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ユートピア魔法学院のとある生徒たち  作者: 青山 柊
Chapter1 『体育祭』
14/19

12.「答えは泰太君自身で導くこと」


 放課後、上級連合の訓練が終わる頃、他の上級連合生とは別口で、訓練メニューをこなしていた泰太が、ようやく解放された。何時間も教官に見張られての訓練。言うまでもなく、罰則である。泰太は、ボロ雑巾のような身なりをして、第一訓練場の中にある廊下をトボトボと歩いていた。


 ちなみに、それを見つけた広園が腹を抱えて大笑いしたことは、最早ご愛嬌だ。


「ホント馬鹿だよね〜君って」

「うるせえよ……授業始まってたこと知らんかったんだよ……」

「言い訳はダメだよ泰太」

「わかってる…………言い訳なんてさせて貰えなかったわ…………」


 お腹を抱えてひいひい言っている広園にも、特にツッコミが出来ないほど、泰太は憔悴しきっていた。


「取り敢えず、君、着替えてきなよ。そのあと一緒に夕飯行こう」

「……いや、広園先に行ってろよ」

「待ってるよ。君に例の宿題について色々聞きたい事あるし」

「……えっと……どんな問題だったっけ……」

「とりあえず着替えてきなって。入り口で待ってるから」


 まだ訓練着のままである泰太の背中を押して、男子更衣室がある方へ無理やり押し出す広園。泰太は押し出された勢いで、廊下をフラフラフラ〜と歩きながら更衣室へと向かう。広園は「大丈夫か……」と心配そうに泰太を見送っていた。




 ★★




「……が実戦権を持つって本当ですか? 」


 漏れ聞こえてきた言葉。更衣室のドアノブに手をかけていた泰太は、ハッとして動きを止めた。


「そうだけど? 」

「何でですか」

「何でも何も、それだけの実力があるからね。それ以外に理由ある? 」

「あいつにそれだけの実力がありますか? 」


 声の主は、篠崎 諒と林 凛だった。泰太は、静かに横の壁にもたれかかる。


「どういうことかな」

「実戦でまともに戦える程の実力、ありますか? 」

「そりゃあね。準二級魔法戦闘士だよ? 彼は」

「そんな事は知っている」


 篠崎の口調が強くなる。


「あいつの弱点。わかってるでしょう、総長も」

「それが? 弱点なんて誰にでもあるんじゃないかな。無論、俺や篠崎くんにも」

「……大体、準二級を取れたのだって、風間先生のえこひいき、なだけじゃないんですか」


 泰太は息を止めた。きつく拳を握りしめて、泰太はうつむく。


「それは、俺の事も言ってるのかな。俺も泰太君と同じ師匠なんだけどね」

「総長は違うでしょう。実力がもう」

「泰太君だって正真正銘実力だけど? 」


 篠崎が声を荒らげた。


「じゃあはっきり言いますけど、どう考えてもありえないでしょう! あいつは去年の戦闘科の学年最下位ですよ? そんな奴がどうして準二級なんて難関検定に受かるんでしょうか! 」

「じゃあお前はこう考えなかったの? ——学年最下位だった泰太君が、どれだけ血へど吐くような努力を積み重ねて準二級を取ったのか」

「考えるわけないですね。そんな大層なやつじゃありませんから」


 一瞬の空白。軽い布ずれの音。


「黙れよ」


 凛の吐き出すような声。


「“俺たち”と同じ土俵にも立った事のない奴が、調子に乗ったこと言うなよ。——お前なんかが馬鹿にしていい相手じゃない、泰太君は」


 凛の声は続く。


「少なくとも、お前よりは遥かに努力していたよ。去年の泰太君はね」

「……俺が言ったことは、別に俺だけが思ってる事じゃありませんけどね」


 しばらくの間。その後、がちゃりとドアが開き中から早足で篠崎が出てきた。篠崎はドアの横にいた泰太を見て少しバツの悪そうな表情をしたが、何も言わずそのまま去っていった。


 すぐ後、再びドアが開き、中から出てきた凛はいかにも機嫌の悪そうな表情でドアを閉めてから振り返り——


「——あ」


 泰太を見て顎が外れそうなほどあんぐりと口を開けた。


「あっちゃあ〜。一番聞かれたくない相手に聞かれたなぁ……」

「オレ、まだ聞いてたなんて言ってないですよ」

「泰太君の表情でわかるよ。聞いてたか聞いてなかったかなんて」


 口元を引きつらせて笑っている泰太に凛はそう言うと、キョロキョロと辺りを見回して他に誰もいない事を確かめる。


「聞いてたのは泰太君だけか。……泰太君、ちょっとこれから俺と一緒に来てくれないかな」


 泰太は「え……いやそれは……」と口ごもる。


「すみません。広園待たせてるんです」

「マサ? あーダメダメ。俺が優先」

「いやちょっと…………」


ニコニコとしたオノマトペの似合う凛の貼りついた笑みの裏に、断れぬ圧力を感じる。この先輩に広園関連の言い訳が通じるわけもないのは泰太が1番わかっていた。


「……わかりましたよ。じゃオレ今から着替えるんで、広園に先に行ってるよう伝えておいて貰えませんか? 入り口付近にいると思うんで」

「俺を顎で使うなんて泰太君良い度胸だな〜。まぁ良いけど貸し一つね? 」


 泰太にそう頼まれ眉を上げて笑みを深くする凛。そのまま表情を凍りつかせる泰太を残し、手を振りながら凛は廊下を歩き去っていく。


「今日はなんて日だ…………」


しばらくしてようやく硬直が解けた泰太は、悲哀に満ちたため息をつくと、誰もいない更衣室に入っていった。





 ★★





「すいません。お待たせしました」

「いや別に、俺が誘ったんだし」


 制服に着替えた泰太が訓練場の入り口に向かうと、広園の姿はもうなく、凛だけが泰太を待っていた。


「教官と鉄仮面に絞られてたんだって? 」


 訓練場から寮への道をゆっくり歩きながら、凛がそう切り出した。


「……あー……情報早いですね林先輩」

「マサが面白がって俺と煉谷に言いふらしていたからね」

「あいつ何言いふらして……」


 泰太が軽くため息をつく。


「というか、どうせ怒られんなら、もっと不真面目な内職してればいいのに」


 凛はそう言って、あはははは、と笑っている。


「笑えないですよ。第一、今年はもう内職なんてするつもりなかったのに……」

「魔法学の授業中に内職で集団戦法なんて読んでるやつ、この学院にはいないよ。……ウケるっ……」

「去年は大目に見てもらってたんですよ。ただ、今年はさすがに……」


 泰太が深いため息をつく。凛はひとしきり笑ったあと、「泰太君」と急に真面目な表情をした。


「さっきの話なんだけど。この前、マサから相談されたんだ。“何で泰太はあんなに自信がないんだろう”ってね」


 凛の言葉に、泰太は苦笑を浮かべた。


「あいつ、林先輩にそんな事相談したんですか」

「この前も篠崎君に色々言われたんだろう? その時にマサが言ってきたんだ」


 凛は続ける。


「あのね、俺は泰太君の謙虚な姿勢、凄く良いと思ってるよ。大方、自分の悪いところを必死に直そうとした結果が、今の泰太君の姿勢に繋がってるんだろう? 」

「困ったなあ……林先輩には全部お見通しですね」

「でもね」


 凛は一段と強い口調で言った。


「あんまりへりくだりすぎても、それは返って自分を貶めることにもなりかねない」


 泰太は黙る。


「泰太君、お前は俺と同じ準二級取得者(プレ・セカンダー)。自分の実力、ちゃんとわかってる? 自分の実力をきちんと把握した上で、更に高みを目指す努力は、良い方向に向かっていく。だけど——自分の実力がわかっていないでする努力は、今の自分の力を後退させてしまうこともあると思う」


 凛は言う。


「今の泰太君に必要なのは、何よりも、自分の力を認識するための“自信”だと思う」

「……わかってます」


 泰太の言葉が漏れた。


「わかってるんです。でも、怖いんです。自信を持ったら、また、後悔するような事が起こってしまうかもしれない。誰かを傷つけてしまうかもしれない。自信を持ちたくて、準二級だって取ったし、それだけの努力はしてきたと思っています。——でも、オレは自分に自信なんて持てない」


 凛が口元を緩めていた。凛はゆっくり言葉を紡ぐ。


「ああ、やっと泰太君の弱音が聞けたなあ」


 泰太はその言葉に少し笑ったようだった。


「泰太君。俺たちまだ十代だよ。あ、俺はもう少しで二十代だけどさ。でも青二才だよ、俺たち。残念ながらこれからも後悔する事はたくさんあるし、嫌なこともめちゃくちゃあるだろうし、誰かを傷つけることもそりゃあ、あると思う」


 凛は空を見上げた。


「でも、俺たちはそういった事の対処の仕方がまだまだわかってないんだから、そういうことになるのは、しょうがないと思うよ。だから試行錯誤を繰り返して、何度も失敗して、沢山の人に怒られて、色々な事を学んでいくんだろう? 」


 凛は「だから——」と続ける。


「——進むしかない。今自分が決めたことに精一杯胸を張って進むしかないさ。精一杯胸を張れば、自信に繋がっていかないかな? 」


 凛はポンと泰太の肩に手を置いた。


「それから、これはヒントだよ」


 泰太は怪訝そうな表情をして、凛を見上げる。


「泰太君、自分が不利な状況で勝利する事だけが“勝利”じゃない。自分の有利な方へ相手を誘導して勝つことも、立派な“勝利”。それは卑怯でもない。——と前置きしておこう」


 凛は楽しそうに笑いながら泰太に言った。


「篠崎にとっての長所は“精神系統魔法”。じゃあ、泰太君にとっての“長所”って何だろうか? 」


 凛は言った。


「答えは、泰太君自身で導くこと」





 ★★





「むー……」


 小首をかしげて口を尖らし、ノートと睨めっこをしている少女。背は低く、ちょこちょこと部屋を歩き回っては、また首をかしげている。小動物的で愛嬌のある少女だ。


「むー……むー……」


 4年D組戦闘科所属、レイナ・ヴィンセント。彼女はしばらく部屋を行ったり来たりしていたが、ついに、持っていたノートを放り投げた。


「もー、わかんないよお! 」


 茶髪のツインテールが揺れる。涙目になっているレイナを、ローテーブルで本を読んでいた琉璃が「まあまあ」と苦笑いして宥めた。


「この問題は多分、高等部で習うよ……シャクシャイン君相手の問題だったから、このレベルで出されたんだと思う」

「本当だよ! そもそも兵法なんてやった事ないしぃーっ! 泰太のおバカ! 」


 むぎいーっ! と手をバタバタさせて怒りをあらわにするレイナ。琉璃は苦笑いを続行。


 柔らかな色のカーテンや絨毯。木目調のタンスや本棚。質素でも、何処か落ち着く調度品に囲まれているのが、女子寮のアピールポイントだ。また、男子寮と違い、女子寮は2人部屋である。


 花山 琉璃とレイナ・ヴィンセントが暮らす女子寮の一室。カーテンは引かれ、照明は部屋を白く照らしている。窓の外は暗闇に包まれているだろう。


「ねえねえ、泰太君と言えばさぁ」


 ノートを弄り回しながら、レイナが琉璃に聞く。


「琉璃はどう思ってるの? 」


 琉璃は眉をひそめた。


「どうって…………それは好きとかの話? 」

「おー、この問いだけでそういう風に解釈するとか、乙女デスねー」


 クッションに顔を埋めたレイナがにやぁと表情を緩めた。


「誰が乙女よ! 」

「照れなくてもー。……で、どうどうー? 」


 うつ伏せになり、足をゆっくり上下に動かすレイナ。琉璃

 はこほんと一つ咳をすると、いかにも気乗りしていない、といった表情で喋り出す。


「好きか嫌いかで言ったら、好きだけど、異性としては考えたことない」

「えーそうなのー? 」

「だって、私たちはシャクシャイン君のこと、去年の状態から見てるじゃん。なんかヘタレで頼りない弟君、てイメージがあるんだよね」

「まあそれは否定しないけど、頑張ってる姿にキュンとしたことないの? 泰太君、努力家だもん! 」

「そうだね。でもなんかそういう所は憧れになっちゃうんだよなぁ……」

「そうかぁー。でも、なんか最近、前よりもカッコよくなってない? 」


 レイナの弾んだ声音。琉璃はしげしげとレイナを見つめた。


「さては……レイナ、シャクシャイン君のこと好きでしょ」

「な、なななななんで⁉︎ そんなわけないもん! 」


 形成逆転。琉璃はニヤニヤしながらレイナを見る。


「前々からそうかな? って思ってたんだけど、やっぱりかー」

「ちゃうもん。レイナ、泰太君の事、別に好きとか……そんな事ないもん! 」

「本人の前ではそんな素振り全く見せないくせに……奥手レイナ」

「うるさいー!! 」


 ゴロゴロと絨毯の上を転げ回るレイナ。


「で、今年のバレンタイン・デーはチョコあげたの? 」

「あ……あげ……たけど」

「けど? 」

「好きとも伝えてないしぃ、普通に“サンキュー”って言われて終わった。……泰太君、人気だからチョコくらいいっぱい貰ってるもん」

「シャクシャイン君って人気あるんだ」

「えー⁉︎ 何でそんな事言うの? どう考えても人気じゃん! 」

「いや、シャクシャイン君って結構憎まれっ子だし……」


 琉璃は真顔になって言う。


「そうなの? 」

「あれっ? 知らない? シャクシャイン君って“あの事件”まで色々とやらかしてたから、良い風には思ってない人、沢山いるんじゃないかな? 」

「それは知ってるけど、2年生までの話でしょ? もう関係ないじゃん」

「一度悪いレッテル貼られると中々剥がれないよ。レイナみたいに一途な人は初めて見た」

「隠れファンはいっぱいいるよ。特に最近は」


 クッションに顔をうずめながらレイナはくぐもった声を出す。琉璃はローテーブルに頬杖をつきながら話題を変えた。


「何だかんだ、うちのクラスの男子にはファンがつくわよね」

「あー、明裕君とか、フリーデマン君とかね! あと、進藤君も結構人気」

「そうそう。そこは不動だもの」

「ねえねえ、柾仁君とかって人気かな? 」

「代表は、あの後輩ちゃんがいるからねぇ……。あれを押しのけて告ろうとか思う人、少ないんじゃない? 」

「あははー」


 2人は暫し苦笑。広園は盛大にクシャミをしていることだろう。


「そうだ。魔法学の宿題、シャクシャイン君に直接教えてもらえばいいんじゃない? 」

「ナイスアイデア! そうだよね、シャクシャイン君、30秒で解いてたし。ホント凄いよねー! 」

「……レイナ、最早シャクシャイン君にゾッコンだよね……」

「何か言った? 」

「なんでもない」


 小首をかしげてくるレイナをサラリとかわす琉璃。他愛もない女子トークで、夜は更けていった。

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