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英者は次男坊!  作者: ゼット
◆シーズン1
15/33

第15章 虹の水晶

 ――で、何でいるんだい君は。


 二人の後方で、イルファンがキョロキョロしている。飛行艇のデッキに、その立派な体格がそびえ立つ。麻袋をかぶってこなかった点を褒めるべきか――その両手には大きな箱詰めの水晶を抱えていた。


「ジェード、おで、持ってきたぞ」なんて気が早いんだ。ジェードの困惑した表情もお構いなしに続ける。


「それと、本物をちょっとおでに預けてほしいんだな。本物とこの子たちと、どんな違いがあるか調べてあげてえんだ、いいかい?」


「本物を渡すのはまずいんじゃない?」と小声でファルナ。


 ジェードもファルナの考えには同意できたが、反対にいい考えだとも思った。確かに見た目以外に違う箇所があるに違いない。そうでなければ、あのシルヴァが欲しがるわけがないからだ。何らかの特殊効果を見つけたい、その考えがジェードを突き動かした。


「ほらよ、他のと混ぜるなよ。見分けがつかなくなったら大変だから。でも、いいところに気がついたな。きっと特殊な魔力が備わってるはずだ。頼んだぞイルファン」


 イルファンは上機嫌でデッキに座り込んでしまった。やれやれ、ファルナと顔を見合わせる。黒い影に関する収穫はなかったが(湖の主は魚だったし)、とりあえずリザ宮殿に戻ろう。


 リザ宮殿の護衛兵はイルファンの容貌に恐れを成したが、シルヴァは眉ひとつ動かさなかった。それでもイルファンが二匹のヘルタイガーに向かって突進したときには、さすがに大きく目を見開いていた。


「この子たち、かわいいな。おで、気に入ったぞ」


 突然乱入した上に、司教のペットに抱きつくとは。ヘルタイガーですら、その強烈な愛情表現にちょっと嫌がる仕草をしている。


「あれが、かわいいって……」ファルナが、牙をむき出しにしたヘルタイガーを見て言う。


「まあ、そこは人それぞれさ。シルヴァと同じ感性なのかも」


 イルファンは、ヘルタイガーの喉元を下からガッシガッシとこすりあげた。タイガーのひげが大きく揺れる。少し気持ちよさそうなトロンとした表情を見せた。


「無事にお帰りになり、何より。それでジェード王子。虹の水晶は見つかりましたか?」


 ヘルタイガーとじゃれ合っている男のことについては、興味がないらしい。


「ああ、おかげさまでね。洞窟の湖にデカい魚がいてさ、そいつの目玉がその探し物だったよ。――おいイルファン、水晶をシルヴァ司教に渡してやってくれ。そうだ! 何か分かったかい?」


 大きくかぶりを振って、イルファンが答える。どうやら謎は解けなかったらしい。前合わせの上着をはだけて、懐から虹色の水晶を取り出す。シルヴァはイルファンの胸元が見えても、微動だにせず水晶を受け取った。正にシルヴァ自身が、冷たい水晶のようだった。


 しかしさすがの彼女も、水晶を受け取ったときに目の色がさっと変わったように見えた。そして、イルファンを無表情で見つめた。イルファンは見つめられて照れくさくなったのか、すぐにヘルタイガーとのじゃれ合いに戻っていった。


「ありがとう、ジェード王子。それでお探しの黒い影――闇魔法の使い手は見つかったのですか?」


「いや、それが空振りしてしまってさ。あの男、洞窟の番人でイルファンっていうんだけど、彼じゃなかったんだ。そう悪いヤツじゃなくて、少なくとも兄貴のことをやったヤツじゃない」


「うん、私もそう思う」とファルナが後押しする。


「あで? ジェード。闇の魔法を使うヤツを探してたのか! 虹の水晶だけじゃなく。それなら、おで知ってる。だっておで、バグドラゴの生まれだから」


 シルヴァのとがった耳が「バグドラゴ」の響きにかすかに反応した。


「知ってるの? イルファン、すごいじゃない!」


「多分、あすこにいけばなにか分かるはずだ。森の奥を右上に抜けていった先、海岸沿いの塔。灯台みたいなところだ」


「あはは、右上って……多分北東のことかなぁ。でもあそこ一帯は、切り立った断崖に囲まれているはずよ。その近くのセント・ゴレム山なら学校の実地試験で行ったことがあるけど、勾配が急過ぎて……うーん、灯台までは見えなかったわ」


「岩山の中に、その塔はあるんだ。でも、あすこは危険だ。ジェードたちは強いから平気かもしでないけど。やっぱお勧めはできねえ。どうしても行かなきゃならない理由があるなら、おでも止めはしないけど……それに……今はどうなってるかよく知らないんだ」


「絶望の塔……」シルヴァが口を開いた。


「元はエルフの民が信仰のために建てた、名もなき塔よ。信仰心を試すため、あの険しい場所に建てた。森の奥深く、切り立った崖に囲まれているのは、そのせいよ。そして、バグドラゴによって略奪され、別の目的に利用された」


 全員が言葉を失った。森の生き物全てが焼き払われ、闇の魔法で死滅させられた。言葉通り絶望だけが塔に取り残されたという話だった。シルヴァは、ぽつりとつぶやいた。


「最後に置き去りにされた子供が二人――ううん、何でもない。それで、行くんでしょ。あなた方は」


「ああ、もちろん行くさ」


「でもどうやって? 私の風魔法じゃ、あの崖の辺りは無理よ。一度見たことあるけど、教官クラスじゃなければとても無理」


「いや、いけるさシルヴァ。飛行艇の借り賃は、虹の水晶でお釣りがくるだろ?」


「もちろん」こくりとシルヴァがうなずく。


「おでは、どうすればいい?」


 聞かなくても分かる質問をするのか――イルファンよ。


「別にここに残っててもいいよな、シルヴァ」


「え、ええ。とりあえずジェード王子が戻るまではこのリザ宮殿にいてもよろしくてよ。その後は……」チラリとジェードを見る。珍しくシルヴァが動揺しているようだった。それを見てファルナは少し失笑した。


「それじゃ、イルファンさん。ヘルタイガーを散歩に連れてって、いただけないかしら?」


「うん、おで行ってくる! それじゃなジェード、ファルナ。あっ、チャムにもよろしく。あの子、どこに行った? まいっか」


 イルファンはそう言うと、ヘルタイガーを連れてせわしなく城の外へと駆け出していった。すると突然、司教の間をノックする音が聞こえた。


「シルヴァ司教、御会見希望の方がお見えです。お約束されていますでしょうか? ええと、クラウスの……」


 使いの者を押しのけ、慌ただしく一人の少女が登場した。


「何だ、いるではないかシルヴァ。ここに通されるまでに随分と時間がかかるものだな。おおジェード、ソチもいたのか! これはちょうどいい。実はそなたに贈り物をしようと思ってな」


 ラーゼは息を切らせながらしゃべった。慌てて飛んできたことは、鼻の上に載せた赤ぶちの眼鏡から分かった。大方、王室図書館で調べものをしているときにジェードたちの行方を聞きつけ、いても立っても、いられなくなったのだろう。


「あら、ラーゼ。相変わらずの御様子ね。元気そうで何より」


 シルヴァは例によって、表情ひとつ変えない。もとより、この二人は仲がいい間柄ではない。水と油――もとい、水と砂漠の関係なのだ。突然の侵入者に、ファルナは白い目を向けた。


〈何よ、白々しい。『ソチもいたのか!』ですって? あんなに目立つ剣を持ち歩いて、偶然にジェードに出会うって言うの。どうせ、ここにいる情報を聞きつけたってとこでしょう。一週間はここに足止めされていたんだから〉


 ラーゼはファルナのそんな思いを、一顧だにしない様子だった。


「そうだジェードよ。そなたは丸腰で敵に臨むつもりか? いいものを持ってきてやったぞ。それで、どこへ向かおうと言うのだ? これから」


「絶望の塔よ」ファルナが答える。


 ラーゼはファルナをチラリと見て、苦虫をかみ潰したような顔をする。明らかにその目的地を歓迎していないように見えた。〈前にそなたには、ジェードを守るように言っただろう、ならばなぜ、そんな危険な場所へ行くのだ?〉とでも言うように。


 ラーゼは、その旨をジェードに伝えても、どうせ聞く耳を持たないだろうと判断した。熱き心を持った少年そのものの、今の彼に対しては。


「分かった。それなら、なおさらだジェード。この剣を持っていくがいい。必ずそなたの役に立つであろう。もしかしたら、そこの侍女以上にな」


「どういう意味かしら? それは?」


 ファルナとラーゼの視線がぶつかり合う。ラーゼの身長はかなり低いので、自然とファルナが見下ろす格好となる。


「ええ、私がお貸しする飛行艇でね」シルヴァが胸を張って、グイと前に進み出る。ドレープ入りのベリーダンス風ドレスが優雅によそぐ。


(胸の)発育度合いは、シルヴァ、ファルナ、ラーゼの順だ。エクスディアのアリーザには遠く及ばないが、シルヴァはそのふくよかなバストを魅せつける。肌の色も三者三様で、シルヴァが暖かい地方に見られる茶褐色に対し、ファルナは健康的でほんのり赤みが差した肌色。ラーゼは透き通った白い肌をしていた。女同士の水面下での争いは、三つどもえの様相を呈してきた。肝腎のジェードは無頓着のようで、何も気づいていない。しかし、ラーゼの剣には興味を引かれた。


「おい、ラーゼ」とジェードが声を上げると、ビクンと三人の少女の動きが止まった。


「そうかそうか、やはりわらわを選ぶか」ラーゼは(ふだんはかけていない)眼鏡のブリッジをクイと押し上げる。


「ん? いや、この剣が気になってさ」


「なぬ? そうかそうか……すまぬ、剣のことであったか。まあよい、それはな……我がクラウスに伝わるエージャーソードじゃ」


「エージャーソード! いいじゃんか。すごい強そうだな」ジェードはその名前に、当然のごとく興味を持った。


 ラーゼは少し低めの鼻を、鼻高々にして言う。


「まあ、今は召喚できないらしいのだが、その強さは折り紙付きだ。何せ元の所有者はそなたの父親――バリアン国王だからな」


「おやじの?」


「そうじゃ。隣国同士の宿命と言うか習わしと言うか、余りにも強い武器を所有すると信頼関係にひびが入るということでな。エクスディアよりクラウスに献上されたというわけじゃ。まあ、戦争になったときの保険と言うことじゃろうが……剣一本を預かったところでたかが知れていような」


「そうかしら? バリアン王がひとたびエージャーソードを振るえば、一国が滅びると言われてましたわ。かのバグドラゴを例に挙げるまでもなく」シルヴァが口を挟んだ。


「ふん、まあよい。強いことはよきことだろう。なあ、ジェード」ラーゼが猫なで声で言う。


 ジェードはエージャーソードを、食い入るように見つめた。細身の刀身は鏡のように磨き抜かれ、ジェードの顔を克明に映し出している。そしてジェードの首から足先までの長さがある、見事な剣だった。重さはそこそこあり、ジェードの場合は両手で持たなければならなかった。


 もろ刃の刀身とグリップが交差する幅広な十字部分――いわゆるツバには、丸くうがたれた痕跡がある。古くはそこに強力なエージャーメダルが、ピタリとはまっていたかも、しれない。が、今はなかった。


「ジェード? どうしたの?」とファルナ。


 ジェードはその声で我に返った。ギラリと光る刀身には、人を引き付けてやまない魅力があった。結局は血塗られた、殺しの道具だと言うのに。ジェードはその道具に自分の心を見透かされた気がして、決まりが悪かった。それをごまかすのには最適の、名案がひらめいた。ポケットから例の黒いメダルを取り出し、その丸い穴にはめてみる。


 パチッ!


「おおっ! はまった! これってもしかして……」ジェードは歓喜の声を上げる。


「お喜びのところ申し訳ないけど、ジェード?」とファルナ。


「何だい? ファルナ」ジェードは上機嫌だ。この合体により何か特殊な効果がもたらされると考えている。


「メダルの大きさは、大体規格化されてるから……結構同じなのよ。ほら、私のメダルでもピッタリでしょ」


 そう言って、フェアリー・ラビット(つまりチャム)を呼び出すメダルを、上に重ねた。黒いメダルの上にピカピカのシルバーメダルが寸分違わず重なる。


「あれ、そうなの……?」


 ラーゼとシルヴァは顔をそらしている。どうやら二人もそのことは知っているらしい。くそう、基礎知識なのか。


「あーあ、ジェードのメダル、外れなくなっちゃった。どうする? 何か工具でも刺し込んで取り外す?」


「いや、いいよこのままで。どうせ、何も召喚できなかっただろ。かと言って捨てるわけにもいかないし。ここに収まってくれてれば邪魔にならなくて、ちょうどいいや。デザイン的にも黒でピッタリだし。本当にこれ用なんじゃないか? そう思えてきたぞ」


 確かに一目見る限りは、黒塗りのグリップに黒のメダルがよく似合っていた。だが、はめてみたところで何も変化は起こらなかった。エージャーソードをラーゼが持参した革製のさやに収め、腰のベルトに通す。


 そのさっ爽としたいでたちに、三人の女子が固唾を飲んだ。ジェードも満更でもないらしい。


「へぇ、割と様になってるじゃない」


「ほう、さすがジェードじゃ。わざわざ持ってきたかいがあった」


「あら、ジェード王子。なかなかお似合いですこと」


 それから慌ただしく、どたばたとラーゼは帰っていった。執事に内緒で来たらしく、すぐに取って返さなくてはならないそうだ。シルヴァは飛行艇を用意しようかと言ったが、ラーゼは断った。飛行艇とは違う乗り物で来たと言う。水魔法を応用した、噴水の力で移動する不思議な丸い乗り物だそうだ。それには、今度乗せてもらうことにするか。


 ジェードとファルナは一息ついて身支度を済ませると、飛行艇に乗り込んだ。まだ日没には時間がある。二人は思い切って、出発を決めた。


 二人を見送ると、シルヴァ司教はゆっくりとベランダへ出た。遠くにイルファンと二頭のヘルタイガーが走り回っている姿が見えた。まだ散歩を続けているらしい。そしてシルヴァは、イルファンから渡された水晶を手に取ってぼんやりと眺め、誰とはなしにつぶやいた。


「それで、本物の虹の水晶はどこにいったのかしら?」

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