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英者は次男坊!  作者: ゼット
◆シーズン1
20/33

最終章 エクスディア王子のスピーチ

 二週間が過ぎた――。


 春らしさがあちこちに顕在している。グラデーション・ラベンダーが咲き誇り、水蜜桃を運ぶ虫たちの姿。風が心地いい。ただ、その気持ちよさを上回るような緊張が、ジェードの胃を締めつける。


「ほら、ジェード。動かないでじっとしてて……そう、そのまま、んっ。いいわ……」


 ファルナの顔が、吐息が届く距離にまで近づく。んっ、何か変な感じになってきた。


「ほら、これでオッケー。素敵な王子様の完成よ。それにしても早くチョウネクタイぐらい、自分で結べるようにならなくちゃね。まあ、私がやってあげるから別にいっか!」


 すっかり回復した笑顔で言う。正装用に、いつものポニーテールは解いてロングのストレートにしていた。


「今日の挨拶、何とかならないかなぁ。ファルナ、俺には影武者はいないのか?」


「あっきれた。ちゃんとスピーチの内容は覚えたんでしょうね。まさか……」


「いやいや、それはやったさ。何せここ一週間はベッドの上で、時間だけはあったんだからな」


「そっか……偉いねジェード。そうだ! あのときのお礼、まだ言ってなかったよね。ジェードからはありがとう、って言われたけど」上目使いで言う。


「いいよ、そんなの」


 二人はどちらからともなく、自然と見つめ合った。そして、ファルナはゆっくりと瞳を閉じた。ま、まさか、さすがに光の残像は残ってないよな。これって……。


 ジェードもよく分からないまま、勢いに任せて瞳を閉じた。二人の影が重なり合っていく。すると……。


 コンコン、と部屋をノックする音。


「ふぁ、ふぁあい!」ファルナが答える。


「入るよー、ジェード兄ぃ」ドアをガチャリと開け、ラックが入ってきた。その後ろには侍女のミュウを従えている。


 パッと離れるジェードとファルナ。正に電光石火。光の魔法と比べて遜色がないほどの早さだった。


「ジェード兄ぃ、バッチリ格好よく決めてね! プリストン兄ぃみたいにさ。この前のお土産みたいな、変てこりんなのは嫌だよ」とラックが言う。


「お、おい、ラック。あのカエルの置物はかわいくなかったか? せっかくミュウちゃんとおそろいにと宿屋から、つがいでもらってきたのに」パッと離れたことがばれないように、取り澄ましてジェードが言う。


「ジェード兄様、ミュウも! もっとかわいいのが、よかったですぅ」


「そ、そうか……すまん。ファルナ、それじゃあチャムを出してやってくれ」


 ファルナが苦笑しながら、チャムを召喚する。ピンクの妖精のお出ましにミュウは御満悦だ。


 チャムチャムー、ミュウミュウーと呼び合い、どっちがどっちか分からないほどだ。


「ラックよ、実はお前にとっておきの土産があったんだ。ジャーン!」ジェードはそう言うと、虹の水晶を引き出しから取り出した。


「すごいや……僕、こんなの見たことないよ、ジェード兄ぃ」ラックが少年の瞳をキラキラさせる。


「ちょっと、大丈夫なの? それ本物でしょ、シルヴァ司教にばれちゃったりしない?」耳元でファルナが言う。


「大丈夫、あいつのことだ。きっとイルファンがすり替えたことも、知ってたと思うぜ。昔からああいうヤツなんだ。そして後から別の無理難題を押し付ける、と」なぜかジェードは口元が緩み、それをファルナは見逃さなかった。


「ああ、そうですか。いろいろ通じ合ってるようで何よりね。その無理難題とやらに、私はお付き合いする義務はあるのか・し・ら?」ファルナは棒読みだった。彼女はその気になれば、氷の魔法も使えるのかもしれない。


 ジェードが薄ら笑いを浮かべていると、ちょうど国王のバリアンも入ってきた。


「ジェード、どうした。柄にもなく緊張しているのか? お前らしく振る舞えばいいいんだぞ。ハッハッハ」


 いやいや、今は別の意味での修羅場だったし、俺は元々緊張する柄だから。基本的には思春期真っ盛りの多感な少年なんだ……、そういうところを分かってくれ。やっぱり俺と違って、おやじと兄貴は度量の器が違うんだよな。あっ、でも兄貴も案外小心者だったって、手紙に書いてあったか。


 まあいい、なるようになれだ。おやじが好きなハイタッチで答えてやろう。


 パチン! 右手と右手をたたいて交差させた。こういうのが好きなんて、やっぱりおやじは筋肉系だ。


「さあて、行きますか!」すると、フミラやゼペットじいやもひょいと顔をのぞかせた。


「ジェード様、きっとうまくいくはずです。周りのみんなが、きっと助けてくれますから」


 ああ、何と言ってもフミラさんの若い頃には一度助けられたよ。あれっきり、消えちまったけどな。守護天使なんて結構身勝手なもんだ。


「このゼペット、晴れ舞台を見せていただけるなど、思ってもみませんでしたぞ。何と御立派になられたことか!」


 すぐにハンカチで目尻を拭くその癖をやめなさい。それにまだ、終わってないんだから。


 城の外は想像以上の人であふれかえっていた。城外にせり出したスピーチ用の中庭に、国王とジェード、ラックが姿を見せる。すると民衆から盛大な歓声が上がった。ジェードは来賓向けの笑いと、千回は練習した手の振り方を披露する。これは角度が肝要らしい。


 眼下に広がる光景は、壮大なものだった。民衆の熱気と興奮がジェードにじかに伝わってくる。城下町や、近隣の城からもたくさんの人が駆けつけていた。


 城壁に掲げられた横断幕には「エクスディア城の新たなる発展へ向けての宣誓」とある。


〈あれって……第二王子様? うーん、どっかで見たことあるなぁ〉


〈きゃあ、あの人。この前、城下町で見たかもしれない。きっとそうよ!〉


〈おい、一体何が発表されるんだ。重大なことに違いないだろうけど〉


 ざわつく人々を見回す。西側の噴水の近くに、青の正装に身を固めた一団が見えた。そこはクラウス国の来賓席であり、ラーゼ王女の姿があった。立ち上がってこちらに大きく手を振っている――子供丸出しだな。口元までは見えないが、きっとにんまりと笑っているに違いない。あの様子なら、執事のことからは立ち直ったのだろう。


 東側の噴水の近くには、黄色の服装が陣取る。こちらはリザ教国だ。シルヴァが胸にヘルタイガーの子を抱えて、ジェードに見えるようにしている。無事に生まれたんだ――きっとイルファンも喜ぶはずだ。


 民衆の高まりを受け、バリアン国王がゆっくりと口を開いた。


「――私はかつて、バリアンの決戦を経験した。民は争い、国は傷つき疲弊し、やがてひとつの国が失われた。私はあえてこう言おう! 全ての争いに意味などない、愚かな人間の思い上がりであると」その宣言に、民衆は水を打ったかのように静まり返った。


「だが、私たちは争いから幾つかのことを学んだ。命の尊さ、そして人々の強いきずなと愛! 今を生きる我々は、そのことを胸に刻み込んで進んでいかなくてはならない」バリアンは言葉を区切り、意を決したように続けた。


「――私は、大切な息子を亡くした」その言葉に、民衆がどよめいた。


「プリストンだ。愛する息子だった! 私たち生きとし生けるものは、そうした悲しみを胸に抱きながらも生き続けなければならない」


 突然の悲報に、若い女性で倒れ伏す者、黙とうをささげる者、あるいは耳を塞ぐ者がいた。それぞれの思いが去来し、どよめきが続いた。


「答えは決まっている! 前に進もう、全てを受け入れて。私たちは進まなくてはならない! そのために今日、新しいエクスディアの後継者を皆に紹介したいと思う。ジェード・エクスディア!」


 民衆のどよめきはざわめきに変わり、やがて喝采に昇華した。その変化は、思ったより早かった。既に民衆の一部、クラウス王国やリザ教国には伝わっていたのだ。そう、バグドラゴ帝国を再び退け、デイワールド大陸に平和をもたらした英者がいることを。


 拍手に押し出されるように、ジェードが進み出た。落ち着け、慌てるな――自分に言い聞かせながら。


 ちゃんとスピーチ原稿は用意してある。ほとんどゼペットが達筆で書いてくれた内容だけどな。すると、風使いのいたずらのような、一陣の風が巻き起こった。プリストンが生きていたら、いかにもやりそうな、いたずらだった。


 まずいっ! その風で原稿が吹き飛ばされた。ジェードの頭の中は真っ白になる。


「えっ、ええっと……」


 大ピンチ。ファルナに目で助けを求めると、口をパクパクして合図しているが……すまん、そこから何かを読み取るのは不可能に近い。


 するとジェードの横に、一人の女性がスッと歩み寄った。


「テンッ!」思わず、口を突いた。


 民衆は「天の啓示」を示す意味として受け取り、一瞬静まり返った。


 守護天使のテンは長い三つ編みに結った姿で、ジェードに首をかしげて見せた。フミラが若い頃に流行していた髪型だそうで、彼女の肖像画もその姿で描かれていた。


「早速の窮地か、ジェードよ。ヌシは本当に世話が焼けるの。わしの姿は、他の人には見えないからこういうときは実に便利さ。短時間ならヌシへの影響もさほどないだろう。で、どうする? わしは一通り原稿を覚えておるが、何なら横で読み上げて見せようか?」


 ジェードはためらった。この助けは何とも有り難い。だが、異なるセリフを口にした。


「いや、せっかくだから自分の言葉で話すよ。思いの丈を存分にね」小声で言った。テンはそれもよかろう、と請け負った。


 ジェードは顔を上げて民衆に向き直り、胸を張った。そして言った。


「みんな、俺の気持ちを考えたことがあるか? ないよなきっと。王家の苦労なんてさっぱり分かりゃしないだろうし、分かりたくもないだろう。きっと、俺も逆の立場だったらそう思う」


 何の話だ? 民衆のきょとんとした目がそう告げていた。


「でも、俺は逆にみんなのことを、もっと知りたいと思っている。城下町で働く人や、他の国の衛兵たち一人一人の生活についても、もっと知りたいんだ。――最近、ある戦いの場において死に直面した。でも俺だけの力じゃなく、たくさんの人の力を借りて、何とか切り抜けることができた! それはこれからも、きっと変わらないだろう。心から感謝している。みんなありがとう!」


 まばらな拍手が起きた。


「まあ正直なところ、優秀な兄貴を持つと苦労する。いや、これは本当の話。でも、だからと言って……いないよりはどれだけマシか。兄貴のことは決して忘れない。ずっと心に刻んだまま、前に進んでいく覚悟だ」


 ――俺は永遠の次男坊。心の中でそう付け加えた。


「この国をもっとよくして、国王がさっき言ったように前に進んでいくためには、様々なことを改革しなくてはならない。それが明日への第一歩だ! でも、そのためには勉強……つまり世界の見聞が必要だ。デイワールド大陸以外の世界についても見て回って、違う国の文化や考え方を知らなくてはならない! 例えば、他国の侍女制度についてとか、ね」


 ここでジェードは、ファルナにウインクをして見せた。ジェードの言葉の勢いに、民衆は喝采した。前へ進んでいこう! その意識が波及したのだ。


「まだまだ、おやじには働いてもらおうと思っている。こう見えて、朝にベンチプレスを百回はこなすつわものだ。現役のバーバリアンそのものさ」


 聴衆から大きな笑いが起きる。


「そして俺には、俺にしかできない仕事がある。冒険……いや、世界を見据えた社会見学。うん、これも立派な政治戦略だ。俺は冒険の旅に出る! エクスディア王国の更なる発展を目指して! もちろん、クラウスやリザの発展も願って!」


 ラーゼ王女とシルヴァ司教は立ち上がり、共に民衆からの拍手に応えて手を振った。民衆の興奮は爆発した。テンはやれやれ、という表情を浮かべた。これまた面倒なことを言い出しおって、というふうに。


 民衆の高まりは盛大な打楽器のような拍手と、パレードの管楽器の演奏で最高潮に達した。カラフルな風船が空に飛ばされる。


 国王は苦笑し、ラックは「ヒャウ!」と声を上げる。アリーザは窓際でミュウの肩を抱き、にこやかに笑った。笑顔を絶やさないように――プリストンからの手紙にそう書いてあった。


 チャムは大空を舞い、風を肌で感じている。


 ジェードはファルナの手を強く握りしめた。ファルナも力を込めて握り返した。


「テンペ=スピードス(一陣のつむじ風)!」


 風の移動魔法で二人は走り出した。流れる渦の中に、ふと風使いの姿を見た気がした。


 そして二人の冒険の序曲を、春の心地よい風がどこまでも高く巻き上げていった――。



〈了〉

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