3 結婚生活 sideエマ
結婚したエマとリュカは小さな借家で暮らし始めた。
エマは、かなり自分勝手な主婦生活を送っている。
エマの朝は遅い。ダラダラと起きて顔を洗いダイニングに向かうと、テーブルには一人分の簡単な朝食が用意されているのが常だ。リュカはもちろん、とっくに出勤している。悠々と起きて夫の作ってくれた朝食をのんびり食べるエマは、傍から見れば主婦の風上にも置けない女だろう。だが、そんなことは知ったこっちゃない。
エマは、手柄欲しさにエマを騙して利用したリュカをこれっぽっちも許していなかった。
掃除と洗濯はきちんとしないとエマ自身が気持ち悪いので丁寧にやったが、夕食はエマの好物ばかりを作り、リュカの好みは一切無視した。リュカの好き嫌いなど聞く耳は持っていない。いいから黙って食えスタイルである。ただしアレルギーは別問題なので、その有無だけはリュカに確認した。エマは鬼ではない。
夜の生活も完全にエマのペースだ。リュカに誘われても気が乗らなければ「気分じゃない」の一言で断る。けれど、エマがしたくなった時はリュカの上に乗っかり、問答無用で応じさせた。
結婚して認識したが、リュカは意外な部分で真面目な男だった。
時折騎士仲間で飲みに行ったりはするが、娼館への誘いはいつも断るのだそうだ。リュカ本人から聞いた訳ではない。騎士団員の妻たちによる【懇親会】という名の面倒くさい奥様ランチ会に呼ばれた際に、先輩騎士の妻たちから教えられた。
「いい旦那様よね」
と口々に言われ、内心⦅娼館遊びなんて浮気のうちに入らないでしょ? 自分が男だったら絶対行くしな!⦆と思いつつ、エマは愛想笑いを浮かべ「ええ本当に」と適当に相槌を打っておいた。
その日の夜、リュカにどうして娼館遊びをしないのかと尋ねたら、何故か涙目で「エマを愛してるからだよ」と告げられた。愛してるぅ? エマを騙して囮にしたくせにぃ?
その後、表面上は穏やかな結婚生活が1年、2年と続いた。
結婚して3年が経った頃、エマはなかなか子供を授かれない事に焦りを覚えるようになった。隔月一度の奥様ランチ会でも「子供はまだ?」とせっつかれるようになり、苛々してリュカに当たり散らす事も増えた。
リュカからは、嫌な事を言われるようならランチ会に参加しなければいいのではと提案されたが、負けた気がするから逃げるのはイヤだった。
リュカは何度も「俺はエマさえ側にいてくれればいい」と言ってくれたけれど、エマはどうしても子供が欲しかった。理屈ではない。エマの中のオンナが子供を求めているのだ。
だが、結婚生活5年目を迎えてもエマの望みは叶わない。
エマよりも後に結婚した兄には既に二人の子供がいた。兄家族は両親と同居している。エマの足は次第に実家に向かわなくなり、いつの間にか両親とも兄とも疎遠になってしまった。リュカはそんなエマを心配し「二人でエマの実家に遊びに行こう」と幾度か誘ってくれたが、エマは首を縦に振らなかった。平民学校時代からの仲の良い友人達も、この頃には全員家庭を持ち母親になっていた。たまに皆で集まっても子育ての話に加われないエマは疎外感を感じるようになり、次第に友人達とも連絡を取らなくなった。わかっている。両親も兄も兄嫁も友人達も、誰もエマに悪意なんて持っていない。ただ、一方的にエマが妬み、嫉み、僻んでいるだけだ。何という情けなさだろう。
夜、エマが寝台で声を殺して泣いていると、必ず気付いて黙って抱き締めてくれるリュカ。優しい夫だと思う。
けれど、この男はエマを騙して危険にさらした裏切り者だ。
決して信じることは出来ない。
結婚して7年が経ち、エマは24歳になっていた。
その日は雨だった。
夕刻、窓の外を眺めていると、エマの中で何かが突然、プツリと音を立てて切れた。
エマは金庫の中の全財産と身の回りの物をトランクに乱暴に詰め込み、独り家を出た。リュカに置き手紙一つ残さずに……。




