第54話 沈み行く肯定
『ここは………どこだ………ろう』
『はは……俺、またやっちまったか……
まあ、みんな無事で……良かっーー
た
暗い。
闇色の中で。
一度落ちたらもう二度と上がっては来れないほど深い海底にゆっくりと沈んでいくようで。
むしろ気分は良かった。
あとは底まで、このまま沈んでいくだけでいいんだから。落ちるところまで落ちて、後はそんな絶望に身を任せていればいい。
けれど闇に底はない。
ボコン
ゴボボボボボ・・・・・・
自分の呼吸だけがやけに五月蝿くて邪魔だった。苦しくはない。怖くもないし、嬉しくも悲しくもない。人恋しさも全くない。
無気力で無感情で無目的。ただそう感じるだけ。そして水を掻くように手を動かすと、視界に二つの影が映った。
一つは自分に良く似た男の影。
もう一つは、輪郭が不確かで曖昧に
揺れている影。
『 そうか あれは僕の弟……か 』
そう頭が『 理解 』した瞬間ーー
体中を歪みが走った。
小さく揺れる影が僕を見る。
「にーちゃん……」
まだガキくせえ声。泥が付いた汚ねえ顔。たったそれだけの言葉。
そして次の瞬間には闇色が
バリンッ!と割れた。
※・* . * .*°。°* ・.・°・.・ *°。°*.*.※ ・*
白紫色の光が炸裂して反響音が裏返った。
僕の視界ギリギリで、小さく揺れていた影が跡形もなく崩れ去る。
砂漠の砂みたいに。
燃え尽きた後の灰みたいに。
誰にも知られずに。
思考が遅れて追い付く。
『また『 観られ 』た』
『 認めて 』……しまった』
心のずっと奥が初めて痛みを覚える。
そして深く刻まれる。
二度と忘れるな。そう言わんばかりに。
『これは……なんだ?』
『 感情 』ではない?』
『じゃあ、これはなんだって言うんだ?』
それは『 感情 』じゃない。
生まれたその瞬間から、
欠落したものが疼くだけの『 痛み 』
「駄目だ……」
声が出たのかどうかは知らない。
僕にはもう良く分からない。
「それじゃ駄目なんだ……」
「僕は………」
「決して『 それを 』してはいけなかった……」
誰かが叫んでいるのか?
観測を頑なに拒み続けるその声。
存在を世界から消そうと
してくる声。ーー否定者。
白紫色に染まった世界がだんだんと
遠のいていく。
最後に誰かの声がした。
優しく響く声。
なのにどうして、
言葉は時に甘く、
残酷なんだろう。
『 肯定は 麻薬だ 』
『 忌まわしい記憶 』は
己を蝕み続ける『 呪い 』だ
そしてーー
『 愛 』は……身を滅ぼすだけだ
その声は静かに宣告する。
『 君は 』
『 僕たちのようには なれないよ 』
『 僕 』という概念はひび割れ、
視界には別の少年が見えた。
灰青の瞳。栗色の髪。必死に何かを守るように
『 僕 』に叫んで伝えようとしている。
『 あれ 』は
『 俺 』
手を伸ばしかけた瞬間に
世界が強制的に切断される
---システムログ---
----接続遮断
---識別名:アルテナ・フォッティーゾ
-深層記憶領域:ロック
--原因:許容超過
--状態:強制シャットダウン
* . * .*°。 ・.・
『なんか、あったけえな。』
ぱちぱちと燃える暖炉の音。
だれが作ったかは知らない手縫いのブランケット。背中には滑らかな感触。ひびが入ったボロいカウレザーのソファ。
『そうか……なんだ。ここはジャーベスの
家か。』
「あが………」
喉がひどく乾いて張り付いている。
目蓋を開けるとそこには、
見慣れた木の天井があった。
「み……水……」
やっと出た声はちゃんと俺の声だ。
「……っ!!アルテナ?!気が付いた?」
そしたらリベッラが声を震わせて言ったんだ。
「ジャーベス!!アルテナが……」
がたんっ
がしがしがし
「……おお。アルテナ、お前やっと起きたか。」
「ふう〜……今回ばかしはマジでしんだかと思って焦ったぜー。」
「お前、あれから『 三日間 』もずっと目を覚まさなかったんだぞ?」
「は?『 三日間 』……だと……」
アルテナは二人の安堵した様子を眺めて胸に手を当て、いつもならあるはずの『 感覚 』が、ごっそりと抜け落ちたように感じていた。
理由はさっぱり分からない。
ただ一つ分かったことは
俺はまた、
なにかとんでもなく大事なものをーー
失ったってことだけだ。
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