13. 兵法師による解説
——次の日の朝。所は4年D組の教室。
「…………お願い! 」
頭の上で合掌ポーズを取り、45度の角度に身体を傾けさせたレイナは、泰太の机の前にいた。
「あ、いや、えっと……昨日の魔法学の問題だよな? 」
「うん」
「あ、シャクシャイン君、私も聞いてていい? 」
泰太の問いに頷くレイナと、レイナの隣でそう聞いてくる琉璃。
「あー、俺も便乗するなー」
「僕も聞いてようかな」
溝端が椅子を引きずって泰太の机の近くにどかっと腰を降ろし、広園も何処からか椅子を持ってきて、泰太の隣に座った。レイナは見るからにションボリと俯き、琉璃は苦笑してレイナの肩を意味ありげにポンポン、と叩いている。
「お前らにはさっき説明しただろ」
泰太がウンザリしたような目で溝端と広園を眺めている。
「シャクシャインをハーレム王にするつもりはないんだなー」
「僕らがいないと君、両手に花になってしまうもんね」
「うるせえ婚約者持ち」
泰太は言い返す。
「ねえそれは誰の事を言ってるのかな」
「3年の弓道部所属の弓道部エースのとある後輩に決まってるだろ」
「…………泰太。どうやってシニタイ? 」
「……待て待て待て、早まるな早まるな、取り敢えず持ち上げた椅子を降ろせ! 」
自身が座っていた椅子を持ち上げて、黒い笑みを浮かべていた広園を、泰太は必死で止めた。泰太に無理やり座らされた広園は、邪気を飛ばしながらぶつくさと何かを言い始める。ちなみに、広園が椅子を持ち上げた辺りから、レイナのツインテールが猫のように総毛立っていたのは内緒である。
「……んで、昨日の問題な」
広園がある程度落ち着いた所で、泰太は琉璃とレイナに向き直った。
「まず、問題確認すっぞ」
泰太はそう言うとレイナのノートを覗いて、走り書きされている問題を見た。レイナは、問題の要点をしっかりと書き取っていた。
『相手とこちらの人数→同等
相手の戦力値→不明
場所 : 山に囲まれた盆地/季節 : 春
戦闘は昼過ぎから始まり、夕方になっても続いている。
*戦闘→空戦、及び陸戦
(敵の様子)
・先ほどから、挑発するような攻撃を何度もしては引くを繰り返す
・現在、陸では熱魔法、空からは大きい攻撃魔法
この後どう出るべきか? 』
「すっげえ。一つも漏らしねえよレイナ」
レイナのメモを読み終わった泰太が、感嘆の声を上げる。レイナは少し顔を赤らめてから「あ、……ありがとう」と笑って言っていた。
「広園でも漏らしあったからなぁ……溝端にいたっては、まずメモってなかったし」
「煩いなあ。超早口なんだもん鉄仮面は」
「俺は取る気ないんだなーどうせ聞き取れないしー」
泰太の指摘に、広園と溝端は口を尖らせて反論している。泰太は呆れの色を顔に浮かべながらその言い訳を聞き流すと話し始めた。
「まず一番に確認しなきゃなんねえのは、今相手とこちらの有利不利の差はないって事な? これ、レイナのメモは抜けてしまってるけど、後で挽回出来てると思う」
泰太の指摘に、レイナはあっと口を押さえる。泰太は大丈夫、と言うように笑って手を軽く振っていた。
「それから、戦ってる場所は盆地。季節は春。今の時刻は夕方。この3つのポイントは絶対外さないこと」
泰太は一息いれる。
「次に大事なポイントは、敵の戦法だ」
泰太は琉璃とレイナを交互に見た。そしてレイナのノートの一文を指差して続ける。
「“先ほどから、挑発するような攻撃を何度もしては引くを繰り返す”。この文は結構重要だな。
昼過ぎから夕方まで一進一退の攻防。当然、両軍に疲労が出てくる頃だと思う。そんな状況で、敵の“挑発するような攻撃”。これは敵がこちらの出方を伺っていると言える」
レイナが「ふーん……」と声を漏らして、顎に人差し指を当てる。琉璃も真剣な表情で聞き入っていた。
「そして、こちらを挑発しながら、相手は熱魔法を盛んに使っていた。これがキーポイントだ。——レイナ、この闘い季節はいつだったっけ? 」
「えっと、春、だよね? 」
「春。そうさ」
泰太は楽しそうに口元を緩ませながら話し続ける。
「はい溝端君、さっき説明したんだから答えろよ。春、夕方に盆地で熱魔法を使う。どうなる? 」
「春は朝晩の冷え込みがひどいんだなー。それで夜になる直前の夕方に熱魔法使うと、数時間後には霧が立ち込めることになるんだなー」
「正解」
溝端が泰太の問いに、そう気のなさそうに答えた。溝端の説明を聞いた瞬間、レイナと琉璃は「なるほどー! 」「へえ……」と同時に声を上げる。
「相手の戦力値は不明。しかも空からは大型の攻撃魔法が降り注いでいる。だから、霧が立ち込めると危険すぎるんだ。相手に探索魔法の優れた奴がいれば、霧でこっちの視界が悪い中、次々と兵が倒されかねない」
泰太はぐるりと4人を見回す。
「敵は見定めているんだ。こっちの出方を伺い、そして静かに追い込む事で、こちらがどう動くのかを」
いつの間にか、4人の周囲には他のクラスメート達も集まってきて、泰太の解説を聞いていた。泰太は照れくさいのか、頭を軽くかきながら解説を続ける。
「じゃあ、どうすればこっちが有利な闘いに持っていけるか。そこが問題だな。——まずは、さっきから敵が放ってきている熱魔法をどうにかしなきゃなんねえ」
泰太は「まぁオレだったら……」と言って人差し指をピンとたてる。
「何人か上空に行ってもらって、上空の温度をちょっと下げてもらうかな。……はい広園、何で? 」
「……上空の温度を更に下げることによって、下の空気を上にあげた時に露点に達するのを早めるつもりなんでしょ? 」
「正解ー。下の空気を上昇気流で上にあげてさっさとデカイ雲を作っちまう。で、その時に雷でも雲にいれれば、落雷も望めるという一石二鳥だ」
レイナと琉璃が成る程、と頷く。泰太は更に続けた。
「それからオレはさっき、『敵の“挑発するような攻撃”は、こちらの出方を伺っていると言える』と言ったけど、この“挑発するような攻撃”にはもう一つ、敵側のある心理が現れている」
レイナ、琉璃、そして周りを囲んでいるクラスメート達皆が、泰太の言葉に耳を傾けていた。
「“昼過ぎから夕方まで一進一退の攻防”。敵は今まで粘り強くこちらと戦ってきたわけだ。それに、この日はまだ戦闘が始まった初日。別に一時休戦を結んで明日戦闘を再開してもいいはずなんだ。じゃあ何で敵は“挑発するような攻撃”をして、戦況を動かそうとしてるのか」
泰太は一息入れて言い放った。
「答えは一つ。——敵が何らかの事情によって、戦闘を長引かせる事が出来なくなった。そう分析する事が出来る」
「だから」と泰太は続けた。
「こっちは戦闘をジリジリと長引かせればいい」
泰太の言葉を聞いて、机に頬杖をついてた広園が軽くため息をついた。
「ホント、兵法なんてロクでもないよね。敵の嫌がる事を学ぶんなんてさ」
「仕方ないだろ。そういうもんだし」
泰太はそう言うと「つまり」と話を戻し結論をつないだ。
「答えは、“まず熱魔法を対処し、霧の発生を防ぐ。それからその後の戦況は大きく動かさず、スローペースで攻めていき、敵が降伏してくるのを待つ”。具体的な対処は、今オレが言ったのな」
「「なるほどー」」
レイナと琉璃が同時に声を上げる。泰太はにいっ、と笑った。
「ま、そんなとこだな。あとは自分の中で深めてくれよ」
拍手が上がる。泰太の説明を聞いていた外野が手を叩いているのだ。居心地が悪くなった泰太は、苦笑しながら椅子から立ち上がる。そして逃げるように教室から出て行ってしまった。
「泰太って褒められ下手だよなあー」
「照れ屋なんだよ」
溝端と広園の会話は、拍手の中に消えていく。レイナと琉璃はその言葉に「あははは」と苦笑いしていた。