落ち葉の記憶
駅からの帰り道、公園の前を通りかかると、娘がしゃがみこんだ。
「パパ、見て。ハートの葉っぱ!」
小さな手で大事そうに差し出されたのは、赤く染まったモミジの葉。
ぎゅっと握られて、端が少しくしゃりと折れている。
「かわいいね」と笑って受け取った瞬間、胸の奥がふわりと揺れた。
——そういえば、母も、こんなふうに落ち葉を拾っていた。
俺がまだ幼かった頃。
「きれいな葉っぱ、探しに行こう」と、母はよく袋を片手に散歩へ誘ってくれた。
イチョウ、モミジ、桜の葉。
赤や黄色、オレンジに染まった葉を一枚ずつ拾っては、
「これはお日さまみたい」「これはハートの形だね」と、笑っていた。
正直、俺は葉っぱよりも、木の根元にいるダンゴムシの方が面白かった。
けれど、母の声が弾むたびに、つられて嬉しくなって、
「これ、きれいじゃない?」と自慢げに差し出した。
拾った葉は新聞紙に並べて、アイロンで押し葉にするのが母のやり方だった。
「こうやっておくと、ずっときれいに残せるんだよ」
そう言って目を細めていた、あの横顔を、今でもはっきり思い出せる。
やがて思春期が来て、部活や受験に忙しくなり、
秋が来ても、空の色も木の香りも、気にすることはなくなった。
母が亡くなって、七年が経つ。
最期まで穏やかで、枕元に置かれた古い手帳には、押し葉が一枚挟まっていた。
そのページの隅に、小さな字でこう書かれていた。
「今年も紅葉がきれい」
娘はまだ、地面を見つめながら、新しい葉っぱを探している。
俺はその小さな背中を見つめながら、足元に落ちていた一枚をそっと拾った。
「これは、お日さまみたいだね」
心の中でつぶやいたとき、風が吹いた。
一瞬、母の声が風に紛れた気がして、思わず立ち止まった。
——俺も、父親になったんだな。
今年も、秋が来た。
小さな手を包むように握りながら、俺はもう少しだけ、ゆっくり歩いて帰ることにした。




