1. フライダンス
「貴様は阿保か! 」
腹に響く強いアルト。切れ長の目に鋭い瞳。藍色の軍服に身を包み、細長い長剣を下げたその女性は、目の前にいる少年を一喝した。
「許可なく戦闘に加担するなど、言語道断! しかも貴様は中等部生で、上級連合の認証式も終えていない。立場を弁えないか! 」
強い叱咤に縮み上がった少年——泰太は90度に腰を曲げ、「申し訳ありませんでした! 」と謝罪する。
空襲があった翌日。『ユートピア帝国軍ダウンタウン支部』から呼び出された泰太・シャクシャインは、支部を取りまとめるオルコット・クライスラー大佐から、叱責を受けていた。
「しかし——」
泰太から視線を外し、窓からダウンタウンを眺めながら、オルコット大佐は続ける。
「——高等部上級連合生もいない、私もいない。強力な攻撃魔法が街に落とされた場合に、対処出来る兵は我が軍にいない。貴様が助けなければ、この街は失くなってた」
幾分か緩まった声音を聞いて、恐る恐る顔を上げる泰太。怒った顔をは相変わらずだったが、口端を少しだけ上げた大佐は、窓から泰太に視線を戻し、目礼した。
「取り敢えず、礼を言おう。昨日は、我が軍に手を貸してくれて感謝する」
淡々とそう告げたその女性の言葉に、泰太は少し表情を緩めて「いえ、とんでもないです」と言った。
「だからと言って、今後、このような事は許さん。わかったな? 」
「はい」
「よろしい」
泰太がほっと小さく息をつく。大佐は再び、窓から外を眺めた。
「……ところで貴様、準2級、受かったそうだな」
小さく呟くその女性。ふいをつかれた泰太は、顔を上げて大佐を見る。彼女は泰太に視線は向けず、表情も変えずに窓から外を眺めていた。
「ええ、合格通知が先日届きました」
「素直に称賛しよう。恐らく中等部3年で魔法戦闘士検定準二級を取ったのは貴様が初めてだ」
「……ありがとうございます」
泰太がそう感謝を告げると、大佐は振り返って泰太に言った。
「高等部生はおろか、あれは大人の軍人でも取るのにはかなりの努力を要する。準2級以上、最前線に出る者の最低ラインだが、よく取ったな。相当苦労しただろう」
「……実際、思った以上に大変でした」
泰太は苦笑してそう言った。普段あまり褒めたりすることがない相手なだけに、泰太の表情は心底嬉しそうであった。頬を指で軽くかいているのは言うまでもなく照れ隠しである。
そんな泰太の様子を見て、何を思ったのか大佐はまるで絞り出したかのような声で泰太に告げた。
「ただ——少々急ぎすぎてはいないか? 」
大佐のその言葉に、泰太の表情は固まった。しん……とした室内で、時計の針の音が嫌に大きく聞こえる。
「……むしろ遅すぎたと思ってますよ、オレは。今の知識があれば——あんなことにはならなかったって思ってますから」
無理矢理吐き出すようにそう言った泰太は、笑おうとして口元を引きつらせている。そんな泰太の表情をしばらく無表情で眺めてから、大佐は再び窓の外に視線を向けた。
「——人というのは嫌な生き物だ」
「…………」
大佐の言葉に、泰太が息を飲む。大佐から視線を逸らした泰太を横目で見ながら、彼女はその後の言葉を口から押し出した。
「……悲しみや後悔が、一番の原動力になる」
「……そう、ですね」
返答に詰まった泰太が、かろうじてそう肯定する。泰太の陰鬱な雰囲気に気がついたのか、大佐は一息吐くと話題を変えた。
「……取り敢えず今回の件は、準二級取得者のお前に免じて、大目に見てやろうと思ってる。だが次はないぞ」
泰太に向き直る大佐。泰太は縮こまりながら、恐る恐る大佐に質問をした。
「じゃあ教官への連絡は……」
「貴様、相当あの教官が怖いんだな」
大佐は「まずその言葉が出てくるか」と苦笑する。泰太はバツの悪そうに大佐から視線を外した。
「連絡はしないでおいてやる。まあ、恐らく耳に入ってるとは思うがな。こちらが何か言わなければ特にあの教官も何もしないだろう」
「……首が繋がったあ……」
大佐の言葉を聞き、泰太は安堵の色を顔に浮かべる。大佐は再び苦笑した。
「よし。用は済んだからとっとと帰れ。もういい時間だろ」
「うわっ⁉︎ ヤバっ、門限! 」
大佐につられて時計を見上げた泰太は、途端、顔を青ざめ慌てて立ち上がった。泰太は早足でドアまで向かうと、振り返って再度大佐に「申し訳ありませんでした」と深々と一礼。大佐の頷きを確認し、泰太は「失礼しました」と言って部屋を出て行った。
静寂に包まれた部屋の中を見回して、大佐はため息をつく。時を刻む針の音だけが、規則的に響いていた。
「中等部生2人の行方不明事件、か……あの日からあと少しで2年……」
大佐は苦々しい表情をして言葉を絞り出した。
「——あのバカは、これからも闘い続けなければならないのか。“傷”と」
大佐の呟きは、部屋の壁へ吸い込まれていくだけだった。
★★
「……はーい、新入生の皆さん初めまして! 私はフライダンス部部長の、4年B組、荒橋 梨奈と言いまーす! 」
今からおよそ250年程前、国は、戦闘魔法を専門的に学べる魔法学院を、国家を挙げて国中に設置した。戦争で役立つ“戦闘のための魔法”。当時の子供たちは、有無を言わさず徹底的にそれを叩き込まれた。
その中でも、特に優秀な軍人を多く輩出した学院、それが、帝国政府が直轄する『ユートピア帝国国立魔法学院』である。この学院は、帝都にある“帝都校”、天空都市にある、“シエル校”、そして、ここダウンタウンにある、“ダウンタウン校”の三校で成り立っており、いつの時代も、国中のトップクラスの魔法使いが集まる学び舎として、その名を轟かせていた。
「早速ですが時間もないので、これからさくっとフライダンスについて説明をしたいと思いまーす! 」
しかし20年前、ダウンタウン校の学長、風間 宗介が、それまで戦闘科しかなかったユートピア魔法学院に普通科を設立した。それに賛同したシエル校の学長も普通科を設立し、戦闘だけでない魔法を教える取り組みが始まったのだ。
風間学長が、何故、普通科を設立したのか。彼は一応の建前は話していたが、その真の理由は結局わからずじまいである。ただ、現在のユートピア魔法学院は、軍人だけではなく、多彩な才色を持つ優秀な魔法使いを輩出する学院として、高い評価を受けているのであった。
「えー、フライダンスというのは、はい、皆さんもご存知の通り、西方の国 “サンシャイン王国” の伝統舞踊ですね。箒を使い、音楽に合わせて空中でダンスをするというものです。“芸術魔法”の一種で、コンペなどでは、アクロバティックな技や身体表現の美しさなどを競います」
空襲があった翌々日の今日、ユートピア魔法学院ダウンタウン校、中等部体育館では入学式の後に部活動紹介が行われていた。今、ステージの上では、マイクを持った少女がハツラツとした表情で新入生に説明を行っている。
「最近ではお祭りやイベントには欠かせない、花形魔法となっていますよね! ——というわけで、突然ですが、これからフライダンス部による、集団パフォーマンスを行いたいと思いまーすっ! 」
明るく元気な声音。セミロングの髪に黒色の洒落たキャップを乗せた少女は、制服ではなく、カジュアルで少しダボっとした大きめの服を着ていた。
「見所はもちろん “全て” ですが、特に我が部のエース、御幸 明裕の大技には、是非ご注目下さい。——それでは、息も飲むようなハラハラドキドキの私達の演舞、最後まで目を離さずに! 」
少女は笑みを浮かべたまま、足元に転がしてあった箒を手に取ると「全員集合ー! 」とマイクなしで叫んだ。
途端、ステージ上、そしてステージ下に、この少女と同じような格好をした少年少女達が、そでから出てきて勢ぞろいする。皆片手に箒を持ち、楽しそうに笑みを浮かべながら全校生徒の前に立っていた。
「せえーのっ! 」
「「ミュージック、スタートっ!! 」」
部長である少女の音頭に合わせ、部員たちは声を揃えて言い放つ。
体育館に、ノリのいい、ポップ調の音楽が流れ始めた。部員達は大きく頭の上で手を叩きながら、生徒たちの手拍子を誘っている。程なくして体育館は規則的な手拍子の音に包まれた。
ステージ上にいる部員達が、箒をまるでバトンのように回しながら踊り出す。所々に “ため” があり、それが全員ビシッと決まるたびに、生徒達から歓声が上がった。
ステージ下にいた部員たちは、箒に乗って空中を飛空。音楽に合わせ、時々箒の足かけから足を外してみたり、宙返りをしてみたり、ドキッとするような技を華麗にきめていた。
その真ん中。誰とも違う技を行う少年がいる。太陽のような朗らかな笑顔を浮かべながら、踊っている少年であった。
「え〜今、真ん中で踊っている彼こそが、我が部のエース、御幸 明裕ですー! 」
先ほどの少女が少年の方に手を向け、そう言った。少年は手を振って「よろしくっす! 」と全校生徒に向かって挨拶をする。生徒たちから歓声が上がった。
彼の技は難易度の高いものが多かった。足掛けからジャンプをし、箒に片足をかけて後ろ回りをしてみたり、その状態で空中で宙返りを行ったり、思わず目を閉じてしまうような技が多かった。それでも、難しい技を巧みにこなし、音楽の流れを殺さないその演舞は、一瞬で生徒たちの心を鷲掴みにしてしまう。生徒たちは幾度となく驚きの声をあげ、そして技が成功すると温かい拍手を送っていた。
だんだんと音楽も盛り上がり、それに伴って踊りにも熱が入ってきた。生徒たちの手拍子も今まで以上に大きいものとなってきている。
「はーい、それでは皆さん中央にご注目下さーい! 」
少女が、再び大きな声で生徒たちに呼びかけた。いつの間にかステージ上にいた部員たちも空中で踊っている。部員たちは少しずつ今までの陣形を崩すと、中央をぽっかり空けるような配置で踊りを続けた。真ん中にいるのはもちろん、明裕である。
他の部員よりも高い所に箒を進めた彼は、いきなり足掛けから更に高くジャンプをした。その身体は宙へと投げ出され、操縦者のいなくなった箒は下へと落ち始める。
会場がどよめく。新入生にいたっては口元を覆ってしまう生徒もいた。そんな中、彼は笑みを浮かべたまま空中で身を丸めて2回転すると、落ちていく箒の足掛けに片足を乗せてフワッと飛び上がった。技の成功、生徒たちからはひときわ大きい拍手が送られた。
部員がひとところに集まり、音楽のフィナーレに合わせて決めポーズをする。体育館いっぱいに響き渡る拍手と歓声。生徒、先生関係なく、誰もが大きく手を叩いて感動を伝えていた。




