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かしこいさる

作者: 四路 章

 おれは『さる』だ。

 少なくとも、この森に木を切りに来る連中は、おれやおれの仲間のことを『さる』と呼ぶ。

 連中は少なくとも数日に一回はやってきて、この森の木を恐るべき力で切り倒し、とこかへと運んでいく。

 連中はおれや俺の仲間のことを『さる』と呼び区別している。 同じように、ばさばさと翼を使って空を飛ぶ奴らを『とり』、細長くにょろにょろした奴らを『へび』、ぶううんと羽を鳴らして飛ぶ奴らや、巣を張りひらひらと舞う奴らを捕まえ、餌にしている奴らを纏めて『むし』と呼んでいた。

 おれは仲間のなかでは浮いた存在だ。

 連中が木を切りに来るときに使っている道具がある。

 それは物凄い音と共に頑丈な木をいとも簡単に粉砕してしまうものだ。

 おれの仲間はそれを物凄い爪だの恐ろしい獣だのと言うが、あれは硬い石のようなものを素早く木に擦り付け、削っているだけで、決しておれたちや肉を食う連中がやるように木を断ち切っているわけではないのだ。

 おれがそれを仲間に伝えても、仲間は取り合おうとしない。

 あれと同じようなものを作ることが出来れば、わざわざ枝の先の実を取る危険を冒さなくても、枝自体を落として木の実を得られるようになるし、木の中に詰まった硬い『むし』の幼虫を掘り出すのも簡単になる。

 そういうことをいくら仲間に伝えても、仲間は、「お前は変わっているなあ」、とあきれ、あるいは「お前はもっと餌を取れ」、と罵る。

 おれがおかしいのだろうか。

 おれの仲間にとって、餌をとるために苦労してなにかを作る、ということは無駄でしかない。 そう考えることが普通なのだ。

 おれのように、楽をして、あるいは危険を冒さずに餌を取ることなど、おれの仲間は微塵も考えておらず、逆に危険を冒してでも餌を取ってくる者が英雄となるのだ。

 そういう意味で、おれは連中の決めた区分から少しはみ出してしまっている。

 誰かにおれの言うことを聞いてほしいと願うが、残念ながらおれには信用がない。

 おれにはボスになれるほど腕力はないし、餌を取るのも下手だ。

 毛繕いだって、楽しい会話を作る事だって、おれは上手に出来ない。

 おれが、「そんなことは馬鹿らしい」、といくら言っても、それはひがみとしか取られないのだ。

 それに、おれの話を聞くような奴はおれの同類、おかしな奴だと認識される。

 おれは正しいことを考えているという自覚がある、森に木を切りに来る連中の持ち物はどれもおかしなものばかりだが、それを使いこなすことで彼らは物凄い力を得ているのだ。

 おれや、仲間たちも、その数十分の一でいいから何かそういった力を得られれば、他の群れを併合して争いを減らせるし、毒を持つ『へび』や『むし』なんかに怯えずに済むだろう。

 しかし、現実にはおれが言うことを誰もまじめに取り合ってくれないのだ。

 ああおれはどうしてこんなにも無力なのだろうか。

 他にも、連中を見て気がついたことは多々ある。

 一番役に立ちそうなものは、連中が切った後の木を纏めるのに使う『へび』のような細長いものだろうか。

 あの細長いものを木のつたで代用して、木の枝や幹をを纏めれば、他の群れの連中やおれたちに害をなす者たちの進入を防ぐ壁になる。

 あるいは、それで小さな囲いを作り、枝や葉を纏めて囲いの上にかぶせれば、雨や風を簡単にしのぐことができる。

 そこでおれは気が付いた、おれはこういったことを概念として話すばかりで、実物を作ったことがないことに。 行動しないから信じてもらえないのだ、ならば本物を作ってしまえばいいのではないだろうか?

 小規模でもいいから、この壁を作って見せれば、信じてもらえるのではないだろうか?

 そう思ったおれは、次の日からつたと枝を集め、自分の体ほどの大きさの壁を作った。

 初めて作ったにしてはいい出来だった。 これなら皆も分かってくれるはずだ、そう信じておれは仲間たちにこの壁のことを伝えた。

「お前はまた変なことをしていると思ったら……」「お前餌も取らないで何してたんだ?」「誰がお前に餌を分けてやってると思ってるんだ、いい加減にしろ!」「またアイツ何か変なことやってるぜ、ほんとうに頭おかしいよな」「ほっとけって、あんなやつ」「本当、なんであんなのを群れに置いてるんだろう」

 返ってきたのは、呆れや冷笑、嫌悪だけだった。

 おれは絶望した。 一体どれだけの言葉を尽くせば理解してもらえるのだろうか。 一体どれだけの実物を見せれば理解してもらえるのだろうか。

 その日から、おれは群れの仲間に餌を分けてもらうことが出来なくなった。

 役に立たない奴に分ける餌なんてない。 群れの仲間はおれを遠巻きに冷ややかな目で見つめてくるだけだった。

 おれは途方に暮れた。

 このままでは飢えて死んでしまう、急に餌を取るのが上手くなることはまずないし、餌を分けてもらうこともできない。 餌を取るための道具だって、作りながら試行錯誤している時間なんてない。

 だが、このまま死ぬことだけは絶対にごめんだ。

 そしてふと思い出した、木を切りに来る連中の中には、木を切らずに、色々な連中、特にこの森でもあまり見ることのない連中を捕まえていく連中が居ることを。

 もしかすると、自分が他の奴と違う、という所をアピールすれば、連中に連れて行ってもらえるのではないだろうか?

 そしておれは、群れを出る決心をした。

 木を切りに連中が来る日、おれはあの壁をばらして連中のところに持って行き、連中の前で組み立てた。

 これが成功しなければ、おれはもう死ぬしかない。

 果たしておれは、連中に連れて行ってもらうことに成功した。

 そして月日が流れた――。

 連中がおれに出す餌は変な苦味があったり、あるいはとても味気ないものだったり、不自然な味がしたりと、あまりおいしいと言えるものではなかった。

 また、何度も何度もまぶしい光を当てられ、大勢の『にんげん』の前に引き出され、色々なものを作らされた。

 到底いいと言える環境ではなかったが、それにも慣れてしまった。

 少なくとも、飢えて死ぬことはありえない。 その安心感が、おれから思考力を奪った。

 どんなちゃちな物でも、作れば連中はおれに餌を与えた。

 二番煎じのようなもの、あるいは役に立たないようなものでもだ。

 そうやってぬるま湯に浸ったような感覚に、おれは慣れてしまったのだ。

 そして気がつくと、自分にはもうあまり時間が残されていない。 寿命が来てしまったのだ。

 ぬるま湯の中でのんびりとしているうちに、与えられた時間のほとんどを使い切ってしまった。

 最近は後悔することばかりだ……。

 うぬぼれではなく、自分には才能があったはずだ。 少なくとも、『さる』という種の中で、おれは飛びぬけた才能を持っていた。

 もう少し頑張っていれば、群れを飛び出す前にもう少し何かをしていれば、おれは仲間たちに認めてもらえたのかもしれない。 考えるだけ無駄なのかもしれないが……。

 仲間たちはどうしているだろうか。

 きっと何も変わっていないに違いない、きっとこれからも変わっていかないに違いない。

 もしかするとおれのような、あるいはおれよりももっとすごい奴が変えてくれるかもしれないが、果たしてそんなことに期待できるだろうか?

 それに……考えたくはないことだが、森自体がもう無くなっているかもしれない。 そうなっていたら、仲間たちは生きてゆくことなんて出来ないだろう。

 最近になって考えてしまったのだ……。 もしかすると、『にんげん』たちも、あまりおれの仲間たちと変わらない程度の思考しか出来ないのではないか、と。

 少なくともおれが生まれたときには、連中は木を切りに来ていた。 そして、おれが森で過ごした間だけでも、森は少しずつ狭くなっていた。

 木は放っておけば勝手に生えてきた。 木の生長するスピードに合わせて木を切れば、木が無くなって森が狭くなるなんてことは起きないはずだ。

 しかし、森は狭くなっていたのだ、木の生長する速度なんて、連中はこれっぽっちも考えては居なかったのではないだろうか? まるで仲間たちが餌を取りつくしてしまうように、連中も木を取りつくしてしまうだろう。

 そういった『にんげん』の考え無しなところは、仲間たちにそっくりだ。

 水も、土も、空気も、連中の世界にあるもののすべてから、なんとも言えない不快感が感じられる。

 このなんとも言えない不快感は、そういった考えの無さが積もり積もった結果なのだろう。

 連中の本質は『さる』と何も変わらず、誰かが作ったそれをただ使っているだけで、それを使うと楽が出来ると知っているだけで、ほんとうに『さる』となにも変わらないのかもしれない。

 いや、こんなことは考えてもしょうがない……。 おれにはこのなんともいえない不快感をどうこうすることなんて出来ないのだから……。

 森でも、ここでも、おれはいつもそうだ。 気がついていても、どうすることもできない。

 おれが憧れていた『にんげん』という種の中でも、結局おれは何か役に立つものを作ることが出来なかった。

 おれが本当に作りたいものは作れなかったのだ。

 おれが生きてきた意味はなんだったのだろうか?

 おれは間違いなく特別だったのだ、しかし、おれはそれを中途半端に、それ以下にしか活かせなかった。

 ああ、おれの生きた意味はなんだったのだろうか。

 ああ、おれの生きた意味はなんだったのだろうか……。

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