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英者は次男坊!  作者: ゼット
◆シーズン2
21/33

第1章 ファルナの故郷

――この国では武功に優れ知力にたけるものを、英者えいじゃと呼ぶ。

 『エクスディア王国憲法 第一章 第七条の三』


――願わくは、敵対する者が「悪魔」であることを祈ろう。

 『吟遊詩人のつぶやき』

「はい、カットゥ! 一発オッケー!」貴族風の巻きひげを生やした男が高らかに言う。

「おつかれさまでーす」少女はサンゴ色のポニーテールが揺れるほど、深々とお辞儀をする。

 貴族の間ではとうに廃れた巻きひげをいじりながら、この場を仕切っている中年男が言う。


「ファルナちゃんはいいけど、あの男の子はちょっと……暗過ぎるなあ。午後からの演舞は、悪いけどファルナちゃんだけでいいから、彼にもそう言っといてくれる? それじゃ休憩で! 一時解散!」


 その掛け声で、数十名ほどの大道演芸一座の面々が、一斉に散り散りになる。その中にぽつんと、口をとがらせた少年の姿が残された。

 

 少年の名はジェード・エクスディア。さえない町民の平服を着ているが、こう見えてれっきとしたエクスディア国の王位継承者である――すなわち、王子だ。

 

「ジェード、お疲れ! とってもよかったわよ!ってあれ……もしかして、むくれてますか?」

 

 ポニーテールの少女――ファルナ・エアハートは、自分の主人であるジェードの顔色をうかがった。侍女の立場である彼女が、王子の機嫌を気にするのは当然だ。品行方正で、魔法は大の得意。おまけに戦闘も華麗にこなす王室付きの専属侍女。その要綱には、主人の心のケアも重要な役目として記されている。

 

「幾ら、お前の知り合いの頼みとはいえ、こんな感じでただボウッと突っ立ってるんじゃあさ。さっきも、何か俺の駄目出しをしてたみたいだし、な」ジェードはますます、暗い口調で言う。

 

「そ、そんなことないわ……よ。気にしないで、どうせただのお芝居でしょ。それに少し、お手伝いで入っただけなんだし。もう、大丈夫だってば」ファルナは、少し引きつり顔で答える。

 

「おい、あそこから、誰か手招きしてるぞ。ああ、"本物の"王子様か」

 

 ジェードがあごで示した先には、華美に装飾された物々しい衣装に身を包んだ、いかにもなヤサ男が立っていた。王冠やマントに付いている宝石は、一目で分かる模造品だ。

 

 大道演劇「リンとジャック」は、最近はどこの国に行っても人気演目に挙げられている。ファルナは(手伝いで駆り出されただけなので)ヒロインのリン王妃役ではなく、近隣国の第二王女役だった。ちなみに、ジェードは羊飼い役らしかった(それすら不明)。

 

「おお、ファルナさん。とてもすばらしいお芝居でした。もしよろしければ、御一緒に昼食などいかがです? 何でも、ここポルケット村のお生まれだそうで。できればおいしいお店などを教えていただきたいのですが」

 

 王子役のヤサ男が、鼻の下を伸ばして言う。どう見ても、ジェードやファルナより年上だ。あまつさえ、ファルナの腰に手を伸ばそうとしている。

 

 ファルナはジェードに、目で助けを求めた。ジェード少年は、口に出すよりも心の中で雄弁になる。

 

 ファルナ、そんなの早く断っちまえって。俺が横から止めるわけにいかないだろう。何て言えばいいんだ?「うちの侍女に何か御用でも?」とでも言えばいいのか?

 

 ジェードの悩みをよそに、ファルナの姿が次第に小さくなっていく。チラチラと後ろを振り返るが、愛想笑いで手一杯のようだ。そしてとうとう、広場のシンボルである水車付き噴水を大きく越えて、その姿が見えなくなった。

 

 おい、何だこれは? エクスディアから他国の見聞を広めに来たんじゃなかったのかよ。城を立って、かれこれ三週間。ファルナとの旅もようやく、こなれてきたというのに。何で俺が、こんなところに一人で取り残されている……。国益を目指した冒険、もとい社会見学、いやいや……重要な政治戦略のはずだろ!

 

 ジェードはいずれも言葉のかたちにすることなく、天を仰いだ。そして大きくため息をつく。すると……

 

 ジェードの目の前に、不意に人影が現れた。

 ウヮオッ! 止めろ、ファルナ。それは何度やられても驚くぞ。

 

 風系魔法の「テンペ=スピードス」は高速移動を可能とする。特にファルナのスピードスは一級品で、あまりの早さにぼんやりしていると目が追いつかない。そのせいで、急に目の前に煙のごとく現れたように見えた。

 

「ごめん、ジェード。うまく断れなくって。余りしつこいもんだから、最後は『テンぺ=スプリンクル』で、風見どりのところまで吹き飛ばしてやったわ」

 

 テンペ=スプリンクルも、スピードスと同じ風系魔法だが、こちらは浮揚させるタイプだ。彼女の強力な魔法で、どこまであのニヤケた偽物王子が吹き飛ばされたかは、見てみたい気がした。ファルナは、息を弾ませて続けた。

 

「でも、もっと強引に止めてほしかったな。そりゃ、ジェードが平和的なのは知ってるけど、いざとなったら、私がぶっ飛ばしちゃえばいいんだし……。まあ、ジェードの正体が派手にばれるのは困っちゃうけど『俺は、ファルナの!』って……、ねぇ」

 

「ああ、そうか。俺はファルナの保護者だ! って、そう言えばよかったか」

 

 幾ら鈍感なジェードでも、ファルナが期待する答えにおよその想像がついた。だが、変に彼氏の振りはしたくなかった。そして、返事もちょっと意地悪をしたくなった。少しの間でも、置き去りにされたのは事実なわけだし。

 

 ファルナはジェードの返答に、特に怒るわけでもなくキョトンとした表情を浮かべた。意外に保護者という(家族的な)響きは、まんざらでも……なかったらしい。

 

「いいの、とにかくごめんね。嫌な思いさせちゃって。さあ、早く着替えましょ!」

 

「こっちこそ、悪かった。あの座長の人とはちょっとした知り合いだったんだろ? 大道演劇も見栄えのいい子がいる方が、客足を止めやすいからな」

 

 ジェードは、ファルナのきらびやかな王女の服装に目をやった。本物の王女の服装と比べ、明らかに誇張し過ぎの嫌いはあったが、その服装に負けないほど彼女は美しかった。つぶらな瞳と意志の強そうな眉。ほんのりと赤みが差した、健康的でつややかな肌。

 

 ジェードと同い年でありながら、人を引き付けるオーラの片りんが見え隠れしていた。肝腎の王子は、オーラを身にまとうにはまだ遠い。

 

 ファルナが大道演劇の面々に、午後の出演に対する断りを告げた。こうして二人は、再びポルケット村の散策へと戻った。

 

 まあ、あの姿が拝めただけでも、よしとするか――ファルナの純白のロングドレス姿は、十分に価値があった。御丁寧に魔法を使った配布用肖像画も、謝礼として用意してくれた。二人がポーズを取った姿が、小さな額縁付きの絵画として収まっている。ファルナの故郷を初めて訪れた、最高の思い出の品になるだろう。

 

 ファルナの生まれ故郷――ポルケット村は、夏の収穫祭に向けて大にぎわいだった。

 

 ジェードたちはエクスディア城を旅立ち、デイワールド大陸をまたぐ形でこのポルケット村へ立ち寄った。ファンブレラ大陸という地続きの大陸に属し、地理的には砂漠のリザ教国から東へ向かった場所にある。別大陸といえど、途方もなく遠い距離ではない。

 

 デイワールド大陸には、英者の都エクスディア、水の神殿クラウス、砂上の楼閣リザの三国がある。一方、ファンブレラ大陸にはこの三国のような大きなものはなく、ポルケット村以外には、エルラド教国があるぐらいだ。

 

 ちなみにポルケット村(村に傍点)とは言っても、エクスディア城の城下町に引けを取らないほど、活況にあふれている。人口こそエクスディアの半分だが、二人が今いる中央広場には、それなりの人数が集まっている。

 

 軒を連ねる市場とはまた違う、幾つかの露店が点在するスタイル。絵を描く青年の姿に、デートを楽しむ若者の姿。子供が一輪車で往来し、一汗かいたら茶屋のような場所で一休み。そんな、楽しげな街並みだった。

 

「ねぇねぇ、ジェード。どうする? これからの季節に向けて、夏向きのよろいでも買っちゃう? そうだ! 私もおそろいで買っちゃおうっかなあ。すんごい隙間があいて透け透けのや・つ」

 

 そんなんじゃ、全然よろいの役目を果たさないじゃないか……というツッコミと、その姿を見てみたい少年の思いとが交錯した。

 

 ファルナの代名詞のような、風になびくパレオ風スカート。それを新調するぐらいならいいか。――そう伝えた途端。

 

「キャア! 最高っ! さっすが王子様ね!」もろ手を投げ出して、抱きつくファルナ。こういうところは、優秀な侍女と言えど、普通の女の子だな。

 

 さて、一応は公費で落とすか。いやいや、これぐらいは俺のこづかいで何とか。ここ最近は大好きな冒険小説を我慢して、ため込んでいたはずだ。腰に付けた愛用の小物入れに手を伸ばした。これは、ナイフシースと兼用になっている便利なものだ。

 

 ……十万グレーデもある。ってそうか、今回の旅費にと、国から経費をもらってたんだっけ。それが……八万グレーデだから、俺の貯金は二万グレーデか、上等上等。物欲の権化である十代の少年にしては、よく我慢した方だ、自分を褒めてやりたい。これで何とか、ファルナに格好悪いところを見せないで済む。

 

「任せとけ。ただ、この前のエージャーメダル屋のような、やたら高価なところは駄目だぞ」

 

 ジェードはあの、足首まで埋まるじゅうたんを敷き詰めた魔法具店を想像して、身震いした。

 

「えへへー。大丈夫! いいところがあるんだっ」ファルナはそう言って、乙女の笑みを浮かべた。

 

 ――ちっとも、いいところじゃなかった(ジェード少年の談)。

 

 ジェードのような小心者の少年にとって、さながらそこは肝試しのやかただった。

 

 女子、女子、若い女の子。買い物袋を持たされた男子をひとつ飛ばして、また女の子。まさに女子の楽園だった。この気恥ずかしい、居心地の悪さといったらない。

 

 スタイリッシュでかわいらしい、シュラブカジュアルを提案するその店は『ディラ・ロッソ』――ここ一帯のりゅうこう発信源となっている。おしゃれに敏感な少女が、こぞって大都市からやってくるほどで、隠れた聖地となっていた。

 

 〈ねえ、ジェード? このふわふわ素材の格子柄なんてどうかしら?〉

 〈それとも……今年のはやりのウルトラマリンブルーに狙いを絞る方がいい?〉

 〈でもやっぱり、こっちよね。このラインがきわどく入ったヤツ。こういうの好きでしょ?〉

 

 試着室で何度も着替え、その都度現れるその姿は、ジェードを圧倒した。どれも小憎らしいほどよく似合っていて、うまく調子を合わせることができなかった。

 

 最初に、太ももが大胆に放り出された、プリーツ仕上げのマイクロミニで登場。その次は、ヒップラインを強調するローライズな編み上げコルセットを披露する。そして最後に、海辺の風を思わせる、腰でしばったパレオ風スリットスカート(ベリーショート)で登場した。

 

 ジェードは、あうあう、と口を動かすのが精いっぱいだった。いっそ、こうした服飾を着こなして見せる職業が世の中にあればいいのに。――そんなことを思った。

 

 少年の煮え切らない様子に、少女の乙女心は激しく揺れ動く。

 

「どうしても、このラビット・フェアリー柄のワンポイントは外せないわ! あっ、そっか!」

 

 ファルナは突如ひらめいたようにそう言うと、胸ポケットからエージャーメダルを取り出し、宙に放り投げた(この動作は、通称エアリリースと呼ばれる)。そして、華麗にキャッチした。すると、若い女性客がひしめく店内に、エージャーメダルからピンクの妖精がちょこんと召喚される。

 

「こんにチャム! 何か御用ですか?」と、チャムは恒例の妖精語で挨拶する。

 

「ファルナ! ここにチャムを呼び出すのは、さすがにまずくないか?」試着室の前でおびえきっているジェードが、更に縮こまって言う。

 

「あら、平気よ。だってジェードがスパッとした意見をくれないから、チャムちゃんに聞こうと思っただ・け・よ」

 

 正にぐうの音も出ない。しかし、こんな街中にエージャーを召喚しても大丈夫なのか? たしかに、買い物に夢中になっている女子の中に、小さな妖精が紛れ込んでいても、気づかないかもしれないが……。

 

 いや、明らかに何名かの客は目を丸くしてチャムを見つめている。やはりエージャーは、一般的なものとして浸透まではしていない。でもまあ、ペットを見るのと似たようなもので、チャムのかわいらしい姿を見て、見とれているだけだろう。

 

 エージャーは飽くまでも戦闘用であり、戦闘代理者(代理者を示すAgentが転じて、Agerと呼ばれる)として存在する。一般的な魔法女子にとって、エージャーを使う機会なんてそれこそないだろう。大人にとっての銃火器と似たようなものだ。

 

 エージャーの張本人であるチャムは、四枚の羽根を震わせ、宙に浮いたまま真剣に考え込んでいる。自分の姿がプリントされた服を見てどう思うのだろう(チャムは、ラビット・フェアリーと呼ばれるウサギ耳の希少種だ)。

 

「ファルナたん。はっきりいっチャムます」

 

「う、うん。お願いします」ファルナも真剣そのものだ。

 

 チャムは運命を見晴らす、円熟した占い師のような口調で言った。

 

「このフェアリー柄は、ファルナたんにはちょっと子供っぽいチャム。こっちの大人っぽいヤツにしなチャム」

 

 チャムがその小さい指で真っすぐに示したのは、ベリーショートのパレオスカートだった。

 

「着慣れたテイストに、流行色を合わせるのがポイントです。今ならウルトラマリンブルー! それを、余りしつこくない感じでまとめるのが素敵。いかがチャム?」

 

 そのズバリとした的確な助言に、今度はファルナが口をパクパクさせた。

 く、くう。チャムに完敗だ。でも、助かったよ、チャム。俺にはどうにも分からなくてさ……。派手なヤツなら気に入ると思って、思わずあっちを指差すところだった。

 

 ――その一角には「背伸びしたいあなたへの、セクシーコルセット」と書かれた札がぶら下がっていた。

 

 ファルナはチャムに大げさにお礼を言うと、騒ぎになる前にチャムをメダルにしまった(収納は自由自在だ)。

 

「お客様、九千八百グレーデになります。こちら贈り物ですか?」女性店員が丁寧な口調でジェードに言う。

 

 二者択一。どうせすぐに着るんだから、という誤った(傍点)選択肢を振り切り、ジェードは贈り物を選択した。その瞬間、入り口付近でファルナが満面の笑みを浮かべたのだが……ジェードの位置からは見えなかった。それから、レジで少しあたふたしながら買い物を終えた。

 

「ありがとう、王子様」店の外に出るなり、ファルナが言う。

 

 王子様という呼称はいつもであれば緊張を含むのだが、ファルナのけれんみのない言い方は気にならなかった。

 

 そして彼女は「ちょっと、ごめんね」と言い残し、そそくさとその場を離れた。やがて、少しして戻ってくると、その贈り物をジェードに披露した。

 

 サンゴ色のポニーテールに、薄い群青色のスカートがよく映える。道行く人が振り返るほど、バランスのいい顔立ちとスタイル。さっきの大道演劇の関係者が、放っておくわけがない。

 

 ファルナはジェードの眼前で、クルンと一回転してみせた。ひらりと風になびいた。その巻き起こした風は、不穏な言葉もついでに引き寄せてしまった。

 

 〈聞いたか、おい? 何でも死者を生き返らせる魔法があるらしいぜ?〉

 

 〈ほんとかよ! そんな凄えのがあるんなら、俺も真面目に勉強するかな。それで、死んだじいちゃんでも生き返らせるっていうのはどうだ?〉

 

 〈何でも、その名前がさ……『生者せいじゃの魔法』って言うらしいぜ〉

 〈へー、生者ねぇ。でもさ、そんなことできるなんて、一体どの元素に属する魔法なんだろう〉

 

 そのうわさ話は、ジェードとファルナの足を止めるのに十分過ぎるほどだった。ジェードがファルナの服装を褒めることを忘れても、彼女が怒り出さないほどだった。

 

 二人の頭の中には、もしそのうわさが本当であれば、真っ先に再会したい人の名前が浮かんでいた。

 

 ――プリストン・エクスディア。ジェードの兄貴であり、エクスディア王家の長男。そして、道半ばにしてこの世を去った、英者えいじゃだ。

 

 失われた帝国――バグドラゴの末えい(トムソン・バグドラゴ)の闇魔法により、魔獣と化し、命を奪われたのは、つい最近のことだ。バグドラゴを再び討ち滅ぼしたものの、エクスディア国の発展のためには、広い見聞が必要だと考え、ジェードは旅に出た。

 

 死者を、生き返らせる? そのフレーズは恐るべき魔力を持って、少年の心をわしづかみにした。もし、あの天才兄貴がよみがえるのであれば、エクスディアの歴史が変わる。この旅も、きっと違う意味を持つものとなる。そう考えるのは、自然なことだった。

 

 二人に言葉はなかった。最初に切り出したのは、ファルナの方だった。

 

「ジェード……ただのうわさ話でしょ。幾ら魔法でも、そこまで万能じゃない。それに、もし……万一よ。仮にそんな魔法があったとして、その力を誰かが持ったとしたら、それこそ、世界が変わってしまうかもしれない。誰を生き返らせて、誰がそのままでいいかなんて、考えてはいけないことよ」

 

「ああ、たしかにそうだな。でも……」

 

「ううん、ジェード、駄目よ。きっと、そこにすがっちゃ駄目なの。ジェードがみんなの前でスピーチしたことが、私たちにとっての答えだと思う。あれ以外のことは、まやかしにすぎないの」

 

 旅立ちの前、ジェードと父であるバリアン国王は、エクスディアの数千人の聴衆を前に、スピーチを行った。そこで、『全ての悲しいこと、忌むべきことすら受け入れ、前へ進んでいこう! それが明日へつながる第一歩だ』と高らかに宣言していた。

 

「そうだな、ありがとうファルナ。危なく、兄貴の幻影を無駄に追っかけちまうとこだった。俺たちの旅の目的はそうじゃない。国をよくするための知見を広めるためだ」そして、ジェードは続ける。

 

「その中には、かわいい侍女様のコスチューム選びも含まれるわけだ。そのパレオスカートみたいにな」

 

 ジェードの軽口は、心なしか歯切れが悪かった。一瞬かいま見えた、兄貴の後ろ姿――その強烈な誘惑を断ち切ることは容易ではなかった。そのことは、ファルナもよく分かっていた。

 

 ファルナ自身、愛する者を失っており、それを取り戻すためなら労力を惜しまないからだ。もっとも、彼女にとっての愛する者は、行方不明の父親のことになる。

 

 せっかくの陽気な旅を、奇妙なうわさ話によって冷や水をかけられてしまい、二人は押し黙って歩いた。目的地は、ファルナの生家だ。村の見聞も大切だが、地域住民の声もかかせない。その相手が、彼女の母親ともなればなおさらだ。

 

 ファルナの母親は、エクスディアの重要な転換期である「バリアンの決戦」に関係していた。当時の敵国である、バグドラゴ帝国に長く幽閉されていたのだ。

 そして、その決戦でファルナの父であるグレアム・エアハートは姿を消した。

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