3-4
「おう進藤、ごめんな、練習中に」
「いや、気にするな」
練習場の外にある、フライシューティング専用の野外フィールド。円形のフィールドで、そのフィールドを取り囲むように、長い棒が間隔をあけて立ち並んでいる。10メートルくらいの長さの棒の先には、リング型の的がついていて、フィールド内には、円形の足場が所々にあった。
そのフィールドの外で、練習場から歩いてきた進藤に泰太はそう言っていた。泰太の隣ではレイナがソワソワとした様子で立っていて、その隣では、零がメガネ越しにニヤニヤしながら進藤を見ている。
「試合形式でやるんだな? 」
「おう、頼みます」
進藤の確認に、泰太は頷く。
「了解。一応、フライシューティングのルールを確認しておこう。——零」
進藤がそう言って零の方をチラリと見ると、零は眉を上げて首を少し横に傾けた。
「——まさか俺に説明しろと」
「少しは部長の仕事でもやれ」
「今、部長関係ないじゃーん」
進藤の言葉に、零はやれやれという表情で一息つくと、進藤をジト目で見た。
「まあいいでしょう。他でもない大切な進ちゃんの頼みなんだしぃ。フ、フフ、フフフフ」
「気持ち悪い。やめろ」
ずりずりと進藤に寄り添っていく零に即答して、シャットアウトする進藤。零は見るからに残念そうな表情をすると、ため息をついて説明を始めた。
「フィールドを取り囲む的に、制限時間3分以内でどれだけ魔法球を当てられたか。それを競うゲーム。使う法具は魔法小銃で、全員が同じ機能を持つ小銃を使う。ただ、銃はいくつでも所持可能」
端的に説明していく零。3人は時折うなずいたりして聞いている。
「フィールド内にある円形の足場の上を、転々と移動しながら的を狙う。移動は跳躍魔法のみ。ただし、的を狙った後、同じ足場に戻ることは出来ない」
「それから」と零は付け加える。
「跳躍魔法、指定されている狙撃魔法以外の魔法は全面禁止。それを使用した時点で失格。狙撃魔法を故意的に相手に撃った場合も失格。——そんな所? 質問ある人ー? 」
泰太、レイナ、進藤はそれぞれ首を横に降る。
「じゃー、やっりますかあ」
零が伸びをしながらそう言い、フィールドに入っていく。進藤もそれに続き、泰太は先にレイナを行かせ、自分は軽く柔軟体操しながらフィールドに入った。
「審判は自動設定にしといた」
「了解」
零が進藤に振り返ってそう言い、進藤は短く返事をする。
『——只今より、フライシューティングの試合を開始致します。選手の皆様は、所定の位置についてください』
抑揚のない自動アナウンス。四人は跳躍魔法でそれぞれの足場に立つ。進藤は銃を持って感触を確かめ、零は茶色の指なし手袋を口で加えて手にはめる。レイナは緊張した面持ちで的を見据え、泰太は魔法小銃を手でもてあそびながら、その時を待っていた。
『それではカウントを始めます。5、4……』
風がそよそよと四人の間を通り抜け、それぞれの髪を揺らす。静けさ。心地よい緊張が張り詰めた。
『3、2、1——スタート』
試合開始の銅鑼はなる。
★★
最初に飛び上がったのは小柄なレイナだ。彼女に続いて進藤と零が飛び上がり、泰太が3人より一拍遅れてついていく。
レイナは、飛び上がった瞬間に腰に両手を回し、ベルトからするりと魔法小銃を抜き取った。そして、流れるような所作で2つの銃を的に向け、連続で撃つ。
淡い紅の光の球が四つ、レイナの銃から発射された。それらは四つの的に吸い込まれるように命中し、当たった瞬間、球は弾け飛ぶ。
「——おお、すっげえ! 」
空中でレイナの一連の動きを見ていた泰太が感嘆の声を上げた。その横で、泰太をチラッと盗み見した進藤と零は、自身の銃を無言で的に向け、
「——! 」
直後、魔法球を連続発射。双方、緑色の光を放つ魔法球で、それらは一つも外れることなく的に命中する。2人は銃を下ろして着地態勢に入りながら、泰太に意味ありげに目配せした。——完全に、獲物を狩る猛獣の目である。
泰太は、自分の銃を的に向けて構えた格好のまま、口元をひきつらせた。
「あのーお手柔らかに頼みます? 」
泰太の言葉に、零と進藤はしれっとした表情で返してきた。
「あ〜〜無理〜〜」
「お前相手に、お手柔らかにはできないな」
泰太は冷や汗をそでで拭う。3人に注目される中、泰太は再度的を見据えると、表情をガラッと変えて引き金に指をかけた。真剣そのものの瞳。一拍を置いて引き金を引いた泰太は、ニヤリと不敵に口元を緩ませた。
「「「——⁉︎ 」」」
銃口から飛び出した魔法球は、先の3人より数は少ないが、堅実に、確実に、外れることなく的に当たる。丁寧な射撃である。
安堵の表情を浮かべる泰太とは対照的に、他3人の表情は驚愕の色に染まっていた。
「ほお……部に勧誘したいわあ」
「泰太君……凄い……」
「……マジか」
3人の言葉に、苦笑を漏らす泰太。
「あ、零。せっかくだけど辞退させて貰う」
「はいはい、わかってますよー。誰が上級連合抜けてシューティング部に入るのよ」
着地体勢に入った泰太と、再び的を目指し跳躍する零。すれ違いざま、零は自身のメガネを指で上げ直しながら、泰太に囁いた。
「——でも」
零は口の端を上げる。
「今だけでも、シューティング部に入らなかったこと、後悔させてやるよ」
泰太とすれ違い、銃を構える零。そして零は空に向かって叫んだ。
「俺ら、超っっ最強だからあっ! 」
零に続くように跳躍した進藤とレイナは、その言葉を聞いて吹き出す。零はそんな2人を見て、「よーし、そのまま力抜けてしまえー。これで俺の独壇場さ」と呟き、腹黒い笑みを浮かべていた。
進藤とレイナになんやかんやと突っ込まれる零。そんな、楽しそうな3人の後ろ姿を見送り、泰太は口元に笑みを浮かべた。
「参ったね、全く」
軽く頭をかいた泰太は足場に着地すると、再び跳躍魔法を使って飛び上がった。
「上等だ、やってやるよ! 」
★★
制限時間5分間。彼らにとって、それはとても早く過ぎ去ったに違いない。試合終了を告げるサイレンは、晩春の青い空に吸い込まれるように消えていった。
フィールドのスクリーンに表示される結果。1人は悔しそうにそれを見て、1人は微妙な表情をし、1人はまずまず、といった表情をする。そして、もう1人は——
『“ただいまの試合結果”
1位 進藤 進/零・シベリウス
Point : 1160
3位 レイナ・ヴィンセント
Point : 990
4位 泰太・シャクシャイン
Point : 450
*魔法球一つにつき、10点で計算』
「お前ら容赦しろよ…………」
——もう1人は真っ青になってその結果を眺めていた。
「やー、俺らの専門ですからー。テヘペロ〜」
「気持ち悪い。黙れ。……何でこんな奴と同点なんだ……」
「泰太君はシューティング専門じゃないのに、こんなに点数取れるなんて、凄いと思う! 」
頭を抱える泰太を、懸命に慰めているレイナ。泰太は魂の抜けた顔で、機械的に「サンキュー……」と言っている。
「まー、そんな悲観的になるなよ〜。体育祭では良いとこまでいくって! 」
「……確か、一般生徒の平均は300チョイだからな」
零と進藤の言葉に顔を上げる泰太。
「ホントに? 」
「確かな。まあ、400超えてるんなら、いい勝負になるだろ」
泰太は、少しほっとしたように表情を緩める。そんな泰太の表情を見て、進藤が苦笑した。
「まあ、去年のようにはならないだろ。自信持ってやれよ」
今度は泰太が苦笑した。
「いっやあ……去年は酷かったからなぁ……」
泰太は頬を軽くかきながら、フィールドを見渡す。何かを思い出しているように目を細め、泰太は大きく息を吸って、吐いた。零が横から口を挟む。
「俺覚えてるぜ〜? シャクシャインちゃんの罪状」
零はニヤニヤと笑いながら言う。
「泰太・シャクシャイン、学院史上初の最低点、Point : 20を記録。しかも、自分のチームメート、並びに相手チームの生徒を誤射撃。よって3年D組の成績は無効」
「勘弁してくれ……マジで恥ずぃ」
泰太が苦々しい表情で零に請う。しかし、零はニヤニヤと笑ったままだった。
「でも、凄いよね。それからまだ1年しか経ってないのに、もう平均以上の点数を軽々取れるなんて」
レイナが尊敬の眼差しで泰太を見た。泰太は頭をかきながら、「さっきからレイナ、オレの事褒めすぎだろ。そんな凄くないから」と困ったように笑っている。
「だって、私から見たら十分凄いもん」
「凄くない凄くない」
「……去年の今頃、お前はいつ自主退学するのかって言われてたけどな」
進藤の言葉に、「マジで⁉︎ 」と驚きの声を上げる泰太。
「そこまで言われてたの⁉︎ 」
「言われるだろ。この学院で、ろくに魔法使えなかったら」
「マジかぁ…………」
進藤は、ポンと泰太の肩に手をかけた。
「まあそっから考えれば、お前は結構努力したんだから、レイナの褒め言葉は素直に受け取れよ」
進藤の言葉に、表情が固まる泰太。
「あー、えーと……」
泰太は少し宙に視線を彷徨わせると、再びレイナに向き直った。笑顔を作り、泰太は言う。
「——あー、えっと。レイナ、サンキューな」
「え? あ、ううん、こっちこそ困らせるような事を言ってごめんね! 」
「いやいやいや! 困ってねえから! ……あんま褒められることねえから、どう返せばいいかわかんなくて……」
再び頭を軽くかきながら、泰太は苦し紛れの言い訳をした。しかし、その言い訳にレイナは納得したような表情をする。そして口を開くとレイナは泰太に微笑んで、語りかけた。
「泰太君、私に魔法学の宿題教えてくれた時も困ってたもんね」
「…………え? 」
「ほら、泰太君が宿題の解説し終わった時、クラスの皆んな拍手してたでしょ? みんな褒めてたのに、泰太君、逃げるようにどっか行っちゃうんだもん」
「あー、それはー……」
「褒められることないなんて大嘘。泰太君は、褒められ下手なんだ」
レイナは優しく微笑んでいる。
「泰太君は、もっと自信持った方がいいよ? 」
レイナの言葉に泰太は苦笑した。
「全く同じこと、先輩にも言われたよ」
「あれれっ。私、その先輩とお話合うかもー! 」
「あはは、今度紹介してやんよ。——じゃあ、進藤、零、レイナ、今日はありがとな。また来るわ」
泰太は、半ば強制的に会話を終わらせると、手を振ってそそくさとその場を離れていった。残った3人は顔を見合わせる。
「シャクシャインちゃん、逃亡ー」
「ああ、逃げたな」
「逃げられちゃった」
泰太を見送りながら3人はそう言いあう。暫くして、泰太の姿が見えなくなってから、零が「あ、そーそー」と切り出した。
「シャクシャインちゃんってさー、尻に引かれるタイプ? 」
グフフフフ、と不気味な笑い声を出しながらいった零が、2人から同時射撃を頂いたことは、言うまでもない。