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ユートピア魔法学院のとある生徒たち  作者: 青山 柊
Chapter1 『体育祭』
16/19

14. 進藤進

 

 その日は土曜日。午前授業が終わると生徒達は完全にフリーになる。


「進藤先輩ですか? いますよ。——進藤センパーイ、泰太・シャクシャイン先輩が来てますよー! 」


 上級連合の訓練もないその日の午後一番、泰太は一人でシューティング部の練習場を訪ねていた。近くにいた下級生の生徒に用件を手短に伝えると、泰太は練習場を観察する。ロッカーが立ち並ぶ壁、魔法小銃や魔法狙撃銃が並ぶカウンター。奥行きのある練習場では、中等部の生徒たちがシューティング部の訓練着を着込んで練習に励んでいた。


「やっと来たか。遅いぞ」


 迷彩柄のズボンに紺色のランニングシャツのような服。シューティング部専用の服に身を包んだ進藤が真顔で泰太にそう告げると、泰太は表情を凍りつかせた。


「………いやいやいや⁉︎昼メシ速攻で食べてそっから箒乗って最短距離で来たんだけど⁉︎」

「冗談だ」


 心外だというように慌ててそう意見する泰太に、進藤は眉をひょいっと上げて口角を上げる。泰太の顔に表れるあからさまな非難の色は見て見ぬフリを決め込んで、進藤は泰太を練習場の中に案内した。


 練習場に足を踏み入れた泰太は、先ほどのやり取りをもう後ろに追いやって、興味深そうに練習している生徒達を見ていった。狙撃銃を持っている者、拳銃のようなものを点検してるもの、様々だ。


 その中で、泰太は魔法小銃の手入れをしているレイナ・ヴィンセント見つけた。


「おう、レイナ」

「……え⁉︎ 泰太君⁉︎ 」


 急に声をかけられ、振り向き目を丸くするレイナ。


「体育祭の練習したくてさ。進藤に稽古つけて貰おうと思って乗り込んだ」

「そうなんだ! じゃあフライ・シューティングに出るの? 」

「おう。世話になんます」


 レイナの隣を通り過ぎ泰太は手をひらひらと振る。レイナは泰太の背中を見送りながら、ツインテールを揺らして小声で「頑張れ! 」と呟きガッツポーズを作っていた。


「取り敢えず、撃つだけ撃つか? 」

「そうだな。久々だしなぁ狙撃は」


 簡単な網カーテンで仕切られている、個人用の練習ボックス。進藤に続いて中に入った泰太は、進藤からフライ・シューティング用の魔法銃を渡された。銃身の短い拳銃型。泰太はグリップを強く握ったり弱く握ったり、トリガーに指をかけたりして自身の手に馴染ませていた。


「準備良さそうか? 」

「ん。よーし、いっちょやったるか」


 両手でしっかりグリップを持ち、的に視線を向けた泰太は一拍の間を置いて、トリガーを力強く引いた。銃口で白い光が膨らみ、次の瞬間、光の玉が勢いよく的へと向かって飛んでいく。


 光の玉は、的のギリギリを捉えた。泰太は「くーっ! 」と悔しそうに声を上げる。


「ド真ん中狙ったのに」

「お前なあ、それ、ド初っ発から当てられたら俺たちの立場なくなるだろ。最初から的捉えてくるだけでも凄いんだからな」


 進藤にそう言われ、泰太は「当てんなら真ん中に当ててぇわけよ」と笑った。


「でも、やっぱ杖とはまた違う感覚なんだよなぁ」

「そうだろうな」


 泰太は2発目を撃つために、銃を構える。引き金に指をかけ、撃った。

 今度は的外であった。


「うぇ、マジで? やっべ」

「……シャクシャイン、ちょっとさ。片手で撃ってみてくれないか? 」


 進藤の提案に、「片手? 」と聞き返す泰太。進藤は頷く。


 泰太は右手に拳銃を持つと、再度的を見据えた。そしてトリガーを引く。

 今度は的の中心近くに当たった。


「わあお」

「やっぱりな」


 泰太が驚きの声を上げ、進藤は満足そうな笑みを浮かべた。


「お前、杖持ち慣れてるからな。片手の方がやりやすいのかと思ったんだ」

「成る程なあ。でも片手にしただけでこんなに効果あるのか」


 泰太は「もうちょいやってていい? 」と進藤に聞く。進藤が頷くと、泰太は一心不乱に連続で的を撃ち始めた。


「俺も練習してくるから空けるぞ。何かあれば、呼んでくれ」

「サンキュー」


 練習ボックスを出て行く進藤に振り返りもせず、泰太はそう告げた。進藤はそんな泰太の様子を見て口元に笑みを浮かべていた。





 ★★






「ちょうど一年……か」


 すれ違う後輩達の挨拶に、挨拶を返しながら進藤はそう呟いた。


「シャクシャインちゃん、デカくなったなぁ。そう思わん? 進ちゃん」


 突然の声にビクッと肩を揺らす進藤。見るといつの間に彼の隣にいた少年が、腰を折って下から進藤の顔を覗き込みウインクをしていた。進藤は真顔でその少年の顔面に拳を頂戴しようと試みる。が、少年はヒョイッと拳を避け、目標を失った進藤の拳は頼りなく宙を彷徨った。


「嫌だな〜も〜血気の盛んな進ちゃんはすーぐ手を出すんだから。これだからいつまでたっても彼女の1人も出来ないんだよ?わかる?」

「黙れアホ(れい)。そもそも手を出すのはお前だけだ」


 大げさに両手を広げてわざとらしく呆れた表情を進藤に見せつけるその少年。進藤はこめかみを震わせ、第二の拳を準備させている。


 肩まで伸ばしている長めの髪を軽く縛っている少年の名は、零・シベリウス。顔立ちは中性的だが、体格は細身でもしっかりとしていて男性的である。赤い眼鏡をかけた姿はインテリの雰囲気を出してはいるが、手にゴツい狙撃銃(スナイパーライフル)を携えており、その雰囲気をちぐはぐなものにしていた。


「あ。デカくなった、て身長の話じゃないからね?オーラよオーラ」

「言われなくてもわかってる」

「あらそう?鈍感な進ちゃんは気づいてないと思っ……とと、暴力はんたーい絶対はんたい!」


 進藤の第2の拳はまたもや宙を切る。


「ま、俺が部長じゃなかったら今年もシャクシャインちゃんは練習場に入れなかったんだから、少しは感謝してネ?」


 零はそう言うと、進藤に華麗なるウインク。そしてこれ以上の攻防はするまいと、のらりくらりと何処かへ逃走してしまった。


 青筋を浮かべたままの進藤は、ため息をついて自身のロッカーに手をかける。その中にあった狙撃銃(スナイパーライフル)を手に持つと、その場で軽く整備点検を行った。


 整備点検を終えると、進藤はロッカーに鍵をかけ、その場から立ち去る。スナイパー用の練習ボックスに入った進藤は、床にうつ伏せになり、的に標準を合わせた。


 引き金を引く。進藤は、一年前の事を回想していた——






 ★★







「うわあ、お前気の毒。あの、泰太・シャクシャインと同じクラスなんてよ」


 中等部3年初登校日。玄関に貼り出されたクラス分け表を見に行った時、俺は2年まで同じクラスだった奴にそう言われた。


 元々、同級生の情報になど興味はない俺だったが、泰太・シャクシャインの事だけは知っていた。


 入学当初から天武の才を発揮し、学年トップクラスの実力。この学院の学長、風間学長の娘である風間豊音に師事。持って生まれた才能と風間豊音という最高の魔法使いに師事出来るという運。とことん幸運の女神に愛されたような奴だった。


 ただ、羨望の目に止まらず、そいつはやっかみ、妬みの目も集めやすい奴らしかった。


 曰く、人を見下すような態度を取り、

 曰く、相手を挑発するような言動を多々して、

 曰く、自信過剰のナルシストである、


 とにかく問題のありすぎる奴だと言われていた。誰もが嫌うような存在。泰太・シャクシャインとはそんな奴だと。






 ★★






「じゃあ次、シャクシャイン」


 クラス発表があったその日。教室で自己紹介が行われた。


 担任の声で立ち上がる奴。俺は顔を上げてそいつを見た。学年で最大の問題児と呼ばれる奴がどんな自己紹介をするのか興味があった。


「…………2年A組だった泰太・シャクシャインです。部活は入ってません。2年間よろしくお願いします」


 覇気のない声音。拍子抜けするほど短く、平凡な自己紹介。俺は、やっぱり噂にはおひれはひれつくものなのか、と思った。


 周りも俺と同じことを思ったやつがいたようで、シャクシャインが座ってから、暫くざわざわと教室はざわめいていた。


「——じゃあ噂は本当なんだ? 」


 俺の近くの席の女子生徒達が、こそこそと内緒話を始める。自然と俺は耳をすました。


「11月にあった上級連合生行方不明事件。いなくなったのって、洋介君なんだって」

「シャクシャイン君も巻き込まれたんだってね。3人でいた所を、襲われたらしい」

「彼、その時のショックで魔法使えなくなってるんだって〜。しかも、上級連合降格させられたらしいよ」

「ええっ⁉︎ なに、天罰? 」

「しぃー。そんな事言わなーい」


 俺は耳をすますのをやめる。

 青白い顔。目の近くにあるまだ生々しさを感じさせる傷。どこか影のある表情。俺はシャクシャインを見て小さくため息をついた。






 ★★






 俺があいつと接点を持ったのは、それから一ヶ月後の五月の最初だったと思う。それまでに俺は、自己紹介の時の女子の噂が本当であることを確信していた。


 シャクシャインは魔法が使えなかった。


 魔法実技の授業で、何度かシャクシャインが杖を振る姿を見たことはあったが、シャクシャインが魔法をまともに使えたことはなかった。かろうじて法力を杖に流すことが出来るだけで、法力を操り魔法を使えることは出来ない。


 それは、国中の優秀な魔法使いが集まるこの学院の最低レベルにさえも、到達出来てない事を意味している。クラス内でも、いつ、シャクシャインが自主退学するかというような話がされていた。


 そんな時だった。あいつが俺に話しかけてきたのは。


「えっと……進藤進だよな? 」


 放課後、練習場に向かおうとしていた俺に、あいつがいきなり話かけてきたのだ。


「噂で聞いたんだけど、進藤ってその、シューティング凄いって。それで…………折り入って頼みがあるんだけど」


 顔色の悪いそいつ。ただ、目だけは真剣そのものでそいつは俺に言ってきた。


「オレにシューティング、教えてくれませんか? 」

「は? 」


 自分でも驚くくらい、間の抜けた声が出た。俺は耳を疑う。今、奴はなんて言った?


「いやその……迷惑じゃなかったら、だけど……いや、迷惑だよな…………もし、時間があればでいいんだけど……」


 俺の反応を見て、慌ててそう付け加えてくるシャクシャイン。しどろもどろになりながら、語尾がだんだんと小さくなっていく。そしてそのままシャクシャインは俯いてしまった。


 まるで俺の返答に恐れているように、目を伏せるシャクシャイン。俺は絶句していた。


 こいつは本当に人を見下すような奴なのか? 元々多彩な才能を持ち合わせているこいつが、自分のプライドを殴り捨てて今、俺なんかに教えを乞うてる。俺は別に特段凄いスナイパーでもないし、上級連合にも入ったことがない。そんな俺に頭を下げているこいつは何なんだ?


 本当のナルシストならば、どんな事があっても自分の陳腐なプライドを必死で守ろうとしないだろうか?


 俺は思わず笑みを浮かべてしまった。


「……シューティング教えてほしいって、具体的には何がしたいんだ? 」


 シャクシャインは弾かれたように顔を上げた。目を見開き俺を見る。


「え。……あ、えっと、体育祭でフライシューティングに出ようと思ってるんだけど、フライシューティング、やったことなくて。……あと」


 シャクシャインは困ったように笑って続けた。


「進藤もよく知ってると思うけど、オレ、全然魔法使えなくてさ。打開策を探してる所なんだ。それで、もし出来ればなんだけど、シューティングやりながら、オレの魔法がどうなってんのか、見て欲しいと思ってて……」


 そこまで言うと、シャクシャインはまた慌てて「あ、でもとりあえずフライシューティングだけで良いんだ! その後のやつは別にやってもらわなくてもいいから、迷惑だろうし」と付け加えた。


 俺は「いや、迷惑でないけど……」と返してから、少し考え、シャクシャインに一番の疑問を投げかけてみた。


「それさ……俺でいいのか? 」


 個人的には、そんなことを果たして俺なんかがやって良いのか不安だった。シャクシャインは元々風間 豊音という誰しもが名前を知っているような有名な魔法使いに魔法を師事していたわけで、いくら魔法が使えないといっても、俺なんかが教える事なんてないと思ったからだ。


「……いや、肯定的な意見もらえたの進藤が初めてなんだ。それに進藤の魔法、授業で見てたんだけどすっげえ綺麗だったし、今のオレに足りないもの、進藤だったらわかるかなって思ったんだ」


 再度、困ったように笑いながら、シャクシャインは言う。


 俺は何だかくつくつと笑いが込み上げてきて、ついに声をあげて笑ってしまった。シャクシャインがきょとんとした顔で俺を見てくる。


「ごめん。なんかさ、シャクシャインのイメージ、全然違うの想像してたから可笑しくなった。気、悪くしたらごめんな」

「いやいやいや! オレのイメージなんて最悪だろうし……」


 また困ったように笑うシャクシャイン。俺は、もう一つ気になっていた事を聞いてみた。


「なあ、お前ってさ、本当に噂通りの問題児なのか? そうは見えないけどな」


 シャクシャインは一度視線を宙に向けてから、再度俺に向き直る。そして、またしても困ったような表情で俺に告げてきた。


「噂はほとんど本当の事だと思う。……オレ、結構浮かれてたんだ。取り返しのつかねえこといろんな奴に言っちまってたと思うし、やってたと思う」


 自嘲気味に笑ったシャクシャインを見て、俺は驚き、そして確信した。


「引き受ける。お前にシューティング教えるの」


 シャクシャインは噂通りの悪人じゃない。


「本当か⁉︎ 助かる。本当にありがとう! 」


 それに、俺が好きなタイプの人間だ。


 ぱあっと顔を輝かせるシャクシャイン。俺は、シャクシャインの表情を見て、つられるように笑ってしまう。


「ただ、期待はするなよ。俺は特段魔法が出来るわけでもないし、あんまりちゃんとした事も言えないと思う」

「いや、いいんだ。相談できるだけでも全然違うからさ! 」


 そしてシャクシャインはもう一度俺に頭を下げてきた。


「めっちゃ厳しいことでも大丈夫だから、何でも言って下さい。お願いします。どうしても、魔法が使えるようになりたいんだ」

「了解。思った事はなんでも言うようにする。早く元の状態に戻るといいな」


 俺の言葉に、シャクシャインは心底嬉しそうな表情をしていた。



 ——それから、俺とシャクシャインの奇妙な関係はしばらく続いて、今日に至る。



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