転校初日にデスゲームが始まってかなり最悪です
高校二年の春。親父の転勤で、埼玉から神奈川の高校に転校することになった。海無し県から海有り県へ。地元の友達には、大学の進学で戻るよと伝えておいた。
言っても、東京の大学に行く友達がほとんどだろうけど、俺には埼玉県内に志望の大学がある。志望というか、憧れの小説家が通っていた大学というだけなんだけど──。
「船堀 春樹くんですね」
転校初日、朝一番の校長室。校長先生は、一目でわかる物腰の柔らかいおじいさんだった。
書類と俺の顔を交互に見ながら、柔和な笑みを浮かべている。前の学校の校長は、いつも眉間に皺を寄せていて、どこか怖くて近寄りがたかったけど、この校長は、どこにでもいそうな普通のおじいさんだ。
「私は校長の、伊集院・ゴングュード・ラ・超拳士郎といいます。よろしくお願いします」
前言撤回だ。そんな名前の人間はこの世のどこを探してもいない。ケンシロウだけでもザワっとするところなのに、超拳士郎だ。おそらく只者ではない。
「私は名の通り只者ではありませんが──」
心を読まれた。新しい北斗神拳か。
「この学校は平和で豊かな高校です。どうぞ健やかにお過ごしくださいね」
校長はニコッと笑った。
そして隣の、メガネの男の先生が姿勢を正す。
「私は船堀くんの担任を受け持つ、弱 拳士郎です」
お前もケンシロウかよ。弱て何。苗字?
弱冷房車みたいなケンシロウがいるんだ。
「早速ですがクラスまで行きましょう。始業まであと──二分五秒です」
弱先生はメガネをクイっとする。
確かにちょっと噛ませっぽくて弱そうだ。
「ここから教室までの時間を計算すると──完全に間に合いませんね」
間に合うように管理しろよ。なんのためにデータキャラみたいなノリ醸し出してんだ。
そう言いながら弱先生はゆったりと腰を上げ、ポケットから出したフリスクをガチャガチャ振って、ドバドバ出した中身を一気に口の中に放り込んだ。
「んんあふお」
弱先生は多分『行きますよ』って言った。
その静かな足取りについてゆく。
◇
二年三組。俺のクラスの前に着く。廊下の壁越しにクラスの賑やかさが伝わってくる。
「んふ。ふーふふ」
なんでまだフリスク飲み込んでないんだよ。
多分『では。入ります』と言った弱先生が、ガラガラと教室の扉を開けた。
──静かな教室。廊下に伝わってきた賑やかさが嘘みたいにピタッと止んだ。誰かが引きずるようにおしゃべりをしていてもおかしくないのに、先生が来た瞬間に、皆が姿勢を正している。
真面目で平和な証なのだろうけど、なんだか不思議すぎる感覚だ。
そして扉を開けた教室の奥。窓のほうに、何やら、おじさんが三人いる。誰だろう。他の先生たちだろうか。
「だ、誰ですか、あなたたちは」
弱先生も知らなかった。
「我々はただの政府の者です。どうぞ、転校生の紹介を進めてください」
三人のうち真ん中の、口ヒゲを蓄えたおじさんが低い声でそう言いながらニッコリとした。政府の者って、なんでこんなところに……。
「では船堀くん、自己紹介をどうぞ」
弱先生は納得したようで、そう進めた。先生がそう言うならいいのか。
息を整え、小さく吸い込む。
「埼玉から来ました、船堀 春樹です。よろしくお願いします」
軽く会釈をする。可もなく不可もなく。それはクラスで浮かないための、自己紹介の鉄則だ。
弱先生が横目でこちらをじっと見る。
「……一発ギャグ七連発」
ぼそっと囁くように言われた。
やるわけないだろ。ふざけんな。
「……チッ」
無視していたら舌打ちされた。教室が静かになった理由、コイツが嫌われてるからじゃないのか。
「では船堀くんは、高橋さんの隣のバランスボールに座ってください」
なんで席がバランスボールなんだよ。
「……」
クラスは変わらず、めちゃくちゃ静かだ。
これバランスボールもスベッてるだろ。
あと周りの奴ら全員普通の椅子じゃねえか。
転校生を初日からイジメんなよ。
腹が立ったので、真っ直ぐバランスボールに突き進み、くっと腰を下ろした。俺には水泳で鍛えた体幹がある。これくらい何ともない。
「船堀くん」
「え、あ、はい」
「私、高橋ユリア。よろしくね」
ユリアさんは慈母のような笑みを浮かべた。まるで後光の差すような麗しい、お姿。うっかりバランスボールから転げ落ちそうになったが、踏ん張った。ユリアさん。俺はあなたのことが好きになりました。今。
「先生、後は私らがやりますので」
「え、どういうことです?」
黒板の前で大人たちがゴチャゴチャいっている。自称・政府の人が弱先生に何か用件を伝えているように見えた。
「先生は、この場にはいりません。出てってくださいな」
「いや私はこのクラスの担任ですし──」
「おもんない奴は出てけ!」
政府の人の強い声。教室に小さな拍手が一瞬だけ沸いた。先生はやっぱり嫌われていた。
弱先生はわかりやすく肩を落とし、トボトボとしながら教室を出ていった。
政府の人の一人が、扉をガシャッと閉め、その前に立つ。もう一人は教室の後ろのほうに周り、やはり扉を塞ぐように立った。なんだ……?
そして一番偉そうな口髭のおじさんが、ゴホンと咳払いをしてから、教卓に手をついた。
「さて──デス・ゲームの開幕です」
おじさんはニヤリとした。何の冗談だ。
お前こそおもんないだろ。
そう思った瞬間、おじさんは胸ポケットからピストルを抜き、ゆっくりと天井に向けた。
──ガギュンッ!
発砲。エアガンにしては強烈な音。
漂う火薬の匂い、煙。
パラパラと落ちてくる天井の欠片。
──まさか。
「私はプログラム担当者の田中です。これは冗談ではありません。生き残るのは、最後のゲームをクリアした人のみ。皆さんの命は、軽々しく、このデス・ゲームに賭けられました」
元々静まり返っていた教室に、冷えたような痛い空気が漂っている。俺も、誰も、何も言葉を発せない。
「皆さんには一人一つ、武器を支給します。こういうの、見たことあるでしょう」
田中は教室の後方を指差す。後ろの扉が外から開き、大きなバッグがいくつも運ばれてきた。
「フッフッフ。勝ち残るために、他の生徒を殺さなければならない場面も出てくるでしょうねぇ」
田中はニヤリと笑う。
冗談じゃない。転校初日からなんてことに。
というかプログラムって、なんなんだ……。
「今日は他の生徒は全員、帰しました。今この校舎にいるのは、貴方達だけということです。学校の敷地内、それがゲームの舞台となります」
──まるで趣味の悪い漫画のようだ。
政府って言ってたけど、警察は?
親はこのことを知っているのか?
「まずはそのバッグを持って、一人ずつ教室を出てもらいます。教室を出る際に、爆弾を内蔵した首輪を装着させて頂きます。ルールに違反した者、ゲームに負けた者はその場で──」
田中は中指をスッと立ててから、
指をパッと開いた。
「BOM! あの世行きだぁ」
──狂ってる。
あまりにもフィクションの世界。
ニヤニヤと笑う田中の、悍ましい顔。
嘘だろ。嘘だと言ってくれ。
教室のみんなはじっと黙っている。
足が震えるのは、俺がバランスボールに座っているせいなのか……?
「……ふむ」
田中はニヤケヅラをやめて、何かつまらなさそうな顔をした。そして再びピストルを抜き、今度はそれを前方に構えた。
──ガギュンッ!
教室の後ろの壁に、弾丸が突き刺さった。
濃くなる火薬の匂いと静寂に包まれる教室。
田中はそのポーズのまま、黙っている。
そして銃口にフッと息を吹きかけた。
「えー。出席番号一番。青木レント」
田中は教室の最前列、一番右端の男子生徒に向かって、銃を構えた。
「立ちなさい」
──おい、やめろ。何をする気だ。
青木は言われた通り、スッと立ち上がった。
「青木」
「はい」
「お前──なぜ取り乱さない?」
つまらなそうにしてたのは、そういうことか。俺たちが混乱して、取り乱して、悲鳴でもあげれば満足だってことかよ──。
青木は小さく息を吸う。
「ここで取り乱した生徒は、見せしめに殺される。それがテンプレの展開だからです」
青木は淡々と述べた。
いや確かにそうなんだが、テンプレって、漫画ではそうかもしれないけど──。
「チッ。出席番号二番、岩倉ナギサ。立て」
青木の後ろの女子が、凛々しくスッと立ち上がった。サラサラした髪の、キリッとした横顔が見える。
「岩倉。お前はどうだ」
「はい。まだ、ルールを全て聞いたわけではありません。取り乱すには、まだ条件が足りていませんでした」
──ん? 条件って、冷静すぎないか。
強靭なメンタルの持ち主なのか。
変わらず静かな教室に、田中のつまらなそうな舌打ちが響く。
「あー、もう座れ」
青木と岩倉がスッと座った。
「ルールは、お前らが全員この教室を出てから、校内放送で発表される。よーく聞くことだな。お前らは簡単に、死ぬからなぁ」
ニヤリとする田中に、どうしてだか教室の静かさは、怯えではないように感じ取れた。
「最後に一つ。質問を受け付けよう。何か聞きたいことがある奴はいるか?」
田中のその発言に──
クラス全員が手を挙げていた。
なんだ、このクラスは。
「チッ。そしたら、あー、出席番号三十六番、渡辺リュウゴ」
渡辺はスッと立ち上がる。
「ゲームに勝ち残れば生き残れると、田中さんはおっしゃいました。つまり、生き残りは必ずしも一人ではない、ということでしょうか」
突然、本質を突くような質問。
この場面でそんな質問が出来る奴がいるのか。
「ルール上はそうだが……これまでのプログラムで、そんな都合のいいことは起きてませんねぇ。人が! 人を殺す! そういう状況に、簡単に陥るのですよ……」
田中はニヤニヤと趣味の悪いことを述べた。
渡辺はスッと会釈して、すぐに着席した。
「ん、渡辺。今の私の答えに、聞きたいことはないのか?」
田中は虚を疲れたように渡辺に聞き返した。
「あ、質問は一つとおっしゃっていたので、また質問をすれば殺されると思い、座りました」
冷静な渡辺。
──流石におかしいだろ、このクラス。
「あー! 面白くない! とっとと始める!」
田中は拗ねたようにして教卓をドンと叩いた。
「出席番号順に! 青木から出てけ!」
青木はすぐにカタッと立ち上がり、教室の後ろにスタスタと歩いていって、大きなバッグをぐっと抱えた。
その青木に、後ろの入り口を塞ぐ政府の人が、ガチャンッと金属の首輪をつけた。追ってピピっと電子音が鳴った。
「行け」
政府の人の促しに、青木は大きく息を吸う。
「全員体育館集合な! 力を合わせて全員で帰るぞ!」
青木はそう叫んで、走り去っていった。
何度も舌打ちする田中に、揺れない教室。
続いて二番の岩倉が青木と同じようにして、出発準備を終える。
岩倉は大きく息を吸う。
「私は高校生らしからぬメカへの知識がある! 体育館集合ね!」
岩倉はそう叫んで、走り去っていった。
なんかそれって、首輪のシステムをハッキングして、解除するキャラとかじゃ……。
そして三番の女子も続いて立ち上がった。
彼女も二人と同じように、澱みない動きで出発準備を終え、息を大きく吸った。
「私はIQが百八十ある! 大体のパズルやトリックは解けるわ! 体育館集合ね!」
彼女はそう叫んで、走り去っていった。
──なんか、何とかなりそうな気がしてきた。
了




