水族館デート⑦:青年は少女にプレゼントを贈る
水族館に到着してから、早数時間が経過した。
あの後、ペンギンを思う存分堪能した俺たちは、イルカショーを見学したり、温室系の動物や魚などのエリアに行ったり、カフェエリアで休憩したりなど、水族館の中を楽しく堪能していった。
時間も夕方になってきていたので、最後に寄ったお土産コーナーでは、ペンギンのぬいぐるみをえらく気にっていたのだが、その値段を見て『私じゃ無理ね……』と悲しがっていた。
後は水族館を出て池袋まで一緒に帰ったら、そのまま解散となり、今日の遊び(デート)は終了する。
ということで、今はお互いに手洗いに行っている最中で、俺は藤原さんに前回の反省を生かし、女子トイレの前で待ってもらうことにしている。いつどこで、ああいった輩が出てくるか分からないからな。少なくとも女子トイレの前であれば、そうそう声をかけられることはないだろう。
「ごめん、待たせた」
「ううん、大丈夫よ。それにしても、葉桜君は心配症ね。流石に水族館の中で前みたいなことは起きないわよ」
「それは分からない。傍から見ても藤原さんは可愛いからな。たまたま男だけで来ていたグループに声をかけられることだってあるかもしれない」
そう答えれば、藤原さんの顔は少し赤くなる。その初々しい反応がほんと可愛くて仕方ない。
「も、もう。だからいきなりは止めてって言ってるのに……」
「あははは。つまりこれからは可愛いと言っていいか確認すればいいのか?」
「そ、それはもっとダメよ! 逆に恥ずかしくなるわ」
じゃあどうしろと言うんだ……。全く、藤原さんには困ったものだ。まぁそういう答えになるとわかってて言ってるのもあるんだけどな。
藤原さんと無事合流も出来たので俺たちは水族館を後にし、駅へ向かいながら、水族館での感想を話し合っていた。
「意外と水族館って一通り見て回るのに時間かかるよな」
「そうよね。今日はいっぱい歩いたから家に着いたらそのまま寝ちゃいそうだわ」
「それ、めっちゃ分かる。でもそれくらい楽しかったんだから仕方ないさ」
「そうね。ペンギンも見れたし、イルカショーも見れた。……ほんと葉桜君が誘ってくれてよかったわ。そうじゃなかったら今頃、ここに来ていないか、優花と来ていたと思うから」
「そっか。それはよかったよ。まぁ元々は藤原さんが行く予定のところに俺が名乗りを上げただけだけどな」
「それでもよ。やっぱり、こうして家族以外の人と行くのってそれだけで新鮮で楽しいから……」
そうして駅に着き、改札を抜けた時にふと、藤原さんは俺が持ってる大きな紙袋を指さしながら尋ねてきた。
「ねぇ、葉桜君。さっきから気になってたんだけど、その袋は何かしら。手洗いに行く時までは無かったわよね?」
「これか? まぁそりゃ気が付くよな。手洗いに行ってきた帰りにさっきのお土産コーナーで買って来た物なんだよ」
「へぇ、そういえば妹さんいるもんね。何を買ってあげたの?」
あぁ、そう勘違いするか。と俺は思った。以前妹がいることは伝えてるし、そりゃそう思うのが普通かと苦笑する。なので、さっさとネタ晴らしするのが一番だと思い、俺は誰に向けて買ったものかを藤原さんへ伝える。
「違うよ。本当は解散する時に渡すつもりだったけど、まぁいいか。……それじゃあ、はいこれ。藤原さんへのプレゼントだ」
「……え、えぇ!? わ、私へのプレゼント!?」
以前、ショッピングモールでのデート終わりに渡した時とはまた違った反応なので、俺はほんとに見ていて飽きないなと思った。
「え、えぇ? だって、私、今日は別に何か特別な日とかじゃないのに……」
「プレゼントを渡すのに、特別な日とか必要か? 純粋に今日が楽しかったから、それのお礼のつもりだったんだけど……」
「だ、だとしたら受け取れないわ。だって、私、何も用意してないわ」
「それこそ、気にしなくていいさ。俺が勝手にそうしたいと思っただけだ。だから、ここは受け取れないじゃなくて、ありがとうと言って欲しいな」
「……もう。なんだか、この前の時も似たようなこと言われた気がするわ。……うん、そうね! それじゃあ、葉桜君、ありがとう! プレゼントとっても嬉しいわ」
最後は観念した感じではあったけど、藤原さんは少しだけ照れつつも俺のプレゼントを受け取ってくれた。
「えと、じゃあ……、早速中身を見ていいかしら」
「あぁ、是非見てくれ」
そう答えると、藤原さんは紙袋の中身を確認し、信じられないと言った表情で俺の顔を見る。どうやら俺が何を何個買ったのか知ったようだ。
「は、葉桜君……、これ、私が見てたペンギンのぬいぐるみじゃない。……それに、1つじゃなくて、何で2つなの? いえ、それよりもこんなに受け取れないわ! だってこれそんな簡単に出せる額じゃなかったはずよ?」
俺が買ったのはXLサイズの皇帝ペンギンのぬいぐるみだ。値段としてはまぁ確かにバイトもしていない学生がおいそれと2つも買うのは躊躇するな。と言うか1個でもあまり買いたくないと思う。
「あぁ、それ、1つは藤原さんのだけど、もう1つのは優花ちゃんの分だよ。水族館を見て回ってる最中に、この前プレゼントしたクマのぬいぐるみを優花ちゃんが欲しがってたと言ってただろ? だから今回は姉妹揃ってプレゼントしようかなって」
「そ、それは嬉しいけど。……違くって! だからどうしてこれなのよ。普通に4桁してたじゃない。なのに2個もだなんて……」
まぁ藤原さんならそう言うだろうな。確かにプレゼントするなら、何もそれじゃなくても小さいペンギンのぬいぐるみとかあったもんな。なので素直にここは俺の考えを伝えるんだ。
「だってさ藤原さん、それが一番気に入ってたんだろ? それに一番楽しんでたのってペンギンのコーナーだったし、ならプレゼントするならそれが良かったんだ。値段なんて気にしなくていい。俺にとっての報酬は、……そうだな。そのぬいぐるみを大事にしてくれることかな」
「……そんなこと言われたら、何も言い返せないよ。……う、うん! 葉桜君、ありがとう! あのね、本当はすっごく嬉しいの! 優花の事も考えてくれるなんて思いもしなかったわ! だから一生大切にするわ!」
藤原さんは満面の笑みを浮かべながら俺にそう感謝の言葉を言ってくれた。
「あぁ、是非とも大切にしてくれ」
「でも……、貰いっぱなしだと、少し気が引けるわね。私、何かあなたに返せないかしら?」
何を返せるか……か。それは考えもしなかったな。俺にとっては藤原さんが喜んでくれれば、正直それが俺にとっての《《お返し》》になる訳だし。と藤原さんに答えても納得してくれはしないか。……なら少しだけ欲張ってみるかな。
「なら、今度こうして2人でまた遊びに行くのはどうだ? 10月は文化祭の準備とかもあるから、11月か12月にでもさ……」
「え、そ、それだけでいいの?」
「俺にとってはそれだけじゃないんだがな。……それで、藤原さん的にはお返しになるかな?」
「え? そ、そうね。葉桜君がそれでいいって言うなら、私からは何も言うことはないわよ」
「そうか、ならそれで。あぁ場所については安心してれ。藤原さんでも楽しめる場所になるはずだ」
「……それ、本当にお返しになるの?」
「俺にとってはな。あははは」
藤原さんは俺がそう答えると『そっか』とはにかみながら呟く。今日はほんと色んな藤原さんを見た気がするな。
電車に乗りつつ、それ以降も小説やら学校の事やら色々話していたらいつの間にか最寄り駅についてしまった。ほんと君と話してると時間の進みが早いよ。
「さて、今日はこれで解散だな。高橋の代わりにエスコートはちゃんと出来たかな?」
「ふふふ、えぇ、もちろんよ。とっても楽しかったわ! それにプレゼントもありがとう。また学校でね」
俺たちはそこで別れの挨拶をし、藤原さんは紙袋を大切に抱えながら帰って行った。




