ウェディングプランナーの悪役令嬢が、自分を捨てた元婚約者とヒロインの結婚式をプロデュースし、式場でざまぁする
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一
元婚約者から、結婚式の依頼状が届いた。
封蝋には王家の紋章。差出人は第一王子クラウス殿下。一年前、王宮の夜会で私に婚約破棄を言い渡した、その人である。
「お嬢様。燃やしましょうか」
侍女のマリーが、真顔で暖炉を指さした。気持ちはありがたいが、王家の封書を燃やせば不敬罪だ。
私はペーパーナイフで封を切った。
便箋は三枚にわたっていたが、要点は三つしかない。
ひとつ。来春、男爵令嬢ミレイユ・ローズベリー嬢と婚礼を挙げる。
ふたつ。近頃評判の「グラント婚礼商会」に、式の一切を任せたい。
みっつ。過去のことは水に流そう。
みっつ目は、ほぼ原文のままだ。水に流すかどうかを決めるのは、普通は流された側だと思うのだけれど。
殿下が欲しいのは、式そのものより「かつての婚約者すら許して招き入れる、寛大な王子」という評判なのだろう。あの婚約破棄以来、殿下の判断を危ぶむ声が貴族の間でくすぶっていると聞く。私に式を任せれば、それが一度に美談へと塗り替わる。
便箋をたたみながら、私は一年前の夜会を思い出していた。
ミレイユ様は私の淹れた紅茶を一口飲んで倒れ、「エレノア様に毒を盛られた」と泣いたのだ。
毒など入っていなかった。私の侍女の荷物から出てきた小瓶にも、見覚えはない。それを知っているのは、私と、仕組んだ誰かだけだ。
婚約破棄を告げられたその瞬間、私は前世の記憶を取り戻した。
日本という国で、ウェディングプランナーとして十年働いていたこと。担当した結婚式は八百組を超えること。そしてこの世界が、通勤電車で遊んでいた乙女ゲーム『聖花のエンゲージ』の舞台であり、私、エレノア・グラントが、ヒロインをいじめて断罪される悪役令嬢だということ。
いじめた覚えはまったくなかったが、筋書きのほうは律儀に私を断罪しにきた。
社交界を追われ、実家の離れで三日泣いたあと、私は一つの結論に至った。
泣いていても、何も始まらない。ならば、前世の仕事をしよう。
この国の婚礼は、家同士の格式ばかりが重んじられ、花嫁と花婿の顔がまるで見えない。段取りは神殿任せ、料理は厨房任せ、当日に誰かが倒れても誰も責任を取らない。前世の感覚からすれば、改善点だらけの宝の山だった。
最初は男爵家の小さな式だった。次は子爵家。噂が噂を呼び、半年後には伯爵家の令嬢が「グラント商会に頼めないなら式を延期する」と言い出した。今では一年先まで予約が埋まっている。
かつて私を「悪役令嬢」と呼んでいた夫人方が、今は私の手帳の空きを奪い合っている。人生、何が幸いするかわからない。
「断ってしまいましょう、お嬢様。予約もいっぱいですし」
「そうね。普通なら、そうするわ」
けれど私は、便箋の最後の一文から目を離せずにいた。
――式は、王家にふさわしい格式あるものにしてほしい。
格式。その二文字を、私は指先でなぞった。
*
三日後、私は王宮の応接間にいた。
「よく来てくれた、エレノア」
クラウス殿下は、一年前と変わらない輝くような笑顔で私を迎えた。隣ではミレイユ様が、殿下の腕にそっと手を添えている。蜂蜜色の髪に、潤んだ大きな瞳。ゲームのパッケージで見たままの、守ってあげたくなる顔だ。
「過去のことで、君もつらい思いをしただろう。だが私は、もう気にしていない。君の才能は本物だ。だからこそ、私たちの門出を任せたいと思った」
殿下は扉のほうへ、少しだけ声を張った。控えの間の侍従たちに聞かせるためだろう。
「わたくしも、エレノア様と仲直りしたかったんです」
ミレイユ様が小首をかしげて微笑む。
「あ、でも、お茶はけっこうですわ。……ふふ、冗談です」
侍従のひとりが、気まずそうに目を伏せた。ここで私がお茶を淹れる理由などひとつもないのに、わざわざ口にするのだから大したものだ。
私は微笑みを崩さなかった。前世では、もっと手強い新婦の母親を何人も相手にしてきた。
「お二人のご結婚、心よりお祝い申し上げます」
嘘ではない。結婚はおめでたいものだ。誰の結婚であっても。
「式についてのご希望は、改めて詳しくお伺いします。お二人が一生に一度の日に、何をお望みになり、何を誓われるのか。それを形にするのが、私の仕事ですから」
「では――」
身を乗り出す殿下に、私は深く頭を下げた。
「お引き受けいたします」
二
打ち合わせは、注文の嵐から始まった。
「大聖堂を白薔薇で埋め尽くしたいの。祭壇から入口まで、全部」
「式は春先です。王都の白薔薇は、まだ蕾もついておりません」
「そこをなんとかするのが、評判のグラント商会でしょう?」
ミレイユ様は悪びれもせずに言った。
「招待客は五百人。花嫁衣装は三着。披露宴で二回お色直しをして、最後は天井から花びらを降らせたいわ」
「席次は、宰相派と騎士団派が隣り合わないように。それから母上の席は、必ず父上より花道に近く」
殿下まで加わって、注文は一刻ごとに増えていった。
私は全部、手帳に書き留めた。
前世では、「無理です」と言うのは最後の手段だった。新郎新婦の無茶な注文の裏には、たいてい本当の望みが隠れている。白薔薇が一万本欲しいのではない。誰もが息をのむ入場がしたいのだ。
白薔薇は、南の領地にある温室から取り寄せる手はずを整えた。足りない分は白いリボンと銀の燭台で補い、祭壇までの道を作る。燭台の光を花に反射させれば、数は三倍に見える。
五百人の席次は、前世で使っていた付箋の方式で組み立てた。派閥ごとに色を分けた紙片を、大広間の図面の上で何十回も並べ替える。宰相派と騎士団派の間には、どちらにも顔の利く老伯爵夫妻を置いた。王妃殿下の席は、陛下より半歩だけ花道寄りに。
お色直しの時間は、料理を一皿増やして埋めた。花びらは、聖堂の天窓に職人を待たせて、手で撒かせる。
「……完璧だわ」
ひと月後、仕上がった進行表を眺めて、ミレイユ様がつぶやいた。不本意そうな顔だったが、褒め言葉には違いない。
ところが殿下は、進行表をめくりながら眉を寄せた。
「華やかではある。だが、何か足りない」
「と、おっしゃいますと」
「父上だ。父上はこの婚礼に、あまり乗り気ではない。男爵家の娘を王家に迎えることを、まだ快く思っておられないのだ」
ミレイユ様の笑顔が、一瞬だけこわばった。
「父上に『これぞ王家の婚礼だ』と言わせたい。華やかさではなく、格式が欲しいのだよ」
来た、と思った。
私は手帳の最後の頁を開いた。最初の打ち合わせの前から、そこに書いてあったことだ。
「でしたら、古式の誓約儀式はいかがでしょう」
「古式の?」
「建国の頃、王家の婚礼で行われていた儀式です。新郎新婦が神殿の聖火の前に立ち、定められた誓いの言葉を述べます。今の式では、神官の問いに『誓います』と答えるだけですが、古式では、お二人がご自身の口で誓文を唱えます」
私は、誓文を書き写した紙を差し出した。
「誓いの言葉は、こうです」
ゆっくりと読み上げる。
「『これまで互いのため、いかなる偽りも用いなかったことを誓う』」
応接間が、しんとした。
「古い言い伝えでは、誓いに偽りがあれば、聖火が黒く変わるとされております」
「まあ」
ミレイユ様が、くすりと笑った。
「炎が黒くなるなんて、おとぎ話でしょう?」
「最近はほとんど執り行われておりませんので、形だけの古い伝統だと思っておられる方が多いようです」
私は事実だけを答えた。
「記録によれば、最後に行われたのは百年以上前です」
「百年か。それはいい」
殿下が身を乗り出した。
「建国王の時代の儀式を、百年ぶりに私が復活させる。父上も、口うるさい古参の貴族どもも、文句のつけようがない」
「でも、殿下……」
ミレイユ様が、殿下の袖を引いた。
「誓いの言葉、ちょっと堅苦しくありませんこと?」
「ミレイユ。君は王家の花嫁になるのだ。堅苦しいくらいがちょうどいい」
殿下にそう言われてしまえば、彼女に返す言葉はない。ミレイユ様は誓文の紙をしばらく見つめていたが、やがて花のように笑った。
「そうですわね。百年ぶりの儀式で誓う花嫁なんて、きっと歴史に残りますもの」
残るだろう、と私も思った。
*
帰りの馬車で、私は窓の外を眺めながら、前世の記憶をたどっていた。
『聖花のエンゲージ』には、通常のルートでは決して見られない隠しイベントがあった。古い神殿で、聖火の前の誓いが黒く燃え上がる場面だ。攻略サイトの片隅に、ひっそりと書かれていた一文を覚えている。
――聖火の誓約は本物。誓いに偽りがあれば、炎は必ず黒く染まる。
この世界がゲームの筋書きどおりに私を断罪したのなら、ゲームの設定どおりに炎も燃えるはずだ。
私は罠を仕掛けたつもりはない。古式の儀式を提案しただけだ。誓いに偽りがなければ、炎は清らかに燃え、百年ぶりの美しい儀式として、殿下の望みどおり歴史に残るだろう。
どちらになるかを決めるのは、私ではない。誓う二人だ。
*
儀式を執り行うには、神殿の立会人が要る。
翌日、私は王都の大神殿を訪ねた。奥の聖火の間では、若い神官がひとり、炎の番をしていた。
「グラント商会のエレノア様ですね。お噂はかねがね」
神官ノエル様は、穏やかな灰色の目をした青年だった。古い儀礼と典籍の管理を任されているという。
「この炎は、建国の頃から一度も絶えたことがありません。ご覧になるのは初めてですか」
「ええ。思っていたより、小さいのですね」
「誓いを聞くには、これで十分なのですよ」
彼はそう言って、薪を一本くべた。
「クラウス殿下とミレイユ様の婚礼で、古式の誓約を執り行いたいのです。立会人をお願いできませんか」
ノエル様の手が止まった。
聖火が、ぱちりと小さく爆ぜた。
彼は炎から目を離さないまま、静かに言った。
「失礼ですが、エレノア様。一年前の夜会の件は、存じ上げております」
「ええ」
「その上で、お尋ねします」
灰色の目が、まっすぐに私を見た。
「本当に、あの儀式を?」
三
婚礼の日は、雲ひとつない快晴だった。
夜明け前から、私は大聖堂にいた。南の温室から届いた白薔薇は三千本。祭壇へ続く道の両側に、銀の燭台と白いリボンを交互に並べていく。朝日が天窓から差し込むと、燭台の光が花びらに跳ね返り、聖堂の中が白くかすむように輝いた。
「……一万本、あるように見えますね」
マリーが呆然とつぶやいた。
「見えればいいのよ。数えるお客様はいないもの」
五百の席には、色分けした札を置いてある。宰相派と騎士団派の間には老伯爵夫妻。王妃殿下の席は、陛下より半歩だけ花道寄り。天窓の上では、花びらの籠を抱えた職人が三人、合図を待っている。
進行表は、分刻みで頭に入っていた。
祭壇の中央には、小さな真鍮の灯台が据えられている。今朝、大神殿の聖火から分けてきた火だ。建国の頃から一度も絶えたことのない炎が、白薔薇に囲まれて静かに揺れていた。
その傍らで、ノエル様が祭服の袖を整えている。
あの日、聖火の間で問われたとき、私はこう答えたのだった。
「お二人が、格式をお望みでしたので」
ノエル様はしばらく黙っていた。それから、ひとつだけ尋ねた。
「あなたは、あの炎が本物だとご存じなのですね」
「ええ」
「……わかりました。立ち会いましょう。誓いに偽りがなければ、何も起こりません」
それきり、彼はこの件について何も言わなかった。私も言わなかった。
*
鐘が鳴った。
扉が開き、殿下とミレイユ様が並んで入場する。天窓から花びらが舞い落ち、参列者の間から感嘆の声が漏れた。純白の衣装の裾が、白薔薇の道をなぞっていく。進行表どおり、一秒の狂いもない。
最前列で、陛下がわずかに目を細めるのが見えた。
殿下とミレイユ様が、祭壇の前に立つ。ノエル様が一歩進み出た。
「これより、古式に則り、誓約の儀を執り行います」
聖堂が静まり返った。百年ぶりの儀式だ。年配の貴族の何人かが、身を乗り出している。
「新郎、クラウス殿下。聖火の前にて、誓いの言葉を」
殿下が灯台の前に進み出た。参列者のほうへ半身を向け、よく通る声で唱える。打ち合わせで何度も練習した、堂々たる声だった。
「これまで互いのため、いかなる偽りも用いなかったことを誓う」
炎が、揺れた。
風はない。扉はすべて閉じている。それなのに、聖火は身をよじるように大きく傾き、その先端に、墨を一滴落としたような黒が滲んだ。
黒は、すぐに消えた。最前列の数人が、目をこすった。
殿下の笑顔が、ほんの一瞬だけ固まった。けれどすぐに、何事もなかったように花嫁を振り返る。
「新婦、ミレイユ・ローズベリー嬢。聖火の前にて、誓いの言葉を」
ミレイユ様は、動かなかった。
白いヴェールの下で、唇が震えているのが見えた。視線が、灯台と殿下の間を行き来する。殿下が、口の動きだけで何かを言った。
早く、と。
五百人の視線が、花嫁ひとりに注がれていた。陛下も、王妃殿下も、宰相も、騎士団長も。今ここで誓いを拒めば、それ自体が答えになる。
ミレイユ様は、震える足で灯台の前に立った。
「こ、これまで……互いのため……」
声がかすれる。
「いかなる、偽りも……用いなかったことを、誓う」
その瞬間、聖火が膨れ上がった。
真鍮の灯台から、黒い炎が噴き上がる。夜を煮詰めたような、光を飲み込む黒だった。天窓まで届くかと思うほど高く伸び、白薔薇の祭壇に長い影を落とす。
ミレイユ様が悲鳴を上げて後ずさった。殿下が彼女の腕をつかんだが、その手も震えていた。
私は進行表を胸に抱えたまま、壁際に立っていた。
私は何もしていない。灯台にも、炎にも、指一本触れていない。私がしたのは、お二人に誓いの言葉を読み上げ、書き写した紙を渡したことだけだ。
黒い炎は、まだ燃え続けている。
「……黒い」
最初につぶやいたのが誰だったのか、わからない。
「誓いに偽りがあれば、黒く……」
「では、あの言い伝えは――」
さざ波のように、五百人の参列者がざわめき始めた。
四
ざわめきを断ち切ったのは、陛下の声だった。
「神官」
低く、よく響く声だった。聖堂が水を打ったように静まる。
「これは、どういうことだ」
ノエル様は陛下に向き直り、一礼した。
「申し上げます。古式の誓約において、聖火は、誓いの言葉に偽りがあれば黒く変わります。神殿の記録に残る限り、例外はございません」
「言い伝えではないのか」
「この炎は、建国の頃から一度も絶えたことがありません。神殿はその間ずっと、炎が何に応えたかを記録してまいりました。百年以上前、最後に執り行われた誓約の儀でも、炎は黒く変わったと記されております」
「でたらめだ!」
殿下が叫んだ。その目が、壁際の私をとらえる。
「エレノア、貴様だな! 炎に細工をしたのだろう! 一年前の腹いせに!」
五百の視線が、今度は私に集まった。
私は進行表を閉じて一歩前に出ると、陛下に向かって深く礼をした。
「恐れながら申し上げます。私は、聖火に一度も触れておりません。今朝、大神殿から火を分けたのも、灯台を祭壇に据えたのも、神官様です」
ノエル様が、静かにうなずいた。
「私がご提案したのは、古式の儀式だけでございます。誓いの言葉は、打ち合わせの席で殿下とミレイユ様の前で読み上げ、書き写したものをお渡ししました。偽りがあれば炎が黒く変わるという言い伝えも、その場でお伝えしております」
私は顔を上げた。
「誓いに偽りがなければ、炎は清らかなままでした。何を誓うかを決めたのは、お二人です」
殿下が口を開け、何も言えずに閉じた。
陛下はしばらく私を見つめていたが、やがてゆっくりと視線を移した。白いヴェールの花嫁へ。
「ローズベリー嬢」
ミレイユ様の肩が跳ねた。
「一年前、そなたはグラント侯爵令嬢に毒を盛られたと申し立てたな。その件について、いまこの聖火の前で、偽りなしと誓えるか」
ミレイユ様は灯台を見た。黒い炎は、まだ細く燃え残っている。
彼女の顔から、血の気が引いていった。
「わ、わたくしは……」
唇がわななく。
「わたくしは、殿下に言われたとおりにしただけです!」
悲鳴のような声だった。
「倒れるふりをすれば、あとは殿下が何とかしてくださるって! 小瓶は、殿下の侍従がエレノア様の侍女の荷物に入れておくからって!」
「黙れ、ミレイユ!」
殿下が彼女の肩をつかんだ。
「言い出したのはお前だろう! 王妃になりたいと泣きついてきたのは、どこの誰だ!」
「殿下だって、エレノア様は口うるさくて堅苦しいから、婚約をなかったことにする口実が欲しいとおっしゃったじゃありませんか!」
言い合う二人の声が、聖堂の高い天井に反響した。五百人の参列者は、一言も聞き漏らすまいと息を詰めている。
――これまで互いのため、いかなる偽りも用いなかったことを誓う。
互いのために、二人は偽りを用いた。彼女は倒れる芝居をし、彼は証拠をこしらえた。炎は、その誓いに正しく応えただけだ。
陛下が手を上げた。それだけで、二人の声が止まった。
「侍従長。クラウスの侍従を、ひとり残らずここへ」
参列者の後方で、若い侍従がひとり、膝から崩れ落ちた。
あの日、王宮の応接間で、ミレイユ様の「冗談」に気まずそうに目を伏せていた男だった。
*
そこから先は、私の仕事ではなかった。
侍従はその場で、すべてを白状した。殿下の命で小瓶を用意し、夜会の最中に私の侍女の荷物へ忍ばせたこと。中身は、毒どころかただの色水だったこと。
陛下は婚礼の無効を宣言し、殿下には王宮での謹慎と、王位継承についての再審議を、ローズベリー男爵家には追って沙汰をと命じた。それから、私のほうを向いた。
「グラント侯爵令嬢。一年前の件、王家として詫びねばならぬ」
「もったいないお言葉でございます」
私は深く礼をした。胸のつかえが下りなかったと言えば、嘘になる。けれど、それより先に、私にはやるべきことが残っていた。
進行表の、最後の一行だ。
私は祭壇の脇に進み出て、参列者のほうへ向き直った。
「ご列席の皆様」
五百の顔が、こちらを向く。
「本日の式は、滞りなく、すべての儀を終えました。お帰りの馬車は、正面の扉より順にご案内いたします。お足元にお気をつけて、お帰りくださいませ」
一礼して、私は聖堂を出た。
嘘ではない。入場も、花びらも、誓約の儀も、すべて進行表どおりに執り行われた。一分の遅れもなかった。
*
聖堂の外に出たとたん、私は囲まれた。
「グラント様! うちの娘の婚礼も、ぜひ!」
「来年の秋に空きは? いえ、再来年でも構いませんわ!」
「あの……古式の誓約は、その、なしでお願いできますかしら」
最後のひとりは、扇で顔を半分隠していた。私は微笑んで手帳を開いた。
「もちろんです。何を誓うかは、新郎新婦がお決めになることですから」
手帳の空白は、日が傾くころには、ひとつ残らず埋まっていた。
ようやく人波が途切れ、大神殿へ続く石段に腰を下ろしたとき、背後で足音がした。
「お疲れさまでした、エレノア様」
ノエル様だった。祭服の上に外套を羽織り、手には真鍮の灯台を提げている。聖火はもう、もとの澄んだ橙色に戻っていた。
「神官様こそ。巻き込んでしまいましたね」
「私は、神官の務めを果たしただけです」
彼は私の隣に、少し間を空けて腰を下ろした。
「あなたは今日、一度も嘘をつきませんでしたね」
「プランナーですから。お客様に嘘をついたら、おしまいです」
「では、プランナーのあなたに、ひとつ伺っても?」
「どうぞ」
「あなたの手帳の空きは、いつになりますか」
私は手帳を見た。今日の騒ぎで、最後の空白まで埋まってしまっている。
「……二年先まで、いっぱいです」
「では、二年待ちます」
ノエル様は灯台を持ち上げ、穏やかに笑った。
「神官は、気が長いので。それに、次に古式の誓約を執り行うなら、今度は偽りのない二人がいいと思いまして」
橙色の炎が、ぱちりと小さく爆ぜた。
私は手帳を閉じた。顔が熱いのは、夕日のせいだということにしておく。
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