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ユートピア魔法学院のとある生徒たち  作者: 青山 柊
Chapter1 『体育祭』
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10. 風間豊音

 


 風間豊音は偉大な魔法使いだった。

 自身の魔法の特性を深く理解し、法力を最大限に活用して、優秀な頭脳とその場の閃きで相手を圧倒する、戦闘の鬼才だった。


 だから誰もが思い描いていなかったと思う。——彼女がまさか、殉職するという事態など。


 かく言う私もそうだった。例え、不測の事態が起こりうる戦闘の場でも、彼女が私より先に逝ってしまうなんて、想像したことがなかった。




 ——しかし。




「オルコットぉ、お願いがあるんだけど〜」

「……何だ? 」



 私は見逃していただけなのかもしれない。彼女の危険信号を。なぜならあの日、私は彼女の様子がおかしいことに、気付いていたのだ。


「これさ、オルコットに預かってて欲しいんだよねー」


 いつもと変わらない笑顔、いつもと変わらない口調、いつもと変わらない会話。——でも、彼女はどこか、らしくなかった。


「これは…………白紙の、本? なんで私が」

「もし私に何かあったらさ、それ、バカ泰太に渡して欲しいんだよね」

「……………は? 」


 そう、らしくなかった。気の強い彼女が、誰よりも戦場で生き残るという強い信念を持つ彼女が、そんな事を言うことがまず、らしくなかった。


「そんな縁起の悪いもの、預かりたくないんだが」

「……っていうのは冗談ですぅ。まぁ、取り敢えず持ってて? あとで理由伝えるからさ。お礼は弾むよぉ〜! 」


 冗談でも、そんな弱々しいことを言うような人ではないことを、私は知っていた。なのに私は彼女に何も訊き返さなかった。何も尋ねなかった。訝しげに思いながらも、それを黙って受け取ってしまった。


 あの日、彼女を問い詰めていたら。あの日、彼女を引き止めていたら。あの日、彼女の言葉をもっとしっかり聞いていたら。——後悔は、浜辺に押し寄せる波のように、何度も何度も、際限無く、私の心をえぐった。


 ——人というのは嫌な生き物だ

 ——悲しみや後悔が、一番の原動力になる


 全く、ただの自身のエゴ。自分が最も後悔ばかりしているというのに、偉そうにそんな事を人に言う。


 私はなんて、嫌な生き物なのだろう。





 ★★





「クライスラー大佐! 」


 部下の声で、ハッと我に返る。顔を上げると、若い兵が心配そうな表情で私の顔を覗き込んでいた。


「大丈夫ですか? 大分お疲れのようですが……」

「ああ、すまない。大丈夫だ」


 とっさにそう言ってから、私は心の中で苦笑した。部下に心配されてどうする。皆を強く引っ張っていくのが、上官というものなのに。私は気持ちを切り替えると、目の前にいる部下に目を向け、話を進めた。


「用件は」

「はっ。本部から、先日申請していた件の返答がきました」


 そう言って書類を手渡してくる部下。私はそれを受け取ると、サッと目を通す。


  (…………やはりな)


 長々と書かれていたが、要約すると、“申請却下”という内容である。私は小さくため息を吐くと、書類を執務机の上に置いた。


「——却下でしたか? 」

「ああ。上は余程、我々下の兵に知られちゃまずいことがあるらしい」


 申請していたのは、2年前にダウンタウンで起きた、中等部生2名の行方不明事件に関することだった。


 事件当日、彼らが犯人に襲われた時、周りには外部へ助けを求める手段を絶つための結界が張られていたという。その結界について調査を行えば、犯人に繋がる糸口が見つかるのではないかと思い、数ヶ月前、本部に調査の申請をしていた。本部では、本国で観測された強力な魔法について記録を取っているので、その記録の一部を見せろ、という内容で申請書を送りつけていたのだが、案の定、本部はこちらの嘆願を蹴ってきた。


 案の定というのは、3年前、風間豊音が殉職した事件も同じような手口が使われていたのだが、その時も上は結界の調査を拒んでいたからである。しかも3年前のその事件は、ほとんど現場検証も行われずに真相は闇に葬られてしまった。


  (…………使われていた結界が、我々一兵が知ってはいけないほど危険なものなのか、はたまた——)


 私は執務机の上にある書類を睨みつけた。


  (——国が何らかの形で事件に関わっているのか…………)


 後者である場合は相当厄介だ。下手に調査を行えば、こちらの首も危なくなる。


 真実を確かめることのできないもどかしさに、私はただ、ため息を吐くことしか出来ないのだった。





 ★★





『Yutane Kazama』


 杖の先端の方に、そう刻まれている名。手入れを終え、指でその名を軽くなでたあと、泰太は杖をベルトについているホルダーへと静かにしまった。


 泰太がこの杖を渡されたのは、魔法戦闘士検定準二級の最終試験を終えた後であった。帝都の試験会場に、後見人として現れたクライスラーは、帰りの列車の中で、泰太にこの杖と古ぼけた本を渡してきたのである。




「豊音に、この本を貴様に渡すよう頼まれていた。遅くなってすまない」


 クライスラーは風間豊音が殉職したあと、その約束をすっかり忘れていて、先日、机の中を整理していた時にそれを見つけ、思い出したという。


「あと杖は…………その本の中にメモがあってな。もし、自分に何かあったら、杖も貴様に渡してくれと書いてあった」


 そう言ったクライスラーは泰太に渡した杖を眺め、それから目を背けるように列車の外へと視線を移した。

 しばらく沈黙は続いたが、クライスラーは徐に口を開くと一つ一つ押し出すように語り出した。


「豊音は…………本当に素晴らしい魔法使いだった。私など、比べものにならないくらい本当に凄い奴で……」


 クライスラーは窓の外に視線を向けたまま言う。


「いつも、私の憧れだった」


 泰太はクライスラーが語る言葉の一つ一つを黙って聞いていた。


「シャクシャイン。貴様にとって、豊音はどんなやつだった」

「豊音先生ですか? んー…………」


 そう問われ、泰太は記憶の中にある風間豊音の姿を追った。


 泰太にとって、豊音は年が離れた姉のような存在だった。

 8歳の時、専任の魔法の先生として紹介されたのが、豊音であった。しかし、風間豊音は先生という柄ではなく、まるで友達のように、家族のように泰太と接し、他愛もないことでも何時間と語り合ってくれるような、そんな人であった。


 それは、しきたりの多い故郷の良家の御曹司として育てられた泰太にとっては、一緒にいて一番心が安らぐ存在であったのだ。


 そこまで考えてから、泰太はしかめっ面をして隣にいるクライスラーに伝えた。


「——すっげぇ腹黒くて、信じらんねえほど意地悪で、いっつもオレのことを馬鹿にしかしない、そんな先生でしたね」


 それを聞いたクライスラーは、窓から視線を戻して泰太を睨みつける。


「私の友人を馬鹿にするとは、いい度胸だな? 」

「いやいやいや、最後まで聞いて下さい」


 クライスラーの鬼の形相に驚き、泰太が慌てて弁解する。


「でもオレ、そうやって言い合ったりできる人がいなかったから…………色々言いくるめられて、それにオレが馬鹿みてえに言い返して、っていうやり取りは本当に楽しかった」


 泰太は思い出す。そういえば豊音はヒマワリの花が大好きだったと。


「何でヒマワリが好きなんだよ? 」

「っん〜〜? 何・故・な・ら・ば——」


 ぴっと手を太陽の方に向けて、豊音は言っていた。


「ヒマワリは、太陽と恋人だからでぇーす! 」

「はあ? 意味わかんねえ」

「だからヒマワリだあ〜いすき! 」

「理由になってねえよ! 」

「お〜お〜、お子様にはちょいと難しかったかな? 何しろ話してる相手がバカ泰太君でしたもんねぇ。私としたことが、ごめんなさいね〜! 」

「っるせえよ! 誰がお子様だ! 誰がバカだ! 」


 豊音との会話を思い出して、泰太は苦笑いする。あの人には、いつもいつも弄ばれていた。


「——ヒマワリは太陽の事が大好きだから、いっつも太陽を見てるでしょ? なので、ソーラーパワーを沢山貰ってるわけだ」


 背筋をピンと伸ばし、ドヤ顔で言っていた彼女の言葉は、魔法の事とは全く関係ないのにも関わらず、不思議と鮮明に覚えている。


「そのパワーを私たちに届けてくれるのがヒマワリ。元気いっぱい、幸せの黄色の花びらは、私たちを楽しくさせてくれる。だからヒマワリは凄いんだよぉ」


 泰太は彼女の言葉を思い出しながら思った。豊音こそ、皆に明るさを届けるヒマワリのような女性であったと。泰太は口元に笑みを浮かべると、自身の答えをクライスラーに告げた。


「——だからオレにとって豊音は、仲のいい姉貴みたいな存在です」


 その時に見せたクライスラーの微笑みはとても優しげで、泰太は今でも忘れられないのだった。




「さてと、帰るか」


 泰太はそう言って立ち上がると、その場で大きく伸びをした。


 穏やかな風が草木を揺らす、ただただ、静かな場所。ここでは、多くの者が永遠の眠りについている。泰太はもう一度、目の前の墓碑に手を合わせると、くるりと背を向け帰路についた。


 彼が手を合わせた墓碑には、季節外れのヒマワリが供えられていた。





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