第4章 プリストンの幻影
「いやー、すいません。実は人捜しをしてるんですけど。ここに友達がお邪魔してないかと思って」腰に携えた剣を引き抜くことなく、ジェードは言った。
「そうなんです。こちらの勘違いならいいんですけど。ちょっと入らせてもらっていいですか?」テンペ=トルネイドの詠唱を止め、ファルナが笑顔で切り出す。
「あっ!」ルリエッタは思わず声を上げた。
その小さな少女の声と姿を、ジェードとファルナは見逃さなかった。
「おっ! やっぱりいたかクソガキ。早く盗んだメダルを返すんだ。じゃないと、ちょっと面倒なことになるぞ」ジェードはニヤリと笑う。
「そうね、お空に浮かんでちょっぴり怖い思いをしちゃうかもねー」ファルナがノリノリで調子を合わせる。二人とも、大道演劇のしつこい男をこらしめた風景を思い浮かべている。
「ど、どうしてここが……って、あたい、あんたたちのことなんか知らない!」ルリエッタは、言葉のつじつまが合わせないことを、強情に言う。
ジェードはやれやれと、肩をすくめた。
「さっき、外で派手に魔法をぶっ放してただろう。あれを目標にして、ここまで来たんだよ。ちなみに、あの雪魔法を使ってたのが、友達のチャムって子だ。ほら、早く返してくれよ。今だったら、まだお尻をたたくだけで許してやるぞ」
ロンドは、おじ気づいたようで言葉はなかった、
「早くしなさい! さもなくば――」
「――さもなくば、どうするんだい、お客人? こんなちっちゃい子供に向かってさ」
倉庫の奥から一人の男が姿を現した。ジェードとファルナは、その男を見るなり絶句した。そこからは威勢のいい軽口ひとつ、たたくことができなかった。
すらりとした長身に、流れるように波打つ髪。色こそ、アッシュグレーではなく黒色という違いはあったが、それ以外は、誰が見ても見間違うほどに酷似していた。それこそ、国王や、長男侍女のアリーザでさえも。
「兄貴――」ジェードは、思わず口をついた。
プリストン・エクスディア――魔獣に変化させられこの世を去った、エクスディア国の若き第一王子。それはジェードの兄貴であり、敬愛する人だ。つい最近、死んだはずの人間。ここまでそっくりな人間が、世の中にいるものなのか。
「待って、ジェード! よく考えて。確かによく似てるけど……髪の色も違うし、本物のプリストンさんのはずはないわ! 決して、『生者の魔法』か何かでお兄さんが生き返ったわけじゃない」ファルナは断固たる口調で言う。
「ん? 何か妙なこと言ってるようだな、お二人さん? 俺が誰かに似てるのか? いやー、俺は、どう考えてもお前さんたちの兄貴じゃないぞ。俺のことを探してたのなら、人違いだ。さあ、お引き取り願おうか」
「いいえ、確かにあなたは、私たちの知り合いにそっくりだけど……そうじゃない! 私から盗んだ、メダルを返してもらいにきたんだから! ラビット・フェアリーを召喚するエージャーよ」
しばしの沈黙が流れた。ルリエッタたちは、不安げに事の成り行きを見つめていた。どうやら、根っからの悪ガキではなさそうだった。
「ハッハッハッ! すまない。うちのガキどもが悪さしちまったようだな。うん、すぐに返してやりなさい。ルリエッタ、お前だろ? 持ってるのは」
「レクストン兄ぃ。でも……」ルリエッタが、すがるように言う。
レクストンが首を振ると、少女は不承不承ながら応じた。銀色のエージャーメダルがファルナの手にそっと返される。
「確かに、私のエージャーだわ。それじゃあ、ちょっと確認させてもらうわね。エージャー、カミュタリウス! オペマドゥーラ!」
その召喚――チャムが姿を現した途端、ファルナは声を荒らげた。
「ちょっと、あなたたち! 一体この子に何をしたの!」
チャムの姿は弱り果て、青色吐息だった。桃色の体は水で洗われて、奇麗にぬぐい取られていたが、泥の跡はまだ残っていた。
ファルナが行ったエージャー召喚に、反射的にレクストンもカーラを召喚した。チャムたちエージャーは、幼い姿をしているとはいえ、戦闘(傍点)代理人なのだ。すなわち、片方が銃器を構えたのと同じ意味を持つ。
ジェードたちとレクストンの間に緊張が走る。召喚されたカーラが口を開いた。
「何なのレクストン! もう、戦うのは疲れたから、今日は嫌だカーラね! 誰なの? その人たちは!」カーラは腕組みをして、空中からファルナたちを見下ろす。
「ジェード、チャムをこんなひどい目に合わされて、黙ってるわけにはいかない!」
「ファルナたん……いいの。大丈夫だから。争いは止めて」チャムがか細い声で言う。
「チャム……。ねえ、ジェード? そうは言っても、許されないでしょ、こんなこと!」
チャムが負けた? だとしたら、何が起きたんだ? 反則級の強さの希少種が負けるなんて……。その疑問に対し、ファルナは自分なりの答えを導き出していた。
〈絶対に卑きょうな手を使ったに違いない、そうじゃなきゃ、うちのチャムが負けるもんですか。何なの、あのカーラっていう妖精は。あんな生意気な子、見たことないわ! 絶対に再戦して、こてんぱんにするんだから!〉
すると、レクストンが口を開いた。
「悪かったな。もう、返すものも返したんだから勘弁してくれないか? 俺はこいつらの面倒をみなきゃいけないから、いろいろと忙しいんだ。それとも、何か? お前さんたちが手伝ってくれるのかい? パッと見、暇そうに見えるからさ」
その皮肉に、ファルナが突っかかった。
「どうして私たちが窃盗団の手助けを、しなくちゃいけないのよ! 行きましょ、ジェード。こんなところ(傍点)にいても、何の役にも立たないわ!」
ファルナは「こんなところ」という差別的な物言いに、しまったという表情をした。それでも、言い直すことまではしなかった。私たちは、盗まれたものを追ってここに来ただけ。何もこの貧民街を見下しに来たわけじゃない――そう、心の中で自分を諭した。
「えっと、暇っていうか。ちょっとした街や村を見て回ってるんだ。つまり、その……学校の自由研究があってね。せっかくだから、もしよかったら、いろいろと教えてほしいんだけど……ここでの暮らしとか、そういったものをね」
「ちょっと、ジェード、どうしちゃったの? これからエルラド教国を見て回るんでしょ。どうせだったら、そっちにしなさいよ。何もここじゃなくても……」
さすがのファルナも、言葉を多少濁しがちになった。住人を目の前にして、悪口を言えるほど性根は曲がっていない。
「ほう、お前さんたち。エルラド教国へ行くのか。だったら、せいぜい気をつけるんだな。あそこは最低最悪の国だ」
その物言いに、ジェードは強く興味を引かれた。
「どういう意味だい、それは?」
「ああ、こいつらだって、好んで孤児になったわけじゃない。少なくとも、親がいなきゃ子供は生まれないだろう。あいつら……エルラドのヤツらはな、こいつらの親を洗脳して根こそぎ連れてっちまうんだよ。働き手にならない、子供はほっぽり出してな。それで、俺がこうして養ってるってわけだ」
「だからと言って……、盗みは許されない! それにローブまで使って着替える手口なんて。それじゃ、用意周到な窃盗団と変わらないでしょ!」とファルナ。
「すまない。そいつは、俺も本意じゃないんだ。最初は、欲にまみれたエルラドのヤツらに一泡吹かせるのが目的でな。ただ最近は、それが止まらなくなってきて、どうしようかと思案してたところだ。礼を言いたいぐらいだ」
「まあ、そのことはもういいだろ、ファルナ」
ジェードは、ボロボロのローブよりはましだが、つぎはぎの洋服を着た少女たちを見ていて、胸が痛くなった。倉庫の奥には、丁寧にたたまれた替えの洋服が見えた。もしかしたら、あれも盗んできたのかもしれない。それらが大切にたたまれている様子を見て、不意に悲しくなってしまった。
「まあ、ジェードがそう言うなら、私はいいけど。でも、もう行きましょう」ファルナがせかす。
「ファルナ、悪い。俺にちょっと考えがあるんだ」そして、間を開けて言った。
「――レクストンさん、さっきの話だけど、俺に何か手伝えることはないかい?」
「ええっ!?」ファルナとレクストン、そして少年少女が同時に言った。




