第五話 俺に喧嘩を売るな、……火傷するぜ。
宿屋を出て、冒険者ギルドへ向かう。
ここは人間が統治している国【ユーミレィア】の【フツァン】という街だ。
周りは木々や丘に囲まれ、新参プレイヤーにとってはそこでレベルアップを狙うのが定石と言われている。
ギルドへ到着したので木製のドアを開けてやり、夢子が入った後に続く。
エルフの高貴な雰囲気を醸し出すために、ここでは常にレディーファーストで動けと夢子に言われているのだ。……斧とかを振り回している時点で大分雰囲気も壊れている気がするが。
俺達二人が受け付けに歩いていく中、クエスト掲示板や休憩所(というか酒場)にたむろしていた連中がこちらに視線を向ける。
よっぽどの馬鹿でない限り俺たち相手に喧嘩を売る奴は居ないとは言え、こうも嫉妬やら何やらのマイナス方向な雑念の混じった視線を向けられるのは気分が悪い。
なんてそんな事を考えながら、近くの壁にもたれかかって夢子の用が済むのを待つ。基本的に、NPCの相手や他人との交渉は夢子が担当している。
俺は頭が良くないから交渉はやるなと言われたし、仲間や友人以外と喋るのも面倒なので俺じゃないといけない時以外は任せてある。
夢子が受け付けで喋っているのを眺めていると、横の休憩所からガタン、という椅子を倒す音が聞こえた。
そちらに目をやると、亜人族の竜男がこちらを鋭い目つきで睨みつけてきていた。咄嗟に目を逸らす。俺は何も見なかった。面倒臭い事なんて何も起きませんよ、ええ。
そのままやり過ごそうと俯いていると、
「なんだなんだァ? てめぇらも試練の塔の挑戦者ってかぁ? 貧弱なエルフどもは引っ込んでろよ!」
やっぱり喧嘩を売られた。夢子のクエスト申請を聞いていたらしく、それが理由のようだ。
確かに、エルフというのは基本的に補助タイプの種族であり、マーフォーク程ではないにしろ貧弱ではある。
しかし、いつの時代もこうして大声を出すことで相手を威嚇しようとする者は絶えないな。俺の不良時代も、喧嘩を売ってくる相手は声の大きい者が多かった。
なんて、目の前に近づいてきている男を見ないようにして現実逃避。俺はあまりプレイヤーと喧嘩したくないのですよ、面倒だから。
仲間らしき者たちが必死に止めようとしているし、わざわざ俺が相手する必要もないかなー、なんてぼーっとしながら考える。
「……ッ、てめぇ調子乗ってんじゃねぇぞっ!」
考えていたんだが、どうやら仲間たちに止められたり俺に無視されたりしたことで更に頭に来たらしかった。
抵抗せずに、黙って一発腹を殴られる。しかし俺の体が揺れることはない。この程度では俺をよろめかせることは不可能だ。
ちら、と目線を竜男に合わせる。俺に攻撃が全く通じていないことに動揺していたが、すぐに間合いを取り助走付きで殴りかかってきた。
その手首を掴み、背負い投げの要領でもたれていた壁に叩きつける。床に倒れたところで腹を勢いよく踏みつけた。
シンプルな攻撃だが、攻撃力がカンストしている俺がやれば結構なダメージになる。正式に申し込まれた場合は手加減しているが、こういう時は遠慮しない事にしているし。
ただのエルフと思って下に見てもらっちゃ困るのですよ、なんてね。
「俺はプレイヤー相手に戦うのが好きじゃない」
腹を踏んでいた足をどけ、倒れ伏している竜男を見下ろす。呻きながらも睨んできているが、正直この程度では全然怖くない。
少し笑ってしまうと目つきが更に鋭くなったため、調子乗ってんじゃねぇぞと顔面を踏みつける。
そのままぐりぐりと踏みにじっていたら、夢子に終わったと声をかけられたので足をどけ、訓練所へ歩き始めていた夢子の後に続く。
「――弱すぎて、相手にならないからだ」
そう、言い残して。
……やばい、今の俺超格好良かった。
背後で「だから言ったじゃねぇか! 絶対白黒コンビだから喧嘩売ったらまずいって!」とか言われているのも気分がいい。楽しいお!
プレイヤーに喧嘩を売った場合、被害者が訴えるか目撃者が訴えるかすれば相応の罰を与えられるが、諍いは絶えない。人間はそういう生き物だから仕方ないが。
ちなみに白黒コンビというのは俺と夢子の事だ。初めは銀髪と黒髪を指していたが、最近では装備の対極的な色も含めてそう呼ばれている。
銀も黒もエルフとしては珍しくない髪色だが、二人組で動くエルフが俺達以外に居ないために割と初期の頃から使われている名称だ。
「珍しいわね、あんたが喧嘩売られるなんて」
ギルドの奥にある訓練所へ繋がる扉を開けてやれば、夢子が訓練所へ入りながらそう呟く。
有名になる前はエルフの二人組ということで因縁を付けられてよく喧嘩を売られていたけれど、最近は指南してくれと申し込んでくる奴が大半になっていた。
新参者は他人に喧嘩を売る余裕なんかないし、余裕が出てきた頃には俺達の事も知っていて喧嘩を売ってくるような真似はしないようになっているからだ。
「ま、たまになら悪くないからいいさ。時間の無駄にしかならないけど、ねッ!」
返事の途中で飛んできた矢を避け、次の瞬間襲ってきた剣を斜め前に飛んで躱す。
そのまま回転して脇腹を蹴っ飛ばし、相手が体勢を崩したところで槍をアイテムボックスから出して振り下ろす。
剣で受け止められ、ぎりぎりと押し合いながら睨み合う。そんな俺達を眺めて夢子は欠伸しているが、これは男の情熱をかけた戦いだ、負けられん。……なんつって。
「イース、いきなり襲いかかってくるなと何度も言っているだろう」
「はははっ、相変わらずいい反応だぜ、ショウ」
こいつはイースといい、人間で剣士をやっている。会う度に奇襲をかけられるが、負けた事はない。
お互い本気で戦っているわけではないし、今では挨拶みたいな物になってしまっている。
しばらく打ち合ってから、武器をしまう。
「てなわけで、よっす。お前らも第五に行く前に準備運動、ってところか」
「まぁね。前回は見送った円卓さんも参加するのか、これは油断できないな」
イースがにかっと笑いかけてくるので、こちらも微笑んで返す。
円卓さん、というのはイースの所属しているパーティの別称だ。
正式名称は【空の一家】だがリーダーを除いたメンバーの数が十二なため、そこから連想して円卓、という名が付けられたのだ。
俺達【高貴なる漆黒】もそうだが、【空の一家】も他者を入れることをよしとしない閉鎖的なパーティの一つだ。
その縁で、よく数が必要となるクエストには同行を頼んだり頼まれたりしていて、割と仲は良い。
勿論試練の塔も数が必要とされるが、試練なだけあって共闘は許されない。パーティ同士が塔内で遭遇することもないため、協力は不可能だ。
「まぁ、お互い頑張りましょう。よろしく、とリーダーに伝えておいてくれるかしら」
「あいよ、お手柔らかに頼むぜっ」
夢子はそう言いながら射撃場へ向かい、イースも手を振って道場へと消えた。俺も夢子の後を追い、射撃場へ歩を進める。
訓練所は、何を鍛えるかによってそれ専用の場所がある。弓矢や銃ならば射撃場、といったようにだ。
じゃ、さくさくっと訓練してスキルを磨きつつ、時間を潰しますか。
展開、更新共に遅くてごめんなさい……。
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