水族館デート④:デートの約束(真昼視点)
──俺と、一緒に水族館に行かないか?
一瞬、彼が何を言ってるのか分からなかった。誰が誰とどこに行かないか? 少しずつ、頭がクリアになっているのを感じる。……ええぇと、今この場にいるのは私と、葉桜君の2人だけ……。じゃあ、葉桜君が私に言ってるってこと?
じゃあ、どこに行かないかって? さっき葉桜君も言ってたけど、水族館って言ってたわね。じゃあ、彼が私を水族館に行かないか、……誘ってるってこと!?
そこまで思考が回復した私は、今どんな状況になっているのか徐々に理解してきた。いや、でも、だって、今まで彼からそういうお誘いはなかったのよ。以前、ショッピングモールで2人で遊んだときはたまたま偶然居合わせたから、誘われただけであって、こうしてちゃんとお誘いを受けたのは今日が始めてだ。
(ど、どうしよ。さっきまで健斗のこと考えてたのに、一気に葉桜君のことで頭がいっぱいに……、だってこれってデートの誘いってことよね!?)
顔が熱くなるのを感じ、頭がまた混乱し始めていたら、葉桜君が我に返ったと言わんばかりに、慌て始めてることに気が付いた。
「え、あ、いや、違……。今のは別にデートの誘いって訳じゃなくて、せっかく先週から服とか準備してたのに、それを無駄にするのはなんか嫌だなって、思って……。ああぁ、違う。そうじゃなくて……」
今までにないくらい狼狽えてる葉桜君を見て、逆に冷静になった私はクスリと笑ってしまった。だって、そこにはこれまでの彼の印象とは違う。顔を赤くし、あたふたしてる葉桜君がいたからだ。そして彼は『こんなこと、言うつもりなかったのに……』と額に手を当てて激しく後悔してるように呟いていた。
(なんで葉桜君、そんなに罪悪感を感じてるような表情なの?)
それが無性に気になった。
「ねぇ、葉桜君」
「……はい」
「なんで、そんなに罪悪感があるような表情になってるの?」
「……、──れは────で、君の──ちを蔑ろに────」
「? ごめんなさい、声が小さくて……」
彼が小さく呟くのであまり聞き取れなかった。どうやら彼からしても恥ずかしいことを言っているらしく、顔がさっきよりも赤い。でも観念したのか、意を決したかのように半ばやけくそ気味に葉桜君はさっき呟いた言葉を今度は私にも聞こえるように言ってくれた。
「あぁもう! これは俺の都合で、君の気持ちを蔑ろにした言葉なんだ。そりゃ、罪悪感も感じるさ。って言ったんだよ!」
それを聞いて、私の胸が一瞬ドキッとした。その理由までは分からないけど、なぜだかまた顔が熱くなってくるのを感じる。
「葉桜君の、都合?」
「あぁそうだ。……藤原さんが高橋の事が好きなのは知ってる。んでもって、今回のデートを相当楽しみにしているのも知ってるんだ。にも関わらず、ドタキャンされて傷心中の君に俺が水族館に誘ったんだぞ? 友達だとしても度が行き過ぎてる」
「……友達なのに、ダメなの?」
「ショッピングモールとかファミレス程度なら遊びと思えるからいいだろ。だが水族館だぞ? それも男女でだ。そんなの遊びに行くの範疇じゃない。ただのデートだ……」
葉桜君はまるで、自分に言い聞かせるかのように私の質問に答えてくれた。確かに友達、それも男友達と2人で水族館に行くのは遊びというより、デートだろうって私でも思う。でも、私はどうして彼が突然、そんなことを言い出したのか気になった。
「なんで、私を誘おうと思ったの?」
そう問いかけると、葉桜君は少し冷静になったのか、それとも観念したのか、つらつらと言葉が紡がれる。
「もともと誘うつもりはなかった。藤原さんの事が心配で、元気になればなと思ってここに来たんだからな。……でも、結局俺にできるのは話を聞いてあげる事だけ。励ましの言葉や高橋を貶す言葉なんて、ただただ藤原さんを傷つけるだけだから。それは君の想いを踏みにじる行為だ。だから、元気になった時点でこの話は終わるはずだったんだよ……」
「じゃあ、どうして?」
「分からん。気が付いたら言ってた。だから後悔してるんだ。あいつにも藤原さんにも迷惑がかかるからな……」
それを聞いて、私は葉桜君の優しさに触れた気がした。ううん、彼はもともと優しい人だけど、多分それよりもう少し深い部分にある優しさを知った気がする。だって、普通そんな言葉は出ないよ。
よくよく考えてみたら、今のシチュエーションって恋愛漫画とかでたまにある傷心中に別の男の子から励まされて、何だかんだ雰囲気が良くなる話に似てる。
でも彼は私の想いを知っていて、それを蔑ろにしないよう気を使ってくれてるんだ。しかも健斗に対しても同様に考えてくれている。そんなの普通、友達だとしても出来っこないよ。少なくとも私は出来ないと思う。
「……だから、本当にすまない。さっきの言葉は忘れてくれると助かる」
そんなこと言われても、忘れるなんて出来っこないわ。
「うーん、それは無理ね」
(だって少しだけ、……誘われて嬉しいって思えたんだもん)
「え、はぁ?」
「ふふふ、葉桜君でもそんな顔するんだね。なんだか新鮮」
まるで狐につままれたように、葉桜君はぽかんとした表情になっていた。それが面白くて、だからちょっとだけ、いたずらをしちゃおう。
「茶化さないでくれ。……俺も言ってて後悔してるんだ」
「後悔、してるの?」
「……あぁ」
「本当に?」
「何が言いたいんだ」
「私は、……迷惑じゃなかったよ?」
多分こんなことを言ってる私はズルい女だ。健斗が好きなのに、ちょっとだけ葉桜君にも優しくしてほしいって思っちゃってる。男友達なのにね……。
「……それは、ちょっとズルいんじゃないか?」
「えー、そうかな? でも、男友達と一緒に水族館に行くこともきっとあると思うわよ」
「それは複数人での話だろう。漫画や小説でもそうそうないぞ」
「ふふふ、事実は小説より奇なりってね」
そう私が答えれば、葉桜君は再度額に手を置き苦笑しているようだ。そして、彼の本当の気持ちが言葉として私の耳に入っていく。
「……後悔してるって言ったのは嘘だ。藤原さんが今よりも元気になれたらなと思って、友達として誘った。だから後悔は……ない」
「ふふふ、そっか!」
私は今どんな表情だろう。きっと笑顔なんだと思う。
「うん。じゃあ、せっかくだからそのお誘いに乗ってもいいかしら」
「……いいのか? 高橋が心配するぞ」
「うーん、今回は約束を破った健斗がいけないし、別に友達と遊びに行くだけなんだから問題ないわ」
「それ、ただの屁理屈だぞ」
「たまにはいいじゃない。もともと水族館に行くのは楽しみにしてたんだから、相手が健斗から葉桜君に代わるだけよ」
「あとはデートからただの遊びにランクダウンもな」
「ふふふ、そうね」
(あれ? さっきまであんなに気分が暗かったのに、本当にいつの間にか普段と変わらないくらい、元気になれたわね)
「分かった。なら明日は精一杯高橋の代わりを務めてやるさ」
「ええ、期待するわね、葉桜君!」
葉桜君と明日遊ぶ約束をした後、スマホで時間を確認してみると、そろそろ5限目の授業が終わりそうな時間帯になっていた。
「そろそろサボりも終わりだな」
「そうね。はぁ、今更だけど、本当にサボっちゃったのね……。みんなからなんて言われるか分からないわ」
「高橋に怒ってますアピールで5限目出なかったって言えばいいだろ。俺はその付き添い」
「やっぱりサボりなれてるわね。葉桜君……」
「あははは、これもまた青春の1ページだ」
「ふふふ。でもそうね、楽しかったわ。それと、……話聞いてくれてありがとう。本当に助かったわ」
「いいさ。…………俺にとっても結果良しだ」
最後の方、葉桜君が言ったことが聞こえなかったので『何?』と聞いたのだが、今度は『なんでもない』と笑いながらはぐらかされてしまった。
「俺らは今日一緒には帰らないから、高橋とちゃんと仲直りしろよ?」
「ええ、ちゃんと謝るわ」
そう答え、私たちはお弁当などを片付け、6限目が始まる前に教室へ戻って行ったのだが、案の定クラスの女子からは『逢引』や『修羅場』と冷やかされたが、打ち合わせ通りに対応することで何とかなった。
その後の放課後で、きちんと健斗と仲直りしたのは言うまでもなく、それはまた別の話だ。