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英者は次男坊!  作者: ゼット
◆シーズン1
12/33

第12章 危険な戦闘

「――ママからその話を聞いた日のことは、今でも忘れられない。獄舎に幽閉されていたなんて……怖くて寝られなかったわ。ママはその話を、歴史の一幕として私に教えたつもりなんだけど……おかげで虫が大の苦手になっちゃった」そう言って、笑顔をこぼした。


「ああ、分かってるさ。しかしバリアンの決戦で、お母さんが捕らわれてたなんてな」


「うん……でも大丈夫。それに、虫が怖いなんて言ってられないから。何てったって、私はエクスディア家の侍女なんですから――って」


「どうした?」


「……ウ……ソ……」ファルナがポカンと口を開けて、ジェードの後ろを指差した。


 首を後ろに返す前に、そのとてつもない大きさの影が、肩越しの視界に入った。地面に映り込む影の正体を見るには、振り返る勇気を必要とした。そこには、山と形容できる大きさの虫――鬼グモ(学名=アリュネロス・フレイムグラムス)が堂々たる体を見せていた。


 八つの複眼は、全て異なった色をしていた。エメラルドのような緑色から黒真珠のような墨色まで、不気味な発光を伴っている。脚は二本しかないように見えた。その代わりに、馬のように隆々とした太ももが目を引いた。円月バッタや赤胴カマドウマのように、折れ曲がった脚。飛び上がるのには最適な太さだ。他の四本の節足は退化しているようで見当たらず、二本でバランスよく立ち上がっている。ちょうど、ジャイアント・グリズリーが人間に襲いかかるように。


 腹部には、赤と黄色の繊毛で彩色された炎の模様が見えた。これがフレイムパターンであり名前の由来だ。風船のように膨らんだその腹部で炎を練り上げ、火を噴くことは知っている。となると、火を増幅させてしまう風の魔法は相性が悪い。


「こいつをやっつけるのは、さすがにお安い御用じゃないよな」


 ジェードがそれ以上の軽口をたたく間もなく、戦いの火ぶたが切って落とされた。


 城で相まみえた魔獣のときと同じ様に、緊張が走る。どんな相手であれ戦いの負けは即、死につながる。戦いを鼓舞するような楽曲が流れるわけでもなく、辺りは不気味なほど静寂なままだった。


 異形の魔獣――鬼グモ――のどこかから、こすれ合う音だけが聞こえた。威嚇している音なのか、それとも毛づくろいのように習性的なものなのか。恐らくクラウスの王立図書館には、その生態が記された分厚い書物があるだろう。


 ファルナは鬼グモを凝視したまま、気高い美しさを感じさせて立ち構える。左半身を前に押し出し、胸を張る。攻撃が当たる面積を無防備にさらさない、この斜に構えるスタイルは、格技における基本を踏襲している。彼女の後ろにジェードは控えた。とても歯がゆいが、ファルナより戦闘にたけているとは、自分でも到底思えなかった。


 ファルナは小柄な体をリズミカルに上下させ、呼吸と攻撃の間合いを整え始めた。かかとを浮かすポジショニングには、二つの理由がある。ひとつ目は、魔力の波長を合わせること。魔力は集中力と一緒で、常に一定に保つことはできない。リズミカルに体を動かすことで、思考や魔力が最も高まるタイミングに合わせようと言うのだ。二つ目に、攻撃をかわしやすくすることが挙げられる。魔獣は、魔法や特殊な毒を吐くなどの攻撃に加え、シンプルな物理攻撃(突進やかみつき)も行ってくる。特に、今日の鬼グモの見た目からすると、比率としては恐らくそちらの方が多いはずだ。


 上下に動く運動で、パレオの隙間から腰のくびれがのぞいた。そこだけ取ってみれば、きゃしゃな少女のそれと変わらない。そんなスレンダーな体のどこに闘志を秘めているのか、ジェードには不思議でならなかった。最初に動いたのはファルナだった。


「ウォル=トルネイド(深海の竜巻)!」


 ウォル――すなわち水属性の魔法をファルナは選択した。詠唱と同時に、両手前方から渦を巻いた水流が前方に噴出する。水流と言えどその威力は決して侮れない。古木ではない立派な新木でさえ、その直線の水流により円形にえぐり取られていく。


 しかし、その直線状に鬼グモの姿はなかった。どこだ! 左右をジェードが素早く確認する――ファルナの目と耳となって。


 されど、いない。その間、コンマ五秒。ファルナは自分の放った水流で、わずかの時間ではあるが、視界を塞いでしまった。二人のはるか上空で、細かい体毛が太陽の反射を受け鈍く光った。


 一瞬の判断だった。思考より早く体が動いたと言っていい。ファルナの足の動きに注目し、ジェードの目が地面へ行っていたのが幸いした。ジェードは上空の影にいち早く気づき、ファルナ目がけて突進した。


 間一髪。全力の体当たりで、ファルナを突き飛ばした。彼女が元にいた場所には鬼グモが鎮座している。退化した数本の脚先を口器に持っていき、いまいましい太めのべん毛で掃除している。そして、またも不気味なこすれ音が繰り返された。押し潰せなかったことに腹を立てているのだろうか、鬼グモはさっきより激しく「フュシャー、フュシャー」と音を立てた。


「大丈夫か! ファルナ!」ファルナにおいかぶさった体を起こして言う。


「ええ、何とか。アッ、つうっ……」


 落ち葉にまみれながら立ち上がったファルナを見て、すぐに悟った。今ので足をやったな、と。俺の下手な助け方のせいで、彼女の芸術的なフットワークを台なしにしてしまった。この展開はまずい。恐らく単細胞な魔獣だ――同じ攻撃を繰り返してきても不思議ではない。すなわち、あの上空からのストンプ攻撃だ。


 どうする? ファルナと目が交錯した。彼女の額には汗がにじんでいるが、ジェードほどの動揺は見られない。鬼グモはじっと力をためて、飛び上がるモーションに入った。


 ファルナは、右手を自分の左の胸あたりにそっとはわせた。アリーザのような大人の山麓はないが、小高い丘陵のラインを描いている場所だ。そして、リボンと黒のパイピングでとめられた胸ポケットから、円形の物体を取り出すと空中へ親指で放り投げた。そして放り投げたメダルを同じ右手でキャッチし、高らかに言った。


「エージャー! カミュタリウス、オペマドゥーラ!」


 な、何語! というツッコミよりもファルナのモーションは速かった。流れるような動作で、それでいて激しく両手を前方へ送り出す。まるで円熟した指揮者が交響曲を導くように。


 ファルナのちょうど右肩のあたりだろうか。とても小さな――ピンクの妖精が見えた。


「#ハルド=クロスライド { background: 雷ていのクルミ; }」


 こ、今度は何だ? 脳内を疑問符が駆け巡り、一周して互いがぶつかり合った。ちょうどそのタイミングで、鬼グモが天高く飛び上がった。


 天空の鬼グモを迎え撃つように、地上の妖精から水の網が放射される。魔獣の持ち技を奪うかのように、それはクモの巣の形をしていた。その投網がすっぽりとクモを下から包み込んだ。そして、ファルナ得意の雷撃が乱れ飛ぶ。妖精が飛ばした水網は見た目以上に頑丈で、木の枝を渡すように大きく広がっていた――そうだ、この形はハンモックだ!


 網に捕らえられた格好の鬼グモは地上に落ちてこない。そこへとどめの斬撃を俺が見舞う! と言いたいところだが、ファイティングナイフが届く位置には残念ながら……いない。頭上に宙づりになっている鬼グモへ、ファルナの雷撃が全て吸い込まれた。


「クロスレイドは、通常三百万ダメージ。それに雷ていのクルミをかけ合わせることで、通常の二倍の威力。これがミュレットの特殊能力。更にエージャーの水魔法で雷撃が伝導しやすくなって、これも二倍の掛け算。最終的には『三百×二×二=千二百万ダメージ』を与えた計算よ」


「すげえ、単位はよく分かんないけど、かなりの威力をぶちかましたわけだ」


 ジェードはそう言いながらそっとファルナの肩を持ち、鬼グモの真下からどかした。いつ落ちてきても、不思議がないように見えた。


「でさ、ファルナ。雷魔法の倍加はミュウがくれたクルミのおかげ。それは、よく分かったんだけど……それ……何?」


 ジェードは恐る恐る、浮遊する生物らしきものを指差した。まさか、自分にだけ見えてるわけではないだろう。


「えーっ、何? どの子のことを言ってるの?」


 手を額に当ててキョロキョロ。何というベタな仕草だ。それに、全く見えていないならば「どの子」とはどういう了見だ。小芝居はやめろ。


「何てね、この子のことを言ってるんだよね」


「そう、それだよ。――っ、女の子なのか?」


「じゃじゃーん、発表します。この子はエージャーのチャムちゃんなのだ。もしかして、エージャーを見るのは初めてかな? ジェード君」


「当たり前だ。エージャーって存在すら、この前の店で初めて聞いたぐらいだからな」と胸を張る。


「えっと、チャムって言います……怖くないですよね? お父さん」


 ……どこをどう間違えたらお父さんになる。


「しゃべれるのか! この妖精」


「ご、ごめんチャム。……お兄さんですよね」と、チャムが謎の妖精語で言う。


「いや、それも違うけど……まず落ち着いてくれ。そして、そのドジッ子をやめろ」


 ジェードとチャムのやり取りを見て、ファルナが笑い出した。ジェードはファルナに言う。


「エージャーって、もっといかつい見た目かと思った。ランプの精みたいな大男とかドラゴンタイプとか」


「もちろん、そういう見た目のエージャーもいるわよ。CMSで……見せてもらったことがある。でも、本当に種類は千差万別だから。チャムみたいにかわいい子もいるわけ。このラビット・イヤーのタイプはかなりの希少種、いわゆるレア物なのよ」


 ファルナは胸を張った。ちなみに、CMS――Customカスタム Maidメイド Schoolスクールは、侍女養成学校のことだ。個別のニーズに合わせてあつらえる「カスタムメード」と「特別なメイド(特殊任務につく侍女)」をかけ合わせているらしい。


「で、この子はウサギ耳の妖精ですか。しっかし、この子……こんな見た目なのにめちゃめちゃ強いな」


 チャムはピンクの小さな体を震わせ、反応する。


「チャムのことを『この子』って呼ぶってことは、やっぱりお父チャムなんですね!」


「だ・か・ら、違うって言ってるだろ! もしかして……この子ちょっとあれか」


「ち、違うわよ。そんなおバカキャラなわけないでしょ!」


 なぜファルナが怒る。


「んんっ? ははん、そういうことか。さては、エージャーは召喚主のキャラ属性の影響を受けちゃうってわけか。ペットが飼い主に似るように」


「な、何で分かるのよ……エージャーのこと、ろくに知らなかったくせに」


 口をとがらせてジェードを見る。鎌をかけたつもりが、どうやら急所にクリティカルヒットしてしまったらしい。


「えへへー。チャムとファルナたんは仲よしなのだー」体をよじり、頭に手を乗せながら言う。


「でもさ、これって……どちらかと言えば、ミュウのエージャーみたいだよな。ほら、あの子の方が天然ぽいし」


「そ……それは言わないで……ミュウちゃんのエージャーは意外としっかり者だったの。雇い兵みたいなハードで渋いキャラだった」


 余計に落ち込ませてしまったようだ。って、ミュウのエージャーはどんなのだろう。にわかに興味が湧いてきた。それはそうと、俺のはどんなのが召喚できるんだ。


 メダルはナイフシースと反対側にあるポケットに、無造作に入れてあった。取り出してまじまじと見つめてみると、やはりその古さが浮き彫りになる。面積のほとんどがさびていて、年代ものの古びたメダルにしか見えない。こんなんで大丈夫なのだろうか。ジェードがメダルに気を取られたそのとき、鬼グモが水網の中で、その身を立ち上げた。


「おい、あいつ! まだ生きてるぞ!」


 ジェードの驚きに呼応するかのように、鬼グモは直立不動の姿勢を解き、地面に腹をゆっくりと向けた。フレイムパターンが描かれた蛇腹が真っ二つに割れ、その中から似たような姿の子グモが百匹ほど飛び出してきた。水網の目より、それぞれがはるかに小さい。


 地面に黒のじゅうたんが敷かれた瞬間、ファルナの叫び声が森を切り裂いた。


「イヤアアァァァ!」


 確かにこれは俺でも無理だ。うごめく虫の大群に、全身の毛が逆立っちまう。すると、


「もう、駄目ですよ。クモさんたち!」


 そう言うとチャムは、背中から生えている四枚の羽を大きくはためかせた。


「行きます! トゥララ=アイスリオン(氷結の円舞)!」


 背中の羽から音階が流れ、リズミカルな妖精の演舞が始まった。空気中に瞬く間に結晶が集結し始める――寒い。産毛まで凍りつかせる冷気が放たれた。


 白い綿……いや、これは雪だ! 雪の塊が空気中に出現し、宙にたゆたっている。まるでそれぞれの雪が、意志を持っているかのように。そして、地面から今にも飛びかかろうと進撃する、子グモ目がけて降り積もっていく。


「雪の魔法……そんなのあるんだ。初めて見た! まだ私の知らない魔法が、いっぱいあるみたいね」


 見とれたようにファルナが言う。彼女がポカンとするのも無理がない。日光を乱反射した雪の結晶は、幻想的で美しい景観を映し出しているのだ。子グモと宙づりの鬼グモ本体を凍結させ、雪の造形物と化す。やがて、自然の成り行きに任せるかのように結晶は氷解し、細粒となって吹き飛ばされていった。


「つ、強い――」ジェードは思わず口に出ていた。


 チャムはファルナの右上でふわふわ浮いたまま、手を後ろに組み上機嫌で言った。


「はい! 風と水の応用です! チャムの得意技ですわ、お父チャム!」


 な、なるほどね。とりあえずこの子は怒らせないようにしよう。自分のことを名前で呼ぶかわいい妖精なんだし。氷漬けにされたら、たまんないからな、はは。


「ところで、チャム。俺もエージャーメダルなるものを持ってるんだが、どうすれば君のように召喚できるんだい?」


 お父さんと呼ばれたせいなのか、それとも小さな子供(の姿をした大人の可能性もあるが……)に対する口調が定まらないからか、変な物言いになってしまった。


「えっと、上に放り投げて……パシッとつかむのが、きっかけになっチャムます。使役者の感情がそこから勢いよく伝わり、エージャーはその呼び出しに応じチャムます」


 ほうほう、そんな簡単なことでいいのか。ものは試し、どんなエージャーが召喚されるのか見ておかないと。ピンチに陥ったときに慌ててからじゃ遅いからな。


 メダルを右の親指で空中に放り出す。この動作はエアリリースと呼ぶらしい。そして、空中でキャッチするエアキャッチ。この一連の動作、簡単カンタン。……メダルはファサッと地面に落ちた。


「まあ、ここは広いしメダルをなくす心配もないから、ね。ちゃんと地面のところでやればいいんだ」気を取り直してもう一度――ファサッ。


 せき払いをし、ファルナの白い目とチャムの隠そうとしない笑い(羽がものすごい早さで振動する)を受け止めながら、何度も挑戦する。


 五回目のエアリリースで、ようやくキャッチに成功した。まあ、こんなもんだろう。あれ、何も出ないね……はは。やり直し。ファルナの教えでは、詠唱の掛け声は適当でいいとのことだった。彼女も、それらしい雰囲気の言葉を言っているだけだそうだ。


 しかし何回やっても出る気配はない……ええっ!


「あれっ、そんなはず……ないんですけどぅ。そのメダルからはエージャーさんの香りと言うか、ちょっとした気配がしますので……あっ! お父様、もしかして!」


「何だい、チャム? 何か心当たりがあるのかい」


 チャムとジェードのやり取りに、ファルナも身を乗り出した。


「ぶきっちょさんのタイプですか?」チャムが満面の笑顔で言う。


 やや半透明な全身は、午後の陽光を浴びて更に透き通って見えた。ファルナは笑いを押し殺す――決して笑っていないが、目と鼻の膨らみがやけに大きい。


「まあ、器用な方じゃないよな」ジェードは落胆しながら、声を振り絞る。何だよ、こういうのにも器用さとかが必要なのかよ。


「大丈夫よ、ジェード。きっとピンチになったらうまくいくから、気落ちしないで。でも私の言った通りに選んでいれば、こんなことには……もう」


 確かに、彼女が勧めた兄貴とおそろいのメダルにしておけば、こんな初期不良とも思える、怪しい不具合は避けられたかもしれない。そう思うと、余計に気落ちするのだが。


 憎まれ口をたたくファルナをふと見ると、もう笑ってる様子はなく、つらそうに口を引き結んでいた。そして左足を少し浮かしてバランスを何度も取り直している。


「そっか……どれ、見せてみろ、その足。やっちゃったんだろう」


 ファルナを切り株に座らせ、そっとウィングブーツの編み込みをほどく。ブーツの両サイドには、天使をモチーフにした白い羽飾りがつけられていた。すっかり脱がし終えると、そこにはふだんの倍に赤く腫れ上がったくるぶしが現れた。ファルナは舌を出して、自分の戦闘技術の甘さをわびる。


 もちろん、ジェードに思い当たるふしがある。鬼グモの最初のストンプ攻撃をかわす際に仕掛けた体当たりだ。あれのせいで足を大きくひねったのだ、決して彼女のせいではない。


 この腫れを見る限り、この先に進むのは無理に見えた。というより、ここから一歩も歩けないだろう――迷いはなかった。


「よし、俺の背中におぶされ」


「ええっ、駄目だよう。一応王子様なんだし」


 一応とは何だ、一応とは。


「いいから、早くしろ。これは王子としての命令だ。どうせ誰も見てないだろう」


 ファルナの送った視線の先には、チャムがいた。まあ、チャムの目が気になるとは、さすがに考えなかったようだ。


「わ、分かったわよ」


「何で、そんなに怒るんだ。なあ、チャム」


 つい、親が子供に仲介を頼むような口調になった。本当になぜむくれているのかが分からなかったのだ。するとチャムがジェードの耳元に飛び、羽音を聞かせた。


「えっと……チャム、分かるかも。きっとね、ファルナたんが……ごにょごにょ」


「えっ! 何っ! 体重がばれるのが嫌だって。そんなはずないだろ、なあファルナ? そんなこと気にする間柄じゃないだろうし。って、あれっ結構重い……こいつはしんどいか」


「イヤアアァァァ!」


 どこかで聞いたような絶叫が森中にこだました。そこから彼女をなだめるのに小一時間ほど要したが、最後は何とか折れてくれた。


「まずはここから一番近い、どこか休めるところへ向かおう。ここまで来ちまったから、クラウス城へ戻るよりもリザ宮殿が近いはずだ」


「リザって、あの砂漠の教国の……リザよね」


「そう、『砂上の楼閣』だったかな……通り名は。ここからざっと、二時間も歩けばつくだろう」


「私をおぶって二時間も歩くつもり、あっきれた」ファルナの口癖に、いつもの元気はなかった。


「大丈夫さ。俺が唯一使える魔法があったろう。あれが移動用魔法なのが不幸中の幸いさ」


「そっか、スピードスね!」


 魔法は体力と密接な関係がある。体力と同様に、魔力も無尽蔵にあるわけではない。大量の魔法を扱いたければ、まずは基礎体力作りから始める。エクスディアの魔法訓練所は、男女問わず、そうした体力作りの人たちで常にごった返している。


 ジェードは、自分に体力がないことをすっかり忘れていた。スピードスをもってしても、途中で休息を挟まなければならず、結局はきっかり二時間かかった。リザ宮殿の正門が見える頃には、ジェードの全身は筋肉疲労を起こしていて、どっちがけが人なのか一目で分からないほどだった。

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