工場無双 〜アカシックレコードに接続して色んなエラーに対応します〜
サンライズ物流。名前だけは太陽のように希望に満ち溢れているが、現実は窓一つない巨大な鉄の箱だ。
フォークリフトのけたたましいバック音、常に漂う排気ガスと機械油の匂い。そして、何万個という段ボールが放つ独特の埃っぽさ。それが俺、山城 透の職場のすべてだった。
俺は昔から物覚えが悪く、おまけに極度のシャイだ。休憩時間に明るい同僚たちから「ヤマさん」と話を振られても、愛想笑いで誤魔化すことしかできない。ここでも、教育担当である無口で職人気質の先輩・海崎 匠の背中を、ただオドオドしながら追いかけるだけの日々を送っていた。
海崎先輩は、極端に口数が少ない。だが、フォークリフトの腕は神がかっており、現場のベテラン層からは「おーいザッキー! こっちのパレットも頼むわ!」と絶大な信頼を寄せられている凄腕だ。俺がミスをした時も、先輩は決して怒鳴らず、無言で完璧なリカバリーをしてくれる。俺はその不器用な優しさに触れるたび、己の不甲斐なさに落ち込んでいた。
唯一の楽しみである遅番の休憩時間でさえ、食堂に行くと絶妙なタイミングで清掃スタッフに給湯ポットを片付けられており、カップ麺すらまともに食えない。俺はそういう、絶妙にツイてない日陰の作業員だった。
その日、サンライズ物流は月に一度の「棚卸し」の真っ最中だった。
倉庫内のすべての在庫を数え、データと完全に一致させる。ただでさえ全員がピリピリする日だが、今日の第3エリアの空気は最悪だった。
「なんで合わないんだよ!!」
エリア長の怒声がコンクリートの壁に響き渡る。
足りないのは、特注の工業用小型モーターが一つ。たった手のひらサイズの箱だが、これが一つでも欠ければ、納品先である大手メーカーの製造ラインがストップしてしまう。文字通りの「重大なエラー」だ。
「ザッキー! そっちの棚はどうだ!?」
「……ありません」
普段はどんなトラブルでも冷静な海崎先輩の横顔に、濃い疲労と焦りが滲んでいる。エリアの作業員数十人が総出で日付が変わろうとしてる中、広大な倉庫内を血眼になって探し回っていた。
(海崎先輩に、これ以上迷惑をかけたくない……!)
俺も必死に探した。だが、見つからない。数万の荷物が天井近くまで積まれた巨大倉庫の中で、たった一つの小箱を探すなど、砂漠に落としたコンタクトレンズを探すようなものだ。
時間が経つにつれ、現場の空気は絶望へと変わっていく。
(どこだ。どこにある。お願いだ、見つかってくれ……! 海崎先輩たちを、助けたい!)
俺が祈るように、強く念じたその瞬間だった。
視界が、ぐにゃりと歪んだ。
油臭い排気ガスの匂いも、フォークリフトのエンジン音も、一瞬にして消え去った。
気づけば俺は、見渡す限り黄金の光に包まれた、無限に本が連なる「超巨大な魔導書庫」の中に立っていた。
『――真理の扉を叩くは誰ぞ』
どこからか、脳の奥底を直接揺らすような、荘厳でオーバースペックな声が響く。
(なんだこれ……徹夜の棚卸しで、ついに幻覚が見えたのか!?)
パニックになりかけた俺の目の前に、半透明の光るパネル――どう見てもPCの「検索窓」がポップアップした。
『迷える子羊よ。そなたの純たる願い、我がレコードにアクセスする権利を与えよう』
なんだか分からないが、これを使えば見つかるのか!?
俺は直感に従い、頭の中で検索窓に文字を打ち込んだ。
【特注モーター ロット番号A-773 現在地】
『検索完了。其は深淵なる暗がりに落ちたり』
荘厳な声と共に、目の前に輝く古代ルーン文字が浮かび上がる。
『第六区画、沈黙の鉄塔の最下層。古き木々の骸の深き隙間に、身を潜めて眠る……』
……要するに、「第6エリアのラックの一番下、古いパレットの隙間に落ちてる」ってことか!
ハッとして息を吸い込むと、視界は元通りの埃っぽい倉庫に戻っていた。周囲ではまだ、作業員たちが絶望的な顔で探し回っている。
俺は無言で駆け出し、自分の黄色いフォークリフトに飛び乗った。
(第6エリア……出荷待ちの段ボールが山積みになってる、死角だらけの場所だ!)
エンジンを吹かし、ハンドルを握る。その時、俺の視界にだけ「黄金のオーラ」が光の道標となってコンクリートの床に浮かび上がっていた。
俺は無表情のまま、普段のオドオドした自分ではありえないスピードでリフトを走らせた。神のカーナビが示す最短ルート。一切の無駄なハンドル操作なく、第6エリアの最奥へと滑り込む。
そこには、誰も使っていない古いパレットが無造作に積まれていた。
俺はリフトの爪をミリ単位の精度で操作し、そのパレットの山をそっと持ち上げた。
「……あった」
木の隙間、ホコリにまみれた暗がりの中で、たった一つだけ黄金のオーラを放っている小さな箱。間違いない。探していた特注モーターだ。昨日の搬入時、誰かが台車から落とし、パレットの裏に蹴り込んでしまったのだろう。
俺は箱を掴み、全速力で皆の元へ戻った。
「……見つけました。第6エリアの、古いパレットの裏に落ちてました」
俺が箱を差し出すと、現場の時間がピタリと止まった。
「お、おおおおお!? マジか!!」
「でかしたぞヤマさん!! 助かったぁぁっ!」
エリア長が歓喜の声を上げ、同僚たちが次々と俺の肩を叩く。「どうしてあんな死角に落ちてるって分かったんだ!?」と聞かれたが、俺はシャイな性格をフル稼働させて「たまたま、気になって……」とだけ答えて目を逸らした。
騒ぎの中、海崎先輩がスッと俺の前に歩み出てきた。
いつもより鋭い目つきで、俺をじっと見つめる。俺は思わず息を呑んだ。
すると先輩は、フッと口角をわずかに上げ、ボソッと呟いた。
「……山城くん、よく見つけたな」
そのたった一言が、どんな大げさな称賛の言葉よりも、俺の胸を熱くした。
サンライズ物流には、今日も色んなエラーが転がっている。
機械の故障、棚卸しのミス、数の合わない在庫。
どうやら俺は、誰かを助けたいと強く願った時だけ、宇宙の真理という超巨大データベースに接続できるらしい。
もちろん、この力は海崎先輩や現場のみんなを助けるために使うつもりだ。
……が、その前に。
俺は脳内の検索窓に『食堂 給湯ポット回収 時間』と打ち込んだ。
『神託下る。回収の刻まで、残り三分十二秒なり……!』
よし。全力で走れば、お湯を入れて三分待つだけの時間は十分にある。
俺は作業着のポケットにシーフード味のカップ麺をねじ込み、誰よりも早く休憩室へと駆け出したのだった。




