第13章 砂上の楼閣リザ
英者の都エクスディア、水の神殿クラウス、そして砂上の楼閣リザ。これら三つの国はそれぞれ独自の発展を遂げながら、デイワールド大陸全土の均衡が成り立っている。
とりわけ地下資源に恵まれたリザ教国は、民の一人当たりの保有資産額は頭ひとつ抜けていた。だが住居や街並みなどは、至って質素でつつましいものだ。それでは、何にその余剰資金を充てているのか? それは砂漠一帯に生息する強大な魔獣に、答えを求めることができる。
クラウスやエクスディア周辺に出没する魔獣よりも、リザ教国周辺の魔獣は格段に強い。それらを駆逐するために膨大な費用が費やされているのだ。剣やつえはもちろんのこと、魔法弾を射出する銃火器、はたまた砂漠を安全に横断するための魔鏡列車(魔光を合わせ鏡で増幅させ、動力として利用する列車)。また、リザにしかない飛行艇もあった。
ジェードはファルナを背負ったまま、強大な魔獣に何度か遭遇した。サソリ型や行き倒れのむくろをついばむハゲタカ型。あるいは旅人を砂の奥底に引きずり込もうとするアリジゴク型。どんな魔獣に遭遇しても、ジェードの方針は一貫していた。ひとつ覚えのスピードスをフルに生かして、ひたすら逃げの一手を放つのだ。そこには見えも外聞もない。ただひた向きに侍女の安全を優先する、少年王子の姿があった。
リザの正門にたどり着くと衛兵が駆けつけたが、水を飲ませるのをジェードを先にする始末だった。それでも、彼なりに用意したセリフを何とか吐くことに成功した。
「シルヴァ司教に伝えてくれないか? ジェードが笑わせに来たって。それと水は、俺がおんぶしているこの姫様に差し上げてくれるかい?」
よろいをまとった衛兵は目をしばたたいた(なめし革を縫い合わせたよろいは、風通しがよさそうに見えた)。それから数十分後に、司教の間に二人は通された。ファルナは最初、ジェードのさっきの軽口がどういう意味なのか分からなかった。
シルヴァ司教は、見事な大理石を用いた白い台座に座っていた。その横には二頭のトラ型の魔獣を従えている。全身が金色の毛で覆われていて、口から二本の牙が収まりきらずに大きくはみ出していた。前足は人を一撃で殺せるほどの大きさがあった。雄と雌のつがいのようで、片方のおなかが少し膨らんでいた。もし身ごもっているのなら気が立っているはずで、更に危険度が増す。
「ねえ、あれってヘルタイガーでしょ、かわい……くないわね」
「あれでも子タイガーだったときは、かわいかったんだけどな。これぐらいに小さくて」
ジェードは両手で三十センチほどの幅を示した。今の大きさからはとても想像できないサイズだ。二人は床に正座したまま、シルヴァの言葉を待った。床の上には金糸をぜい沢に織り込んだフロアマットが敷かれていて、リザの紋章であるタイガーの刺しゅうが見えた。国獣であるが故に、きっとあんなヘルタイガーを飼っているのだろう。
シルヴァはジェードのグレー髪よりも鮮やかな、銀色のショートヘアーを翻した。そして砂漠の照りつける太陽を受けた、小麦色の褐色肌を見せた。クラウス国のラーゼ王女とタイプは異なれど、明らかに美しい――少女だった。
ファルナがむくれたように見えたが、それも無理はない。教国の最上位クラスの立場である司教が、自分と似たような背丈で似たような年に見えるからだ。自分とそう変わらないということは、すなわちジェードとも変わらないのだ。
ただひとつ、変わったところがあった。その少しとがったエルフ族特有の耳だ。何世紀にも渡り森を根城として繁栄したエルフ族は、バグドラゴ帝国に森を追いやられたと聞いた。つまり彼女は、絶滅寸前のエルフ族の末えいなのだ。そのエルフ族を追いやったバグドラゴ帝国の方が先に滅亡したのは、何とも皮肉な話だ。
ジェードは事情を説明した。ラーゼ王女と同様に兄貴のことは伏せたまま、黒い影の襲撃を端的に伝えた。彼女はその話を聞いて、表情ひとつ変えなかった。ジェードが手振りを交えながら最後まで話し終えたときも、その細く長い眉やまつげが動いた形跡はなかった。
「事情は分かりました。あなたと侍女の方の傷が癒えるまで、御休息の場を提供しましょう。もしまた不帰の洞窟に向かわれるときは、我が宮殿の飛行艇をお貸ししても構いません」
「本当に? やったあ! 話せる司教様でよかったね、ジェード」そう叫んだのはファルナだった。
「いや、そんなに甘くはないだろ。なあ、シルヴァ? 何か条件があるんだろ、もちろん」
「相変わらず御賢明ね。お兄様に似てきたかしら。プリストンさんに」
ここでも兄貴かよ……とチラリとは思ったが、それもまだ存命ならばの感情だ。今は兄貴を慕う言葉に突っかかる理由はない。むしろ、感謝したいぐらいだ――兄の存在や尊厳を感じられるのだから。
「兄貴の賢さには、まだまだだよ。ただ、シルヴァはそこのところは、昔から変わってないはずだって思ってさ。よく無理難題をサラリと押し付けてくれただろう。ペガサスの尾の毛で筆を作りたいとか、ミノタウロスの鼻輪をドアの取っ手にしたいだのと」
「へえ、ジェード。そんなレア物どうやって集めたの?」ファルナが口を挟む。
「……どうやっても無理だろそんなの。だからいつも、それなりに似せたもので笑わせることにしてたんだ。ゼペットさんの長めの白髪を持っていったり、ランドポニーのひづめの装てい具を、鼻輪と言ったりしてな。まあ、いつもクスリとしか笑わないんだけどな、こいつ」
「もし、何も持っていかなかったら、どうなるの?」ファルナがジェードに小声で尋ねる。
「そうなると、おやじや国が困ってしまうんだよ。何せリザは重要な貿易国だ。へそを曲げられただけで、次の日から原油とかの値段がおかしなことになるんだ。まあ、当時はシルヴァのおやじさんの教皇と取り引きしてたんだけどな。最近は、シルヴァに全権を委ねてるとか聞くし……。それなりに御機嫌を伺わないわけには、いかないだろう」
「あっきれた……」ファルナはいつもの口癖を、一応の小声で言った。
リザ教国はその名が示す通り王国制ではない。建前上は民衆を君主として擁立してはいるが、現実問題として統治者を必要とする。その統治者に相当するのが司教であり、結果的に王国制とさほど違わぬ形で、民衆を導く役割を果たしていた。
司教シルヴァは、尊厳を持って言う。髪の色とは異なる、エルフ族特有の鮮やかな青の瞳を少しだけ見開いて。
「虹色の水晶を採ってきてほしいの、その不帰の洞窟で」
虹色の水晶って……暗黒メダルの絵本に出てくる伝説のお宝じゃねーか。何というむちゃ振り。ジェードの慌て振りを見て、シルヴァ司教はかすかに笑ったように見えた。
それからジェードの体とファルナの足が回復するまでには、およそ一週間を要した。そのせいで、全快するまでにはすっかりリザ宮殿で働く人たちとも打ち解けていた。
〈いよう少年、元気か?〉
〈あら、ファルナちゃん、リザの伝統服も似合うわね〉
リザの気候はやはり暑く、薄着の服装が目立った。ほとんど水着と変わらないような格好の女性も多くいた。面白いのが、男性も女性も肉体を鍛えている人が大半で、その肉体美が映える服装を好んでいる点だった。
銀製の光り輝く胸当てをした美女へ、彫刻のような肉体美を持つ男たちが熱視線を送る。厳格な宗教国の印象を覆す、何ともおおらかな国民性だ。ジェードたちも最初は戸惑ったが次第に慣れていき、今いる水浴びの間も好きな場所のひとつになっていた。そこでのジェードは、ファルナを世の男どもの誘いから守ることに必死だった。ちょうど、侍女と王子の配役が入れ替わったようにも見えた。
「ねえジェード、私、すっかりここが気に入っちゃった」ファルナが水浴びの間にしつらえられた、敷き板に寝そべって言う。
リザの若い女性たちの間ではやっている新作水着が、腹立たしいほど似合っている。デザート迷彩柄のリザトップと呼ばれるスタイルだ。二人とも日よけグラスをかけている。早朝だが日差しは十分に強い。
「いやいや、駄目だろ、これ。何すっかり溶け込んでるんだ俺たちは。これじゃただの長期休暇じゃないか」と、自分にツッコミを入れる。
「確かにそうね。そろそろ出発しなきゃね」舌をちょこんと出して、ファルナが答える。
「それじゃあ、今日の朝食が済んだら行くか!」と伸びをした。
リザ教国の朝は、エクスディアともクラウスとも異なっていた。シルヴァは長い回廊を音も立てず、しずしずと歩く。侍女と思われるお付きの女性二人がシルヴァの替えの着衣を両手に掲げ、後方に控えて歩く。シルヴァは白い麻のシャツと、同じくロングスカート――そこまではいいが、シャツの裾を結んで絞り上げ、見事な小麦色の肌があらわになっていた。縦長のきれいなへそまで、バッチリ見えてしまうのでジェードは目のやり場に困り、ファルナはぶ然とした表情を浮かべて歩く。
シルヴァと二人の侍女は、言葉ひとつ発しない。後ろをついて回るジェードとファルナもそれにならった。大聖堂による食事は、広さや人数こそ近いものがあれど、その中身はやはりエクスディアとは大きく異なっていた。にぎやかなエクスディアの光景とは対極に位置し、全員が無言のままで食べ物を口へ運んでいた。恐らく宗教上の理由からだろう、とジェードは推測した。というのは、その理由を周りに聞くことすら、はばかられたからだ。
食事の最初に、両手を胸の前で組み祈りをささげたかと思うと、それ以降は無駄な動きはひとつもなかった。ブルー麦のパンとエクスディア牛のミルク、そして二種類のフランオートミール。飾り気は少ないが二人の口にも合うどこか懐かしい食事だった。もちろん食べ盛りの二人にとって、その量は満足のいくものではなかったが。
静ひつな気分で朝食を終えた後は、お祈りの時間だ。朝食のときと同じ様に両手を胸の前でしっかりと組み、そして黙想する。見たことのない大仰な鍵盤楽器が静かに奏でられ……祈りは一時間ほど続いた。なげぇ――その思いをジェードは辛うじて押し殺した。
エージャーが出し入れ可能でよかった。こんな静かな場所でチャムチャム、言われちゃたまらないからな。ジェードはそんな煩悩を幾つもちらつかせ、長いお祈りを耐え切った。
祈りの儀式は一日に三回から五回ほど行われる。デイワールド大陸全土においては、キルリア教とエルラド教の二大宗教が過半数を占める。一方で、エクスディアのような多神教で自由な国もある。
キルリア教は祈りに重きを置く宗教で、生まれ落ちた瞬間から洗礼を施される。独特の文化や学問を形成し、古代キルリア文字で書かれたものには、人類の英知に関するものが多く残されている。一方、エルラド教は成人する過程で傾倒していく宗教と言える。黄金きょうという楽園を現世に説き、宗教都市として発展している国もあると聞く。他宗教からの引き抜きが盛んであるため、その争いも絶えない。
リザ教国はキルリア教に属し、その宗教への信仰は人々の生活にしっかりと根差している。だからこそ、シルヴァ司教の地位も国王に匹敵するくらい高いのだ。
ジェードが寝ぼけ眼をこすりながら天井のステンドグラスから差し込む光を眺めていると、シルヴァがようやく口を開いた。
「随分お待たせしたようね。もしかして、今日出発するのかしら、ジェード王子」
その呼び方をされるといつもながら、緊張を含む。ファルナがそうするように、呼び捨てにされる方が気が楽なのだ。
「ああ、またすぐに戻ってくるけど。虹色の水晶をお届けに上がりにな」
そう言いながら、自分と司教の数奇な関係を思い起こしていた。彼女とは、クラウス国のラーゼ同様、小さい頃から国交と称しておやじに引き合わされていた。今となっては、政略結婚の思わくが随所に張り巡らされていたと感じる。
もっとも、その相手は俺ではなく第一王子の兄貴だったろうから、何かしら仕向けられていたとしても気がつくはずもないか――。などと、のんびり考えたジェードだったが、シルヴァの次の言葉を聞いた瞬間に、さっと青ざめる。
「次からはプリストンさんの代わりに、あなたと恋仲を進めなくちゃね、王子」
その途端、ファルナはまなじりを決した。胸ポケットに手をかけ、いつでもチャムを召喚できるように構える。ジェードがそれを制するように、言う。
「どういう意味だ? 兄貴がどうこおって……多分今日なんて、城でのんびり本でも読んでるんじゃないか?」
「あら、どうもこうも、そういう意味よ。プリストンさんが亡くなられた以上、我が教国とエクスディアの親交を深めるためには、あなたと親しくなるのは自然なことじゃないかしら? もう第二王子ではないのですから」
明るい肌とは対照的な――冷静で残酷な、鋭利な氷細工のような美しさが浮き彫りになった。その透明な表情の奥にある感情は、どこにも映し出されなかった。
「何を言ってるのかよく分からないわ! どこでそんないい加減な情報を仕入れたのかしら?」亡くなったという断定的な物言いに、ファルナはこれ以上黙っていられないようだった。
「リザには様々な財宝の情報が持ち込まれてくるの、交易が盛んだから。そしてときには、国の重大機密がついてくることもある。最近、どこか高価な品を扱うお店に行かなかったかしら? 情報網はあちこちに張り巡らせているの」
二人は顔を見合わせ、それぞれがエージャーメダルを買った店のことを思い浮かべた。
「どうして、情報提供者がいるってことを御丁寧に教えるんだ?」ジェードが話をそらす。
「情報員については、私でも全てを把握できないほどの数がいます。なので、教えたところで何も変わりません。取り締まることなんてできないの。人は魅惑的な富の前では、とても弱いわ。だからこそ必要な情報が、その時々で手に入る。それに、手の内を明かした上で会話する方が、より親密になれるんじゃないかしら? お互いに」シルヴァは少し鼻にかかった、艶っぽい声で言った。
「だ、だったとしても……何で、その、ジェードがあなたと恋人にならなきゃ、いけないのよ!」
ファルナが声を張り上げて、ジェードの前に立つ。まるでか弱い王女を守る勇敢な騎士のように。
「ええと……ファルナさんだったかしら。正しくは恋人じゃないわ。伴侶よ」
落ち着いた口調で言い切るシルヴァの声に、ジェードはどこか懐かしさを覚えた。しかし彼女とは面識はあるが、ラーゼと比べてみても話した記憶がない。とはいえ、ジェードではなくプリストンにべったりだった、というふうでもなかった。プリストン王子の周りはいつもアリーザや、他の女子たち(未来の花嫁候補)でにぎわっていたからだ。
彼女との思い出をたぐり寄せてみる。彼女は、いつも何かしら小さな箱を見せてくれた。そうだ、宝箱だ。その箱の中には(海が一切ない)砂漠一帯では珍しい貝殻が入っていたんだっけ。彼女はその箱からマーブル模様の貝殻を取り出し……俺の耳に押し当てて、潮の音を聞かせてくれた。
――それでも、それぐらいしか思い出せなかった。潮の音を聞いて、子供心にドキドキしたことは今でも鮮明に思い出せる。それと、その頃の彼女は今と違ってよく笑顔を見せていたこと。大人たちや兄貴がいるときには見せない、自分だけに見せるはにかんだ笑顔。その表情を見たとき、彼女の秘密をのぞき見するような、何とも言えない感情が体を突き抜けたことを今でも覚えている。
「は、伴侶!?」
ファルナの間抜けなほど大きな声で、ジェードは我に返った。おい、ここは神聖な祈りの間だぞ、と言いたくもなったが、ファルナの驚く気持ちも分かる。何せ俺の方こそ、驚いてるぐらいだからな。
「ええ、私と彼は結婚することになると思うわ。もちろん、彼にその気があればの話だけど。もし、そうなったら……」
「そうなったら……」ファルナが繰り返す。
「リザ教国に伝わる、とっておきの財宝を彼に見せてあげる。このぐらいの小さな箱に入ったものよ」
そう言ってジェードに目配せすると小さくウインクした。ジェードはきょとんとし、ファルナは更に顔の温度を上げた。それこそ、リザ砂漠に負けないぐらいに。
「と、とりあえず不帰の洞窟に行ってくるよ、シルヴァ。こっちのやぼ用を済ませるのが先決だからな」
「そうね、それではお二方こちらへどうぞ」
シルヴァに先導されて、ら旋階段を上っていく。ジェードは屈強そうな護衛兵に話しかけた。
「あれ? こっちからでも外に出られるんですか?」
護衛兵は控えめに笑って見せた。「行けば分かる」
城の屋上は、見通しがよく気持ちのいい場所だった。はるか南西にエクスディア城が小さく見えた。砂がここまで吹き上げられるのがたまに傷だが、天気のいい日はここでガーデンハウスサンドをほお張るのも悪くないだろう。
屋上に吹きつける風で、ファルナのパレオがめくり上がらないか気が気でなかった。シルヴァはマリンブルーのハーフリザボトムに着替えていたので、その心配はなさそうだった。
突如、すさまじい爆音が聞こえてきた。ジェードとファルナは警戒して周囲を見渡したが、音の正体は姿を見せない。やがて城の先端部から、飛行艇がゆっくりと姿を現した。八つの円翼が機体の外郭につけられ、ごう音を発するとともに機体を浮かせている。飛行艇の胴体部分は、木製の船とさほど違いはなかった。ワインのたるを材料としているような刻印付きの板も見えた。
木製だとすると、強度は大丈夫なのだろうか? しかし、ジェードが飛行艇を間近で見るのはこれが初めてだった。エクスディアでは、乗り物よりも魔法による移動の方が発達しているからだ。なので、機体のよしあしについては分かるはずもなかった。
「立派な飛行艇よ、ジェード」
「え? ファルナ! 見たことあるのか?」
「ええ、侍女学校の研修でちょっとね。でも、操縦したのはその一度きりよ」
「シルヴァ、これって、どうやって操縦するんだ?」爆音にかき消されないように、自然と大声になった。
シルヴァは大きな声を出すのは苦手らしく、手振りで伝えた。いいから、乗れ――と。
「ファルナ、どうやら自動運転みたいだぜ。何とかなるってさ」
「まっさか、中に誰か操縦士の人がいるんでしょ。それじゃ、乗り込みましょう」
そう言うと、ファルナは城のギリギリに空中停泊している飛行艇に乗り込んだ。おっかなびっくりでジェードもそれに続く。思いの外、城と飛行艇の距離が開いており、飛び乗るときに危うく足を踏み外しそうになった。ファルナが手を伸ばして、ジェードの手をパチンとつかむ。
ジェードは、こちらを真剣なまなざしで見つめるシルヴァを見やった。彼女が大人になるにつれ、その重責から笑顔を失ってしまったことは明らかだった。その気持ちは、今なら分かる気がする。礼拝と礼節を重んじる、堅苦しい文化の国――ただし服装だけはその生活振りとは裏腹にあけすけな薄着で、そのミスマッチを感じずにはいられなかったが。
うん、とてもいい国だ。参考になる――ジェードはさっ爽と飛行艇乗りを気取って、右手で敬礼した。
シルヴァ司教はそれを見ると、小さな小麦色の顔を少しほころばせた。それは、子供の頃に秘密の貝殻を見せてくれたときの笑顔だった。