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ユートピア魔法学院のとある生徒たち  作者: 青山 柊
Chapter1 『体育祭』
6/19

4. 中等部4年D組

 

「……(いった)いなぁ……もうちょい手加減しろよぉ。僕の頭に風穴開ける気かい? 」

「お前こそ、オレ首に風穴開ける気かよ」


 後頭部をさすり、首をこきこきと回しながら、そう泰太に愚痴る広園。泰太は片方の肩にスクール鞄を後ろ乗せし、呆れた表情で言葉を返していた。


 寮と学院を繋ぐ、赤と茶のレンガを組み合わせた道。等間隔で黒いレトロな街灯が立ち並び、所々に木製のベンチが置かれている。登校時間であるためか、その道は現在、多くの学生で溢れ返っていた。


Icicle(アイシクル)は君がどうせ避けることを想定して使ってるじゃないか」

「避けきれなかったらどうすんだよ」

「そこは()()がなんとかしてくれるでしょ」


 白と、落ち着いた青を基調とし、ピーコートをモデルとした制服。学院指定の革靴(ローファー)を履き、胸には学年を表すバッジをつけ、生徒たちは皆一様に目的地を目指す。泰太と広園、彼らは周りと比べ比較的ゆっくりと歩きながら、学院に向かっていた。


「結局、林先輩任せかい」

「そのために師匠に審判頼んでんだから少しは有効利用しないと」

「お前何様……」


 広園の顔ををジト目で眺めながら、ため息まじりに言う泰太。広園は素知らぬ表情で明後日の方を向いている。


 女子生徒の高い笑い声。久しぶりに会った友人とバカ話に花を咲かせている男子生徒たち。そんな生徒たちの間を白い精霊がくぐもった声を上げながら飛び回り、花壇から漂う春の匂いは彼らを温かく包み込んでいる。


「——あ! シャクシャインに()()! 」


 2人を呼び止める声。泰太と広園は同時に振り返った。


「お早うっす! 今朝は随分早かったっすね〜」


 ハキハキとした明るい声音。歩く生徒たちの間を通り抜け、泰太と広園の元へ駆けてきたのは、一人の少年であった。人懐っこい笑みを浮かべている彼に、泰太と広園は順に挨拶を返す。


「何処に行ってたんすか? 」

「広園とちょっと“第一”まで」

「ええっ⁉︎ まさか試合してたんすか⁉︎ 」

「ご名答」


 目を丸くして口をあんぐりと開ける彼。少年の間抜けな顔に、泰太と広園は顔を見合わせ苦笑する。


 御幸(みゆき) 明裕(あきひろ)。先日、部活動紹介で見事な演技を見せていた当本人である。中等部4年D組普通科所属。泰太と広園のクラスメートであり、寮の部屋メンバーの一人でもある。


 ユートピア魔法学院では2年ごとにクラス替えと寮部屋のメンバー替えが行われる。彼らは3年次からクラスと寮部屋が一緒になった。明裕が広園の事を“代表”と呼んだのは、広園が3年の時にクラス代表をやっていた名残である。


「よく朝っぱらから体動くっすね〜」


 感心した様子で泰太と広園を眺める明裕。泰太は「慣れ慣れ」と笑いながら返していた。


「朝、食べたんすか? 」

「テイクアウトしたんだ。戻って食べる時間ないかと思ってね。……だけど」


 広園はそう言うと項垂れた。


「……サンドイッチは腹持ち悪い事を身を以て実感したよ……」

「それな。オレも思った」


 広園の言葉に賛同する泰太。明裕があはは、と笑いながら「ドンマイっす」と返している。


「次は時間なくてもちゃんと食堂でご飯食べる事にする」

「あーー! 腹減ったぁーー! 」


 突然の泰太の叫び声。周りにいた生徒たちが驚いたように振り向く。広園はそろりそろりと泰太から離れていきながら、自分は無関係なふりを装っていた。


「僕はこんな奴との関係はありません」

「代表、それは無理があるっすよ。シャクシャインと代表の仲の良さは学院中に知れ渡ってるっすよ? 」

「嘘だあ! 何で⁉︎ 僕が泰太と仲がいい? 犬猿の仲の間違いじゃないかな」

「同感」


 広園の言葉に頷く泰太。明裕が「またまた〜」と笑っている。呑気な明裕に、泰太と広園はずいっと身を乗り出してジト目で訴えた。


「「()()()()()()()()()()(オレ)()()()()()()()()()()()()()()()」」

「……そういう所が仲良いって言われるんすけどね。——ん? 」


 男二人に迫られた明裕は、苦笑いしながら「まあまあ」と2人を宥めていたが、ふと何かに気が付いたように背後を振り返った。


(ゆう)じゃないっすか。あれ? 今日は早く行くって言ってなかったっすか? 」


 見ると1人の細身の少年が明裕の背中をつっついていた。長い前髪が彼の目を隠しているため、表情はよくわからない。


「………………」


 彼は明裕の問いに答える代わりに、手を規則的に動かし始めた。その手の動きを見ていた明裕がみるみるうちに青ざめていく。


「あーーっ! 忘れてたっす! 優、ありがとうっす! シャクシャインに代表、俺、用事思い出したんで先に行くっすね! 」


 あわあわと慌てた様子で駆け出す明裕。慌ただしい様子で走り去る彼を、困ったような笑みを浮かべて見ていた少年が、呆気に取られている泰太と広園に視線を向けた。


「…………」


 彼は2人に優しい柔和な笑みを見せると、明裕を追いかけて走り出した。泰太と広園は彼らを歩きながら見送る。


 (ゆう)・フリーデマン。中等部4年D組普通科所属。泰太達の寮部屋の最後のメンバーである。国境近くの町が故郷である彼は小さい頃、戦いに巻き込まれ首に大きな傷を負った。その影響で彼の声は失われており、以来彼は筆談や手話で話をしている。


「明裕は初日から抜けてんなぁ」

「優は初日から明裕の尻拭いだね」


 泰太と広園はそう言うと、耐えられなくなって同時に吹き出す。


 白い精霊が2匹、フワフワと飛んできた。泰太と広園の頭にそれぞれ乗っかると、白い柔らかな体毛を鮮やかな黄色へと変化させる。精霊は小さな牙を覗かせてニコニコと笑いながら、右へ左へ楽しそうに体を揺らしていた。


 学院の校舎から鐘が鳴り響く。朝のホームルーム15分前を知らせる鐘だ。




 ★★





「——まずは全員無事に進級、おめでとう! 」


 中等部校舎4階、南棟の一室。朝のホームルームの開始を告げる鐘と共に教室に入ってきた男性教師が、教卓に手をついてそう告げた。


 4年D組担任、鈴木(すずき) 晴敏(はるとし)。担当教科は、戦闘科呪文学。よく鍛え上げられた身体が自慢の、俗に言う“熱血先生”である。おおらかな性格で、生徒に人気のある教師であった。


「若干一名、進級に不安な奴がいたがな。だが、最後まで諦めずによく頑張ってくれた」


 一番後ろの席に座る一人の男子生徒に、軽く目配せする男性教師。途端、クラスからはクスクスと密やかな笑い声が上がる。目配せされた張本人、泰太はぺろっと舌を出して苦笑いした。


「いいか? この中等部4年というのは重要な一年だ。普通科と戦闘科が混ざるクラスはこれで最後だからな。知っていると思うが、高等部からは普通科と戦闘科はクラスも離れる。だからこそ、この一年は特に大切に過ごしてほしい」


 生徒たちから「ああ、そっかあ……」「そうだった」というような呟きが聞こえてくる。多くの生徒の残念そうな声音に、担任は優しい笑みを湛えてクラスを見回した。


 ユートピア魔法学院は、様々な視点から魔法を学ぶという一環で、中等部では普通科と戦闘科が入り混じったクラスが編成される。多彩な角度から魔法を眺める思考力を養う事が目的だ。


 しかしユートピア魔法学院は、元々戦闘魔法重視の学院。この斬新な方針を語る上で避けられないのが、“戦闘科から普通科への差別”であった。長年、多くの教師を悩ませてきた問題である。


 ただこの4年D組は珍しく、数少ない“クラス仲の良い組”の一つであった。


「それから、学校行事も頑張ってほしい。特に! うちのクラスは去年の体育祭の成績が芳しくなかったからなあ……今年こそ、優勝目指すんだよな? 頑張れよ」


 クラスからは苦笑が上がった。担任も笑いながら話している。


「ということで、大事な一年間、このクラスを引っ張っていく代表を決めたいと思う。誰かやってくれる人はいるか? 」


 生徒たちの間で囁きの声が飛び交った。声を潜めてヒソヒソと言葉が交わされる。


「先生」


 1人の少女の声。男性教師が少女に目を向ける。


「花山か。何だ? 」


 先生に促され、ガタっと椅子を鳴らして立ち上がった少女は、よく響く声で発言した。


「私は今年度のクラス代表に、広園柾仁君を推薦します」


 黒髪のセミロング。気の強そうな瞳。少女——花山(はなやま) 瑠璃(るり)の言葉に、教室中が沸いた。


「おおおおー」

「ご指名来ました代表! 」


 皆が広園の席の方へ視線を向け、期待に満ちた表情で彼を見る。当の本人は「えっ? 」と言ったまま固まっていたが。


「去年、しっかりやってくれたという事実が推薦の一番の理由ですが、特に、体育祭の時に最後まで責任持って仕事にあたっていた姿が印象的でした。今年も彼が代表なら、よくクラスがまとまると思います」


 彼女の言葉にクラスメート達は更に言葉を重ねる。


「というか、柾仁君が一番良いと思う」

「ヒュー、いよっ代表! 俺もお前に一票 」

「俺もクラス長が良いと思うっす! 」


 男女関係なく、クラスメートから熱烈な推薦攻めが始まった。広園は苦笑いしながら事の経過を見守っている。


「広園、推薦の声が上がっているが、どうだ? でもお前は今年から“上級連合”の方もあるからなあ……」


 担任の気遣いに、広園は少し考えるそぶりを見せた。


「……えっと、副に負担かけちゃうかもしれないですが、それでもいいなら僕やりますよ」


 しばらくして決断を下した広園の了承の意に、クラスメート達が満場一致の拍手を送る。担任は「じゃあ続きの係決めはお前に任せる」と言って広園にプリントを渡した。


「じゃあ委員と係決めていきます。去年と同じなので、説明はいらないよね? じゃあまず……」


 広園の慣れた進行により、委員会と係活動は次々に決まっていった。広園のサブとして決まった代表代理の女子生徒が、黒板に委員と名前を書いていく。黒板はあっという間に白い文字で埋まっていった。


「お前たち、やること早いなぁ。一時間目のロングホームルーム、まだ半分以上残ってるぞ」


 担任が感心したように黒板を眺めた。


「折角時間あるし、体育祭の各種目リーダーくらいは決めた方が良いんじゃない? 」


 ある女子生徒の提案。広園がその女子生徒の提案を拾った。


「いいね。早めに決めとくと後々ラクだから。——皆んな、種目は覚えてるかい? 」


 皆が頷く。広園は教卓に手をついた。


 ユートピア魔法学院で6月の初め、一学期期末テストの前に行われる体育祭。学院の二大イベントの一つであるこの行事は毎年の事ながらとても盛り上がる。例年、ダブルポストバスケットボール、フライシューティング、障害物レース、集団魔法戦闘試合の全4種目で競われ、どの競技でも白熱した勝負が繰り広げられた。


「去年の各種目リーダーは……」


 広園はひょいっとチョークを持つと、黒板に手早く名前を書いていった。



『各種目リーダー (去年)


 ○男子タブバス→優・フリーデマン

 ○女子 〃 →鶴岡(つるおか) (あい)


 ○男子フラシュー →進藤(しんどう) (すすむ)

 ○女子 〃 →レイナ・ヴィンセント


 ○男子アタックラン→

 ○女子 〃 →花山 瑠璃


○男子飛行リレー→

○女子 〃 → 』



「僕は去年と今年、別に同じ人がリーダーやっても良いと思ってるけど、皆んなはどう思ってる? 」


 クラスメート達から、同意の声が幾つか上がった。反対意見は特に出なかった。


「じゃあ、この6人は今年もよろしく頼みます。次は、——戦闘試合か」


 広園はチョークを置いてクラスを見回した。


 体育祭で特に盛り上がるのは、クラス全員参加で行われる“集団魔法戦闘試合”。これは優勝すると莫大なポイントが入るため、総合優勝を狙うどのクラスも熱が入る競技だった。


 この競技は中等部3・4年の各5クラス、計10クラスでトーナメント表を作り、試合を行う勝ち抜き戦だ。フィールド内で相手クラスと戦い、最終的に相手クラスの代表を倒せば勝ち、という至極簡単なルールだが、ひとクラス40人をどう動かし戦況を進めるか、各クラスで綿密な作戦を立てて戦闘を行わなければならない。


大将(クラスリーダー)は自動的に僕になるけど、軍師(オペレートリーダー)は——」


 広園は視線を後ろの席に座る少年に向けた。


「——ま、泰太だよね」


 指名された当本人、泰太はきょとんとした顔で広園を見る。


「は? 」

「去年僕が兼任してたやつ。作戦チームのリーダー。君が一番適任でしょ」

「何で? 」


 きょとんとしたままの泰太に、広園は人の悪い笑みを浮かべて告げた。


「だって、準二級取得者(プレ・セカンダー)様は、兵法を熟知していらっしゃると聞きましたので」


 人を食ったような笑みを浮かべたまま、勝ち誇った表情で泰太を見下ろす広園。一方の泰太は目を見開き、明らかに狼狽した様子で広園に食ってかかった。


「馬鹿! お前それ言うなって……」


 泰太の制止の声も時すでに遅し。泰太の言葉にかぶさるように、クラスメート達の驚愕の声が次々と発せられた。


「はあぁっ⁉︎ 準二級受かったのか⁉︎ 」

「シャクシャイン君、おめでとうー! 」

「お前何者⁉︎ 」

「というか準二級って、中等部で取れる人いるんだ」

「泰太君、凄っ」


 一気に騒ぎ始めるクラスメート達。


「お前さあ、ついこの間まで()()()()()だったくせに、何いきなりこの国の中核担うような人物になってるわけ? 」


 泰太の前の席に座っていた少年がくるりと振り返ってそう言った。皮肉っぽく笑いながら、それでも面白くて仕方ない、というような表情で彼は泰太の顔を覗き込んでいる。


「溝端てめえ、ケンカ売ってるだろぉ。最下位だったのはついこの間じゃなくてかなり前だ! 」

「かなり前? 9月頃ってかなり前に入るのかー? 」


 ニヒヒヒ、と楽しそうに笑いながら少年は言う。


「というわけで皆さん。泰太を軍師(オペレートリーダー)にしてしまえ、と思う方は拍手をお願いします」


 広園の声。生徒から口笛と共に満場一致の拍手が泰太に送られた。広園が「はい承認ー」とやる気のない声で言う。


 泰太はジト目で広園を睨んだ。


「ひーろーぞーのーお、お前後でぶっ飛ばしてやるから覚悟しておけよ」

「はっはっはー、朝のお返しですよーだ。ありがたく受け取れ」


 泰太と広園、一触即発の雰囲気になった所で、場にそぐわぬ間の抜けた鐘が鳴り響いた。一時間目終了を告げる鐘である。


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