6. 広園柾仁
審判は公平でなければならない。大樹と知り合いの泰太はもとより、広園の師匠である凛も今回の試合の審判は辞退した。そのため、凛は誰か審判をやってくれそうな人を探していたのだが——
「ああ、遠藤、審判やってくれないかな? 」
——ちょうどその時、彼の前をたまたま通りかかった青年。彼に白羽の矢が立った。
「……俺、ですか」
「うん。頼むよ」
しかしその青年は、先ほど泰太の事を貶していた短髪の青年であった。
忌々しい、とでも言うように顔をしかめる彼。しかし、流石にこの学院一の実力を持つ凛に恨み言を言えるはずもなく、不機嫌な表情のまま了承した。
既に所定の位置について、向かい合っている広園と大樹。歩いてきた審判を見て、広園は思わず顰めっ面をする。青年は広園を見てバツの悪そうな表情をしたが、切り替えるように首を振ると、表情を引き締めて口上した。
「これより、中等部4年D組戦闘科所属、広園柾仁、同じく1年A組戦闘科所属、西条大樹による戦闘試合を取り行います。なお、この試合については上級連合総長権限により、既に照会済みです」
お決まりの文句。広園は目をつぶってそれを聞き、大樹は特に気負うような素振りも見せずそれを聞く。
「試合方式は、“デッド・オブ・ネクスト・ターン制”です。審判は高等部3年C組戦闘科、遠藤 俊が務めさせて頂きます」
青年は軽く一礼する。
「両者用意——」
その言葉と共に戦闘態勢へと入る広園と大樹。広園はホルダーから杖を取り出して構え、大樹は腰に提げている短剣の柄を握る。
「——戦闘試合、始め! 」
強い音声。訓練場に走る緊張感。
試合の銅鑼は鳴らされた。
★★
上級連合総長、林 凛はギャラリーから試合の様子を見守っていた。
広園の装備は先日、泰太と試合した時と同じく杖と腕時計。対する大樹は短剣のようなものを左手に持っている。しかし短剣の形状はしていても、それには肝心の“刃”がついていなかった。
腰に右拳を当てる独特な姿勢で、左手に持った刃のない短剣を小気味よく動かし、技を繰り出す新入生。そんな彼の様子をギャラリーから見下ろしながら、凛は「ほぉ……」と感嘆の声を上げていた。
「中々やるなぁ、ショート・サーベル使い」
ギャラリーにある柵に肘をついた凛は、隣にいる泰太に声をかけた。泰太はどこか緊張した面持ちで試合を眺めている。
「勝率はどれくらいだと思う? 」
凛の言葉に、泰太ははっと我に返ったように凛を見上げた。そして「そうですね……」と呟くと、再びフィールドに視線を戻す。
「五分五分って所でしょうか」
「へぇ……? 」
凛は意外そうに眉をあげた。
「もうちょいマサの方が上だって言うと思った」
「あはは。広園は勿論、文句無しに強いですけどね。——でも、大樹も十分強いですよ? どんでん返しもありえます」
泰太は、試合の結果が楽しみで仕方がない、とでもいうように無邪気に笑ってそう言った。彼の表情を見て、凛も微笑む。
「そういう林先輩はどう考えてますか? 勝率」
「んー? 」
泰太の問いに、凛は高らかに断言した。
「九割九分九厘、マサの勝利だ」
★★
試合が始まりしばらく経った頃、大樹の刃のない短剣は、突然青色の光で包まれた。深い鮮やかな群青色。広園はその剣をちらっと見る。
(ショート・サーベル使い。左手持ちということは、左利きかな? 右手を腰に当てたままという独特な姿勢での戦闘……ユートピア帝国伝統の戦闘方法か)
広園は小気味よく繰り出される剣技をかわしながら冷静に分析していた。短剣を包む青色の光は、側から見てとても鋭利に見える。今や刃のない短剣は、立派な“短剣”へと変化していた。
相手のテンポに流されないよう、ちょくちょく広園も簡単な攻撃魔法を挟む。しかし大樹はそれを難なく防いでいた。
(中々強い。口だけじゃないんだな。この年齢でこれだけ自身の戦闘の型を作れてる奴なんて、あんまりいないよね……っとと)
大きく踏み込んできた大樹の攻撃を交わし、広園は一度下がる。大樹は真剣そのものの表情で、下がる広園を追いかけてきた。
短剣と杖の交差。二人の場所は何度も入れ替わる。剣が纏った青い光と、広園の攻撃の白い光が何度も閃き、火花を散らす。
しばらく経って、単調だった戦闘に動きが出てきた。段々と大樹の攻撃のテンポが上がってきたのである。めまぐるしく変化していく剣技が広園に牙を剥く。
(……危ない! )
早い剣さばきに、広園は一瞬目を回した。体勢を立て直しながら、息もつけぬ試合は続く。
真っ向勝負のように真っ直ぐに狙う剣技、それだけではなく際どいフェイントもその中に混じらせ、相対している方の緊張を誘う。戦術としては常套手段で堅実的。だが、それを完全に自分の型として完璧にこなす。
(とてもじゃないけど、一年とは考えられない)
心の中で舌を巻く広園。大樹は淡々と攻撃を続ける。
(——でも)
広園は表情を引き締めると、下がるのを止めて大樹との間合いを一歩縮めた。そしてそのまま踏み込むと、相手に息もつかせぬほどに攻撃魔法を連続して繰り出した。レーザーのような光がいくつも大樹に向かって飛んでいく。
(——でも、師匠ほどじゃないっ! )
広園は大きく相手の間合いへと踏み込んだ、レーザーを避けながら後ろに下がっていた大樹の表情に、明瞭な焦りの色が浮かんだ。広園は、ここが押しどころだと感じた。
大きく杖を振る広園。そのまま相手の懐へと飛び込んでいくように広園は杖を振り抜き——
「仕方ありません。不本意ですが、ここで使わせてもらいます! 」
——振り抜きざま聞こえた大樹の言葉に、広園は怪訝そうな表情を浮かべた。しかしその表情は、次の瞬間、大樹が出した“一枚のカード”によって驚愕の色に染まる。
(……っ⁉︎ やばいっ……! )
大樹の右手の人差し指と中指で挟まれた、何の変哲もない一枚のカード。しかし広園は、そのカードに魔法を発動するための“陣”が描かれていることを一瞬で見抜いた。
(——今までの剣技自体が全部フェイントの一部だったってことか⁉︎ くそ、やられた! )
大樹が広園に向かって一直線にカードを投げるのと、広園が大樹に向けていた杖を戻して右手首についている腕時計に手をかざしたのは、ほぼ同時だった。
突如現れる水の塊。カードは水の塊へと突っ込んでいき、ふよふよと水中を漂った。が、大樹が右手で指を鳴らした瞬間、カードが閃く。そして強いエネルギーを伴ったカードは、水の塊を一気に破裂させた。
「——っ⁉︎ 」
突然水の塊が飛び散ったことに驚いたことで、広園に生まれた一拍の間。大樹はそれを見逃さなかった。
振り抜かれる短剣。はっと我に返った広園は、慌てて身をかわすが、何か冷たい感触が頰横を撫でていった。広園は杖を振り大樹に攻撃したが、大樹は淡々とその攻撃を避けるだけである。
(……あー、掠ったな……あと一拍よけるのが遅かったら、短剣を首元にあてられていた……)
首元に当てられた時点で試合は終了だ。頰から血が流れているのを感じながら広園は内心で苦笑する。
(やばいやばい。こんな僕のしょーもないミスで負けてしまったら、師匠どころか泰太にまで叱られちゃう)
広園は高まる緊張の中で密かに口元を緩ませた。
(さて生意気一年坊主君を、どう懲らしめてやろうか? )
★★
「ああ、危ない……! 」
隣にいる捺美が思わず声を上げる。瑠璃も一瞬ドキッとした。相手の短剣が広園の首元を狙ってきたのだ。広園は間一髪その攻撃を避けたが、あと少し遅かったら試合が終わっていたかもしれない。
少し動揺したか、と瑠璃は心で呟く。先ほどよりも、代表が繰り出す魔法がぎこちない、と。
魔法というのはかなり繊細だ。自身のイメージを“法力”——魔法を使うためのエネルギー——に伝えて魔法という形にする。その時の術者の精神状態は、否応無く影響してくるのだ。
「代表、ちょっと押されてるかしら……」
「これくらいなら大丈夫ですよ、マサやんは」
瑠璃の呟きに反応してきた声。瑠璃を見て捺美が自信たっぷりにニコっと笑う。
「だってマサやん、強いもん! 」
何の躊躇もしない捺美のその言葉。絶対的な信頼からくるその言葉に、瑠璃は微笑んだ。
「昔からマサやんはすっごく強いんです。あ、わたしたち、ダウンタウンの下町出身なんですけど、マサやん、ここら辺の戦闘試合の大会は、ぜーんぶ制覇してましたから」
捺美の話に、知っている、と瑠璃は心の中で返す。広園 柾仁は有名だった。幼少の頃、あれだけ多くの戦闘試合の大会を荒らし回ったんだから、と。
(そう、私もこの学院に入学して広園 柾仁がいると知った時はかなり舞い上がったわね。彼の魔法を間近で見てみたいって)
その機会は割と早くにやってきた。最初の戦闘魔法の実習の時間、簡単な魔法だったが、瑠璃は彼の魔法を見ることが出来た。
大雑把で大胆。だが意志のある、強く迫力のある魔法。
沢山の人が評していた通りの、素晴らしい魔法だった。瑠璃はとても感激した。
しかし。
「——だけど、代表は魔法の使い方に問題があったのよね」
瑠璃の言葉に、捺美は驚いて目を丸くした。
「知ってるんですか? 」
「ええ、もちろん。彼、有名人でしょ? ……スランプに陥ったら、誰でも気づくわ」
——彼の魔法は大雑把で大胆。だが意志のある、強く迫力のある魔法。それが仇となった。
広園はその見た目からは考えられないほどの、パワーファイターだった。そのため力づくで魔法を出すことが多く、知らず知らずの内に身体に相当な負担がかかっていたらしい。
学院の最初の検診で、彼は言われた。このまま同じように魔法を使い続ければ、20代半ばで魔法は使えなくなる。しかも、後々後遺症も出るかもしれない、と。
その宣告が彼に与えた絶望はかなりのものだっただろう。
「確か、それで総長から教えを受ける事になったのよね」
大魔法使いと呼ばれる風間 豊音の教えを授かった林 凛の魔法は、精巧かつ緻密。法力を完全にコントロールし、最小のエネルギーで最大の効果を発揮させる、それを己のスタイルとしていた。広園とは正反対だ。
そう、彼の指導を受けるということは、広園が今まで信じてきた自身の魔法を、真っ向から否定する事になるのである。
広園の魔法訓練は、かなり難航した。我の強い広園の事だから、素直に凛の言うことを聞くことは出来なかったのかもしれない。ましてや凛の教えは、広園の魔法の全否定なのだ。
「……そして代表は、前みたいに魔法を自由に使えなくなってしまった」
「きっとマサやん、どうしていいかわからなくなっちゃったんだと思います」
「そうだと思うわ」
だけど、と瑠璃は言う。彼は諦めなかった、と。
「3年の頃からかしら。代表は少しずつ実技の成績を上げてきたわね」
「そうですね。ちょうど、——シャクシャイン先輩が調子悪くなった時に」
捺美はそう言って笑った。瑠璃もそれを聞いて笑う。
「シャクシャイン君が調子崩したからなのよ。代表は彼と付き合って、毎日何戦も戦闘試合してたから。しかもシャクシャイン君の魔法も、風間先生譲りだからねえ。お手本をずっと間近で見ていられた」
「へぇ、そんな裏話が」
捺美は目を丸くして驚く。瑠璃はふふっと笑った。
「そして代表の努力はついに実を結んだ」
瑠璃はフィールドにいる広園へと視線を向ける。
1月に行われた魔法戦闘士検定で、上級連合所属の条件である3級を取得。そして昨年度最後の実技試験で、広園は学年3位の点を叩き出した。
成績表が返ってきたとき、広園が密かに嬉し涙を流した事は、クラスメート全員が知っている。もちろん、瑠璃も。長かった彼の一つの戦いが終わった瞬間だった。
「——そうです。マサやんは凄いんです! 」
嬉しそうな声音。捺美は自分が褒められたかのように胸を張った。
「マサやんは、新入生なんかに絶対負けない。負けるはずないんです! 」
★★
広園の額から汗が流れ落ちた。戦闘は大方最初の状況に戻ってるようだった。
青い光を纏った短剣を振り続ける大樹と、それを避けながら大樹に攻撃する広園。しかし大樹は隙あらばカードを投げ、広園にプレッシャーをかけ続けていた。
嫌な戦い方だった。しかし、無論、広園も黙っているだけではない。一見、先ほどの大樹の不意打ちの攻撃から、広園か不利な戦いに見えているのだが、実は、広園も大樹を“罠”へと嵌めるために、着々と準備を進めていたのだ。
それは、使いすぎて泰太にはもう使えなくなった、広園の十八番魔法であった。