11. 鉄仮面教師〜里見誠二〜
「……まず、属性の説明。花山、答えろ」
教壇に立ち、手に魔法学の教科書を持った無愛想な教師が、低音のよく通る声でそう言った。
“戦闘魔法座学”担当、里見 誠二講師。この教師は、生徒たちに忌み嫌われる教師である。
曰く、「徹夜でもしないとこなせない大量の課題が出る」。
曰く、「愛想がなく、表情に乏しく、いつも怒ったような口調で授業をする」。
曰く、「テストの難易度がとてつもなく高い。解けない」。
とことんまで生徒イジメをするこの教師についたあだ名は「鉄仮面」。その名の通り、生徒の懇願にも泣き顔にも笑い顔にも、表情を崩さず撃退する悪魔であった。
「属性は、大きく“光”と“闇”に分かれます。2つの力に差はありませんが、一般的に、“光”の法力を持つ人が多いです。属性は主に遺伝が関係しますが、ごく稀に、継承という形で受け継ぎをする例もあります」
当てられた花山は、はい、と返事をして立ち上がり、緊張した面持ちで説明をする。
「また、それぞれの属性のメリットは——」
1、闇属性の場合、特異魔法——主に精神系統の魔法、に特化しており、また稀少な魔法も難なく扱える。
2、光属性の場合、オールマイティに術を使え、多様な応用がきくこと。
「——というようなメリットが挙げられます。ただ、闇属性の場合、特異魔法に特化してしまうため、一般的な魔法との併用が難しいというデメリットがあります」
「合格だ。花山、座れ」
抑揚のない平坦な教師の声音。合格サインが出て、ほっとした表情を見せながら、席につく瑠璃。
「では、要素及び要素判定の説明を——広園」
「はい」
次に当てられたのは広園。立ち上がった広園は、瑠璃とは違って緊張している様子はなかった。
「要素というのは、魔法の性質のことです。これは光、闇属性等の関係性はありません。火、水、風、土、雷。これは一般に5大要素と呼ばれます。プラス属性魔法。僕たちの魔法はそのように構成されています」
広園は続ける。
「次に5大要素の判定ですが、これは“妖霊”の種により判別出来ます。“妖霊”というのは、法力の源である異次元界にいるとされる生命体です。例外はありますが、大方この世界にいる生き物と同じような形状——例えば猫、鳥、魚のような形状をしています。それらの生命体は、この世界の生き物に寄生して一生を共にします。“妖霊”が宿った生き物は、法力を扱えるようになります」
饒舌な広園。流れを途切れさせることもなく、広園はそのまま流暢に説明を続けた。
「5大要素の内、風、水、土は、妖霊の種によって判別します」
水辺に住む生き物であれば、水。
鳥類であれば、風。
植物や虫であれば、土。
火と雷は特異要素のため、妖霊自体が幻獣のように、この世にない形状をしていることが多い。
「広園、妖霊がこの世界の生き物に寄生するようになった理由は? 」
教壇に立つ教師が質問をする。広園は、少し考えてから答えた。
「妖霊は法力という強いエネルギーに満ち溢れる世界で生きているため、あまり長く生きられない生命体だと言われています。この世界の生き物に寄生して、自身の身体に溜めてしまったエネルギーを解放してもらうことによって、生きる時間を長くしているのではないか——という説が最も有力ですが、まだ解明されていません」
「その説の名称は? 」
立て続けに質問してくる里見教師。広園は負けじと即答する。
「アンドレ・ベートの妖霊寄生説」
里見は少しだけ口元を緩めたように見えた。一つ頷き、広園に無愛想な顔を向ける。
「満点だ。魔法学だけでなく、環境学もしっかり学習しているようで素晴らしい。座れ」
平坦な声で、教師にそう賞賛される広園。広園は「ありがとうございます」と言うと、席についた。
「さすが柾仁君〜」
「てか、妖霊が寄生する理由なんて初めて聞いた」
広園が席につくと、ザワザワザワと生徒たちの言葉が重なった。周りの生徒に「お疲れー」と声をかけられている広園は、苦笑しながら「ありがとう」と応えていた。
広園は、筆記試験の総合で、この学年の主席に位置する秀才である。中等部に入学してから全ての考査でダントツトップの点を叩き出し、未だに広園の総合点数に敵った者がいないという、顔負けしないガリ勉であった。
里見が「ごほん」と咳払いする。生徒たちは一瞬で静まると、背筋を伸ばした。
「今日は“対抗魔法”について説明する。教科書48ページ、資料集223ページを開け」
元軍人だったこの男性教師。その授業内容はハードだ。
男性は白チョークを持つと、生徒に息もつかせぬ勢いで、カッカッカッカッと黒板を文字で埋め始めた。あっという間に黒板は文字やら呪文やら図やらで白くなっていく。
「相性のいい魔法での組み合わせでは……」
生徒たちは黒板を写すのに、もうヒイヒイ言っているのだが、妥協は許さん、というかのように鉄仮面のマシンガン授業が炸裂する。
あっという間に黒板の文字は消され、新しい呪文やら文字やら図やらでまた黒板は埋まっていった。教師の口は止まらない。この時点で黒板を書き写すのを諦めた生徒はクラス40人中、半数を上回るだろう。
鬼だ。
「……ではこの場合どんな呪文を使うのか——シャクシャイン」
黒板に白チョークを立てたまま、教師が動きを止めて指名。当たったのは泰太だ。
「…………」
泰太は何故か返事をしなかった。
「——シャクシャイン! 」
教師のこめかみに青筋が走る。強い口調に、クラスのほとんど全員がビクッと身体を震わせる。皆が恐る恐る振り返って、後ろの席にいる泰太を確認しているが、泰太は何をしているのか、下を向いたまま静止状態であった。
教師の沸点は頂点に達した。
大股の早歩きで泰太の元へと向かった教師は、泰太の近くに行くやいなや、持っていた教科書を丸め、泰太の頭目掛けて一振り。しかも、その教科書には魔法強化が施されていて——
「…………痛っっっっ⁉︎ 」
「シャクシャイン、私の授業で“内職”しているとはいい度胸だな。準二級取得者様はそんなに中等部の授業がつまらないか? 」
——結果、涙目になって顔を上げた泰太は、鉄仮面の顔を見て一瞬にして青ざめた。
「いや、そういうわけでは……!! 」
「ではこれはなんだ? 」
泰太の膝の上に乗っていた、何かの分厚い本をつまみあげる男性教師。
「私が呼んだことにも気づかないほど、これに集中していたか? 」
「………………」
万事休す。それはこの状況のために作られた言葉である。
泰太は最早何も言えずにうなだれる。
「教師に対して失礼だな。お前は最初から聞く気はないと言っているようなもんだ。前から再三そう言っていたはずだがな? 最近は授業態度が良くなったと聞いていたが、表向きだけか? 」
「いや…………」
教師は泰太が読んでいた本をパラパラパラ……と見ながら泰太にそう言及するが、泰太は言葉を濁すだけで、続かない。
「あとで上級連合の教官にも伝えておこう」
最早青ざめるを通り越して、血の気が失せている泰太。
「……っ⁉︎ ……いや、それは……っ⁉︎ 」
「何か不都合でも? 」
「いや…………」
「それからこの授業が終わった後……昼休みか。職員室に来い」
「………………はい」
「それからもう一つ」
周りのクラスメートも、哀れみからクスクスと笑い始めている中、泰太は下を向いたまま宣告を待っていた。
「罰だ。一度しか言わない。聞き取れ。それから30秒で答えろ」
「え」
「答えられなかったら放課後も私の所に来い」
教師はそう言うと、「他の奴らも考えろ」とクラスを見回した。
「シャクシャインは紙に答えを書け」
泰太は戸惑いながらも、真っ白のままのノートを開いて、ペンを握った。そのノートを見て、再度鉄仮面がため息をついたのは言うまでもない。
「問。相手側の人数とこちら側の人数は同等とする。相手側の戦力値は不明として考えよ。
場所は山に囲まれた盆地。季節は春。昼過ぎから始まった戦闘——空戦、及び陸戦とする、は夕方になっても一進一退の攻防でどちらが勝っているのか見当がついていない。
しかし、先ほどから、敵は挑発するような攻撃を何度もしては、引く、という戦法を繰り返していた。そして現在、敵は熱魔法で、こちら側の消耗を誘っている。また、熱魔法で我々を消耗させる傍ら、空からは比較的大きい攻撃魔法が降り注いでいた。
我々がこの後どう出るべきか、答えよ」
鉄仮面のマシンガン設問を聞いているあいだ、泰太は何一つ聞き逃さぬよう、物凄い勢いでメモを取っていた。ただ、その設問を聞き終わったすぐあと、泰太は怪訝そうな表情をして、メモを見つめていた。
「30秒だ。……始め」
鉄仮面教師は腕時計を見てそう言う。横で立って泰太の様子を見下ろしながら、男性教師は何も言わず泰太の手元を見ていた。
泰太はしばらくメモを見つめていた。時計は容赦なく30秒をカウントしていく。クラスメート達は、固まってしまっている泰太を、少し心配そうに見ていた。
ラスト10秒で、泰太はおもむろにペンを取った。紙に何かをさらさらさら〜と書くと、鉄仮面の「終了」という言葉と共に書き終える。教師は何も言わずに泰太の手元からノートを奪うとそれを読んだ。
「流石だな。やはり問題なのは中身か? 」
鉄仮面は泰太から奪っていたノートと本を机に置くと、教壇まで戻る。
「今の問題は、明日までに全員解いてくるように。授業の初めに誰かに説明してもらう」
そこでチャイムが鳴った。日直が「起立」と声をかける。
「礼」
「「 ありがとうございました 」」
それを聞き終えると、教師は「シャクシャイン、来い」と呼んだ。泰太は、泣きそうな表情で鉄仮面と共に教室を出て行った。
「結局泰太は何を読んでたんだい? 」
泰太がいなくなった教室で、広園が振り向く。明裕が、泰太の机から本を取ってきて、広園に渡した。
「うわあ…………全部古語っすよね、これ。よく読めるっすね、泰太」
「魔法戦闘術……集団兵法? しかもこれ、500年前に発行されたやつ……泰太、帝都の国立図書館で借りてきたな」
明裕が本を覗き込んで顔をしかめ、広園は表紙を訳してため息をついている。
「全く君は馬鹿の極みかい?」
広園はそう言って、泰太の机に本を戻したのであった。