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ユートピア魔法学院のとある生徒たち  作者: 青山 柊
Chapter1 『体育祭』
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5. 上級連合生

 

 上級連合制。

 それは、ユートピア魔法学院の伝統的な制度。高等部1年に上がるまでに、魔法戦闘士検定三級以上を取得した生徒だけで構成される、戦闘科生のための特別課外学習である。通常の授業では習わないような専門的な呪文の実習や、本格的な戦闘訓練が行われる。


「——今期上級連合総長を務めます、高等部4年の林 凛です。新入生の皆さん、今日は説明会に来てくれてありがとう」


 将来軍人を目指す者ならば、誰もが入っておきたい組織。同日放課後、新入生のために開かれた上級連合説明会では、沢山の新入生たちがこぞってここ、第一訓練場に押しかけていた。


「先ほど説明して貰ったように、上級連合は魔法戦闘士検定三級を取得していれば入る事が出来ます。しかし、実際、入って一ヶ月もしないうちに多くの生徒がここを抜けていきます。それは何故か——」


 マイクを持って話す青年、凛。フィールド内から観客席(ギャラリー)の一画に集められた新入生を見上げ、凛は淡々と告げた。


「ハッキリと言いますが、ここの訓練はかなりハードです。やめていく、又は()()()()()()()生徒の多くが、訓練についていけなくなった事を理由の一つにしています」


 新入生が息を飲む。口調は淡々としていても、迫力あるその言葉に、彼らは気圧されたような様子で凛を見ていた。凛は彼らを見回して話を続ける。


「くれぐれも生半可な気持ちでここの門を叩かぬように。強い意思を持った者の参加を上級連合生一同、お待ちしております」


 凛はそう言うとマイクの電源を切って一礼。新入生からは拍手が送られた。


「総長、お疲れ様です」


 第一訓練場に広がる雑多なざわめき。説明会が終わり、新入生達がゾロゾロと出口に向かう中、凛の元に向かった泰太はそう告げた。凛は泰太を見ると、さっきの悠然とした表情とは打って変わり、含んだような笑みを口元に浮かべて泰太の胸元を指差す。


「お、()()()()()。それ、似合ってるよ」


 ニヤニヤと笑う凛。泰太は自分の胸元に視線をやって苦笑いした。

 小さな四角の黒い布地に、白の糸で『上聯(じょうれん)』と刺繍された徽章(きしょう)。簡素でも、誰もが憧れる上級連合所属の証。

 泰太は顔を上げて口を開いた。


「——やっと、()()()()()()()()。これから一年間、よろしくお願いします」

「こちらこそ。泰太君みたいな強敵(ライバル)がいると、俺も気が引き締まるよ」

「……何を言ってるんですか」


 泰太は半目で凛を見上げる。凛は泰太の問いには答えず、片眉を上げて意味ありげに微笑むと、くるりと踵を返して泰太の元から去っていった。


「全く、あの人は……」


 凛の後ろ姿を見ながら泰太は苦笑する。


 林 凛。彼は昨年度、泰太と同じく魔法戦闘士検定準二級を取得した筋金入りの実力者である。軽やかな剣技が持ち味で、来年度からはダウンタウン支部のオルコット大佐の補佐官になる事が決まっていた。


 この学院で一番の実力を示す上級連合“総長”の称号も、職員会議で満場一致で決定したと言われている。彼は上級連合教官のみならず、この学院の学長からも太鼓判を押されているほどの実力者であった。


「あ、泰太、聞いたかい? 今日の訓練メニュー」

「ん、いや。何? 」


 壁際で軽い柔軟体操をしていた泰太の元にやってきたのは、同じく上級連合の徽章をつけた広園であった。首を振った泰太に、広園は肩をすくめて告げる。


「エンドレスランだって」

「……うっわぁマジで……? 」


 途端、声のトーンを落として思いっきり顰めっ面をする泰太。


「新規生初日の訓練って必ずデッドランなんだよなぁ……」

「デッドラン? かなりタフな君でも嫌なんだ」

「あぁ、エンドレスランの別称。だってあの鬼ババーが直々に考えたメニューだぞ。殺そうとしか思ってねえよ」


 盛大に身震いする泰太。広園はそんな泰太を見て、表情を固くしていた。


「————! 」


 と、突然甲高い声が上がった。泰太と広園は何事かと、声が上がった方へ視線を向ける。辺りは落ち着かないざわめきで包まれ、上級連合生達は訝しげな表情で辺りをうかがっていた。


 入り口付近に出来ている人だかり。声はその中から聞こえてくるようだ。誰かと何かを言い争っているみたいで、声は高く低く次々と入れ替わっていく。


「————! だから自分は——」


 キンキンと響くボーイソプラノ。周りの上級連合生達は、皆一様に不快そうに顔を歪めて入り口を見る。泰太と広園は顔を見合わせると、野次馬をしに入口へと足を踏み出そうとしたが——


「シャクシャイン」


 ——泰太の名前を呼ぶ声に2人は立ち止まった。


「ちょっといいか」


 入り口付近の人だかりから出てきた一人の上級連合生が、泰太と広園の元へとやってくる。眉間にシワを寄せた彼は、泰太に近寄るといかにも不機嫌そうな口調で告げた。


「お前の知り合いだっていう新入生が、お前と戦闘試合をやらせてくれって騒いでんだけど、心当たりは? 」


 泰太はそれを聞き、目をパチクリとさせて首をかしげた。


「戦闘試合? オレと? 」

「確か名は、西條(さいじょう) 大樹(ひろき)


 その名を聞いた瞬間、泰太は驚きに目を見開いた。


「大樹⁉︎ 」

「知り合いかい? 」


 ひっくり返った声を上げた泰太の隣で、そう問う広園。


「あ? ああ、まあ」

「知り合いなのか? だったら何とかしてくれないか。もう訓練が始まるんだぞ」


 さも迷惑そうに目を細めて泰太を見据え、その上級連合生は言う。彼のキツイ口調に広園は眉をひそめた。泰太は特に表情は変えずに、丁寧な物腰で謝罪をすると、彼の横を通り抜け入り口へと向かおうとした。


「あぁ、それから——」


 が、そのすれ違いざま、青年が低い声で泰太に囁く。


「戻ってこれたからって調子に乗るなよ依怙贔屓(えこひいき)


 底冷えするような声音に、泰太の表情は一瞬引きつった。しかし、泰太は足を止めることなく淡々と彼の元から離れる。


「何、あいつ。腹立つ」


 顔を赤くして、そう気色ばんで言う広園。彼は泰太よりも苛立ちを滲ませて口を尖らせている。泰太はそんな広園を見て苦笑した。


「何で笑うんだよ」

「いやお前、何でオレより怒ってるんだよ」


 広園の問いに自身の問いで返す泰太。その指摘に広園はぐっと言葉に詰まる。そして一層不機嫌そうな様子でそっぽを向いた。


「あーあー、オレが悪うございました。別に馬鹿にしたとかじゃねえっての」

「してるじゃないか」

「してねえよ。——サンキューな」


 一言。その泰太の一言で広園の怒りはいくらか和らいだようだった。不自然に口角を上げた広園は、尊大な態度で「ふん」と鼻から息を出している。


「すいません、ちょっと良いですか? 」


 泰太と広園は人混みをかきわけて入り口へと向かう。そこにいたのは背の低い少年と、背の高い青年——林 凛だった。少年は今にも凛に噛み付くかの勢いで、何事かとまくしたてていて、凛は困ったような表情で彼をなだめていた。


「大樹。久しぶりだな」


 泰太は少年の所に歩いていくと、彼の肩に手をかけた。振り返って泰太を見上げた新入生は、驚きと嬉しさが入り混じったような表情で口端を上げる。


「わ……! ……泰太先輩! ああ、やっと会えました! 」


 響く甲高いボーイソプラノ。まだ幼さが残る顔を紅潮させ、彼は嬉しそうに泰太を見上げていた。対して泰太は顔をしかめて、低い声で告げる。


「大樹、お前なぁ。周りに迷惑かかってるって思わなかったのか? 」


 雲行きの怪しい話に、少年の顔は徐々に下へ向いていく。彼は「それは……その……」と口をもごもごとさせた。


「……だって泰太先輩、昨日、自分と会ってくれるって言ってたのに、会ってくれなかったじゃないですか」

「それは昨日美紀を通して謝っただろ? 急に用事が入ったから会えなくなったって」

「泰太先輩は、自分がこの学院に入学したら、一戦しようって約束してくれました。だから自分は泰太先輩に会えるのを楽しみにしてたのに! 」

「だからって、もう少しTPOを考えても良いだろ。それは今すぐじゃないとダメなことか? 」

「ダメです!! 」


 即答する少年。思ってもいない反応に、泰太は少し怯んだように後ずさった。


「自分はもう何年も待ってたんです! 」

「お前なぁ……」


 泰太は困ったように頭をかく。


「——じゃあこうしよう! 」


 成り行きを見守っていた凛が横から出てきて大樹に言った。


「君、大樹君だったかな? 大樹君はどうしても今泰太君と戦闘試合をしたいと言う。だったらまあ、やらせてあげなくもない」

「え! 本当ですか!! 」

「ただし、条件が一つある」


 凛は長い人差し指を大樹に向けた。大樹の表情は、嬉々としたものから疑わしげなものに変わる。凛は広園の両肩に手を置くと、ニコニコしながら告げた。


「この先輩と戦って勝ったら、君は泰太君と試合が出来る。どうかな? 」

「は? 」


 恐らくそのセリフに一番驚いたのは、他でもない広園だっただろう。


「師匠何言って……」

「却下です! そんな条件飲めません! 大体何でそんなことしなければならないんですか! 」


 広園の言葉を遮って、キンキンと耳に痛いボーイソプラノで吠える少年。凛はそれを聞いて人の悪い笑みを浮かべた。


「そうか、そりゃ仕方ない。じゃあ、俺は君と泰太君の戦闘試合を金輪際認めない」


 訝しげに凛を見る少年。凛は続けた。


「この学院のルールでね。上級連合生が絡む戦闘試合は、総長の照会がないと行えない事になってるんだ。そして、今期の上級連合総長は俺だ。——さて、どうする新入生君? 」


 凛の含んだ笑みに、少年はため息を吐いた。首を、いかにも不本意だと言うように振りながら「それなら仕方ありませんね」と吐息混じりに言う。


「条件を飲みます。早く始めましょう。時間が勿体無いです」


 フィールドに入っていく少年。凛の隣にいた広園が苦い顔で凛を見上げた。


「あんな生意気坊主と試合だなんて、僕イヤですよ」

「何事も経験経験。それに、泰太君が試合やっちゃうと悪目立ちしちゃうからね」


 凛は訳知り顏でそう言うと、泰太にウインク。目を細めていたずらっぽく笑う凛に、泰太は苦笑しながら小さく頭を下げている。


「ああ、そうそう」


 何を思い出したのか。凛は振り返って広園に囁いた。


「マサ、負けるなんてことは、許さないからね? 」


 ニッコリとその端正な顔を歪ませて笑う凛。彼の目から発せられる冷血な圧力(プレッシャー)に、広園は口端を引きつらせながら「……了解です」と言わざるをえなかった。


「怖ぇぇ……」

「……他人事だと思いやがって。君のせいだからな」


 凛の後ろ姿を目で追って身震いしながらそう言う泰太。広園はすっかり毒気の抜かれた顔で、しかし、しっかりと元凶には悪態を吐いていた。




 ★★




 花山 瑠璃は、新入生への上級連合説明会には参加していなかった。彼女が第一訓練場に着いた時、辺りには冷たい緊張感が漂っており、瑠璃は何事かと首を傾げて周りを見回した。そして手近にいた上級連合生に何があったのか聞く。


「何かあったの? 」

「あ、花山先輩! これからマサやんと新入生が戦闘試合するんですよ! 」

「マサやん……? 」


 聞きなれない名前に、瑠璃は眉をひそめる。はて、そんな名の上級連合生がいただろうか。新規生だろうか。

 ——と、少し考えてから、彼女は「ああ」と納得した。


「マサやんって、広園 柾仁のことね? 」

「そうですよ」


 少女は首を傾げて頷く。何を当たり前の事を——といった表情だ。瑠璃は苦笑した。


 自分の目の前にいるこの少女は、広園好きで有名な少女である。マサやん、とは彼女が命名した彼のための大切なあだなであった。恐らくこの少女の溺愛っぷりが、彼の浮ついた話が一つもない原因になっているのだろうが——とそこまで考え、瑠璃は心の中で広園に合掌した。


「新入生と戦闘試合って、どうして? 」

「本当はシャクシャイン先輩とやりたい、って新入生は言ってたんですけど、なんか総長が新入生と話しをして、何故かマサやんとやる事になりました」

「へぇ……」


 瑠璃はフィールド内で、上級連合生の一人と何かを話している総長に目を向けた。今期の総長、林 凛は、確か広園の実技の師匠も任されていたはずだ。広園とその新入生をぶつけて、私たちに広園の実力を見せつけるつもりなのだろうか。彼は前々から、あの爽やかな笑顔の下に何枚もの化けの皮を被っているので、真意は読み取れない。


 それにしても、こんな訓練前に戦闘試合をやりたいと言い出すとは……かなりのわがままなのか。しかも怯むことなく上級連合生にケンカを売りに来る所も、余程図太いと見た。


「相手は誰なの? 」

「えっとー、多分……」


 目の前の少女は顎に指を当て、フィールド内にいる新入生に視線を飛ばした。試合はそろそろ始まりそうである。少女は口を開けた。


「今年の新入生総代の、西條 大樹、って人だと思います」


 新入生総代。入試でトップの成績を取った者が務める名代である。西條 大樹、彼は紛れもなく今年度の新入生総代であった。

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