがうわさに聞く、光の魔剣使いか?」ジェードがつぶやく。

 

「えっ? どういうこと、ジェード。光の剣じゃなくて、光に包まれた剣士を指してたっていうの?」

 

「その可能性も否定できないな。何しろうわさ話に尾ひれがついて、適当に伝わってる話だからな」レクストンが言う。

 

「へえ、レックスもそのうわさ、聞いたことがあるんだ? そんなに有名なのか……」

 

「まあ、このブラックスラム近辺で、何度か見かけたからな。いや、と言うか、そのうわさを広めたのは俺だしな……最初は、光の人影を見たってだけだぜ、いい加減なもんだ」

 

「ええっ!? そうなの!」ジェードとファルナは顔を見合わせ、同時に言った。

 

 思わず大きな声を出してしまったジェードたちは、猛スピードで移動せざるを得なくなった。話が宙に浮いてしまっていたが、地理に明るいレクストンについていった結果、研究所へ足が向いていた。

 

 途中、簡素な旅人用の貸し出し小屋で一夜を過ごした。ファルナの言葉は少なかった。

 レクストンによると、子供たちは数日ほったらかしにしても、心配ないと言う――たくましい限りだ。

 

 翌日の朝――。

 研究所と聞いて、有刺線が張り巡らされた建造物を想像していたジェードは、度肝を抜かれた。

 

「何これ……? レックス、これって……巨大な滝じゃないの?」

 

 目の前に広がるのは、ガルム師匠が住むムーラン山の水脈を、ふんだんに放流する滝だ。滝つぼまで一直線に流れ落ちる姿は、別名「竜の喉笛」として知られる。

 水滴が飛まつをし、ごう音がとどろく。結構な距離を移動したが、これほどまでの滝が、こんなところにあったとは。ジェードは驚きを隠せなかった。

 

 ファルナも同じように驚いているだろうと横を向くと、まだ不機嫌な表情に見えた。

 せっかくの絶景なのに、そんな顔をするなよ、と思ったが……今は観光ではない。非人道的な行いをしている教団施設に、潜入して実態をつかむ必要がある。しかし、彼女からの賛同は得られなかった。なし崩し的に訪れたはいいが、あの凶悪な滝の奥に進むのであれば、有能な侍女の魔法を頼るより他はない。

 

「ファルナ……あの滝の奥に、研究所がありそうなんだけど、どうすればいいかな?」

 

「あっきれた。あんな巨大滝つぼを攻略するつもり? 飲まれたら二度と浮き上がれないわよ。仮に偉大な魔法使いだったら、水魔法で滝を二つに割れるかもしれないけど」

 

 ジェードは、その話が皮肉なのかどうなのか分からなかった。魔法が不得意なジェードにとっては、どのレベルが現実的に難しいのかの線引きができない。ただ、確かにこの巨大な滝を敵として捉えると、いかにファルナとはいえ、攻略は難しそうだった。

 

 ファルナは、それ以上の説明を避け、行動に移った――やはり、まだどこか怒っている。無言のままスタスタと、滝の前の見晴らしのいいつり橋へ移動した。ジェードとレクストンの非魔法系男子が、その後に続く。

 

 その木製のつり橋は、陽気な観光客を心底震え上がらせることで有名だ。石造りのアーチ橋ではないので、風で極度にぐらつくのだ。まだ朝は早く、五百メートルはある長い橋の上に、人の姿はなかった。

 

 チャムを手早く召喚し、空を舞う妖精に話しかけた。

 

「チャムちゃん。あの滝の中に突っ切って越えることができる? ううん、無理ならいいのよ。危険な思いをしてまでやる必要はないからね」

 

 さすがに、ジェードはこの言葉に当てこすりを感じた。やはり、ファルナはジェードの危険を案じているのだ。

 

 チャムは、ファルナの期待する答えの逆を言った。

 

「チャム、いけるですぅ。テンクウツバメさんがあの奥に巣を作ってて、前に遊びに行ったことがあるチャム。あっ、ファルナたんのエージャーになる前、前の御主人様のときですぅ」

 

「あ、あは……意外とできちゃったりするのね……。でも、無理だけはしないでね! チャムがいなくなると困っチャムんだから!」ファルナはチャム語を交えて、言った。

 

 前の御主人様ねぇ……エージャーの世界も何か複雑そうだな。

 

 おおっと! つり橋が強風で揺らぐ。風が吹くたびに、空を飛べない男性陣は聞こえない程度の小さな悲鳴を上げる――やっぱり、怖いなこりゃ。

 

「それでは、いくチャム! ごきげんようー」

 

 チャムはワインのコルク栓がはじけるように飛び上がると、流れ星のように斜めに急降下した。行き先は、滝のど真ん中へ向いている。四枚の羽を高速で動かし、時速二百キロで飛ぶ。そして……

 

 プシュウン! それこそ小気味よい噴水のような音と水しぶきを上げ、チャムは滝の奥に姿を消した。それから、待つこと三十分。ファルナが、心配して眉をひそめ出す頃に、チャムが再び姿を現した。

 

 シュパパパッ! 滝から出てくるときの音も、なかなか気持ちよさそうだった。

 

「えっとね、ファルナたん。奥で道がつながっててね。ここから下流のところに入り口があるチャムよ」

 

「ありがと、チャム」

 

 ファルナはチャムを戻すと、さあどうしますか王子様? とばかりに視線をジェードに投げる。ここが引き返す最後のチャンスかもしれない。侍女の言うことにも一理ある。

 それでも、兄貴そっくりのレクストンを、見捨てることはできなかった。

 

 滝の下流では岩が段差を成していた。自然にできた岩のひさしをくぐり抜けて進む。川に点在する大きめの石を、ぴょんと飛び跳ねる。運動神経抜群のファルナとレクストンは、軽々と進んでいく。ジェードも何とか息を切らせながらついて行く。ひそかに、走り込みなどの訓練は行っていた。憧れだった兄貴の背中に、少しでも追いつくために。

 

 ふと、レクストンの背中が、兄貴の背中そっくりに見えてきた。

 ああ、そうか……少しここは日差しが強い。水で照り返す光もあるし、熱のせいで少しぼんやりしてきてるのか。そう思った瞬間、ヌメヌメした岩で足を滑らせた! ジェードが乗った岩は、大きめの水生トカゲの背中だったようだ。

 

 水流に流されるジェード。ファルナが気づき、後ろを振り向く。ファルナの後ろにいたレクストンが叫ぶ。

 

「ジェード、手を伸ばせ! 俺につかまるんだ!」

 

 奔流に押し流されながらも、もがき、レクストンの伸ばした力強い手を握った。魔法の力ではない、人間の持つ生来の力強さでジェードの小柄な体が引き揚げられた。

 

「ハアッ、ハアッ。助かったよ、レックス……」

 

「礼なんていらねえよ、とにかく無事でよかったな。しっかりしてくれよ、ジェード」

 

 大きな右手で、頭をくしゃとやられた。

 ジェードの無事に、ファルナはほっとした表情を浮かべたが、何とも言えぬ複雑な――寂しげな表情も同時にも見えた。彼女自身がその手を差し伸べたかった――侍女の誇りにかけて。

 

 そこからは、慎重に足取りを進めた。太陽の高度がもっとも高くなるころに、ようやくその研究所の入り口らしきものが姿を現した。

 

 小さな白い扉が一つ、流れが太くなった川の向こう岸にぽつんと見える。それは、山の岩壁に取り付けられたものであり、不自然そのものだ。一体、あの奥に何があるんだ?

 

 息を潜めて、三人はその扉を見つめる。距離にして、およそ三十メートルだろうか。人の出入りは、見たところなかった。突入のタイミングを見計らって、レクストンがジェードに話しかけた。

 

「その腰からぶら下げている、やけに長いソードを見ると、相当な使い手なのかい?」

 

 レクストンは大ガエルとの戦闘で、短めのルーンソードを愛用していた。

 

「いや、魔法が苦手なもんだから、その代わりに派手なものを下げてるだけさ。ただ、一度、この剣の力で暴走しちゃったことがあってさ」

 

「へえ! そんなこともあるのか。暴走ってどんな感じになるんだい?」

 

「力がみなぎって高揚していくんだけど、段々とその魅惑的な力に酔いしれてく感じで、自分でも制御できなくなりそうなんだ。あの感じ……。下手すると、敵味方の区別なく、全てを破壊しようとするって言うか」

 

「ええっ! 味方の区別もつかないぐらいなの、あの状態は? 初めて聞いたわ! もう、そういう大切なことは先に言ってくれなきゃ、困っちゃうの。いっつも、そうなんだから……」ファルナが話に割り込み、口をとがらせた。

 

「ああ、悪い、悪い。何か言いそびれちゃってさ。でも、だからって、そんな言い方ないだろ。たまたま言う機会が……なかっただけなんだからさ、あんま楽しい話じゃないし」

 

「おっと、お二人さん。痴話げんかはそこまでだ。俺が悪い質問しちゃっんだ、すまん。でもその続きは、あいつらをやり過ごしてからにしてくれるか?」

 

 レクストンがあごで示した対岸には、ローブをまとった二人が見えた。前にルリエッタがやっていたように、頭からかぶっているので、性別までは分からない。ただ、身長的にみると、成人の男性と女性なのかもしれない。くすんだ山吹色のローブをまとった二人は、二言、三言を交わして扉の中へ消えていった。

 

 岸壁沿いに身を隠していたジェードたちは、まだ黒装束のままだ。さあて、どうやって潜入するか? 頭の使いどころだ。ジェードとレクストンは、女神をあがめるように、ファルナを見やる。彼女の額には、千里眼のミュレットがきつく結ばれている。

 

「えっ? なっ、何? 私に何か考えろっていうの?」

 

 黒装束の男子二人は、示し合わせたかのように、こくりとうなずいた。

 ファルナは、いつものセリフ(あっきれた……)が喉まで出かかった。

 

 ――三十分後。

 

 ファルナはチャムを召喚し、人の爪のように小さな額に、千里眼のミュレットの切れ端を巻いてあげた。

 

「これ、すごい! 敵さんの気配までちゃんとわかるチャム!」

 

「いい子ね、チャムは。で、体の透明度をちょっと頑張ってあげてみよっか?」

 

 チャムがほほを膨らませるように、全身に力を込めると、ふだんの半透明な姿がより透き通った。それでも、姿はまだ視認できる。

 

「じゃあ、雪の魔法を体にかけて、光の見え方を変えて見ようか?」優しいお姉さん口調だ。

 

「あい! トゥララ=ブリザリオン!」

 

 チャムの雪魔法が、優しく小さな体を包む。ジェードとレクストンは見とれるばかりで、何をしているのかすら分からない。

 

 魔法による細かい雪のような粒子が蒸着し、光の屈折が起きる。

 

 幻影――、魔法鏡のような不思議な錯覚が起こる。

 

「凄え、チャムが完全に透明になった。何も見えないぞ、これ! さすがファルナ」

 

 ファルナはジェードの言葉に、少し機嫌が直ったように見えた。が、明確な返事はなかった。

 

「本当はテレプスがあればいいんだけど、どのみちあんな大きな水晶じゃすぐに見つかっちゃうからね。これでやってみよっか、チャム」

 

 ファルナはそう言うと、黒装束の下から網目の太ももをのぞかせた。そして、そこに取り付けた小物入れから、何やら丸い塊を取り出して見せた。

 

「ちょうど、編み込む前のヤツを持って来てたんだよねー。鬼グモは嫌いだけど、その糸は役に立ちそうね」

 

 ファルナの物言いに、ここでジェードは合点がいった。この細い糸を通してチャムと連絡を取り合おうと言うのか。子供たちが遊びでやる、糸テレプスの応用で。

 

 ファルナがウィンクすると、チャムは透明な姿で、絹のように細い糸を持って飛び去った。

 しばらくすると、

 

「何てね! お父チャム!」

 

 ジェードの耳元で、羽音に混じった声がした。

 

 グォッ! 大声を出すこともできないこの状況で驚かすとは、何と子供じみたまねを。

 ジェードは口からこぼれる声を押さえ込んだが、チャムの緊張感のなさは相変わらず健在のようだ。

 

「ジェ、ジェード、お前たちの子供だったのか。それは、それは……」などと、レクストンも冗談なのか本気なのかよく分からない反応を示す。いや、さすがに冗談だろ。

 

 その後、扉の隙間を見つけたようで、透明な妖精はスッと姿を消した(もとい、さっきから消えているか)。

 

 それから、しばらくのときが過ぎた。まだ、言い表せないわだかまりが残るジェードたち三人は、無言でたたずんでいた。そこに、チャムの言葉が飛び込んできた。

 

「ファルナたん、大変! ここ、すごいことになってるよ! もう、見てられない……キャア!」

 

 そして、糸を使った通信が途切れた。

 

「ファルナ! どうした?」ジェードがせかす。

 

 ファルナは首を振り、決意を胸にしたためる。レクストンがそれを読み取り、ジェードに先んじて口を開く。

 

「そっか、やっぱり正面突破しかないか。ジェードは、荒っぽいのは好きじゃないよな。こっからは、俺一人で行く! すまなかったな、いろいろと」

 

 レクストンも、自分なりの決意を秘めているようだ。

 

「そりゃ、無理な相談だろ、レックス。うちの妖精娘が、捕らわれちゃったみたいだし」

 

 ジェードがエージャーソードを抜き、肩越しに構える。既に臨戦態勢に入っている。

 

 ふとファルナを見ると、この戦いに反対しているように見えた。彼女は正義感の強い子であり、また戦闘も得意としている。いつもであれば、真っ先に先陣を切る勢いだ。そして、対人であれば傷つけない程度の魔力で打ち倒し、凶悪な魔獣であれば……なぎ倒す。

 そんな彼女なのに、やはりどう見ても乗り気には見えない。

 

 どこかで二人のボタンを掛け違えてしまったように感じた。親友と彼女に挟まれ、一方の選択を迫られる少年――なぜかジェードは、的外れなたとえが頭に浮かんだ。

 

 しかし、あいにくとここで引き下がる分けにはいかない。確かに、身の危険はあるだろう。それでも、この目で何があるのか確かめなくてはならない。ブラックスラムという、特別な地域の未来を切り開くためにも――。

 

 入り口の白い扉には、またしても二匹のヘルモグラの紋章が描かれていた。レクストンがその扉に力を込めると、音もなく開いた。きっとチャムがこっそり内側から開けておいてくれたのだろう。問題はこの後だ。レククトン、ジェード、ファルナの順で堂々と進む。

 

 研究所の人間と出くわしたら、どうするつもりなのだろう? ジェードはそう考えたが、すぐに思いあらためた。一本の通路に、既に二人の人間が倒れているのだ――さっき見た山吹色のローブを着た二人だ。ローブを外して、顔をのぞいた。大人の男性と女性で、ジェードたちに見覚えはなかった。なぜ、そこで死んでいるのかも分からなかった。特に目立った外傷はなく、自ら、突発的な死を選んだようにも見えた。

 

 ひとつだけ、大切なことをその二人は教えてくれた。お互いの手を握り合ったまま、死んでいるのだ。きっと、夫婦だったのだろう――ジェードたちは、敵かどうか分からずじまいだった、その二人に黙礼をして通り過ぎた。

 

 通路を抜けると、大部屋に出た。山をえぐるようにして作られた建物の構造上、複雑にはできなかったのだろう。支柱が何本も建てられ、外壁が白く塗り込められた、ただひとつの部屋だった。

 

 その空間には、透明なガラス張りのケースが無数に陳列されていた。恐らく、数百はあるだろう。水槽のように水が張られ、中には目を覆いたくなるものが収められていた。

 数百体もの人体。どれも成人に思える大きさで、それぞれ、人体の一部分が欠落している。――それは、あろうことか頭部だった。

 

「キャアアアアア!」ファルナがその光景を前にし、絶叫した!

 

「何なんだ、これは……狂ってる……」ジェードは思わず口に出した。

 

「これか……この実験のために大人たちを集めていたのか、ヤツらは」

 

「レックス! これが何の実験なのか、分かるのか?」

 

「死者を生き返らせる魔法――つまり『生者の魔法』だろ? 禁じられた魔法、どの系統にも属さない魔法ってことぐらいは、俺の行きつけの酒場連中でも知ってるぜ。ま、それ以上の詳しいことは、学者じゃないんで分からないけどな。それにしても、これがその魔法の目指すかたちだとしたら、この前カーラが死にかけたときに、期待して損したぜ」

 

 レクストンは不気味なガラスケースのひとつを、パシンとたたいた。こんなに大量に死体を集めるということは、何らかの確信をもって実験を行っているに違いない。

 

 これが生者の魔法? もしそれが本当で、兄貴とこんな形で再会できても、何の意味がある? そして、この死体は何なんだ? 死体を集めてきたのか……それとも、生きている人間を……?

 

 ファルナは、右手で口と鼻を押さえていた。どこからか漏れ出す臭気。その魚が腐ったような臭いは、さっきまでは気にならなかった。

 

 他と比べて三倍は大きい、飛び抜けて大きなケースが中央にあった。他と違って水が濁っていて、中身はよく見えない。その物陰からカサカサと、何かがこすれる音がした。ジェードが勇気を振り絞り、近付いて見ると……

 

「ファルナたーん!」

 

「オワッ!」ケースの陰から勢いよく生まれ出た声に、ジェードは全身で驚き飛び上がった!

 

 その呼び方で声の主はすぐに分かったが、この状況で驚くなというのは、さすがに無理な相談だ。

 

 チャムがファルナの胸に勢いよく飛び込むと、彼女は小さな頭をなでてやった。ここに広がる光景を一人で見たのなら、さぞかし怖かっただろう――幾ら、レア種の妖精とはいえ、女の子なのだから。

 

 何にせよ、無事でよかった。チャムは驚きの余り、糸テレプスが切れてしまったことを伝えた。また、通路で倒れていた二人のことは知らないと言う。

 

 だとすれば、チャムがこの大型ケースの隅で震え上がっているときに、何者かがローブの二人を襲ったということだ。

 

 ケースの多さにしては、研究員の数が少ない――そんな印象を受けた。ここは、エルラド教国にとって、それほど重要な施設ではないのか? あるいは……よほど危険な場所なのか。

 

 パリーン! ガシャーン! 幾つかのガラスが割れる音がした。

 ファルナの体が自然に反応する。チャムも、味方と合流したことですっかり正気を取り戻している。そして、ジェードもレクストンも自然と戦闘モードへ入っていく。

 

 ペタリ。ペタリ。水滴を引きずりながら、その物体はこちらへ向かってゆっくりと歩いてくる。ノソリ、ノソリと。決して慌てず、ゆっくりとした足取りで。

 一体、二体……五体まで数え上げたとき、ジェードは数えることをやめた。その死者の亡きがらは、数えるのが無意味なほどに膨れあがっていた。

 

「ジェード、レックス! このアンデッドたちを攻撃しちゃっていい?」

 

「ああ! さすがにもう人間とは呼べないからな、盛大に弔ってやってくれ!」ジェードが答える。レクストンは、神妙な面持ちで言葉を発しない。この中に、面倒を見ている子供たちの親がいることを危惧しているのか。だとしても、もう……。

 

「テンペ=トルネイド!」ファルナの風魔法が詠唱される。

 

 ファルナの両手からほとばしる風の竜巻は、襲いかかるアンデッドたちをまるで麦の穂のように軽々となぎ倒していく。五十体ほどのアンデッドがわらわらと左右に広がってくるが、ファルナの取り残しは、チャムが補完する。

 

「トゥララ=フォートリオン!(吹雪の輪舞)」

 

 チャムの前方に、渦を巻かない直線的な吹雪が現出する。天井が高いこの研究室内に、魔法の吹雪が吹き荒れた。ファルナとチャムのコンビネーションで、次々と人の形を成しただけの亡霊が駆逐されていく――。しかし、

 

「ファルナ、気を付けろ! あいつら、全然数が減ってないぞ!」

 

 ジェードの声に、ファルナは後ろを振り返って右眉をつり上げて見せた。

 ん? どういう意味だ? 分かってるってことか? そこで、ジェードは彼女の額に巻かれているものに気が付いた。

 なるほど、千里眼のミュレットでそのことは俺より正確にお見通しってことか。ならば――。

 

 ジェードは白い壁に寄り添い、動き出す瞬間のアンデットに狙いを定める。水槽型の実験ケースは戦闘をきっかけに割れ始め、続々と中から新しいものが生まれている。まるで、羽化の時期を一斉に迎えたさなぎのようだ。

 エージャーソードで一体ずつ、両断していく。レクストンもルーンソードで戦闘に加勢し、にわかに乱戦の様相を呈してきた。

 

 切りがない! ジェードはそう直感した。アンデッドたちは、攻撃を食らうと一時的に動きを止めるが、気が付くと戦いの群れに何食わぬ顔をして参加している(無論、そこに顔はついてないのだが)。相当小さく細切れにしないと、歩みを止めることはできないらしい。

 

「ファルナ! 吹き飛ばすだけだと、こいつらは無限に復活してくるぞ!」

 

 ジェードの声は、なぜかファルナの耳に届いていないように感じた。今までには一度も、こんな思いを感じたことはなかった。二人の間に、小さな溝のような距離ができてしまったのか。

 

 そのときだった。中央の特大ケースの中からそいつが現れたのは。

 他のケースには、ジェードたちと同じような人間が首を切られて保管されていた。しかし、エクスディア城のあるデイワールド大陸にせよ、今いるファンブレラ大陸にせよ、人間以外の種族が存在する。

 

 ジェードはすっかり忘れていた。世界には、ジェードたちと異なる種族がいることを。森の民であるエルフ族や、がっしりでずんぐり体型のドルネ人。そして、人間よりはるかに長身で背中に羽を持つ種族――コンバード族がいるのだ。

 

 濁り水のケースの中から、常人の三倍はあるアンデットが飛び出してきた。首がなくとも、その種族が何であるかは推測できた。背中に特徴的な、大きなコンバード族特有の羽を携えていたからだ。

 

 コンバード・アンデッド(正式名称は不明)は、羽をゆっくりと動かすと、悠然と浮き上がった。不死鳥のような赤い羽毛に全身を包まれているが、両手と両足は人間と同じ進化を遂げて、器用に動く。鳥のように背中の二枚の羽を前後に動かすことで、空を飛ぶ。羽の動かし方は、妖精のチャムとは異なる(チャムは昆虫型で、高速に動かすタイプ)。体の大きさに比べると、羽はさほど大きいわけではなく、恐らく骨や体の内部が中空構造になっていて、軽量なのだろう。

 

 ジェードはエージャーソードを体の前に構えた。ファルナとチャムコンビは、下からの迎撃魔法をスタンバイする。レクストンはルーンソードを身構える――まだエージャー(カーラ)の、完全復活はできていないのだろう。

 

 コンバードは首のない胴体の、首の付け根から血しぶきを上げた。緑色の血は、彼ら種族の本来のものだ。輪のようなしぶきを連続して放出すると、それが空気中で凝結していく。何本もの輪ができあがると、それをコンバード族のもう一つの特徴である、長い両腕にはめていく。そして、それを車輪のように動かし始めた。

 

 何をする気だ? まさか両腕に輪をはめて、民族舞踊を始めるわけじゃないよな?

 

 宙に怪しげに浮かぶ、長身で首なしのアンデッド――ジェードたちは、相手の出方を待つ。というより、床から無限にはい寄る人間型のアンデッドも相手をしなくてはならず、手一杯な部分もある。

 

 ヒュンヒュンヒュン!

 

 コンバードが回す輪は、空気を切り裂く規則的な音を刻んだ。そして、緑の血の輪がジェードたちの地上目がけて投げられ、堅い床に突き刺さった! 凝固した輪は、鋭利な刃物であり、武器になっているようだ。

 

「やばい! 危ないぞ!」ジェードが叫ぶ。

 

 しかしファルナは、ジェードをチラリと見ると軽くうなずいて見せた。

 

 もしかして、見切っているのか? あっ、あれか! 千里眼のミュレットか!

 ただでさえ戦闘巧者のファルナの目は、ミュレットで大幅に能力が向上している。彼女の目には、あの高速な輪の武器も止まって見えているに違いない。

 

 ファルナはコンバードの後ろに回り込み、ジェードたちに手招きをする。

 

 ジェードとレクストンも息を合わせ、ぐるりとコンバードの後方へ回り込む。次々と湧き出る、人型アンデッドをなぎ倒しながら。

 

「ジェード! レックス! ごめん! もう、全部燃やすしか手はないよね? しょうがないよね?」

 

 ファルナの問いかけは、これだけの人数を炎魔法で弔うこと、それに対する抵抗があることを示していた。アンデッドとはいえ、彼らをこの世と決別させる判断は、やはり荷が重い。

 

「ファルちゃん、やってくれ!」レクストンが叫んだ。

 

 この中には、ロンドの親が混じっている可能性が高い。他にも、この地域と関係する大人たちが大半だろうから、レクストンの知り合いもいるだろう。

 その、レクストンが決断したのだ。ファルナの迷いは吹っ切れた。

 

「それじゃ、行くわよ、みんな入り口に逃げて! フレア=……」

 

 ファルナが詠唱に入った矢先、押し寄せるアンデットの一体が、ファルナを羽交い締めにした。魔法の発動においては、スペルミスはそれほど重要ではない(チャムはたまに、言い間違いをする)。発動の意思と、元素の理を具現化するモーションが重要なのだ。動きと詠唱を中断させられると、さすがに手も足もでない。ファルナが中断された火魔法(恐らく、フレア=マキシマス)は、不発した成分だけが、大気に漂っている格好になった。

 

「ファルナァ!」ジェードがファルナの元に、アンデッドをかき分けて走る。

 

 しかし、ファルナを押さえつけるアンデットは、みるみる増え、彼女の上にのしかかった。彼女の姿は既に見えないほどになり、何体も上に積み重なっている。

 そのすきに上空のコンバードは、ゆったりとした所作で後方へ方向転換し、ジェードたちを捕捉した。

 

「チャムっ! 頼むっ!」ジェードは、チャムに助けを求める。

 

 しかし、チャムは上空のコンバードの相手で精一杯だった。

 

「ウォル=タックモック!」チャムは、水の投網でコンバードの動きを封じた。

 

 アンデッドに馬乗りされたファルナに、輪の攻撃が降り注いだらひとたまりもない。アンデッドごと真っ二つにされてしまう――チャムの判断は正しい。

 

 レクストンは、ファルナの上に更においかぶさろうとするアンデッドをなぎ払うのが限界だ。

 

「ジェード、まずい! お前は逃げろ! ファルちゃんは、俺の命に代えても助け出すから!」

 

 そんなこと、できるわけがない。瞬時にその思考に行き着いたが……じゃあどうすればいい? 俺は強力な炎を扱えるわけじゃない。ジェードは頭を抱えた。

 幾つもの死体に押しつぶされた侍女の声は、既に聞こえてこない。

 

 考えろ、考えろ……俺にできること、さっきのファルナの魔法……。俺だって、強力な火柱をぶち上げたことがある。怒りの感情がそのきっかけだ! だが……。

 

 今は怒りよりも、ただの焦りの感情しか湧き上がってこない。空間には、アンデッドたちの臭気がたちこめる。

 

 まてよ?――ジェードは大気中に漂っている臭いを、味わうように吸い込んだ。気持ちの悪い臭いに紛れて、大気の理を感じた。

 

「レックス、チャム! 俺に考えがある! この場を遠巻きに離れてくれ!」

 

 ジェードの言葉に、チャムとレクストンの目が泳ぐ。そして、ジェードの真剣な目を見る。この場は彼に託すしかない――二人は即座にそう理解した。

 

 チャムとレクストンが研究所の壁に沿って、アンデッドたちから大きく離れると、ジェードは詠唱を始めた。

 

「フレア=リルダンス!」

 

 すると、ジェードの前に小炎が現れて、踊るようにゆらめき始める。正にファイヤーダンスだ。炎が、人の形のように腰に手を当て、お尻をフリフリ――そんな可愛らしい仕草に見えた。だが、その威力はそんな可愛らしいものではなかった。

 

 最初に一発、ドンと火柱が上がった。そして、連鎖するように次々に上がる。フレア=リルダンスの火から着火されたように見えた。

 

 先ほどファルナが詠唱したのは、フレア=マキシマスの火球ではなく、もっと上位の魔法である、フレア=ダズンピラー(業火の炎柱)だった。

 

 ジェードはある朝に、ファルナがダズンピラーの練習をしているのを見たことがある。彼女の朝練はいつものことなので、取り立てて驚くことではないが、その魔法は興味深く印象に残っている。ジェードが、兄貴のかたきだったトムソン・バグドラゴとの戦いのときに、(名前も知らずに)火柱の魔法を出したことがあったが、それがちょうどダズンピラーに似ていたのだ。

 

 そして最後に、ファルナの倒れ伏す場所から火柱が上がった。詠唱者がそこにいるのだから、そこから上がっても不思議ではない。突き上げるような炎は、その勢いでアンデッドたちを吹き飛ばした。

 

 いや、突き上げる火魔法だけではない。不意に現れた光の塊が、迫りくる大勢のアンデッドをなぎ払っている!

 

 また、俺の力が暴走したのか? それとも、守護天使のテンが光魔法で助けてくれたのかっ?

 

 束になったアンデッドを吹き飛ばすと、光に包まれた影はすぐに姿を消した。テンならば、一言あってもおかしくない。

 

「ファルナーッ!」アンデッドが取り除かれた下に、ファルナの姿が見えた。

 

 黒装束をまとってはいるが、見まごうことなきかわいい侍女だ。嫌な予感は全て取り払い、彼女の無事を信じて、歩を進める。

 

 両肩に手を伸ばし、ゆっくり優しく抱きすくめる。すると……

 

 ゲホッ、ゴホッとせき込む音。

 

「ふう、ファルナ。無事か? どこか痛いところはないか?」

 

「う、うん……ミュレットのおかげでうまく呼吸できる隙間は見つけることができた。あのアンデッドたちは、そんなに重くはなかったわ。生気を吸い取られちゃってるようで、その軽さが逆に悲しくなっちゃった」

 

 ファルナは、せき込みを押さえながら言った。とはいえ、相当な重量がのしかかっていたに違いない。改めて彼女の戦闘技術や、サバイバル技術に目を見張った。

 

「それじゃ、ファルナ。悪いけど、今すぐここから出るからな、おぶさってくれ」

 

 ファルナは、以前に自分の体重を気にするが余り(知られたくない余り)、ジェードへのおんぶを嫌がったことがある。今の状況では、断ることはあり得ない。もっとも、彼女が気にする必要がないほどの、スラリとした抜群のスタイルを誇っているのだが。

 

「レックス! チャム! 逃げるぞ!」

 

 素早くファルナを背負うと、ジェードは号令をかける。レクストンは、何体かのアンデッドと剣を交えていた。チャムは空中で、コンバードを水魔法で封じながら、地上のアンデッドへも気を配っていた。

 

「了解!」レクストンとチャムが、小気味よく答える。急造チームなのに、あたかも長年連れ添ったチームワークのように見える。

 

 あちこちで火柱が上がり、爆発の兆しが見える。実験装置の各部へ引火し、小さな爆発が幾つも起こっている。

 

 ドゥガーーーンッ!

 

 ジェードたちは研究所の爆発音を、白い扉の外で聞いた。背中に、壁の破片や粉じんが盛大に降り積もる。

 

「ヒュウ、危ねえ。危機一髪じゃねえか。お前って、見かけによらず結構、大胆なことするよな!」とレクストンのお言葉。

 

 黒装束がすっかり、白い粉まみれになったファルナが言う。

 

「たまーに、こういうムチャするよね、ジェード。ま、嫌いじゃないけど」

 

 ファルナは苦笑いして言った。

 

「お父様、格好よかったチャムぅー」

 

 チャムのその呼び方には、もう慣れた。ジェードはチャムの頭をなでて、健闘を褒めてやった。その場に安どの空気が流れた。これほどの爆発音が出て、重要拠点が破壊されたにも関わらずエルラド教国の追っ手がこない点に、ジェードは違和感を覚えた。

 

 しかし、ここでこれ以上の確認をするわけにもいかない。とりあえずは、非人道的な施設は全滅したのだ。恐らく、あのアンデッドを戦争兵器として利用するつもりだったのだろう。

 

 ファルナとの仲も、この激しい戦闘のきずなで元に戻ったように思えた。しかし、ファルナはどこか物憂げな表情を浮かべていた。

 

「ジェードたちの活躍のおかげで、カーラの出番はなかったなぁ」レックスがつぶやく。

「そりゃ、悪かったな、レックス」ジェードが親しげに笑う。まるで、実の兄に冗談で接するように。

 

 レクストンは、カーラの入った胸のペンダント型ミュレットを、何かを思い出したかのようにポケットにしまい込んだ。ファルナは、今までは気づかなかったものを、そこに見た。

 

 そのペンダントには、二体のヘルモグラの紋章が描かれていた。

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