水族館デート③:青年は少女をデートに誘う
「さて、後これも渡しておくな」
俺は飯を食べる前に藤原さんにグラウンドに向かう前に買っておいた、紅茶を渡す。
「あ、ありがとう。でも、ごめんなさい。今お財布持って来てないから……」
「あぁいらないよ。俺が勝手に買って来ただけだし」
「それはダメよ。お弁当も貰うのに、これもだなんて……」
「なら、残り物で作り過ぎたお弁当の消化を手伝ってもらう報酬ってことで」
俺が藤原さんから紅茶代を貰う気がないのが伝わったのか、『はぁ、そう言うことにするわね』と答えるので、観念したようだ。
「それじゃ……」
「「いただきます」」
俺たちは合唱し、遅めの昼飯を食べ始めることにした。昼休憩が終わるまで後10分くらいだろう。もともとサボるつもりではあったけど、これで確定したな。
「……おいしい」
「ハンバーグおにぎりだな。ご飯が進むよう和風の味付けにしてみたんだ」
「なんだか、こういうおかずをおにぎりにするのって少し背徳的な感じよね」
「あははは、なんかわかる気がする」
藤原さんの表情が少し明るくなった気がする。こういう時においしい物を食べるっていうのはいいよな。どれだけ悲しい気持ちになろうとも、その時だけは嫌なことも忘れられる。
「ほんと、葉桜君は料理が上手いよね」
「母さんから叩き込んでもらったからな。おかげで藤原さんにおいしいって言って貰えるんだ。感謝しかない」
「ふふふ、それは確かにお母さんに感謝しないとだね」
まるでサボる言い訳を探してるかのように、ゆっくり、かみしめるように藤原さんはご飯を食べていく。その間も俺たちはいつもと変わらない日常的な話をしながらご飯を食べ続けていると、昼休憩の終わりを告げるチャイムが学校中に鳴り響く。
「チャイム、鳴っちゃった……」
「これで悪い子確定だな。人生初のサボりを体験する感想は?」
「実感が湧かないわ。というより葉桜君、サボってたの?」
「そういう青春もいいかなと思って、中学ではちょくちょくな。あぁこっちではやらないから安心してくれ」
「もうサボってるじゃない……」
「おや、確かに。あははは」
これは一本取られたな。と笑っていると、藤原さんの表情がさっきの明るい表情から少し、影のある表情に変わってきたので、そろそろ笑い話もここまでかと、気持ちを切り替え、藤原さんの言葉を待つことにした。
「……葉桜君は、どこまで聞いたの?」
「高橋がサッカーのイベントを優先にして、明日の水族館デートをドタキャンすることになり大喧嘩。と言ったところまで」
「ほぼ全部じゃない……」
「さっきも言ったが、藤原さんが話すことに意味がある。俺がどこまで知ってるかなんて関係ないさ」
そう答えると、『そうね。じゃあ改めて、聞いてくれる?』と尋ねるので、俺は無言で頷く。
「お昼休憩に入ってすぐにね、健斗に明日何時に集合しようかって聞いたの。もちろん、それ以前から葉桜君から貰ったアドバイス通り何日かに分けて、デートの約束があることを伝えてたわ」
(俺が以前、藤原さんに助言したこと、ちゃんと実践してくれていたんだな……)
「でもね、健斗から『ごめん、明日の水族館なんだけど、別の日にしていいか?』って言われたのよ」
今はただ、藤原さんがしゃべり終わるのを待つ。
「どうして?って聞いたら、『実は、プロ選手から指導が受けられる交流イベントがあるんだけど、それに以前応募してたんだ。そしたら先週、監督から当選したって連絡を受けてさ』って言うのよ。ふふふ、そんなイベントがあるなんて知らなかったわ。多分健斗も当選しないと思って、話さなかったんでしょうね」
「だから聞いたの、『なんで、今更そんなこと言うの?』って、そしたら『本当にギリギリまでどうするか悩んだんよ。だけどやっぱりいつでも約束できる奴と、その日限定のイベントって言われたら、どっちを取るか決まってるだろ? あははは』なんていうから怒っちゃって、それで言い合いになって……、後は多分、葉桜君も知ってるかな」
思ってた以上にあのバカはバカだったようだ。この際、直前まで悩んでいたことについて目をつむるとしても、言い方があるだろう。つーか、俺含めてだが、あいつが悩んでるなんて気が付かなった。普段の能天気さからそんなの感じなかった。ある意味、才能だな。
「私、健斗が悩んでたなんて知らなったの」
「……すまん。俺も高橋がそんなんで悩んでることに気が付かなかった」
「私も気が付かなかったんだから、葉桜君が気が付かないのも無理ないわ」
「浮かれてたのかな……。久しぶりの、それも私が好きな水族館に健斗と一緒に行けるって。だから健斗の悩みに気が付かなかったのかな」
「それは違う。あの能天気な顔で悩みがあると思う方がおかしい。藤原さんが気に病むことじゃない」
思ってた以上に重症だ。いや、大好きな人とのデートで浮かれてたらいきなり横から見知らぬ誰かに殴られるような感覚なんだから仕方ない。ある意味、寝取られか……。
(仲を知ってるからこそ、それを聞く俺も、なかなかに辛いんだがな……)
「でも、結局こうなってしまったわ……。健斗にとっては私との約束なんて、いつでもできると言われるくらい、軽いものなのよ……」
「藤原さん、それは違う」
俺はその呟きを否定する。高橋が本当はどう思ってるのかは知らないが、少なくとも藤原さんが去ったあとのあいつの顔は後悔の顔だった。自分がバカなことをしてるとわかってる表情だった。
「高橋、藤原さんが教室出た後、後悔してる顔だったぞ。幼馴染だから許してくれるという思いもあったかもしれんが、自分が何を言ったのか分かってる表情だった。だから、《《いつでも》》なんて言ったのもどうせ、軽口として咄嗟に出た言葉だろ。まぁ咄嗟に出た時点で情状酌量の余地はないがな……」
俺はただ事実だけを述べる。あいつを貶すことも、藤原さんを甘い言葉で励ますのも無しだ。……そんなのは俺の都合だ。
「健斗が……」
「だから、あいつも反省してるだろ。許してやれとは言わないが、あいつなりに悩んだ結果なんだろ。やり方は置いといてな」
「そうかな」
「そうだ。というか、あいつがバカなのは今に始まったことじゃないだろ」
「ふふふ、そうね。確かに健斗は昔から約束を色んな理由を付けては反故してきたわ。あの癖だけはどうしても治らないのよね」
「一度ちゃんと優先順位についてしっかり叩き込むか」
「優先順位?」
そう尋ねてきたので、俺は以前高橋と話した優先順位のやり取りについて話した。
「健斗、そんなこと聞いていたのに、今日もやるだなんて……」
「今回の事で、いざ自分に降りかかってどうなるか身に染みたはずだ。これでもダメなら俺は知らん」
「ふふふ、私からもいっぱい念押ししておくわね。せっかくのアドバイスを無下にしちゃダメでしょって!」
いつの間にか、藤原さんの表情や声色がいつもの明るく元気な感じに変わってきているようだ。
「少しは楽になったか?」
「え? ……そうね。そういえば、言葉で吐き出したからかな、少し気が楽になったかも」
「そりゃよかった。サボった甲斐があったってものだ」
「そっか。私今、授業サボってるんだ」
気が付いてなかったのか。いや、それだけさっきまでは余裕がなかったってことか。
「サボってる実感が出てくるだけ余裕が生まれたってことだな」
「葉桜君のおかげね。誰かに話すのって、こんなに楽になるんだなんて知らなかった。あなたと友達になってから、色んなことに気が付くわ」
「世界は自分が思ってるほど、狭くはないってことさ。視点を変えれば見えていない部分が沢山ある」
「ふふふ、そうね。健斗のことばっかり考えてて、そういった視野が狭くなってたのかも」
ここまで来ればもう大丈夫だな。
「高橋とは話せそうか?」
「……うん。怒鳴ったこととか謝るわ。それで、ちゃんと仲直りする」
「そっか」
「葉桜君、ありがとう」
(君が元気になれば、それでいいんだ……)
「それで、明日はどうするんだ?」
背伸びするために一度立ったのだが、気が緩んだのか、俺はふとそのことを尋ねてしまった。
「うーん、みーちゃんも休日は予定が入ってるのよね。洋服とか色々買ったけど、無駄になっちゃったわ。あとは優花を誘うくらいだけど、なんか家族と行くのは違う気がするのよね」
一度言葉として出してしまったからだろう。それ以降は理性よりも感情が前に出てしまい、止まらなかった。彼女がより元気になれるなら……。
「そうか、ならさ……」
「?」
「俺と、一緒に水族館に行かないか?」
そう問いかけた時、自分が口にした言葉にではなく、その行いに酷く後悔をした。何が藤原さん優先だ。結局俺の都合を押し付けようとしてるんじゃないかと。




